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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
27/42

4章 その2

「何と全部で五十万円よ!」

 浅野咲美部長が笑顔で報告する。


 一昨日の土曜日、僕らが体育倉庫裏から発掘した壺の中に入っていた明治時代の古銭。

 その考古学部の取り分五十枚をコインショップに売ってきたらしい。


「すごっ! 駅前のミーハイムのアップルパイが500個買えるぞ!」

「それは無理だ。アップルパイは1日限定10個だろ、大石」

「私、スーパーの板チョコ全部買い占めてくるっ!」

「近所の子供達に大迷惑だからやめてあげて、貴和さん」

「猫屋の羊羹を一日五本ずつ戴きましょう」

「もしかして、茶和さんって羊羹が主食?」

「今日は学校裏手のスーパーでバナナ一房八十八円の特売日なんですよ! みんなでたくさん食べましょう!」

「やたらスーパーのバナナ特売日情報に詳しいな、妃織!」


「ともかく」


 浅野部長がみんなの顔を見回す。

「皆さんのおかげです。本当にお疲れさま」

 そう言いながら彼女は大きな紙包みをテーブルに置く。


「おっ、ミーハイムのケーキだ! さすがは部長!」

「わたし紅茶をお入れしますね」

「手伝うわよっ妃織ちゃんっ」

 部室の空気が幸せムードいっぱいにに染まったその時だった。


 ガラガラガラ


「考古学部はこちらかしら!」

 部室のドアを開けて赤毛の女生徒がズカズカと部室に入ってくる。

「えっ!」

 僕の脳裏に今朝の夢がよみがえる。この高慢そうな赤毛の美少女は今朝僕の夢に出てきた……


「あら、生徒会長様が何のご用ですか!」

 静かに、しかし彼女をキッと睨みつけるように浅野部長が立ち上がった。


「部員はちゃんと5人以上集まったわよ、生徒会長の吉良綺羅々きらきららさん!」


 彼女が生徒会長! そう言えば今朝の夢の中に出てきた赤毛の美少女は魔法の鏡に「会長様」と呼ばれていた。今朝の夢もまた、アニメの次回予告みたいなものだったのか。


「あら、頭数が集まればいいってもんじゃないでしょう、浅野咲美さん。この金髪とか銀髪のやる気もやらせる気も何にもない転校生を丸め込んで、頭数だけ合わせたんでしょ」

「失礼ねっ! やる気はなくてもやらせる気は満々よっ!」

「ちょっと貴和さん、今の発言は逆効果だから」

 でも金条寺さんが噛みつく気持ちも分かる。本当にイヤな感じの人だ。


「浅野さん、この一年間、考古学部はこれと言った成果をなにひとつ出せていないわよね。そんな部はやっぱり廃部よね、廃部!」

「ちょっと待ってください。私たちは先週学校の校内で明治時代の壺を発掘したんですよ」

「あら、誰かしら、このダサイ眼鏡にダサイ髪型のブサイクな生徒は。そんなこととっくに知ってるわよ。でも、それが『考古学部』の成果なの? お宝探検部じゃないですわよね、こちら!」

「うぬぐぐぐ……」

 生徒会長の吉良を睨みつける妃織。

「分かっていても面と向かってブサイクと言われると腹が立ちます……」


「ともかく」


 部室の中を貶むように見回す赤毛の生徒会長、吉良。

「今度の代議員総会で、あたしは生徒会長として考古学部の廃部を提案します!」

「ちょっ、それはあまりに……」

「浅野さん!」

 吉良会長が浅野部長を激しく睨みつける。その瞳には積年の恨みが燃えさかっていた。


「あなた、去年の生徒会長信任選挙でこのあたくしに不信任票を投じたわよね。信任率百パーセントをもって圧倒的な支持と尊敬の誉れをこの身にうけるはずだったあたくしの計画を台無しにして。あたしに盾をついたものは許さないわ」


「何を言っているの! 立候補予定だった他の候補者に対し、親の権力を笠に着て脅迫し、ひとり残らず断念させていった貴女のやり方を私は許さない! あの時、貴女のやり方を公然と批判したせいで、貴女の取り巻きに良からぬ合成写真をでっち上げられ、童貞短小包茎とのそしりをうけながら絶望の高校生活を余儀なくされた阿久里あぐり先輩の恨み。阿久里先輩がどんなに苦しんだか! 私は貴女を絶対に許さない!」


 何だかふたりには凄い因縁がありそうだが、どう聞いても吉良会長が一方的に悪役ヒールとしか聞こえない。

「ふんっ。負け犬のオーボエね!」

 犬はオーボエを吹かないだろう。このヒール女、日本語力は大丈夫か?


