4章 その10
次の日の昼休み。
今日は心うきうきの金曜日だ。
僕はいつものように弁当を持って屋上へ向かった。
勿論、金条寺さんと白銀さんも一緒だ。
ただひとつ、いつもと違う事があった。
今日は僕から金条寺さんと白銀さんに一緒に行こうって声を掛けた事だ。
「なおちゃん嬉しいっ! 貴和と一緒に行こうって! これって告白っ?」
「今まで昼休みになるとひとりで先に屋上に向かってたのに、やっと茶和と所帯を持つ決心をしてくれたのね」
勝手なことを言うふたり。
「そんなんじゃないけど、同じ考古学部だし、ともだち、だしな」
「ええ~! ゴールインかと思ったら、やっと友達なのっ?」
「なっくんとは十年前から友達以上なのに進化が遅いわ。今すぐ経験値を上げないと!」
「さてはふたりとも地道に経験値をあげすにバグや裏コマンドを使うタイプだな……」
そんな話をしながら屋上のいつもの場所にたどり着く。
「さあ、なおちゃん、わたしのレジャーシートにお座りくださいっ」
金条寺さんが金髪美少女のアニメキャラが描かれたシートを勧めてくる。
「そんな恥ずかしシートはやめて、こちらへどうぞ、なっくん」
かたや白銀さんは大きく『茶の道は畳』と書かれた畳模様のシートだった。
「恥ずかしいと言う意味ではどっちも一緒だよな」
そう言うと僕はコンクリートにそのまま腰を下ろした。
いつもならここで妃織が現れ「はい、お兄ちゃんのシート」と言って純白のシートを出してくれるところだ。「お兄ちゃんの色に汚してもいいですよ」とか変なことを言いながら。しかし、今日は来ないな、妃織。
「なおちゃんったら他人行儀よねっ、シートくらい一緒に座ればいいのにっ」
「そうだわ、何もコンクリートに座らなくても」
「貴和さんと茶和さんが喧嘩するからだろ。ふたりが仲良くしてくれたら僕もコンクリートに愛情を注いだりしないと思うよ」
「……そうね、わかっているんだけどねっ。ごめんなさい」
「貴和が譲ってくれれば全て丸く収まるのに」
「茶和が先に譲ればいいのよっ」
「また喧嘩かい…… ともかく、食べようよ」
三人が弁当の包みを開く。
最近、金条寺さんは自分でお弁当を作り始めたらしい。シンプルなプラスチック製の小さなお弁当箱を使っている。何でもお弁当勝負の事実上の敗北で一念発起したそうだ。
「お料理の本とか見ながら頑張ってるの。いつかなおちゃんに食べて貰えるように」
本人はそんなことを言う。今日も十本の指のうち四本に絆創膏を巻いている。打率四割。かなりの強打者だ。
白銀さんはお手製のサンドイッチを可愛い竹皮のバスケットに入れている。茶の道とか和菓子とかにこだわってるのにサンドイッチとは少し不思議だが、彼女曰くサンドイッチは無限の可能性を秘めているのだそうだ。
「生魚でもラーメンでもかき氷でも何でも美味しいサンドイッチにしてみせるわ」
そんなことを言う。
一度『ラーメンは無理だ、ラーメンの命はスープだから』と反論したら、煮こごりにすればいいと一蹴された。心が折れたのでかき氷をサンドイッチにする方法は聞いていない。正直、食べたくないし。
「今日は妃織ちゃん遅いわねっ」
金条寺さんが少し心配そうに。
「クラスの用事とかがあるんじゃないかな。彼女には彼女の都合が」
「それもそうねっ。なおちゃんの守護霊か監視役のようにいつもベッタリついてくるから鬱陶しいと思ってたけど、いなかったらいないで少し寂しいわねっ」
「あら、わたくしはなっくんと妃織さん、両刀使ってふたりとも戴いちゃおうかなって思いはじめていたところなのよ」
「何だよ茶和さん、その両刀って!」
「なおちゃんはわたくしのご主人様で妃織さんはわたくしの子猫ちゃん」
「ダメだよ、妃織を変な世界に引きずり込まないでよ!」
「ふふっ、半分冗談よ」
半分は本気と言うことか?
あまりこの話題に突っ込むと白銀さんの思う壺だ。
僕は今日言わないといけない話をすることにした。
「ところで……」
卵焼きを頬張りながら僕はふたりに声を掛ける。
「……週末に例の公園に集まれないかな?」
僕の一言に反応良くふたりが顔を上げる。
「……三角公園よねっ。勿論私はいけるわよっ」
「どうしたの急に。何か思い出したとか?」
「そうなんだ。少し思い出したんだ。昔、一緒に公園に埋めた……」
「やっと思い出してくれたのねっ、なおちゃん!」
「待っていたわよ、なっくん」
ふたりの表情は花が咲いたように明るくなって。
「と言うことは、貴和さんも茶和さんも覚えていたのかい?」
「当たり前よっ、なおちゃんは忘れていたのっ?」
「……実は、忘れてた」
「ひどいわね。わたしも貴和もちゃんと覚えていたのに」
ふたりは僕を睨んでから、どちらともなく、ふっ、と微笑んだ。
「でも夢のようだわっ。楽しみだわっ」
「そうね、とても嬉しいわ」
三人は土曜の夕方に公園で会う約束をした。
今日はとても会話が弾んだ。
金条寺さんも白銀さんもとても上機嫌だ。
しかし僕は弁当を食べ終わると早々に屋上を離れることにした。
「あら、なおちゃんもう行くのっ?」
「ちょっと気になる事があるから」
「妃織さんね」
わかってますって顔の白銀さん。
「うん……」
「わたくしも行くわ」
「私もっ!」
結局三人で生徒会室へ向かうことにした。




