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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
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4章 その6

 その日の夜。


 僕は布団の中でまだ二日しか経っていない今週の出来事を思い返していた。

 生徒会長が襲来し考古学部がピンチになるも突然の生徒会長更迭劇。そして浅野部長の会長代理就任。よくぞまあたった二日間にこれだけの事が起きるものだ。まるで盆と正月と童貞喪失が一緒に来たような感じだった。


 しかしそんな目まぐるしい時の流れ中で、今の僕の頭を埋め尽くすことはふたつだけ。

 ひとつは昔、双子の姉妹と一緒にあの公園に埋めた宝物のこと。

 もうひとつは、いつも妃織が見ている、あの昔のアルバム。


 お気に入りの愛読絵本『コスプレお姉さんの甘い誘惑』も今は僕の気持ちをかき立ててはくれない。

 僕は一度入った布団から起き上がると愛読絵本をベッドの下にある最重要機密保管書庫へ格納し、一階の居間へと向かった。


 時計は深夜1時を回っていた。

 よい子はとっくに寝て、悪い子が悪いことをする時間だ。

 僕はガラス戸を開け昔のアルバムを取り出す。

 大きく立派なそのアルバムは僕たち兄妹の一番古い想い出の写真が飾られている。

 粘着シートに写真が貼られその上からシートが被さっているそのアルバムの最初のページには3枚の写真。


 1枚目は僕と父が写った写真。写真の下に『直弥6ヶ月』と書いてある。

 2枚目は妃織が母に抱き抱えられた写真。『妃織1ヶ月』と書いてある。

 3枚目は僕が母に、妃織が父に抱かれた写真でこれにはいつの写真か書かれていない。


 一昨日、日曜日の夜。こっそり覗いたソファに座った妃織は小さな声でこう言っていた。


「お母さん、わたし、何か悪い魔法に掛かったみたい」


 僕の思い上がりかも知れないけど、僕の推測だと、今までの出来事を冷静に考えると、妃織は僕のことが好き、なのだ。そう、実の兄である僕のことを。そしてその許されない感情をさして『悪い魔法に掛かった』と言っているのだ。

 そして妃織は僕に救いを求めていた。

 決して許されない自分の感情を、助けて欲しいと……


 そうであれば僕はどうすればいいのだ。

 妃織に掛かった悪い魔法を解くのが、

 ブラコンという背徳の感情から彼女を助けるのが僕の役目……


 僕はアルバムを元に戻すと静かに自分の部屋に戻った。


          ***


 次の日の昼休み。


 僕は屋上で妃織が作ってくれたお弁当を食べていた。

 僕の右横には金条寺さん、左横には白銀さんがそれぞれ弁当を広げている。

 そして僕の正面には妹の妃織が弁当を広げていた。


「ねえ妃織さん、そんなにわたくしたち信用がないのかしら?」

「はい、ありません。申し訳ないですけど信用格付、ロトシックス以下です」

「別になおちゃんを取って食べようって訳じゃないのよっ」

「いいえ、取ってパクッと食べられます」


 先週のお弁当勝負以降、この四人で毎日屋上でお弁当を食べていた。

 僕が屋上に行くと金条寺さんと白銀さんがもれなく付いてくる。

 そして屋上には何故か妹の妃織も姿を現すのだ。

 そんな妃織に金条寺さんと白銀さんは不服があるらしい。


「ねえ、妃織ちゃんっ、お兄さんの守護霊やってたら、婚期逃しちゃうかもよっ!」

「大丈夫です。そもそもまだ法的に結婚できる年齢にもなっていませんから」

「妃織さん。そろそろお兄さんとのパラダイスを築かせて貰えないかしら」

「ダメです。こればかりは尊敬する茶和先輩と貴和先輩のお願いでも譲れません。ゆずれない願いです」

 黒縁眼鏡に前髪を覆い被せ、ダサイ姿の我が妹が反論する。


「あら、わたくしたちのこと尊敬してくれてるの?」

「勿論尊敬しています。吉良会長の一件も凄いと思いますし、わたしにも優しくしてくださいますし。でも、お昼ご飯はわたしも一緒です!」

 そう言うと妃織が手を合わせる。


「じゃあ、いただききますね」

 お弁当のサンドイッチを頬張ほおばる妃織。

「そのサンドイッチは何?」

 白銀さんの問いに、前髪で分かりにくいがニコッと笑顔で。

「はい、バナナサンドです。バナナは栄養価が高く低カロリー、おなかも満たせて 食物繊維も豊富、そして何より一房七十八円だったんですよ!」

「ふうん」

 白銀さんが今度は僕の弁当箱を覗き込む。


「なおちゃんのお弁当にはわたくしが料理勝負で作った唐揚げを再現しているのね」

「よく分かりましたね。ごめんなさい。レシピ真似しました。でも凄く美味しいですよね」

「妃織さん、ルックス以外は完璧ね……」

「ありがとうございます」

 またしてもニコッと妃織が笑う。


 それを見て意外そうな表情の白銀さん。

「妃織さん、今わたくしは貴女のルックスがダサくてブサイクで最低だって言ったのよ」

「はい、理解しています」

 ニコッと笑顔は揺るがない。

「怒らないの?」

「茶和先輩は尊敬していますから、平気です」

 白銀さんは呆れたような顔をして優しく妃織を見つめる。

「貴女、相当の使い手ね。貴和に並ぶ要注意人物にピックアップしておくわ」

 一体何の使い手なのだろうか。

「ありがとうございます」

 白銀さんに軽く会釈する妃織。


「それはそうと……」

 妃織が僕の方を見て言葉を続ける。


「休憩時間に三年の吉良会長のクラスの前を通ったんですけど、吉良会長が座っている席の周囲五メートルが空白地帯になってました」

「……結構広い教室でないと無理なシュチエーションだね」


「今までの独裁、わがまま、人の気持ちを踏みにじる不埒ふらちな悪行三昧に対する反感はすさまじいらしです」

「悪を斬るお侍とか、仕事人とか、凄腕のスナイパーが来ないことを祈るよ」


「昨日から吉良会長は誰にも相手にされずひとりぽっち、言葉を交わす相手すらいなくなって今日は独り言が目立つとか……」

 演劇部員が教室でひとりだけ練習をしているような状況だろうか。


「少しは反省しているのかな」

「さあ、どうでしょうね……」

 そう言いながら心配そうに口の端を下げる妃織。

「わたくしはまだ反省していないと思うわ」

「私もそう思うわっ、まだ1日経った程度だしっ!」


 白銀さんと金条寺さんはそう言うと自分の弁当に箸をつけた。


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