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2章 その2

「なあ日丘、頼みがあるんだけど……」


クラスに入り自分の席に着くと昨日大活躍した親友の大石が声を掛けてきた。


「ああ大石か。なんだい頼みって?」

「日丘お前さあ、部活入ってないだろう」

「うん、入ってないけど」

「考古学部に入らないか」

「考古学部? 大石は考古学部だったよな。今更二年生を勧誘かい?」

「まあそういうことだ」


 大石は両手を合わせて頼み込んでくる。

「なあ頼むよ。この通り。このままではうちの部、お家お取りつぶしになっちゃうんだ」

「大層な言い方だね、廃部って事か?」

「そう、情けない話だけど部員が足りなくてね。だから幽霊部員になってもいいから入ってくれよ」


 大石が続ける。

「考古学部は去年三年生が四人いたんだけど卒業しちゃって。今年は三年生がひとり、二年生も俺ひとりでふたりだけになっちゃったんだ。知っての通りうちの学校は部員が五人に満たないと部として認められないだろう。だから入学式の日も勧誘ビラをまいたり可愛い子に片っ端から声を掛けたりしたんだけど、誰も入ってくれそうになくて……」

「可愛い子って…… そんな追い詰められた状態でも部員の選り好みをしてるのかい?」

「考古学部は部の規則で可愛い子しか入部を認めないんだ」

「そんなことだから廃部になるんだ!」


 どこまで本気で部を存続させる気があるのか分からない。

「なあ頼むよ日丘。実はね、日丘の妹さんも誘ったんだけどね。断られた」

「妃織を誘ったのかい」

「うん。昨日一緒に実況と解説をしていたからね。誘ってみたけど、色々忙しいからってあっさり断られた」


 そうだ。思いだした。二年前、中学でバトン部だった妃織は母が他界するとすぐ部活をやめた。家事で時間がとれなくなったからだ。

 バトン部には仲のよい友達もいて、いつも楽しそうにしていた。

 でも愚痴ひとつ言わなかった。

 妃織はきっと好きなことも諦め僕のために頑張っているのだ。

 大石には悪いけど僕だけ部活動なんて出来ない。

 例えそれが名前だけの幽霊部員だとしても。


「ごめん大石、やっぱり入部は出来ないよ」

「どうしてだい! 幽霊部員でいいんだ! 何なら妖怪部員でも構わない。迷惑は掛けないよ。頼むよ日丘!」

「妖怪部員って何だよ。どんな定義だよ」


 と、それまで話を聞いていた金条寺さんが声を掛けてきた。

「大石さん、なおちゃんはね、今年の生徒会副会長になる予定なのよ。だから断ってると思うの」

「貴和さん、なかったことにしてくれよ、その話は!」

 と、慌てる僕。


 大石が金条寺さんに尋ねる。

「それ本当かい?」

「勿論本当よ、ねぇなおちゃん。だから、これからは選挙対策に忙しいのよ」

「でもさ、生徒会選挙って6月だろ。まだまだ時間あるじゃん」

「えっ、6月?」

 その言葉に横で聞いていた白銀さんが声を上げた。

「大石さん、生徒会選挙って6月なの?」

「そうだよ。知らなかったのかい。うちの学校は5月の文化祭が終わってから生徒会選挙があるんだよ。6月後半だったかな」

「そんな…… まだ二ヶ月以上もあるじゃない。そんな先まで待てないわ」


 大石が不思議そうな顔をする。

「もしかして、白銀さんは生徒会選挙に出るの?」

「そのつもりよ」

「どうして生徒会に?」

「居場所が欲しいの。わたくしと直弥さんの」

「居場所?」

「そう居場所よ。高校生のラブコメで学園のアバンチュールの場と言えばやっぱり生徒会でしょ」

「凄い理由だね。でも居場所が欲しいだけだったらみんなで考古学部に入らない? ちゃんと部室もあるんだよ」

「えっ……」

 考え込む白銀さん。

「いい話かもね。ねえ、なおちゃんは? なおちゃんも入らない?」

 結構乗り気な金条寺さん。


 白銀さんも手を打ちながら大きく頷く。

「そうね、いい考えね。わたくしたち三人が入部したら考古学部は五人になって存続決定。わたくしとなっくんのイチャラブパラダイスも出来る。これは決定だわ。入部よ、大石さん入部するわ。わたくしたち三人揃って入部するわ」