「それから、そこのお茶汲みやってる金髪女と貧相な胸の銀髪女もよくお聞きなさい。この星ヶ崎高で一番美しいのは、このあ・た・し。クラスの男子に少しチヤホヤされたからっていい気にならない事ね!」


 気がつくと吉良会長の左右そして背後には彼女を取り囲むように手下らしい男子生徒が十人ほど立っていた。

「ねえ、この学校で一番美しいのは、誰かしら?」

「はい、吉良綺羅々会長、貴女です!」

「では、二番目は?」

「吉良綺羅々会長の前に二番はありません! あるのは番外地です!」


 男達は見事に声を合わせて大きな声でハキハキと答えた。きっと昨晩寝ずに練習したのだろう。高校生ならもっと他に練習することがあるだろうに。

「分かったかしら、お顔が番外地な金髪ちゃんと銀髪ちゃん。あたしの前に跪きに来るのなら今のうちよ。お~ほっほっほ!」


 言いたいことを言い切ると、吉良会長は手下の男子生徒を従えて帰って行った。


「何よ今の女……」

「私の胸のこと、触りもしないで好き勝手なことを……」

「ぐぬぬぬぬ……」

 金条寺さん、白銀さん、妃織が拳を握りしめ怒りを顕わにしている。

「許さない、許さないわ、吉良……」

 下を向いて怒りで体が震えるている浅野部長。


 大石がここが出番とばかりに立ち上がる。

「浅野部長! いよいよクライマックスの討ち入りですね!」

「……大石君、それはダメだわ……」

 妃織が小学生のように手を上げ声を上げる。

「わたし、考古学部を守ります! 絶対守って見せます! 私に任せてください!」

「妃織さんもダメよ」

 浅野部長は大石と妃織に待ったを掛ける。


「あの女は、吉良という女はね、地元の有力者で代議員の家系を笠に着て、教育委員会や学校、PTAに圧力を掛け何もかも自分の思い通りにしてきた女よ。今まで彼女に刃向かった生徒達はみんな悲惨な運命を辿ったわ。あるものはお母さんをデベソにされたり、あるものはお父さんを童貞呼ばわりされたり……」


 お母さんがデベソなのは分かるが、お父さんが童貞というのは無理がないか? もしそれが真実だとしたら大変な家庭騒動の元だ。そんな僕の心の叫びを軽く無視しながら浅野部長が続ける。


「だからね大石君、妃織さん。あの女は私が何とかするわ。そうよ、今こそ阿久里先輩のかたきを討つのよ」

 忠臣蔵でお馴染みの浅野内匠頭あさのたくみのかみの正室はその名を阿久里と言ったそうだ。男女の逆はあれ、その人の名前だけで人間関係が推察されるのはこの部のいいところだ。


「ところで浅野先輩、吉良会長に勝つ勝算はあるのかしら?」

「うっ……」

 白銀さんの問いに暫し拳を握りしめ下を向いていた浅野部長は少し声を震わせて。

「……ないわ。なくても……勝ち目がなくても、やらなくちゃいけないの!」

 どうやら松の廊下あたりで襲うつもりらしい。


「浅野先輩、わたくしに任せて戴けないかしら」

 白銀さんが涼しげな表情のまま淡々と語る。

「あの女はこの考古学部を廃部にすると言ったわ。わたくしたち全員の敵よ。それにこのわたくしの完璧なバストを貧相で平ぺったくてぺったんこで洗濯板でZ軸がなくてエグれてるって言ったわ。絶対に許せない!」

 誰もそこまでは言ってないのに、相当気にしてるんだな、白銀さん。

「ねえ貴和、あなたもやるわよね」

「勿論よ茶和。久しぶりに一緒にやりましょう」


「と言うわけで浅野先輩、今回はわたくしと貴和のふたりに任せください。大石さんも妃織さんもタイタニックのような大船に乗った気持ちで安心して見ていてね」

 凄く安心できない例えだった。


「でも、妃織にも、手伝わせてください!」

「ふふっ。ほんとにいい子ね妃織ちゃんは。でも今回はダメよ。任せておいて」


 浅野部長が真剣な表情で白銀さんの前に立つ。

「ダメよ白銀さん。金条寺さんも。あの女はどんな卑怯な手段も厭わない女なのよ。ブログの改ざんも掲示板に罵詈雑言ばりぞうごんを書き込むことも、合成写真をでっち上げてのネット流出だって平気な女なのよ!無理をしても酷い目に遭うわよ」

「心配いりませんよ、浅野先輩」

「しかし……」


「心配するのなら、あの吉良とか言う女の心配をしてあげてください」

 そう言うと白銀さんと金条寺さんはお互いに顔を見合わせて、今までに僕が見たことがない、背筋も凍るような微笑みを交わしたのだった。


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