1章 その1
第一章 弁当と平和(誰がために彼は喰う)
窓の外には満開の桜が見える。
星ヶ崎高校2年F組の朝のホームルーム。
2年生になって2日目の朝。
僕、日丘直弥は教室の最後列の自分の席で授業の準備をしていた。
運動神経はいい方ではないけど成績はまあまあ。
ひょろりと痩せ形で彼女いない歴イコール年齢。
いかにもどこにでもいる平凡な高校生でごめん。
今日も平凡に授業を受けて、
妹に作ってもらった弁当を平凡に食べて、
平凡にひとりで帰宅して、
昨晩録画しておいた深夜アニメを平凡に見る予定だ。
「なあ日丘、昨日始まった深夜アニメ『金髪ロボ ヤンキードール』見たか?」
左隣の席から大石が声を掛けてくる。
大石正義。結構気が合う一年の時からの僕の親友だ。
正義は「せいぎ」と読む。名前の割に結構ノリは軽い。
「いや、録画はしたけどまだ見てないんだ」
「ありゃいけるぞ。必殺技の『女王様とお呼ビーム』がどこから発射されるか見物だぜ」
「まさかストレートに直球ど真ん中とか?」
「それは見てのお楽しみってことで……」
大石とは見てるアニメが大体被っている。僕の大事な情報源でもある。
ガラガラッ!
と、教室のドアをゆっくりと開けて担任の天草先生が入ってきた。
天草金四郎先生。現代国語の担当で教師2年目の独身。クリスチャンかどうかは不明だ。
「今日はみんなに転校生を紹介する」
そう言うと天草先生は廊下の方を向いて手招きをした。
入ってきたのはふたりの美少女。
その圧倒的な美しさに教室の空気がキラキラと輝き出す。
うおおおおっ!
男子生徒はみんな涎を垂らしながら立ち上がり、
きゃああ~っ!
女子生徒もその美しさに頬を染める。
「紹介しよう。今日からこのクラスに転入することになった金条寺さんと白銀さんだ」
「留学生かしら。凄く美しい……」
「凄いわ、綺麗な金髪とサラサラの銀髪!」
しかしそれを見た僕は驚きを通り越し、教科書を手に持ったまま固まってしまった。
「これは……このふたりは今朝見た夢に出てきた……」
ひとりは金色の長い巻き髪に碧い瞳のグラマラスな美少女。
もうひとりは銀色のストレートヘアに切れ長で深緑の瞳の神秘的な美少女。
髪の色とか見た目の一致だけではない。
その人が身に纏い放っているオーラまでもが夢の中のそれと違わなかった。
間違いない。今朝の夢に出てきたふたりの美少女が目の前に現れたのだ。
「じゃあ、簡単に自己紹介をしてもらおうかな。まずは金条寺さんから」
金条寺と呼ばれた金色の髪の少女は満面に笑みを浮かべて元気に挨拶を始めた。
「はあい! 皆さんこんにちは。金条寺貴和でぇすっ。趣味は和歌と日本舞踊と大相撲観賞。座右の銘は一石二鳥。好きな食べ物は寿司とウニとイクラとアワビとお寿司かなっ。 特技は誰とでもすぐ仲良くなることですっ! 皆さん仲良くしてくださいねっ! あっ、隣の銀髪の胸ペッタン子は例外だけど!」
金条寺さんは隣に立っている銀髪少女の形のよい胸を片手で押さえつけながら横目で見下ろすように言い放った。
やられた方の転校生もドス黒い気炎を上げながら金条寺さんを睨み返している。
「ええっと、じゃあ白銀さんからも一言もらおうかな」
天草先生が苦笑いしながらそう言うと、白銀と呼ばれた銀色の髪の少女は無表情で淡々と、しかし堂々と挨拶を始めた。
「はじめまして、白銀茶和です。皆さん気軽に茶和って呼んで」
白銀さんは金条寺さんの少し前に歩み出る。
「趣味は食べても食べても太らない事。特技はケーキバイキングで完膚なきまでに元を取ること。好きな食べ物は餡子が入っていれば何でもOKよ。だからケーキじゃなくって和菓子食べ放題のお店があったら教えてね、潰しに行くから。座右の銘は 大きい事はいい事だ。あっ、でも、胸だけは大きすぎると頭に栄養が行き届かなくて脳みそタランティーノになるらしいわね、ご存知かしら?」