「ちょっと待ってよ白銀さん、また勝手に……」

「なっくん、これは考古学部を助けると同時になっくんも生徒会副会長にならなくて済むかも知れない話なのよ。断る理由が分からないわ」

「そうだよ日丘! そうしよう。決定だ! 金条寺さん白銀さん日丘の三人入部決定だ!」


 嬉しそうにはしゃぎ出す大石。これ以上は断りにくくなっちゃったな。僕が抜けると五人に足りなくなるし、廃部になったら僕のせいになってしまう……

「じゃあ放課後に部室へ案内するね。今日は入部手続きだけでいいからさ、やったぞ一気に廃部回避だ! 部長喜ぶぞ!」

 これはもう断れないかな……


          ***


 放課後。

 考古学部の部室は校舎四階の端にあった。


 普通の教室の三分の一くらいの広さに長い机がふたつ並んでいる。椅子は十個程あるだろうか。壁際は半分がロッカー、半分が本や資料類が整然と置かれている。


「ようこそ皆さん。大歓迎よ」

 部室に入ると銀縁の眼鏡を掛けた、いかにも真面目そうな先輩が笑顔で迎えてくれた。

「部長の浅野咲美あさのさくみです。話は大石君から聞いているわ。さあ、お好きなところに座って頂戴」


 考古学部の部長、浅野咲美は僕らのためにわざわざ椅子を引いて回る。

 大石の先輩の浅野咲美。

 名前の通り真面目で堅物で融通が利かなそうだが、意外と愛想はいい。

 でも、部長の言うことを聞かないと後で大石に討ち入りされそうな部だ。


「ささ、取りあえず座ろうよ。紅茶入れるからさ。お茶菓子とかフルーツパフェとか気の利いたものはないけどね」

 大石が嬉しそうに電気ポットでお湯を沸かす。


「はじめましてっ、金条寺貴和です。今日から日丘さんと一緒にお世話になりますっ」

「はじめまして、白銀茶和です。今日から日丘さんとふたりでお世話になります」

「あの、はじめまして。日丘直弥です。大石に誘われてきました。実は、まだ入部すると決めた訳じゃないんですねど……」

「ちょっとなおちゃん何言ってるの? 入部するんじゃないのっ」

「そう、なっくんは往生際が貴和の性格のように悪いわ」

「ちょっと何言ってるの! 私は茶和みたいに陰湿で陰険で淫乱じゃないわ」

「淫乱とは何よ! 錯乱しないでよね! この酒乱!」

「ばっかじゃないのっ、茶和! 私は酒乱じゃなくて酒豪よ!」

「貴和は知らないのね。わたくしがザルと呼ばれていることを」


 何だか高校生の会話として不適切だ。僕は呆れつつ止めに入った。

「二人とも止めなよ。また喧嘩かい!」

 僕の言葉を聞いて浅野部長と大石が呆れていることに気がついた金条寺さんと白銀さんはやっとクールダウンした。

「すいません」

「いきなりお恥ずかしいところをお見せしました……」

「大石君から聞いてはいたけどお二人の仲の悪さは相当なものね」

 浅野部長が呆れ気味に二人を見る。

「でもいいわ。喧嘩するほど仲がいい証拠ですからね」

 大石も意に介さずお茶を入れている。

「そうだよ。さあ、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「戴きますね」


 お湯にティーバックを突っ込んだだけの簡単な紅茶だった。

 金条寺さんと白銀さんはやっと椅子に座ると紅茶をひとくち。

 落ち着いたところで浅野部長が僕に話しかけてきた。


「ところで日丘君は入部迷っているようだけれど、どうしてかしら」

「いえ、ちょっと色々忙しくて……」

「まあ、あくまで日丘さんの意志が何より尊重されるから無理は言わないわ。でも考古学部も面白いわよ」

「そうだよ日丘。酒は美味いし、姉ちゃんは綺麗だし」

 チャチャを入れる大石を浅野先輩がたしなめる。


「嘘はダメよ大石君。ごめんなさいね。うちの部は貧乏だからお金が掛かることは出来ないけど考古学はロマンがいっぱいよ。例えば古代エジプトのツタンカーメンが若くして亡くなった死因。昔は毒殺説とかが有力だったけど最近ではマラリア説があったり。DNA鑑定など新しい技術が新しい事実を発見させ、次々と新しい推理が生まれてくるの。確かな答えが簡単には出てこないところが想像力をかき立ててワクワクするわよ。是非一緒にやりましょうよ」

