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2章 その1

 第二章 部費よさらば

 

 翌朝。

 日丘家のリビング兼食堂に煌々と朝日が差し込む。


 洗面を済ませ制服に着替えた僕はあくびを噛み殺しながら食堂に入る。

 テーブルの上にはパンケーキとオムレツ、それにバナナジュースが並んでいる。


「ツナのパンケーキです。オムレツはトマトソースでどうぞ」


 セーラー服にエプロン姿の妃織がフォークを片手に艶やかに微笑む。

 普段の朝食はトーストと目玉焼きが定番だが今日は気合いが入っているようだ。


 そんな僕の思考を察するように、妃織が決意を語る。

「いつもと同じでは進歩がありません。わたしが目指す偉大なる平凡な生活を手に入れるためには白銀さんに負けるわけにはいきません。今月は新メニューフェアを開催します」

「なんだい、その偉大なる平凡って」

「今の日本では女性の十人に一人は生涯独身。男性では五人に一人です。離婚率は三組に一組だそうです。離婚に死別は含まれません。ですから若いうちに本当に好きな人と結婚し、可愛い子供を作ってその子が結婚するまでふたり平々凡々と過ごすって事は簡単そうで実はもの凄く難しい事なんです!」

 妃織は拳を握りしめ力説する。


「でもね、妃織ならきっと大丈夫だよ」

「どうしてそう言えるんですか? そもそも『好きな人と結婚する』と言うハードルがもの凄く高いんです!」

「眼鏡を外した妃織なら絶対モテるよ、保証するよ」


 黒縁眼鏡を外し髪をポニーテールに纏めた、キラキラモードの妃織が反論する。

「甘いです甘いです、蜂蜜1リットルを一気飲みするくらい甘いです」

「やったことないけど喉に詰まって死にそうだね」

「いいですかお兄ちゃん。もしわたしが町のミスコンテストで優勝して、隣の国の白馬に乗ったイケメン王子様に見初められたとします。でもそこにミスインナーナショナル地球大会優勝のドッカンきゅんドッカン薔薇の花ヒラヒラな超絶セクシー美女が下着同然の格好で現れて王子様を誘惑したらどうなります? わたしは絶望の中ひとり泣きながら冷たい泉にその身を捧げることになるんですよ」