白銀さんは金条寺さんの制服から溢れ出んばかりに豊かな胸のあたりを蔑むように見下ろしながら言い放った。
「なんですって!」
ふたりの転校生は狼狽する天草先生を尻目に壮絶な火花を散らしながら睨みあいを始めた。
「ふんっ。夢はでっかく、胸もでっかくが私のモットーなのよっ。ささやかな胸にささやかな期待しか詰まっていない茶和には分からないでしょうけどねっ」
「大きな胸に大きな期待とたくさんの気体が詰まっていないことを祈るわ。いいこと、胸もカロリーも塩分も少し控えめが日本の美徳、侘び寂び萌えの原点よ!」
「なに負け惜しみを言っているのかしらっ。大は小をカーネルサンダースなのよ、このちっぱい!」
「残念ね。その言葉はBカッププラスαの最適サイズで文句なしの美胸の持ち主であるわたくしには当てはまらないわ。貴方10年後には垂れちゃうんじゃない?」
「百年は持つわっ」
「その頃には何の意味もないわよ」
ふたりの間から教室の中に積乱雲が立ち籠めていく。落雷は間近だ。
「は、はい、はい……じゃ、じゃあ金条寺さんの席はどこにしましょうか……」
怪気炎を上げ今にも放電を開始しそうな勢いで睨み合うふたりにギリギリのタイミングで天草先生が割って入る。
「ふうっ、まあいいわ。胸なき子は放っておきましょう…… では私はその席ですよね!」
天草先生の案内も待たず金条寺さんは教壇を降りるとまっすぐに僕の方へ歩いてきた。そして僕の右横に立つとニッコリと笑いかけてきた。
「はあい! お久しぶりね。なおちゃんっ!」
「えっ、お、お久しぶりって?」
「やっぱり忘れているのねっ。悲しいわ!」
少し残念そうにそう言うと金条寺さんは僕の右隣りの席に座った。
「先生、では私はあそこに座らせて戴くわ」
言うが早いか白銀さんもこちらへ歩いてくる。
そして僕の左横に座る大石に声をかけた。
「ごめんなさい、わたくしここに座りたいの。ひとつ後ろに動いてくださらない」
「えっ、俺が席を?」
「動いて く・だ・さ・ら・な・い!」
声は丁寧だが何と言うか凄い威圧感がある。
大石は何の抵抗もせず黙って自分の席を後方に動かした。
「ありがとう」
白銀さんはそう言うとどこから持ってきたのか、自分の机といすを僕の左横に並べた。
「お久しぶり。覚えてくれていたかしら、直弥さん!」
「やっ、やっぱりお久しぶりなの?」
「十年ぶりだものね、覚えてなくても仕方なけいど、ちょっとだけ失礼ね」
澄ました顔で僕を見ながら彼女は自分の机を僕の机に並べてきた。
「いいわ、じゃあ今日一日わたくしに教科書を見せて頂戴。それで許してあげるわ」
「あっ、今日はまだ教科書持ってないんだね。勿論いいよ……」
「茶和、何を言っているの! なおちゃんの教科書を見るのは私なのよ! 私が先になおちゃんの隣を占領したんだからっ!」
「ふふっ、教科書を見せて貰う約束はわたくしが先だわ」
「今日からなおちゃんは私のものなのよっ! だからこの教科書も私のものっ! 貴和には見せてあげないわっ」
「何を言っているの、直弥さんはとっくにわたくしの虜よ。だからこの教科書もわたくしに従属するの」
なんだなんだこの状況は。
そもそも誰なんだ、このふたりは。
僕にはこんなに好かれる心当たりはないぞ。
それにしても周りからの視線が痛い。
痛すぎる。
穴があったら入れたいくらいだ。
失礼。
穴があったら入りたいくらいだ。
「なおちゃんは貴和と一緒なのっ! 邪魔しないでっ!」
「さあ直弥さん、あんな女は無視して茶和と一緒に教科書を見ましょう」
「わかった、わかったよ! じゃあ3人で見ようよ。」
「イヤよっ! 貴和とふたりだけで見ましょうよっ!」
「茶和と一緒よね、直弥さん」
「そんなにワガママ言うのなら、他の人に見せて貰ってよね。僕は金条寺さんの所有物でも、白銀さんの虜でもないんだから!」
