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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第一章 弁当と平和(誰がために彼は喰う)
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1章 その2

「はあ……」


 学校が終わって家に帰った僕は自分の部屋に入るなり盛大に溜息をついた。

「どうしてこんな事になったんだ……」


 昼休み、妹が作ってくれた弁当を食べ終わった僕に金条寺さんと白銀さんは「第一回直弥杯お弁当コンテスト」の開催を要請してきた。要請って言うより強要だ。

「お弁当勝負で勝った方がこの先僕と一緒にお昼を食べる独占的権利を得るだなんて言われてもな。僕の平和で平凡な昼休みはどうなるんだ。妃織が作ってくれた弁当を食べながら大石や気の置けない友達と気楽に過ごす僕の平和で平凡な日常は……」


 僕がベットに寝転び天井を見ながら放心していると部屋のドアをノックする音がした。

「お兄ちゃん、入ってもいいですか」

「あぁ、どうぞ」


 ドアを開けて入ってきた妹の妃織は前髪を耳の上で纏めて黒縁眼鏡を外し、背中まで伸びた黒髪をポニーテールにまとめている。たったこれだけで見た目全く別人に見えるから不思議だ。


「お兄ちゃん、妃織はとっても心配です。わたしに出来ることはありませんか?」


 前髪を纏める緑色のチューリップの髪飾りに手を当てて、くりっと大きな瞳が真っ直ぐに僕を見つめる。その印象的な瞳に捉えられると思考回路はショート寸前だ。

 血が繋がった我が妹ながら、どう控えめに見ても抜群に可愛い。


 野暮ったい髪型や太い黒縁眼鏡をやめれば金条寺さんや白銀さんにも決して引けをとらない美貌を持っていると思うのに全く勿体ない。

 しかし妃織は、とある理由で、意図的に自分を野暮ったく見せているのだ。

 そう、妃織が黒縁眼鏡をかけ始めたのは今からちょうど一年前だった。

          