「一気に暗い結末に持って行くね」

「ええ、真っ暗です。海底1万メートルです。だからわたしは立ち止まれないのです。前進あるのみ。絶対新メニューフェアを成功させ白銀さんを追い越します!」

 また拳を握りしめ瞳を煌めかせる妃織。


「まあ僕にとっては毎日美味しいものが食べらるから僥倖この上ないけどね」

「さあ、お召し上がりください。感想も聞かせてね」


 彼女は白銀さんの料理を持ち上げるけど、妃織の料理もなかなかのものだと思う。

 しかし妃織の真に称賛すべきは白銀さんを「自分より上手」と認め、それを目標に頑張るところだ。料理だけじゃない。勉強もスポーツも何でもこの調子だから恐れ入る。


「うん、美味しいよ。崇高のメニューに推薦しておくよ。ただ、毎日こんなに美味しいものばかり食べてるとすぐに体重が増加して象化しそうだね」

「お兄ちゃんは痩せすぎだから丁度いいですよ、妃織は気をつけなきゃだけど」

「妃織も充分痩せてるじゃないか」

「油断は大敵、ウェルダンはビフテキです。ふくよかになる場所が指定できるのであれば、もう少し付けたいところはありますけど……」


 いつも陽気で聡明な妃織と過ごす朝のこの時間はとても心地よい。

 僕は朝食を終え身支度を調えると先に家を出た。

 妃織は僕が出た後にわざわざ『野暮ったいモード』に変身し彼女の友達と一緒に登校するらしい。


 今日も天気で気持ちいい。

 昨日より少し肌寒いけど僕には丁度いい。

 こんな小春日和な穏やかな日がいつまでも続いて欲しいと願うのは僕だけではないだろう。

 ただ、天気予報によると今晩からは雨が降るそうだ。


 僕がいつもの通学路を歩いていると思いがけず声を掛けられた。

「なおちゃん!」

「直弥さん」


 声がする方を見る。三角公園の中からだ。

「あれっ……」

 公園のベンチの前で金条寺さんと白銀さんが僕に向かって手を振っていた。

 それを見た僕は強烈な既視感に襲われる。

「あれっ、あれは……」


 僕の脳裏には十年前の光景がフラッシュバックする。

「きーねーちゃんと、さっちゃん……」

「やっと思い出してくれたのね!」

「お久しぶり、なっくん」


 二人が満面の笑顔で駆け寄ってくる。

「やっぱりそうなのか。昔よくここで遊んだ」

「そうよそうよ、きーねーちゃんよ、なおちゃん」

「貴和、ここで待ち伏せした甲斐があったわね」

「そうか……やっぱりそうか……」


 僕は昔を想い出すように公園の中を見渡した。

 そう、幼稚園の頃だったと思う。僕は友達に『なっくん』と呼ばれていた。

 ただ、きーねーちゃんからだけは『なおちゃん』と呼ばれていたけど。

 で、この二人は仲良しの双子の姉妹。きーねーちゃんとさっちゃん。

 妃織の推論通りだ。


「しかし、どうして……」

「そうね。不思議でしょ。昔は双子姉妹だったのに今は他人同士なんて」


 白銀さんが言葉を続ける。

「別に手品じゃないの。タネも仕掛けもちょっとあるの」

 僕と金条寺さんの白い目に絶えながら白銀さんが続ける。

「……わたくし達は姉妹として育てられたけど、元々血の繋がりはないの」

 金条寺さんが自嘲気味な笑いを浮かべて説明を引き継ぐ。

「幼い頃、私は訳あって白銀家で育てられたのよ。当時は小さかったから本当に姉妹だと思い込んでいたけれど」


「そうだったのか……」

 聞きたいことはいっぱいあるけれど、何から聞いていいか分からない。

「遅刻しちゃいけないから歩きながら話しましょうか」

 そう言うと学生鞄を後ろ手に持って金条寺さんが歩き始めた。


「よかった。茶和と一時休戦して待ち伏せした甲斐があったわ」

「そうね、わたくしも昔のこと色々思いだしたわ。直弥さんのこと今日から昔のように『なっくん』と呼ばせて貰うわね」

「それは少し恥ずかしい、と言うか今は高校生だし……」

「構わないじゃない。なっくん争奪戦の前にもっと昔を思い出すためにも。まずは昔を思い出してスタートラインに立つ。勝負はそれから」

「勝負とやらは、まだ続くのかい……」

 僕はうんざりした顔で呟く。

「当たり前でしょ、なおちゃん! 何故私が星ヶ崎高校に転校してきたか分かってるっ?」

「そうよ。わたくしも貴和もなっくんがいるから転校してきたのよ」

「そんな理由で?」


 驚く僕に二人はあっさり頷いて。

「そうよ。本当はもう少し複雑だけど……貴和が余計なことするから……」

「それは茶和の逆恨みよ。どの高校に行こうと私の勝手でしょ」

「うるさいわね。貴和までついて来ることなかったのに」

「何よ、この標高3センチ!」

「3.5センチはあるのよ! この、歩く環境フェロモン!」


 また喧嘩だ。

「まあまあ。喧嘩は止めようよ。昔はあんなに仲がよかったじゃないか」

 僕の一言でふたりのボルテージが一気に下がる。


「……そうね。その通りなの。昔は仲良しだったのにね」

 自嘲気味に白銀さん。


「あの時からよね、こうなったのは……」

 金条寺さんも苦笑して。

 暫くみんな無言のまま歩いた。


 さっきの話でふたりの関係は分かった。

 幼い頃金条寺さんが白銀家に預けられ、ふたりとも姉妹と思い込んで育ったこと。

 その頃僕が出会って暫く一緒に遊んだこと。

 でも、本当はふたりに血の繋がりはないこと。

 そして今は、多分別々に暮らしているらしいこと。

 しかし、それ以上のことは分からない。

 彼女たちが転校してきた理由もさっぱりだ。


 しかしこの重そうな話について僕から追求する勇気はなかった。

 しばらくの間沈黙が続いた。

 やがて金条寺さんが口を開いた。


「ところで茶和。どうやって学校になおちゃんとの甘い空間を作るつもり?」

「そこなのよね。私に考えがあるわ。貴和、生徒会長に立候補しない?」

「私が、生徒会長に?」

「そうよ。そしてわたくしも立候補するの」

「ふたりで生徒会長になるの? 新しい設定ね」

「違うわ、争うのよ。わたくしと貴和、勝った方が生徒会長として副会長になっくんを任命する。そうしてふたりで学校の全権を掌握、カップル独裁を宣言し誰にも邪魔されずにイチャラブするのよ」

「そんなのありかよ!」

 僕のツッコミは空しく無視される。


「なるほど、なかなかいいアイディアねっ。貴和、前の学校では生徒会副会長だったんだからっ」

「あら奇遇ね、わたくしもなの。転校しなければもうすぐ生徒会長のはずだったのだけど」

「あらっ、まったく同じじゃない。一年生は生徒会長になれなかったからねっ」

「じゃあ、いいのね」

「ええ、のったわっ」

「ちょっとちょっと」


 僕は慌てて口を挟む。

「それってどっちが勝っても僕は副会長じゃないか。勝手に決めないでくれよ」

「あら、光栄でしょ? なっくん」

「そうねっ、勝負もついて一石二鳥、みたいなっ」


 だめだ。すぐに話が勝負の方に行ってしまう。

 僕が生徒会なんてとんでもない。

 だいたい動機が不純すぎる。

 動機から不純物が飽和して結晶が析出している。

「あのね、僕は生徒会に入るつもりはないよ」

「全くなおちゃんは往生際が悪いわねっ。心配しなくても仕事は全部他の人に振るから大丈夫よっ」

「そうよ。安心して。お飾りだから」

「そうはっきり『お飾り』と言われると辛いよね。でも、兎にも角にもその計画はダメだよ。ダメったらダメだ」


 僕は全力で拒絶するがふたりは全く請け合ってくれない。

「なっくん。ダメよダメよも好きの内」

「そう、貴和が隣の席から毎日なおちゃんに囁いて洗脳してあげるっ」

「いや、何とか考え直してくれよ」

「さあて、如何にして茶和に勝つかを考えなきゃっ!」

「そうね、貴和は意外と強敵かも」

 ダメだ。何を言っても聞いてくれない。僕は頭を抱えたまま学校の校門をくぐった。

 

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