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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
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最終話

 そんな、満開の笑顔を振りまく妃織を見ながら、僕は今朝の出来事を思い出していた。

 まだ夜も明けない、早過ぎる朝のこと。


 昨晩は早く眠りについたせいか、夜、何度も目を覚ました。

 ふと壁に掛かる時計を見る。

 まだ朝4時だ。起きるには早すぎる。

 しかし、何故か妙な気分がして、いても立ってもいられなかった。


 僕はベットから出た。

 妃織は当然寝ているだろう。

 取りあえず居間へ降りる。

 と言っても何もすることはない。


 何となく、ガラス戸から一冊のアルバムを取り出す。

 アルバムの表紙をめくる。

 赤ん坊の頃の僕と父の写真、妃織と母の写真、家族の写真。

 ページをめくる。


 僕と妃織のためのそのアルバムは、どこを見てもふたりが仲良くしている写真でいっぱいだった。喧嘩している写真など一枚もない。僕たちは昔からこんなに仲が良かったんだと再認識する。まあ、喧嘩しているところは写真に撮らないだけかも知れないけど。ページをめくっていく。何故か目が潤んでしまう。どこを見ても妃織の嬉しそうな顔、お澄ましした顔、自慢げな顔、驚いたような顔が目に映る。


 僕と妃織のアルバム。

 見れば見るほどに懐かしくて、そして胸が締め付けられる。

 これからはふたり別々のアルバムを作っていくんだ。


 アルバムを見終わった僕はもう一度最初のページを開いた。


「……ん?」


 おかしい。

 このページは何かがおかしい。

 何がおかしいかはすぐに判った。

 最初のページだけ、写真を覆うシートを最近開けた痕跡があるのだ。もう十年以上前のアルバムなのに最初のページだけシートの状態が違うのだ。


 何気にシートをめくってみる。予想通りシートは簡単にめくれた。次に僕と父が写った写真を剥がそうとした。しかし、もう十五年前のその写真はしっかり粘着シートに貼りついてなかなか外せない。


 と、その時。

 その横の写真がはらはらと落ちた。


「えっ?」


 足元に落ちた写真を拾う。

 妃織と母が写った写真だった。

 アルバムに戻さないと……


「あれっ?」


 写真の裏に何かが書いてある。


  寺小路妃織てらのこうじひおり 一ヶ月


 寺小路てらのこうじ……妃織?

 寺小路?

 

 その姓が母の旧姓だと気づくまでに数瞬を要した。

 それほどに母方との付き合いはなかった。

 僕は母の実家すら知らない。


 これは、どういう事だ。

 何故赤ん坊の頃の妃織は母方の旧姓なんだ。

 僕は漫然としていた頭をフル回転させる。

 けれども、どんなに考えても、認めたくない、信じたくない結論しか出てこない。


 可能性は、普通に考えればひとつ……

 僕たち兄妹は、実は……


 とその時、人の気配がした。


「お兄ちゃん……」


 居間の入り口に妃織が立っていた。

 憔悴しょうすいしきった顔で、その瞳はどこか宙を彷徨っていた。


「気がつき、ましたか」

「……これって」

「見ての通りです……」

「と言うことは……」


「はい。お兄ちゃんとわたしは…… 血の繋がりがない、連れ子同士、なんです。お兄ちゃんは父の、わたしは母の」


「……いつから、知っていたんだ?」

「母が亡くなる、少し前」

「……」


「わたしもこのアルバムで気がつきました。それで病床の母に聞いたんです。私がこの事実を知っていることは、父も知らないと思います」


 そうか。

 僕は何かに怯えるように立っている妃織を見ながら思う。


 妃織はひとりこの秘密を胸に閉じ込めてきたんだ。

 二年間、誰にも話せず、ひとりその小さな胸の内に押しとどめて。

 そして父を本当の父として、僕を本当の兄として、そして、いつも笑顔で……


 妃織はぎこちない笑顔を作りながら言葉を紡ぐ。


「不思議ですよね。お兄ちゃんとわたしって茶和先輩と貴和先輩にそっくりなんですよ。あまりに仲がいいから本当のことを話しそびれたって、母が言ってました」

「………………」


 崩れてしまいそうな笑顔を必死で取り繕う妃織。


「お兄ちゃん……お兄ちゃんはわたしのこと嫌いになってしまいましたか? 血が繋がっていないって判ったら、兄妹じゃないって判ったら、わたしのこと、嫌いになってしまいましたか……」