 一年前。

 学校からの帰路に三角公園と呼ばれる小さな公園があった。

 小さい頃はそこの砂場で遊ぶのが日課だった記憶がある。


 僕が高校から帰る途中にその公園を通りかかると当時中学三年だった妃織が公園で誰かと話をしているのを見かけた。相手は服装から同じ中学の男子生徒だろう。

「妃織……」

 僕は声をかけようとしてやめた。

 相手は背が高く真面目そうな好青年だった。どうやら妃織に手紙を渡しているようだ。


 暫く何かを話していた男子生徒だがやがて話を終えたのか早足で公園から出て行く。

 妃織も僕が公園の出入り口にいることに気がついたようだ。

 男子生徒が公園を出て姿が見えなくなるまで見ていると先に妃織が声をかけてきた。


「お兄ちゃん、見ていたんですか」

「うん、ごめんね。ラブレター貰ったのかい」

「それは秘密です……けど、もしそうだとしたらお兄ちゃんはどうします?」

「どうするも何も……いい事じゃないか。喜んであげなくっちゃね。さっきの人、いい人そうだったし」

「そんなのまだ早い! とか、俺の目が黒いうちは認めない! とか、そいつ一発殴らせろ! とか、盗んだバイクで夜の帳へ走り出す! とかしないんですか」

「うん、しないよ。妃織が嬉しいことだったら僕も嬉しいよ」

「でも……でも、わたしに恋人が出来たら、少しくらい悲しくなったりしないんですか」


 それは鋭い指摘だった。確かに僕は決して喜んではいない。それどころか少し気が立っている。焦りのようなものすら感じる。でも兄としては喜んであげるべきだと思った。

「悲しくなんてならないさ、妃織にお似合いの彼氏が出来たら、きっと僕も嬉しいさ」

「お兄ちゃん……」

 妃織はゆっくり俯いて、やおら僕に背を向けた。その背中が少しずつ震え始める。


「どうしたんだい妃織」

「……お兄ちゃん、わたし……いいこと思いつきました」

「いいこと?」

「ええ、とってもいいことです。わたし最近目が悪くなったので今から眼鏡を買いに行きたいです。お兄ちゃんも付いてきてくれませんか?」

「いいよ。でもいつから視力が落ちたんだい?」

「さっきです」

 そう言うと妃織は僕の手を引っ張って無言で歩き出した。

 こんな強引な妃織は滅多に見ない。無言のまま僕はついて行く。


 行き先は駅前の商店街に開店したばかりの眼鏡チェーン店だった。

 色々な形、色とりどりの眼鏡が店内にズラリと並んでいる。

 そこで妃織はいろんな眼鏡を試着しはじめた。


「この眼鏡はどうですか? お兄ちゃん」

「似合わないよ。絶対似合わない。妃織はとても綺麗な眼をしているからこっちの方がいいと思うけど」

「いえ、それは選外です」

「じゃあ、これなんかどう? 可愛くって萌えると思うぞ」

「いえ、それは論外です」

「これなんかもデキる女風でいいし」

「思いっきり番外です。あのう、お兄ちゃん」

 鏡の前で試着していた妃織が手招きをする。

「この黒縁はどうでしょう」

「だめだよ、凄く似合わない。妃織の大きな瞳が台無しだし、全然萌えないよ」

「では、こっちの黒縁は?」

「形が奇抜すぎて妃織とイメージが全然合わない。萌え要素ゼロだ。多分この店で一番似合わない!」

「じゃあ、これにします。店員さんすいません、これください!」

「おいおい妃織! それ似合わないって!」


 結局、妃織はその店で一番彼女に似合わない、太い黒縁の眼鏡を買った。

 店を出て家に帰る道中、妃織は小さい声で話し始めた。

「お兄ちゃん、実はわたし最近毎週のように告白されるんです」

「毎週のように!」

「はい。好意を持って戴くのはとっても光栄なのですけど……正直疲れます」

「その中に好きな人がいないから?」

「そうかも知れません。だからこの眼鏡を掛けれはもう告白はされないかと」

「でも、それじゃあ好きな人にも嫌われちゃうじゃない」

「わたし、自分の中学に好きな人なんていませんから」

「えっ、じゃあどこか他にいるの?」

「そっそれは……それは秘密です。そもそもいるかどうかも分かりませんし……」

「それはそうだよね。まだ中学生だしね」

「もしかしたら……すぐ近くにいるかも知れませんけど……」

「えっ?」

「いえ、そうですね。妃織はまだ中学生ですから」

 そう言うと妃織は沈黙して歩き続けた。

          

 この出来事以来妃織は太い黒縁の眼鏡をかけ、前髪を眼鏡の前に垂らすという野暮ったい髪型に変えた。勿論そんな理由だから彼女の眼鏡に度は入っていない。


 ただ、家の中では黒縁眼鏡を外し、髪をあげてポニーテールにしている。

 今、目の前にいる妃織はそんな『家の中モード』だ。

 僕は勝手にそれを『きらきらモード』と名付けている。

 そのくりっと大きい瞳はいつもきらきらと輝いているからだ。


 それに何故だか家の中にいる時の妃織は服装にも気遣っているらしい。

 今日は何故かメイド服だ。何故にメイド服? どこで買ったメイド服?

 その可憐なメイド姿はシンデレラだって裸足で逃げ出すほどだ。


 そんな『きらきらメイドモード』の妃織が心配そうに僕を見つめる。

「お兄ちゃんはどうするんですか。明日の「第一回お兄ちゃん杯お弁当コンテスト」。金条寺さんと白銀さんに強引に決められてしまって」

「どうしよう。正直困ってるよ。いきなり転校生してきたばかりの女の子にお弁当を作りますって言われても頭が混乱してしまう。それもふたり同時にだよ。僕は妃織の作るお弁当がいいんだけど」


