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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第三章 降伏な王子(ある晴れた日曜に)
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3章 その9

 映画館を出ると時刻は四時を過ぎていた。


「映画は面白かった?」

 白銀さんに尋ねる僕。

「勿論面白かったわ。なっくんと一緒だったし」

「それはよかった。僕はシアター茶会が楽しかったよ。ドキドキものだったけどね」

「あら、なっくんも結構ノリがいいのね。じゃあ今度は『シアターでケーキバイキング』を準備しておくわ。楽しみね」

「いや、さすがにそれは遠慮するから」


 今日の夕食は僕が作る番だから早めに帰らないといけない。

 朝、妃織を放っておいて飛び出してきたんだし。

 ふと朝のことを思い出す。

 今日の妃織は変だった。

 家に帰ってからも朝の調子が続くとすると……

 何か対策を考えないと。


「ねえなっくん、これからどうする」

「ごめん。今日は早く帰らないといけないんだ」

「そうなの、残念ね。じゃあ、なっくんの家の方へわたくしも一緒に歩いていいかしら?」

 白銀さんは表情を変えず尋ねてきた。

「勿論いいけど、駅が遠くなるよね」

「構わないわ。わたくし、あの三角公園に行きたいの」

「そうなんだ……」


 僕たちはふたり並んでゆっくりと歩いた。


「昔、わたくしが星ヶ崎を離れた後に聞いたんだけど、なっくんって崖から落ちて大けがしたんですってね」

「そんな大した怪我じゃないよ」

「でも手術したんでしょ」

「よく知ってるね」

「包茎は卒業したのね」

「その手術じゃない!」


「ごめんなさい、話を戻しましょう。さっきの話はわたくしと貴和がお世話になった仲居さんが教えてくれたの。偶々たまたま会ったなっくんのお母さんに聞いたんですって」

「手術と言っても傷口を縫い合わせた程度だし」

「やっぱり包茎の?」

 白銀さんは包茎に何か恨みでもあるのだろうか。


「違うよ! 右肩から胸にかけて。服を着てたら傷跡は見えないところさ」

「妹さんに突き落とされたからって聞いたけど?」

「それは違う! 僕が勝手に落ちたんだ! 妃織がそんなことするはずないよ!」

「……やっぱりなっくんは妃織さんの事だと力が入るわよね。包茎って言われても怒らないくせに。もしかしてシスコン?」

「いや、ないない。血の繋がった妹だから。まあ、頑張り屋でいい妹だとは思ってるけど」

「そうね、頑張り屋さんよね。なっくんのためなら周りが見えなくなるほど」

「えっ?」

「ごめんなさい。今のは忘れて」


やがて三角公園が見えてきた。

 見ると、朝、金条寺さんにブランコを押して貰っていた赤いスカートの女の子がいた。

 今度は鉄棒で遊んでいる。

 ずっと遊んでいるのだろうか。それとも間を置いて遊びに来たのか。


「昔はこの公園でよく遊んだわよね」

「そうだね、毎日のようにね」

「あの頃はこの小さな公園がもっと広く感じたわね」

「……」

「わたくしね、この公園に何か大事なものを忘れているような気がするのよ」

「大事なもの?」

「そう、大事なもの。それが何かはよく分からないけど」


 そう言うと白銀さんは僕の横を離れて歩き出した。

 彼女の行く先には赤いスカートの女の子。

 女の子はしきりに逆上がりの練習をしているようだ。

 さっきから何度も何度も繰り返しトライしているがうまくいかない。

 そんな女の子に白銀さんは声を掛ける。


「もう少しよ。肘を曲げてみてごらんなさい」

「えっ」

 女の子は一瞬驚いたように白銀さんを見上げたがすぐにコクリと頷いた。

「うん! こう?」

「そうよ、後は思いっきりよく鉄棒の上から後ろ側に足を出して」

「やっ!」


 !


「できたっ! お姉ちゃんできたっ!」

「よかったわね」


 女の子に手を振って微笑みながら戻ってくる白銀さん。

「凄いね。アドバイス一発で出来るようにするなんて」

「さっきから見ていて思ったのよ。あの子は肘さえ曲げれば出来るって」

「凄いや、僕にはどこが悪いかなんか全然分からなかったけど」

「こう見えてもわたくし、体を動かすことは得意なの。鉄棒もね」

「へえ、華奢きゃしゃな見かけによらないんだね」


 まだ嬉しそうに白銀さんに手を振っている女の子。

 僕は朝の光景を思い出す。

 もしこれが金条寺さんだったら……

 きっと女の子を手で支えて教えていたんじゃないだろうか。

 もし妃織だったら……

 妃織なら自分も横で一緒にやって見せていそうだな。

 そしてこの三人の誰が教えていても、あの子は逆上がりが出来るようになっていたに違いない。たとえ教え方が全く違っていても。

 タイプは違うけど、みんな心根こころねは優しい子ばかりなんだと思う。


白銀さんが暮れかかる空を見上げる。

「なっくんは罪作りな人よね」

「えっ?」

「あの頃、わたくしと貴和の初恋の人はなっくんだったのよ」

「……」

「幼い子供のことだと思うでしょうけど、女の子は初恋の人と結ばれることを夢に描くものなのよ。例え現実には滅多にないことだと分かっていてもね」

「……」

「勿論そんなことをなっくんが気に留める必要もないけど。幼い頃に想われたこといつまでも気に留めていたら、誰も恋愛なんか出来なくなるものね」

「ありがとう。とっても光栄だよ。僕は幸せ者だったんだね」

「あら、過去形? なっくんは本当に鈍感ね」

 白銀さんはサラサラの銀髪を掻き上げると、涼しげな目元に微かに笑みを浮かべる。


「じゃあ今日はこの辺で失礼するわ。妃織さんによろしくね」

「ありがとう、茶和さん。じゃあ明日また」

 公園を出る白銀さんに赤いスカートの女の子が大きく手を振る。

 それを見て軽く手を振る白銀さん。

 西の空に大きく傾いた太陽が彼女の後ろ姿を煌めかせていた。


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