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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第三章 降伏な王子(ある晴れた日曜に)
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3章 その10

 今日の夕食はカレースパゲティにした。

 昨日のチキンカレーの残りにケチャップとバターを入れてスパゲティソースにする。

 パック入りのポタージュスープも付けてみる。

 3分でクッキングできそうだが、実際には無理だった。


 あれから茶和さんと別れて家に帰ったのは5時過ぎだった。

 妃織は留守だったが、僕が帰宅した直後にジーンズ姿で帰ってきた。


「ただいま、お兄ちゃん。先に帰っていたんですね」

 スニーカーを脱ぎ、頭からベレー帽を取ると、今朝のことには全く触れないまま自分の部屋へ入っていった。今朝のいつもとは違う妃織がまだ継続しているかのように。

 本当は朝のことを追求された方がずっと気が楽だったのに。


 日曜の夜はまだまだこれから。

 勿論僕だって朝の二の舞になるつもりは毛頭ない。ちゃんと対策は取ってある。

 兄をなめるなよ、ぺろぺろ。鋼の理性を見せつけてやる。


 夕食の準備は簡単なので、家に帰った後小一時間ほど自分の部屋でゆっくりした。

 考えるのは朝の妃織の事。

 いつもと様子が違ったのは何故なんだろう。

 三日前、雨の日の帰り道に妃織が言った言葉を思い出す。


「じゃあ、もしもわたしが突然極度のブラコンになって

毎晩お兄ちゃんの布団の中に潜んで待ち構えていたらどうします?

お兄ちゃんも世界一のシスコンになって

毎晩わたしの布団の中で待ち構えてくれますか?」


 妃織の事だから話の矛盾はシャレだろう。

 なかなかによくできたジョークだ。褒めてやりたい。

 それはそうとして。


 もし妃織が単純にブラコンだったとしたら。

 あんな、朝のような回りくどいことをするだろうか。

 妃織の性格からして、もっとストレートに来るのではないか。

 それこそ、夜、布団に潜んでいるとか。

 じゃあ何なのだろう。

 僕を誘って試している?

 何故?

 妃織は小学校の時、学級通信なる謎の無料情報誌にこんな事を書いていた。


 『わたしは世界一大好きな人と、清く正しく美しく、そしてけがれを知らないまま、真っ白なウェディングドレスを着て結ばれたいです』


 直球ストレートど真ん中にも程がある宣言文だ。

一節だけアニメの影響と、一節だけおませな文があって、親父は戸惑っていたけど。

 そんな妃織が誘っている?

 違う。

 絶対に何かが違う気がする。


 もうすぐスパゲティが茹であがる。

 僕は二階の妃織の部屋に声を掛ける。

「そろそろ晩ご飯出来るよ!」

「は~い」

 いつもの明るい声が帰ってくる。

 食卓に現れた妃織はピンクのタンクトップに青いショートパンツ姿だった。

 メイド服とかアオザイとかで現れると思っていた僕の作戦その1はあっさり粉砕された。


 予定では、メイド服とかの凝った服を着てきた妃織に、

 「そんな綺麗な服を着たらスパゲティのソースが飛んじゃうよ。

シーンズに着替えておいで!」

 とか言って服装変更を余儀なくさせる予定だったのだが。

 それにしてもその格好は露出多すぎだろ。


 スパゲティが茹であがる。

「お兄ちゃん、食卓に運びますね」

 妃織が手伝ってくれる。

「美味しそうですね。わたし、お兄ちゃんの料理大好きです」

 妃織が屈託のない笑みを浮かべる。


 やばい。可愛い。

 落ち着け直弥、血が繋がった妹じゃないか……

 僕たちは食卓で向かい合う。

「じゃあ食べようか」

「はい」

 スパゲティを上手にフォークに絡めながら妃織が僕の方を見る。


「ところでお兄ちゃん、『バトン部長はメイドさま』はお嫌いですか?」

「いや、そんなことはないよ。どっちかと言うと好きだけど、今日は気分が違うかな」

『バトン部長はメイドさま』はちょっと少女チックで今日は危険とみた。

「そうですか。しかし今日のカレースパは絶品ですね。やっぱりお兄ちゃん凄い」

「いや、単にネットのレシピ見て工夫しただけだから」

「麺のゆで加減も絶妙です。わたしには出来ない完璧さです」

「そうかなぁ、そう言われると少し嬉しいけど」


「ところでお兄ちゃんは『バトン部長はメイドさま』を観たくありませんか?」

「いや、好きだけどちょっと今日は気分がちが……」

「あっ、お兄ちゃん、今日のコーデ決まってますね。色使いが完璧です」

「そうかなぁ、単にジーンズにチェックのシャツ着てるだけだけど」

「きっとお兄ちゃんのスタイルがいいから格好良く見えるんですよ」

「妃織に褒められるとお世辞でも嬉しいね」


「それでですね、そろそろお兄ちゃんは『バトン部長はメイドさま』を観たくなりましたよね?」

「……回りくどいね。要はそれを言いたいわけだね」

「妃織のお願い、聞いて戴けませんか」

 妃織の意志が強そうな大きな瞳が僕を真っ直ぐに見つめてくる。正直、拒否する理由はどこにもない。僕も今までさんざん好きなアニメを一緒に見ようって誘ってきたのだから。

「……分かったよ。一緒に見よう」

「わあい!」


 第一次防衛ラインはあっさり突破された。


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