「お兄ちゃん!」

 妃織が小さくガッツポーズをしている。

「でも、金条寺さんか白銀さんにお弁当を作って貰えるようになったら妃織の負担は減るよね」

「えっ! 何言ってるんですか。わたしはお弁当作りが楽しいんです。作る量が減ると困ります」

「そうなのかい?気を使ってくれなくてもいいんだよ」

「気なんか使ってません! お兄ちゃんはわたしが作ったお弁当を食べるべきなんです!」

「うん、まあ結論的には僕も同意見なんだけど」

「結論もアイロンもパトロンもありません。お弁当作りは家族の仕事。だから妹のわたしの仕事ですよね。わたしの大事な仕事ですよね。わたしの……わたしは……」

 妃織の大きな瞳がみるみる潤んでいく。

 自分の負担が減るのに何故ここまで妃織が悲しんでいるのか僕には分からない。

 いつも陽気で明るい妃織のこんな姿は滅多に見ない。


「ありがとう妃織。これからも僕は妃織にお弁当を作ってほしいんだ」

 パッと顔を上げる妃織。もう笑顔だ。現金なやつだ。

「でも何故か金条寺さんも白銀さんもお弁当勝負にご執心なんだよな」

「あっ……」

 急に妃織の表情が暗くなる。


「お兄ちゃん……もしかして……もしかしたらわたし余計なことをしていますか?

金条寺さんも白銀さんも凄い美人だし。お兄ちゃんの為を考えたらわたしはお弁当作るのをやめた方がいいですか……」

「心配はいらないよ。妃織の言うとおり昼ご飯は家から持って行くべきだ。食費を他所様にすがるわけにはいかないからね」

 嬉しそうに顔を上げる妃織に僕は続ける。

「やっぱり妃織が一緒だと心強いね。ただ金条寺さんと白銀さんがどうしたら納得してくれるかだよね」

「そうですよね。ふたりに納得して貰う秘策を考えないと!」

「そうなんだ。でもあの仲の悪いふたりを一緒に納得して貰う方法が思いつかないんだ」

「あの、その「ふたり」のことなんですけど……」


 考え込むような仕草をしながら妃織は続ける。

「昔お兄ちゃんのお友達に貴和さんと茶和さんって双子の姉妹がいませんでしたか?」

「うん、僕も双子の姉妹のことは覚えているんだ。名前は覚えてないけど、確か「きーねーちゃん」と「さっちゃん」と呼んでてさ。しかも金色と銀色の髪をしていた。すっごく仲がいい姉妹でさ。でもあれは双子の姉妹。金条寺さんと白銀さんって苗字が違うよね」


「そうですよね。わたし覚えているんです。昔、わたしとお兄ちゃんが幼稚園の頃、お兄ちゃんに珍しい髪の色をした仲のいい双子のお友達がいて、家の近くの三角公園でよく遊んでいた事を。しかもわたしを放置して!」

「家に帰る途中いつもふたりが公園で待っていて声をかけてきたんだよな。彼女たちと遊んで夕方家に帰ると妃織に「お兄ちゃん遅い」って拗ねられたっけ?」


「わたし拗ねてましたっけ? まあいいです。わたしがお母さんに兄ちゃんが遅いって言うと決まって「また貴和ちゃん茶和ちゃん姉妹と遊んでるんでしょ」って言ってたんです。覚えてるんです、わたし」

「よく覚えているね」


「だってお兄ちゃんが不埒な事をしないか心配だったから」

「不埒な事って、僕はどれだけませた幼稚園児だったんだ!」

「当時はそう思ったんです! ともかく金条寺さんと白銀さんってその時の双子姉妹じゃないかなって?」

「そうだよね、そう思えてくるよね。でも彼女たちは苗字が違うし、仲も凄く悪いし、よく解らないんだ」

「そうですね」

「確か毎日のように遊んだけど、出会って何ヶ月かで引っ越したとかでそれっきりだったからね。どんな顔だったとか、ましてや苗字なんか覚えていないし」


 母なら何か知っていたかも知れない。でもその母は今はもういない。

「でもね、僕はお弁当勝負がどうなってもあのふたりに仲良くなって貰いたいんだ。あのふたりが僕が知っていた仲良し双子姉妹かどうかは分からないけど、ふたりには仲良くなってほしい。それが僕のすべき事のような気がするんだ」

「そうですね、妃織もそう思います。妃織もお兄ちゃんと一緒にがんばります!」

 ガッツポーズをつける妃織だが、いったい何を頑張るんだ?


「お兄ちゃん、今日の晩ご飯はハンバーグです。もう少ししたら食卓に来てくださいね」

「あぁ、ありがとう妃織」

 しかし僕は翌日のお弁当勝負でどう振る舞うべきか、いい考えが浮かばずにいた。


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