思わず語気を強めてしまった。ふたりは少し落ち着いたのか、僕を見てコクリと頷いた。
「仕方がないわ、茶和も見ていいわ」
「貴和こそ、少しだけなら見てもいいわ」
そう言うと僕の左右からフワリとした金髪とサラサラの銀髪が近づいてきた。
ほのかな甘く危険な香りとともに。
***
澄みきった青空。心地よい春風。
昼休み、教室に居づらくなった僕は弁当片手に校舎の屋上へ逃げてきた。
突然やってきたふたりの美人転校生挟まれて午前の授業を過ごしたけど。
「おい日丘、あのふたり、どこで知り合ったんだ? 趣味は? 誕生日は? お約束のスリーサイズは?」
「独り占めなんてずるいぞ日丘。な、例のブルーレイ貸すからさ、俺にも紹介しろよ」
「で、お前はどっちがいいんだ。俺は貴和ちゃんだな。すらりと綺麗なスタイルに、あの胸であの笑顔! たまらないね。俺は断然貴和ちゃん派を宣言する」
「なあ、茶和さんっていいよな。クールで知的で妖艶でゾクゾクするよ。お陰で変な趣味に目覚めそうだ。茶和さまのためなら何でもするって伝えておいてよ」
休み時間の度にみんなに取り囲まれて質問攻めをうけた。
でもさ、そんなこと言われてもね。
僕もこのふたりが何処のどなた様なのか知らないのだから返事のしようがない。
でも相当に馴れ馴れしくされていたから僕がふたりのことを知らないと言っても誰も信じてくれない。気分的に疲弊した僕は弁当片手に屋上へ逃げてきたって訳だ。
そう、逃げてきたんだ。
逃げてきた……はずなのに、なぜか僕の両隣には金髪の美少女と銀髪の美少女の姿が。
「うふっ、なおちゃん、貴和のお弁当を一緒に食べましょうねっ」
「いいえ、直弥さんはわたくしのランチボックスのサンドウィッチに目が釘付けよね。わかっているわ、はい、あーんして」
「いや僕はね、ちゃんと自分の弁当を持ってきているから心配無用だよ。みんなで自分の分を自分で食べようね」
「うふっ、なおちゃん恥ずかしがり屋さんなんだからぁ! 遠慮しなくていいのよっ」
「そう、遠慮は無用、減量も無用。わたくしの作った鴨胸肉ローストをふんだんに使った特製サンドを召し上がれ」
このふたり、そう簡単に僕を自由にはしてくれないらしい。
「いやいや、ほら僕の弁当も充分ボリュームがあるんだ。だから大丈夫」
「本当? ちょっと見せてっ!」
金条寺さんが僕の弁当を覗き込む。
胸元から見える豊満な胸の谷間が神々しい。
「卵焼きにたこさんウィンナー、唐揚げに塩鮭の切り身……」
「ミートボールにプチトマト、デザートにはウサギさんリンゴって、とっても普通じゃない?」
白銀さんまで覗き込んでいる。
サラサラの銀髪から清潔で甘い香りが僕を包囲し彼女の存在を知らしめる。
心臓の鼓動がどんどん早くなるのが分かる。ダメだ。こんな美少女に挟み撃ちにされたら理性がいつまで保つか。僕は残された理性を何とか奮い立たせる。
「いいんだよ普通で。ごく平凡な高校生のごく平凡な弁当なんだから」
「違うわよっ! なおちゃんは今日から貴和の彼氏。だから私のお弁当を食べるのっ」
「何を言っているの。直弥さんと茶和は既にラブラブ。だからわたくしのサンドウィッチを食べるの」
「なおちゃんは今から貴和の愛妻弁当を食べるのよっ。そして身も心もポケットに隠し持っているチョコレートもとろけちゃうの。うふっ、特製豚の角煮よ、お口あーんはっ?」
「金条寺さん、僕のポケットにチョコが入っているの、よく分かったね」
「直弥さん、まさか茶和を裏切るって事はないわよね。こっちを向いて。鴨胸肉のサンドが冷めてしまうわ」
「お弁当のサンドウィッチって最初から冷めてるよね」
「なおちゃんっ! 豚の角煮!」
「いや、だからさあ」
「直弥さん 鴨胸肉サンド」
「自分の食べるからさあ」
「なおちゃんっ! こっち!」
「……」
「直弥さん こっち」
「……」