「!」

 この瞬間、僕は全てを理解した。

 彼女は僕の妹でなくなるとき、ひとりぼっちになると言うことを。

 悪い魔法の正体は、秘密を打ち明けられないジレンマだったと言うことを。

 

「妃織……」

 僕の目から何かが溢れ出る。しかしそんなことはどうでもいい。

 言わなくては。

 妃織が願ったことを。

 妹でなくなることを恐れた妃織が願ったことを。

 全力を尽くして、いつも精一杯の笑顔で願ったことを。


「いつか妃織が尋ねた質問に、もう一度答えさせてくれないか……」

「……」


 朝早く、近隣のご迷惑も顧みず、僕の声は自然と大きくなっていく。


「血の繋がりがあってもなくても、兄であっても、妹であっても、そんなことは関係ない。僕は妃織が世界で一番大好きだ!」


「うわあっ!」


 妃織は倒れ込むように僕にしがみついた。


「お兄ちゃん…… お兄ちゃん…… お兄ちゃん……」

 僕の胸で何度も同じ言葉を繰り返す妃織は、やがて少しだけ顔を上げる。


「今だけ、今このときだけ、お名前で呼ばせてください…… 直弥さん…… わたしも直弥さんが、大好きです」


 恥じらうように微笑むと妃織はどんな宝石より美しい瞳を閉じた。

 窓に見える空は微かにしらみ始めている。

 僕は彼女の桜の花びらのような可憐なくちびるに、ゆっくりと顔を近づけた。


          ***


 金条寺さん、白銀さん、僕の順に顔を見回した妃織は大きく息を吸った。

 そして笑顔のままでこれでもかとBカップの胸を張り、爆弾発言を投下した。


「お兄ちゃんとわたしは相思相愛の仲になりました! もう怖いものは何もありません。茶和先輩と貴和先輩もどうかわたしとお兄ちゃんの愛を暖かく見守ってください!」


「おいっ!」

 何を言い出すんだ、妃織!

