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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
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4章 その9

「おかえりなさい」

 家に帰ると、妃織は夕飯の準備の真っ最中だった。


「おっ、今日はスパゲティか」

「はい」

「……」

「……」

 会話が続かない。

 僕は先に自分の部屋で宿題を片付ける事にした。


「やはり妃織はショックだったのかな」

 昨日の夜のことが気になって、つい独り言が出てしまう。


 昨日の夜、涙を隠して自分の部屋に戻った妃織とはその後言葉を交わせなかった。

 しかし、今朝はいつものように朝食を用意してくれていた妃織。

 そして食堂に入ると妃織から声を掛けてくれた。

「昨日はごめんなさい。不合理なことを言ってしまって……」

「いや、僕こそ変なことを言ってごめん」

「分かっています。お兄ちゃんはわたしのことを想ってくれているって……」

 言葉少なに、でも彼女の精一杯さは僕の心に伝わってきた。

 しかしいつもは弾む会話も今朝はさっぱりだった。


 宿題を始めて一時間ほど経っただろうか、妃織の声がした。

「お兄ちゃん、ご飯できましたよ」

「今いくよ!」

 食堂に降りると美味しそうな夕食と、何よりも僕が大好きな妃織の笑顔が待っていた。


「はい、今日はナスとベーコンのスパゲティとポトフです」

 一日経って復活してくれたのだろうか。やはり彼女の笑顔を見ると安心する。

「これは美味しそうだ、早速いただくよ」

「はい、どうぞ」

 うおっ、美味い。この前僕が作ったカレースパゲティを妃織は絶賛してくれたが、そんなものは全然比べものにならない。断然妃織が作ったスパゲティが美味しかった。


「お兄ちゃん……」

 妃織がうつむき加減のまま微笑んで。


「わたしはお兄ちゃんにとって都合がいい妹なんでしょうか?」

「……都合がいい妹?」

「尽くしても捧げても最後は捨てられるのでしょうか?」

 何のことだか地球人である僕には理解できなかった。

「何を言っているんだ、妃織」


「わたしに飽きたら、新しい妹を見つけて去っていくんですか?」

「なんだその新しい妹って!」

 混乱する僕を上目遣いに見つめる妃織の瞳は少し潤み始めて。


所詮しょせん兄と言うものは妹から妹を渡り歩く渡り鳥……」

「……」

「でもわかっています。お兄ちゃんが他の妹を振り返るのは、わたしという妹が至らないからですよね」

「だから、他に妹なんかいないって……」


「でも、だからこそわたしは、お兄ちゃんに全力で尽くします」

「……」

「お兄ちゃんはわたしの初めてのお兄ちゃん!」

「当たり前だろ!」


「わたしはお兄ちゃんの最初で最後の妹でいたいから……」

 ああもう、わからない!


「お兄ちゃんのためなら、妃織は鬼にも小悪魔にもなって見せます!」

「……」

 開いた口が塞がらないままあごが外れそうだった。


「……と、言いたいことを言ったので妃織は凄く気分が良くなりました。さあポトフも美味しく出来てると思いますよ」

 そう言うと妃織はぺろりと舌を出し悪戯いたずらっぽい笑みを見せた。


「新型の猿芝居だったのか?」

「猿だなんて言わないでください。いも芝居です」

「やっぱり妃織には敵わないな」

「お兄ちゃんは意地悪です!」

 少し拗ねたような顔でそう言う妃織はやがて華麗に笑ってくれた。

「ふふふっ」

 嬉しそうな妃織の笑顔。

 この笑顔のためならいも芝居に付き合う事くらい、お安いご用だ。


「うん、ポトフも凄く美味しい」

「でしょっ、圧力鍋使ったのでお野菜柔らかいでしょ!」

 美味しいご飯に妃織の笑顔。

 こんな平凡な毎日がずっと続いたらいいな。


「ところで」

 何かを思い出したように妃織の顔が真面目な表情に変わる。


「実は今日の放課後、生徒会室を覗いてきたんです」

「浅野部長がいたよね」

「はい。でも、浅野部長に会いに行ったんじゃなくって……」

「吉良会長に?」

「はい」

「吉良会長って、まだ生徒会室にいるの?」

「それが、いるんです……」

「どうして?」

 何故クレーターを起こされ…… 失礼。何故クーデターを起こされ八方敵だらけの生徒会室に吉良会長がいるのだろう。不思議だ。


「そう思いますよね。お兄ちゃんは知っていましたか? うちの生徒会室には離れの座敷牢があるのを」

「えっ、そんなのがあるの」


「はい。今までは吉良会長に逆らうものを幽閉し『足の裏こちょぐりの刑』『牛乳飲んだ瞬間に笑わせるの刑』『図書室にある最新推理小説の最後のページを全て朗読してしまうの刑』など、身の毛もよだつ残酷で残忍な刑の舞台だったそうです」

「最後の、マジ怖いな」


「でも今、吉良会長はそこに自らひとり閉じこもっているそうです」

「……」

「生徒会の人の呼びかけにも先生方の呼びかけにも応じず、ひとりひたすら……」

「ひとりひたすら?」


「図書室の恋愛小説を全部かき集め、それらの最後のページだけを読んでハッピーエンドとバッドエンドの本に分類し、ハッピーエンドの本を全て燃やしているそうです!」

「凄まじい狂気を感じるな……」


「はい。そのあまりに鬼気迫る狂気に、もはや生徒会も先生方も誰も声すらかけれなくなっているとか……」

「わたしも昨日は吉良会長に会わせて貰えませんでした。ただ……」

「ただ?」

「声だけは聞こえました。吉良会長の独り言だけは聞こえたんです……」

「……」

「何と言っていたか聞きたくありませんか?」

「うん、聞きたくない」

「お兄ちゃんの意地悪! 聞いてくださいよ」

「……最初から喋るつもりだったんだろ」

「はい、ご名答です。それでその内容ですが……」

「……」


「道に迷ってたら親切な男がゾロゾロ寄ってくるのよ~! とか」

「よくあるパターンだね」


「消しゴム落としまくったらたくさんの出会いが始まるのよ~! とか」

「なんか小説と言うより漫画っぽいね」


「幼稚園のアルバムの男は全部幼なじみだわっ! とか」

「理屈は、あってる」


「お母さん、あたしにもお兄ちゃん作ってぇ! とか」

「家庭崩壊を望んでるのか……」


「どいつもこいつも初恋が実るって、そんなことあるわけないのよ! とか」

「……要は男にえてるんだね」


「う~ん、どうでしょう。わたしは少し違うような気がしたんですが……」

「……」

「わたし、どうしても気になるので明日も見に行きます」

 そう言うと妃織はフォークにスパゲティを巻き付けた。


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