「なおちゃんっ!」
「直弥さん」
「ちょっと待った!」
と、その時、屋上のドアを勢いよく開けてひとりの女生徒が息を切らせながら駆けてきた。
「何をしているんですか、お兄ちゃん!」
鬱陶しく目を覆い隠す前髪。その後ろにのぞく太い黒縁の眼鏡。スレンダーでスタイルはいいのに野暮ったい。僕のひとつ年下の妹、妃織だ。
「わたしが作ったお弁当というものがありながら、右から左から不埒な「あーんして」攻撃! まるで赤ちゃんのように甘やかされているその様子、やっぱりふたりの転校生を一瞬で落とした凄腕のジゴロと言うのはお兄ちゃんだったのですね!」
「ちょっと待て、どこで聞いたそんなデマ!」
「噂が広がる速さは光の速度よりも速いんです。この話はもう一年生全員ひとり残らず知ってますよ。きっと今頃サンパウロの中学あたりにまで伝搬しているでしょうね」
「ブラジルにまで伝搬するって、どんな噂だよ」
「凄く綺麗なふたりの転校生をひとりの男子生徒が電光石火の早業を使って一瞬で落としたって噂です」
「逆だよ逆。僕が電光石火の早業で軟禁されたんだよ」
「それでわたし心配になってお兄ちゃんのクラスに行ったんです。そしたらお兄ちゃんはいなくて。大石さんが教えてくれました。その電光石火のナンパ野郎はお兄ちゃんだって……」
「あのね、僕はナンパもダンパもカンパもしてないよ! だいたい僕がそんなにモテる訳ないだろう」
「いいえ、お兄ちゃんはちょっと鈍感だから気づかないだけなんです。お兄ちゃんはとってもモテるんです!」
「いや、褒めてくれるのは嬉しいけど、実際そうじゃないんだ。突然何故か一方的に言い寄られているだけなんだ」
「それをモテるって言うんです!」
埒が明かない。ここは少し話題を変えなくては。
「妃織、そんなことより紹介するよ。同じクラスに転校してきた金条寺さんと白銀さんだ」
「あらあらなおちゃんったら「金条寺さん」なんて他人行儀な呼び方は止めて頂戴っ!
私のことは「貴和」って呼び捨てにしてねっ」
「茶和のことは明るく陽気に「マイハニー」と呼んでもいいわ」
「ちょっと待ってよ、ふたりとも。今日会ったばかりの、しかも女の子を呼び捨てとか、ましてやハニー呼ばわりなんて出来っこないよ」
「何を言ってるのなおちゃん! 恋人同士なんだから恥ずかしがらずに貴和って呼んでよっ!」
「貴和のことは無視していいから、茶和のことはハニーと呼ぶのよ、マイダーリン」
「物分かりが悪いわね、そこのペッタン子! あなた早く教室に帰ったら?」
「物分かりが悪いのはそっちよ胸だけデブ! とっととお家で抱き枕と戯れたら?」
ふたりが立ち上がって僕を挟んで睨み合う。
どうしてこのふたりはすぐに喧嘩を始めるんだ。
いつ取っ組み合いの喧嘩になっても不思議ではない。
そんな一触即発の状況で、妃織が口を開いた。
「貴和さんと茶和さん?」
妃織は少し考える仕草をしたが直ぐに姿勢を正しふたりに挨拶を始めた。
「あの……はじめまして。兄が大変お世話になっています。妹の日丘妃織です」
「あっ……こちらこそっ」
「……はじめまして」
睨み合いをしていたふたりが一瞬で我に返り、バツが悪そうに妃織の方を見た。
「今日からお兄さんの彼女になった金条寺貴和です。よろしくねっ! 妃織ちゃん」
「妃織さん騙されてはいけないわ。わたくしが今日から直弥さんのハニーになった白銀茶和よ。よろしく。あ、わたくしのことは「お姉さん」と呼んでくれてもいいわ」
「よ……よろしくお願いします……お……お兄ちゃん、もしかして……わたしお邪魔してしまいましたか? 折角お兄ちゃんが……こんなに綺麗なお友達と一緒に仲良くお弁当を楽しんでいたのに……」
少し顔を伏せた妃織の声はどこか震えているようだった。
「邪魔だなんて、そんなことないよ。ねぇ金条寺さん白銀さん!」
「何度言ったら分かるのっ貴和って呼んでよ貴和って」
