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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
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4章 その5

 その日は妃織とふたりで帰った。


 駅前を過ぎ人通りが減ると、黒縁眼鏡を外し、鬱陶うっとうしい前髪を綺麗に纏める妃織。

 たったこれだけであっと言う間に超絶美少女に大変身!

 何度見てもその変身っぷりは天晴れだ。

 一度『妃織プリズムパワー! メイクアップ!』とか言って変身して欲しいと思う。月に代わってお仕置きされてもいいから。


「で、今日の吉良会長のこと、お兄ちゃんはどう思いました?」

 歩きながらセーラー服姿の妃織が尋ねる。

「みんなが言っていたようにいい気味だと思ったよ。ただ、何となくだけど少し引っかかるところもあるけどね」

「どんなところが、です?」

「彼女、最後に捨てゼリフを吐いていったよね。まだ何か悪だくみを考えているんだよね」

「そうですね、きっと考えているでしょうね。わたしの背中に『わたしはブサイクです』って張り紙をしたり、お兄ちゃんの下駄箱に不幸のラブレターを入れたりしそうですね」

 心の底から痛くも痒くもない反撃だが、本当に考えていそうだった。


 妃織がチラリと僕の顔を覗きながら言葉を続ける。

「でも、あの白銀さんと金条寺さんが彼女の反撃を許すでしょうか」

「……と言うと?」

「浅野部長に聞いたんですけど、あのおふたりは先生方の信頼もそうですが、生徒会執行部の絶大な信頼を得ていたそうです」

「……」

「何でも吉良会長の悪口は一切口にしなかったらしく、浅野部長が如何いかに部員想いで先輩想いで、吉良会長の後継に最適かを説明されたとか」

「……」

「きっと最初から吉良会長の人望はゼロで、執行部の人たちの気持ちはとっくに離れていることを見抜いていたからそうしたんだと思います」


「なるほど。だけど吉良会長って凄い美人ではあったよね。男子生徒の人気だけは保てたと思うんだけど」

「いいえ、吉良会長の手下の男子生徒達はひとり残らず金条寺さんか白銀さんのファンクラブに寝返ったそうです。金条寺さんと白銀さんの魅力の前では、いくら吉良会長が美人と言ってもかすんでしまいますし、今なら乗り換えキャンペーン中だとかで」

「どこでそんな営業活動してるんだ?」


「わたし思うんです。茶和先輩と貴和先輩ってちょっとコミカルなところもおありですけど、とっても頭が良くって切れ者で、吉良会長の反撃の芽なんか、前もってひとつ残らず摘み取っているんじゃないかって」

「と言うことは、僕の下駄箱に不幸のエロ本が入れられるのも阻止できると」

「多分それは嫌がらせの範疇はんちゅうに含まれない行為だと思います」

「ごめん、願望がつい口から……」

「まあいいです。世界一心の広い妹としては、一緒に見ることを条件に、不幸のエロDVDでも許可します」

「わあい」


「ともかく、わたしの予感では、もう吉良会長は反撃どころか一矢すら報いる事も出来ないと思います」

「なるほど、そうかも知れないね。分かる気がするよ」

「多分吉良会長を待っているのは悲惨な地獄の日々……」

「……」


「だからわたし、少し心配なんです……」

「えっ、さっき吉良会長は反撃できないんじゃないかって言ったよね」

「そうじゃないんです。吉良会長が、心配なんです……」


 見るといつもの公園に赤いスカートの女の子が遊んでいる。一昨日の日曜日も赤いスカートを穿いて遊んでいた子だ。赤いスカートがお気に入りなのだろうか?

今日はひとりで『けんけんぱ』遊びをしている。木の枝で地面に幾つかの丸を描いていき、その中を踏むように片足で跳んでいく遊びだ。


「あっ、ひおりお姉ちゃん!」

 女の子が手を振りながら妃織の元へ駆け寄ってくる。

「リコちゃん!」

 妃織も微笑みながら手を上げる。

「知っているのか?」

「たまに一緒に遊ぶのよ。リコちゃんはこの公園の主で影の支配者なんですよ」

「ひおりお姉ちゃん違うよ、リコは『闇の支配者』だよ!」


 そう言うと、リコちゃんという女の子はポケットから眼帯を取り出し左目に掛けた。

「わたしの名は赤装束炎姫(レッドスカートファイアープリンセス)!」

 右手をVサインにして横向きに目の前にかざす女の子。

 なぜ彼女が毎日赤いスカートを穿いているかの疑問が解けた。きっとこの子の中二病の衣装なのだ。

 そんな女の子を見ながら妃織が僕に耳打ちをする。

「実は、リコちゃんの中二病はわたしが原因なんです」

 そう言うと妃織は先ほど外した黒縁眼鏡を取り出し、それを頭上にかざす。

「黒縁兄命姫(ダークフレームブラコンプリンセス)見参!」

「でたっ お姉ちゃんカッコイイ!」


 何だか展開が危険だ、このままでは僕まで巻き込まれる!

 身の危険を感じた僕は口笛を吹き他人のふりをした。

 そんな僕を見事にスルーして、リコちゃんは妃織を嬉しそうに見上げる。

「ねえねえ、ひおりお姉ちゃん、けんけんぱしよう!」

 よかった。普通の女の子に戻ってくれた。

「いいわよ! 少しだけね。お兄ちゃん先に帰って貰えますか?」

 よかった。ふたりとも中二病は極めて軽症のようだ。

「いや、僕も公園で少し遊ぶよ」


 何となく、暫く公園にいたかった。

 妃織と女の子が公園で遊んでいる間、僕はブランコを揺らしていた。

 いつ以来だろう。

 昔はもっと大きく感じたブランコが、狭く低く、とても窮屈に感じる。

 妃織とリコちゃんは仲良く遊んでいる。

 けんけんぱはすぐに飽きたのか、今は鉄棒をしている。


 この前逆上がりが出来たばかりのリコちゃんだが、ふと見ると連続前回りを見事に決めている。妃織が教えたのだろうか。女の子がスカートで鉄棒をするのはロリなお兄様達の目に毒、じゃない、目に薬だと思うけど、その横でセーラー服姿の妃織まで鉄棒をしている。何を考えているんだ。注意しようと思ったが、何故か妃織のスカートはめくれない。絶対にめくれない。不思議に思ってよく見ると、安全ピンを使って脚と脚の間でスカートを留めているようだ。これじゃ見えない。これはこれで詐欺だ。


 二十分ほど経ったのだろうか、妃織が女の子とお別れの挨拶をしている。

「じゃあね、リコちゃん。そろそろリコちゃんもお家に帰るのよ」

「うん、わかった。あっ、そうだ。」

 女の子は何かを思い出したように嬉しそうに妃織を見上げる。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんに特別に教えてあげる。この公園の伝説!」

「公園の伝説?」

「そうだよ、リコ聞いたの。この公園のどこかに『双子の女の子の幸せ』が埋まっているんだって」

「双子の女の子の幸せ?」

「そうだよ、どこかは分からないけど、きっと凄いお宝だよ!」

「……」

「あっ、お宝の独り占めはダメだよ。見つけたら山分けよっ!」

「手を振るリコちゃんを複雑な表情で微笑み返す妃織」

「教えてくれてありがとう! じゃあね、リコちゃん!」

「じゃあね、黒縁兄命姫(ダークフレームブラコンプリンセス)!」


「……」

「……」


「お兄ちゃん、聞きました? 今の話」

「ああ、思い出したよ。その伝説、作ったのは僕たちだと思う……」


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