4章 その15
日曜日の夕方。
今日はとても楽しかった。
金条寺さん、白銀さん、それに僕の三人は喫茶店にいた。
駅前のおしゃれな喫茶店はコーヒーも僕好みの味。
軽快なボサノバのリズムも心地よい。
ただひとつ気になる事があるとすれば、僕らの隣の席、僕に背を見せ、金条寺さん、白銀さんとは背中合わせの席に、ベレー帽を被った女性が暗い雰囲気を漂わせながら沈み込んでいることだ。ひとりきりのようだが失恋でもしたのかな。
「今日はほんとに楽しかったわっ。また行きましょうねっ!」
金条寺さんが身を乗り出して目を輝かせる。白銀さんも淡々とだけど笑顔で続く。
「そうね、今日はなっくんの好感度が更にアップしたわ。なっくんはどうだったかしら」
「勿論とても楽しかったよ。何よりふたりが一度も喧嘩せずにいてくれて嬉しかった」
僕は心からそう思っていた。
今日は十時落ち合ってから、まずはプラネタリウムに行った。
今月のプログラムは『春の星座と北斗七星の未来』と銘打っていた。
インフルエンザの予防のためらしくプラネタリウムに入るところで僕らは軍手を渡された。
「館内感染防止のため、プラネタリウム内では軍手を着用してください」
サングラスにベレー帽を被った係員が渡してくれた軍手を着用していたせいか、暗いプラネタリウムの中で左右から金髪銀髪コンビに手を握られてもあまりドキドキせずに済んだ。
でも、周りを見ると真面目に軍手をしていたのは僕たちだけだった。
みんな不真面目なんだな……
妃織ならちゃんと軍手をするだろうに。
昼食時になると金条寺さんの案内で料亭に向かった。見るからに僕なんかでは絶対ひとりでは入れない高級そうな料亭だったけど、残念ながら入り口に『本日臨時休業』との貼り紙があった。
店構えもお品書きも凄く洗練されて趣があるお店だったが、貼り紙は不動産のビラの裏に走り書きで書かれ、しかも女の子が持ち歩くような絆創膏で貼り付けられていた。なんかだかやってることがアンバランスな店だと思った。
仕方がないので昼食はチェーンのドーナツ屋で済ませた。
僕はソーセージが入ったものなど四個を平らげた。
金条寺さんと白銀さんはふたつずつ。
女の子ってそんなものかな。妃織なら三個は食べると思うけど。
お腹を満たして元気をつけたら、いよいよカラオケだ。
僕の案内で先日金条寺さんと歌ったカラオケ屋に行った。
妃織と行ってもデュエットなんてしたことなかったので気がつかなかったが、このお店はデュエット曲が入ると間奏辺りで店員さんが入ってきて灰皿の取り替えが行われるようだ。先日も会った気がするサングラスにベレー帽を被った店員さんがそんなことを言っていた。
僕たちは高校生なので、その必要はないですよと言ったのだが、店の決まりだとかで彼女は職務を忠実に遂行した。僕も見習わないといけないな。
そうして今、解散する前に喫茶店で今日の出来事を思い返している。
「ふたりが仲良しに戻ってくれて、今日は本当に楽しかったよ」
僕はコーヒーカップを見ながらそういった。
「じゃあ、また行きましょうねっ」
「わたくしは来週も空いているわよ」
「そうだね、そうしようか。ただ、なるべく出費が少なくて済むところにしよう。僕、貧乏なんで、ごめん」
「いいえ、こっちこそごめんなさいっ。私は公園でも草むらでも林の中でも無人島でもいからねっ。なおちゃんと一緒だったらどこだっていいわっ」
「わたくしだって後ろからだって前からだって上からだって下からだって縛られたって踏みつけたって構わないのよ」
「前言撤回。やっぱお金は掛かっても健全第一にしよう」
話の雲行きが怪しいので軌道修正を試みる。
「時間があってお金がないときやる事ってアレしかないと思うのに、なっくん真面目ね」
「きゃっ、茶和ったらストレート直球ど真ん中!」
金条寺さん、顔を赤らめないでよ。
「ところで来週も遊ぶのはいいけど、なっくんの妹さんは怒らないかしら」
「そこなんだけどね……」
僕はコーヒーを一口飲んで、考えをまとめる。
「こうして貴和さんと茶和さんが仲直りして、僕も一緒に楽しんでいるのに、妃織だけが友達や彼氏と出かけたりせずに家で留守番なんて可哀想なんだ。あいつ真面目だしな」
「なっくん、ひとつ聞いていいかしら。妃織さんって視力が悪いの?」
「……いや、あの眼鏡に度は入っていない」
「じゃあ、どうしてっ?」
「男に言い寄られるのが疲れるからって……」
「ひおりんほどの美少女、男が放っとかないわよね。わたくしも放っとかないけど」
白銀さん、その百合っ気本気なの?
「本人にその気がないんだ。だけど、僕だけがこうして楽しんでいるのは……」
「妃織ちゃんにも妃織ちゃんの新しい出会い、新しい楽しみを作って欲しい訳ねっ」
「……そう言うことなんだ。こうして僕だけが楽しんでると思うと正直辛いんだ」
「……」
「高校生になったんだし、妃織にも僕とは違う新しい何かが始まってくれると僕も嬉しいし、安心、なんだ」
ガタン、と音がした。
顔を上げるとさっきまで隣の席に俯いたまま座っていたベレー帽の女性が走るようにレジの方へ向かっていた。