「ハニーと呼ばないと反応しないわ」
「もう分かったよ。貴和さん、茶和さん」
「貴和よっ!」
「ハニー!」
「これ以上喧嘩したらホントに怒るよ。それから呼び方は「貴和さん」と「茶和さん」と呼ぶからね、僕決めたからね!」
まだ何か言いたそうなふたりを僕は強引に押し切った。
「うん、納得してくれてありがとう。じゃあ改めて僕からも紹介するよ。妹の妃織です。
今年からこの高校に入学したんだ。折角だから一緒にお昼を食べてもいいかな」
「……ええ、勿論よっ。なおちゃんの妹さんなら大歓迎よっ。本当は少し残念だけど」
「そうね、勝負は明日に回して今日は一緒にお弁当を食べましょう」
「勝負って、何の勝負だよ」
「勿論私のお弁当とそこの金髪女のお弁当、どちらが直弥さんのハートを射止めるか」
「いやいや、そんな勝負なんかしなくていいからね、今日も明日も明後日も!」
「いえ、勝負は明日よ。貴和が明日は身も心もとろけるフレンチで迫ってあげるわっ!」
「直弥さんは日本料理に弱いのよ。明日はエビフライと味噌煮込みうどんだわ」
「いやいや、僕はフランスにも名古屋にも肩入れしてないからね。それに僕にはこの弁当が一番なんだ」
そう言って僕は妹が作ってくれたお弁当の卵焼きを頬張った。
「うん。少し甘めで、海苔の香りがして、ご飯がとってもすすむよ」
それまで少し俯いていた妃織が顔を上げる。
長い前髪と分厚い眼鏡で分かりにくいが、表情がパッと明るくなったようだ。
「そしてこのたこさんウィンナーも……おっ、これはっ!」
「気がついてくれましたか、たこさんウィンナーの工夫に!」
「こ、これは……ウィンナーの中に餡子が入っているぅぅ!
ウィンナーに餡子、一見合いそうにない組み合わせだが、甘さを抑えたあんこの絶妙な配合が口の中でウィンナーの塩気と抜群のハーモニーを奏であってまさに天にも昇る夢心地! これぞ極楽! これぞ道楽! うまい、うまい、うまいぞぉ!」
「お兄ちゃん、わたし餡子なんか入れてません! また料理アニメのものまねですか!」
「ごめんごめん。ウィンナーにまぶした黒胡椒が抜群に合っていたから、ついつい調子にのってしまって」
僕と妃織のそんな遣り取りをじっと見ていた白銀さんが突然僕の弁当箱から唐揚げを摘みあげた。
「失礼」
そう言うが早いか、彼女は唐揚げを口の中に放り込んだ。
「もぐもぐもぐ……んん!」
彼女の切れ長の目が大きく見開かれる。
「……本当だわ、これはただの唐揚げじゃない。おいしいわ」
「えっと、今日は赤味噌と唐辛子で味付けしてみました。味噌煮込み風唐揚げです……」
戸惑いながらも妃織が解説をする。
「……これは意外な強敵の出現ね。まさか直弥さんの胃袋が妹さんに飼い慣らされていたなんて」
「いや、別に僕の胃袋は飼い慣らされてなんかいないから」
「貴和だけ仲間外れなんてずるいわっ。私もこのお魚いただくねっ」
そう言うと金条寺さんが鮭の切り身を一切れつまんだ。
「別に何の変哲もない鮭の塩焼きっぽいわねっ。はむっ、もぐもぐもぐ……うん、味も普通だわ」
「ええ、普通のスーパーの塩鮭の切り身です。特売品だったんですよ」
「何の工夫も創作も情熱もルネッサンスもないの?」
「はい」
その返事を聞いた金条寺さんが妃織を軽く睨んだ。
「妃織ちゃん嘘つきねっ。この切り身は皮と骨が丁寧に取り除いてあって、しかも一口大に切り分けてある。立派に手間暇かけているわよねっ」
「……お兄ちゃんは皮も骨も食べないですから」
「ふふっ、妃織ちゃんってお兄ちゃんのことが大好きなのね」
「いえ、わたしたちは兄妹なので……別に好きって事は……」
何故か一瞬で頬を紅潮させる妃織。
「分かってるわよっ。仲がいい兄妹って事よっ」
「はい、いつまでも……いつまでも仲良しでいたいです」
妃織はちらりと僕の方を見ながら答えた。