 浅野先輩は目を輝かせて熱く語る。


「うわあ面白そうじゃないっ。私、古代エジプト文字の解読に興味があるのっ。ロゼッタストーン解読の話とか面白いわよっ。ねえなおちゃん、エジプトに行ってヒエログリフを一緒に読みましょ!」

 金条寺さんまで目をきらきらさせている。でも、金がないのにエジプト旅行は難しいから。


「別にエジプトでなくてもいいわよね。茶和は古代南米のマヤ文明がいいわ。ねえ、なっくん、マヤ歴の意味と謎を調べて『マヤ歴・日めくりカレンダー』を一緒に作りましょう。きっと売れるわよ」

「何千年分の日めくりカレンダーだよ、それ!」


 ツッコミながらも僕は少しこの部が面白そうに思えてきた。

 考古学って面白そうだし、仲がいい大石と一緒だし、浅野先輩も真面目だけどいい人そうだ。

 金条寺さんと白銀さんの仲の悪さには辟易するがそれはどこに行ってもついてくること。

 しかし僕は妃織のことが引っかかってどうにも入部にイエスと言えずにいた。


 コンコン

 その時、考古学部室をノックする音がした。

「遅くなりました」

「えっ、妃織……」

 引き戸を開けて入ってきたのは顔を覆う鬱陶しい前髪に分厚い黒縁眼鏡を掛けた『野暮ったいモード』の妹・妃織だった。


「いらっしゃい、妃織ちゃん」

 大石が妃織に椅子を勧めながら続ける。

「僕が妃織ちゃんを呼んだんだ。で、妃織ちゃん、さっき話したように君のお兄ちゃんを考古学部に誘ってるんだ。許してくれないかなあ。本当は妃織ちゃんにもきて欲しいんだけど」

 大石は僕の方を見てにやっと笑う。

 どうも僕が入部を渋っていた理由を見透かしていたらしい。

 妃織のことだ。僕の入部の許しを請われてノーと言うはずがない。ずるいぞ大石。


「はじめまして。日丘直弥の妹の妃織です」

 妃織は丁寧に挨拶しながら部室の中を見回した。

「いらっしゃい、妃織さん。私が部長の浅野よ。話は大石君から聞いているわ」

「すいません。わたし入部お断りしてしまって」

「いいのよ妃織ちゃん。部活動は自由意志だから」

「で、お兄ちゃん。お兄ちゃんは入部するんですか?」

「え……と、それはね、やっぱり入部は難しいというか……」

「分かりました。お兄ちゃんは入部したいんですね」


 この辺、妃織はカンが鋭いと言うか洞察力が深い。暫く考えるそぶりを見せながら金条寺さんと白銀さんを見つめていた妃織だが、やがて意を決したように背筋を伸ばした。

 そして発せられた言葉は全く僕の予想しないものだった。


「わかりました。浅野先輩、大石先輩、お兄ちゃんと一緒にわたしも考古学部に入部させてください」

 えっ!

 妃織も入部!