 思わず金条寺さんと白銀さんを見る。


「はあっ?」

「は?」


 目を点にして口を開けたままだった。

 やがて我に返るふたり。


「何を言ってるのっ、妃織ちゃん。あなたたち血が繋がった兄妹でしょ!」

「春の陽気に頭のねじが飛んでいったのかしら。きっとタチが悪いブラコン小説を読みすぎたのね。妄想が噴火しているわよ」


 しかし妃織は握りしめた拳を振り回し、ふたりに力説する。

「違います! わたしとお兄ちゃんは兄妹であっても相思相愛で清く正しく美しい純文学なんです。そこにコメディとかファンタジーの要素はこれっぽっちもないんです!」


「妃織ちゃん、今すぐ救急車を呼ぶから、早く病院に行ってっ。なおちゃんは貴和と一緒だから安心して治療に専念するのよっ!」

「ひおりん、昨日も極秘行動でわたくしとなっくんとの仲を邪魔していたようだけど、遂にそんな手段に出たのね。でも追い詰められた子猫ちゃんも可愛いから許すわ」


 頭が痛くなってきた。

 何だか先週より話がややこしくなっている気がする。


 と、そこへ予想だにしない人物が現れた。


「探したわよ、金条寺、白銀!」


 屋上への扉から駆けてきたのは狂気と絶望のどん底から立ち直った吉良会長だった。


「あたし決めたわ。日丘直弥、貴方あたしの彼になりなさい!」

「……へっ?」

「日丘君は金条寺と白銀が攻略中なのよね。そんな貴方をあたしが落として、あたし、吉良綺羅々こそがこの学校で一番であることを証明してみせるわ!」


「ちょっと吉良会長、残念ですけどお兄ちゃんは非売品なんです。お兄ちゃんは妃織とすでに相思相愛なのです!」

「ふふふっ、面白いわっ。この金条寺貴和、今度こそ貴方を失恋地獄のズンドコに叩き落としてあげるわっ!」

「やっぱり貴女達って単なるバカね。既になっくんは茶和の手のひらで阿波踊りを踊っているというのに」


 ジェット噴射でややこしさが加速している。

 思わず溜息が出る。

 けど、まあいいや。


 そんな彼女たちを見ながら、僕は誓っていた。

 僕と妃織が本当の兄妹であると言うことは、今、僕たちがふたりだけで、ひとつ屋根の下に暮らすためには絶対に必要なことだ。僕たちがそう信じ込んでいると思ったからこそ、父もふたりで生活をさせているのだ。勿論聡明な妃織もその事は充分判っている。だから僕はこれからも妃織の兄として、今まで以上に妹を大事にしていこうと思う。


 これからも色んな事があるに違いない。僕にも、そして彼女にも。

 しかし何があっても僕は彼女を大事にしていく。

 この、世界で一番とうといものを、僕の全ての力を注いで。

 彼女の願いが叶うように。


 目の前では未だ四人の美少女たちが倫理なき妄想合戦を繰り広げている。


「実の妹は番外よっ! 年増の生徒会長も権利放棄すべきだわっ!」

「ああ、ご主人様と子猫ちゃん。わたくしの未来はバラ色だわ!」

「覚悟しなさい金髪銀髪コンビ。さあ日丘直弥、喜んであたしの彼になりなさい」


「わたしとお兄ちゃんは太陽ですら溶けるほど熱く愛し合っているんです。そして皆さんにはミジンコほどのチャンスも残されていないのです。何故なら……」


 妃織は言い争いを楽しむように満開の笑顔で僕に向かってウィンクする。


「お兄ちゃんのためなら、妃織は鬼にも小悪魔にもなってみせますから!」



 あとがき


 日々一陽です。

 最後までご愛読、本当ににありがとうございました。


 この話は僕の初めての長編小説です。


 「小説家になろう」も初投稿で、掟とか、しきたりとか、お仕置きのルールがよくわからず、特にジャンル設定は最初何度か替えてしまいました。この話、最初はコメディじゃなかったんです。ええ、ギャグが足りない言い訳です。ごめんなさい。


 この話の語り部は日丘直弥ですが、お気づきの通り実質の主人公は妹の妃織であり、サブヒロインである金条寺、白銀のコンビです。彼女たちの役目は読者の皆様を萌え萌えさせることでしたが、彼女たちはちゃんと役割を果たしたでしょうか。登場する女の子の内のひとりでも、少しでも、皆さんの心をくすぐれたとしたら嬉しい限りです。

 ちなみに、登場する男どもはどうでもいいです。


 えっと、一応、謝辞などを。


 作中に出てくるアニメや漫画などの元ネタの関係者の方々、冗談ですから許してください。まあ、万一見ておられても鼻先で笑っておられるでしょうが。


 次に、最後まで頑張った妃織ちゃん、ひとり辛い役割を背負わせた上、何度も泣かせてごめんなさい。お兄ちゃんといつまでも仲良くお幸せに。


 そして誰より、この拙い小説を見捨てずに最後までおつきあい戴いた皆様、お気に入り登録やご感想、評価を戴いた皆様。皆様のおかげで心が折れずに完結できました。きっとお中元を贈っても贈りきれませんので贈りませんが、気持ちだけは受け取ってください。


 もし宜しければ、今後の糧とさせて戴くため、ご評価やご感想などを戴ければとても嬉しいです。きっと嬉しさのあまりパソコンの前で歌ったり踊ったりします。


 次回作は「SFのようなバトルのような、でもラブコメ」を考えています。可愛い魔女と少年科学者がイチャラブ目指して頑張る予定です。現在鋭意執筆難航中です。近日中にスタートしますので懲りずにご愛顧戴ければ幸いです。

 ご期待ください。


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