4章 その16
その日、家に帰ると食卓には『もっともっと亭』の豪華ステーキ弁当が載っていた。
「ごめんなさい。今日は色々あって食事を作る時間がなかったんです。お弁当屋さんのお弁当で許してください」
「ありがとう妃織。元々は今日も僕の当番だったんだから気にしないでいいよ」
今日は僕が外出する事になったので、妃織が夕食を作ると言ってくれたのだった。
「それにしても豪華絢爛贅沢三昧の弁当だな」
「そんなに凄くないですよ、八百四十円ですから」
弁当屋の弁当としては十分破格値だと思うけど。
「ところで妃織の分は?」
「気にしないでください。もう食べましたから」
「えっ、まだ六時前なのに?」
「えっと、ちょっと訳あってスーパーで新巻鮭一本丸ごと試食しちゃって……」
嘘にしてはバレバレだしギャグにしてはキレがない。
「どうしたんだい妃織。気分でも悪いのか?」
「いいえ、大丈夫です。この通り頭の先から髪の毛の先までピンピンしています」
……それって、髪の毛以外全部ダメじゃん。
「で、今日は楽しかったですか?」
「うん、お陰で凄く楽しんできた」
「それはとても良かったです」
少し俯いたまま、しかし笑顔の妃織。
「妃織のお陰だよ」
「お兄ちゃんは優しいです。いつも妃織の事を心配してくれて……」
「いや、別に心配はしてなかったけど」
「あの、お兄ちゃんにお話があります!」
妃織は意を決したように顔を上げた。
しかしその視線は宙を彷徨っていた。
「わたし、明日から眼鏡を外して学校に行きます」
「えっ……」
僕と妃織の目があった。しかし妃織はすぐに目を逸らした。
あまりに急のことで僕は言葉の準備が出来ていなかった。
「……そうか。眼鏡を外して……」
「眼鏡も不便ですからね。曇ったり汚れたり、そのまま海に飛び込めなかったり」
「……」
「だからお兄ちゃんは何も心配しないでくださいね。 わたしに新しい出会いがあったら応援してくださいね。 わたしの新しい、物語を、見守って……くださいね」
そして妃織は顔を上げて笑顔を作る。
「じゃあ、お兄ちゃんがご飯を食べたらわたしの新しい第一歩を記念して紅茶をいれますね。おかわり無料ですよ。でも、おさわりは有料ですからね。あっ、わたしったらはしたない。純白のドレスを着るまでは処女でいるのに。そうそう、純白のドレスってナースの白衣とか巫女さんの装束とかそんなコスプレ衣装は含まれませんからね。やだ、わたしったら。そうだ、一緒にアニメを見ましょう。お兄ちゃんのお好きなタイトルを言ってくださいね。『宇宙人だけど愛さえあれば関係するよねっ』なんかどうですか?」
何だかいつもより変にテンション高いな。
僕は豪華ステーキ弁当を食べながらDVDの準備をする妃織を見る。
彼女は明日から眼鏡を外して、輝くような笑顔で学校に通うんだな。
きっと妃織も吹っ切れたのだろう。
悪い魔法が解けて、ブラコンを断ち切って、妃織の新しい高校生活が、僕が知らない彼女の1ページが始まるのだと思う。
彼女は彼女の物語を、僕は僕の、全く別の物語を作っていくんだ。
少し寂しいけど、何だか胸が苦しいけど、これでいい。
これでいいのだ。
その日、妙にテンションが高かった妃織は短時間で力尽きたのか、いつもより早く自分の部屋に戻っていった。
***
次の日。週初めの月曜日。
僕たち三人はいつものように弁当を持って屋上に向かった。
勿論、金条寺さん、白銀さんと僕の三人だ。
「不思議なんだけどっ。昨日お休みだった料亭ねっ、お休みじゃなかったんだって」
金条寺さんが首をひねりながら報告する。
「でも、確かに貼り紙はあったよね。やっぱりあれって、いたずらとか?」
「それがねっ、そんな貼り紙誰も見ていないって。いたずらもなかったって」
その話を白銀さんだけはいつも通り平然と聞いていた。
「……どうせベレー帽とか被った女の仕業でしょうけど」
屋上のドアを開けいつもの場所へ向かうと、今日は妃織が先に来ていた。
眼鏡は掛けていない。前髪も綺麗に纏めている、きらきらモードの妃織だ。
我が妹ながら、どう控えめに見ても抜群に可愛い。
学校中の男子が行列を作ってお賽銭を投げに来そうだ。
群がる男子を駆除するため、男の子ホイホイが必要かな。
それともスタンガンかな。
そんな妃織が一点の曇りもない晴れ晴れとした表情で立っていた。
「ご報告があります」
「どうしたのっ、妃織ちゃん。もう彼氏が出来ちゃったとか?」
金条寺さんの問いに妃織が喜びを爆発させるように即答する。
「はい、できました!」
そして彼女は胸を張って僕たち三人を驚愕させる爆弾発言を投下したのだった。
次回が最終話になります。
是非最後までお楽しみください。