 もしかして、僕が入部したいことを察して、自分も入部すれば僕も遠慮なく入れると考えた? でもその理屈にはちょっと引っかかるところがある。

「勿論大歓迎です」

 浅野先輩がにっこり微笑みながら立ち上がって妃織に握手を求める。

「これで決まりね、日丘直弥さん。入部して戴けるわよね」

 これはもう断る理由がない。四方八方三十六景逃げ道はない。

「はい、妹ともどもよろしくお願いします」

「やったわねっ、なおちゃん。ヒエログリフ解読の旅に出るわよっ」

「何言ってるの。マヤ文明の奥深さにふたり酔いしれるのよ」

 はしゃぎ出す金条寺さんと白銀さん。


 それを見て浅野部長が苦笑する。

「折角だから興味のあることはドンドンやってみて頂戴。ただ、うちの部は貧乏だからお金はないわよ、ごめんなさい」

「あら部長さん、心配いらないわ。お金なら貴和がいくらでもカンパするわっ」

「茶和に任せておいて。いくら必要かしら。ここに金額を入れていない小切手があるから」

「ダメよ。うちの部費は月三百円。それ以上は絶対貰えないわ」

 浅野部長が厳しい口調で言い切る。

「どうしてなのっ」

「ここは高校の部活動。言ってみれば高校生活の一環。高校生の領分を超えた浪費は許されないわ」

 顎に人差し指を当てて金条寺さん。

「高校生の領分……?」

「そうよ。私たちは自分でお金を稼いでいないわよね。いわばスネかじり。スネかじりの高校生は少ない予算でやりくりしないといけないものよ」

「スネかじり……」


 金条寺さん、浅野部長の正論の前にぐうの音も出ないのか、それとも意味が分かっていないのか、ともかく黙り込んでしまった。

「じゃあ、バイトして稼いだらどうでしょう?」

 それでも食い下がる白銀さん。

「ダメよ。自分のためのバイトならいいと思うけど、部費のためのバイトは禁止。みんな公平に三百円」

 浅野咲美部長は見た目通り真面目で堅くて融通が利かなそうだ。ルールを破ると松の廊下で切りつけられそうだ。

「じゃあ、放課後にお茶とお茶菓子を楽しみながらの団らんはっ?」

「そんなものマンガやアニメだけの世界よ。うちみたいなごく普通の県立高校ではあり得ないわ」

「……」

「……」

 完全に意気消沈の金髪銀髪美少女コンビ。

「分かったわ」

 白銀さんが仕方がないと言った様子で口を開く。

「やっぱり6月になったら生徒会の乗っ取り計画を実行しないといけないわね。学校の予算を牛耳ってしまえばあとはこっちのものだし。6月までの辛抱ね」


 妃織がキョトン顔で聞いてくる。

「あの、白銀さん。生徒会乗っ取りって何のことですか?」

「ああ、妃織ちゃんは知らないのね。わたしと貴和で生徒会長の座を争うのよ。そしてどちらが勝ってもあなたのお兄さんを副会長に指名するの。ねえ素敵な勝負だと思わない?」

「えっ、兄を生徒会副会長に? それは……それは困ります」

「どうして妃織さんが困るの?」

「それじゃあお目付役が居ないというか、お兄ちゃんが遠いところへ行ってしまうと言うか、あっ、お兄ちゃんは絶対的に信頼していますけど……」


 何を言っているんだ、妃織。そんな大それたものじゃないだろう。

 しかし白銀さんは僅かに微笑むと妃織の横へ歩み寄りその髪を撫で始めた。

「そうね、妃織ちゃんは心配なのね。大丈夫よ。わたくしが会長になったら妃織ちゃんを書記にしてあげる」

「いえ、そういうことではなくって。私も色々忙しいですし……」

 妃織は白銀さん、金条寺さんの順に目をやる。


「詰まるところ白銀さんも金条寺さんもこの部に充分なお金があればいいんですよね」

「まあそう言うことかしら」

「わかりました。明日まで待ってください。私が何とかします」

「妃織さん、部費は三百円よ。それ以上はどんな理由であれ受け付けないわ」

「浅野先輩、安心してください。わたしも貧乏人の端くれですから、自己犠牲で自分の財産を提供するつもりは全くありません。と言うか、部費の三百円ですら厳しいです。浅野先輩も白銀さんも、勿論金条寺さんも、皆さん納得する方法を考えます」

「ちょっと、ちょっと妃織ちゃん。突然何を言っているの!」

 浅野部長が心配そうに妃織を見つめる。

「ですから部費は据え置きでも予算を激増させるんです。みんなで考古学部を学校一、いえ世界一楽しい部にしましょうよ。親の力も、生徒会の力も借りずに私達の力で」


 拳を握りしめ決意を表明する妃織だが、ちらりと僕を見ると少し目を伏せた。

「具体的方法は明日発表しますね。すいません、明日まで待ってください」

「妃織、何をムキになってるんだ」

「ムキになんてなっていません。勿論ムキムキでもありません。考古学部員としての当然の活動です」

 そう言うと妃織はガタンと椅子を引いて腰掛けた。

 それを見て、ふうと溜息をついた浅野部長。

「じゃあ、明日は楽しみにしているわね。でも無理しなくてもいいですからね」

「はい、ありがとうございます」

 妃織は浅野部長に頭を下げると、僕にも聞こえない小さな声で呟いた。


「お兄ちゃんのためなら、妃織は鬼にも小悪魔にもなってみせるわ!」



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