3章 その1
第三章 降伏な王子(ある晴れた日曜に)
学校の体育館倉庫裏から壺を発掘した翌朝。
今日は日曜日だ。いつもより遅めに起きるのが僕の日曜日のスタイルだ。
多分まだ八時にもなっていないはずだ。もう少し布団の中でだらだらしよう。
そんな事を思いながら何気に寝返りを打つと、いつもとは違う光景が目に飛び込んできた。
「あっ、起きちゃいましたか。おはようございます、お兄ちゃん」
「へっ!」
僕は一瞬で目が覚めた。僕の部屋に妃織がいる!
「ごめんなさい。ゴミ集めに勝手に入ってきました。ノックはしたんですよ」
そう言うと妃織はベットに横たわる僕の方に歩み寄ってくる。
普段は決して僕の部屋に勝手に入ってこないのにどうして今日は。
しかも。
真っ赤なチャイナドレスのスリットから見える微かに桜色を想わせる、長く適度に引き締まった健康的な女子高生の太ももが僕の目の高さでゆったりと近づいてくる。
しなやかな太ももの曲線は中学時代チアリーティングで鍛えた、しかしあくまでも滑らかな曲線を描くふくらはぎへと繋がり僕の目をなにひとつの無駄なく引き締まった細い足首へと誘う。
やがて彼女は僕の傍らで立ち止まりたおやかに片膝を立てて跪くと、今度は少しはだけた眩しい胸元が否応なく僕の目へと飛び込んでくる。
「妃織、どうして今日はチャイナドレスなんだ?」
僕は全身全霊全ての力を集中し平静を装って尋ねる。
「この前お父さんが東南アジアの駐在地から一時帰国したときに買ってきてくれたものです。他にもシンガポールのキャビンアテンダントの制服とかアオザイもあるんですよ」
いったい父は我が娘に何を買ってくるんだ。
僕にも同じ血が流れていると思うと超恐ろしい。
「このチャイナも可愛いでしょ。膝丈までなのでちょっとだけ恥ずかしいですけど」
前髪を上げて眼鏡を外したきらきらモードの妃織。
しかし背中まで伸びる艶やかなその黒髪はいつものポニーテールではなくそのままサラリとストレートに下りている。妃織が目の前で軽く髪を振ると、いつもの清潔なシャンプーの香りに加えて爽やかな花の匂いが鼻をくすぐった。
そして僕の直ぐ傍らで跪いたままゆっくりとその整った顔を近づけて視界を占領すると、その吸い込まれそうな黒い瞳が僕を捉えて金縛りにする。
「そろそろ八時ですよ。朝食にしませんか?」
可憐で濃厚な桜の花びらのような、ぷるんとした唇から優しい声を紡ぎ出す妃織。
「分かったよ。起きるから。今起きるから」
そう言いながらも僕は布団から出ることが出来なくなっていた。
男には起ってしまって立てなくなる時があるのだ。
今、僕のパジャマは布団から出られる状態ではない。これはやばい。
実の妹をただ見ていただけなのに……
胸が熱い。
鼓動が乱暴に鳴り響く。
この音は彼女の耳にも届いてしまっているに違いない。
「お布団の中が好きならば、まだ寝ていてもいいんですよ。日曜日ですし」
妃織は僕の視線をその大きな瞳に釘付けにしたままゆっくりと立ち上がった。
ツンと上を向いた胸の膨らみはキュッと締まった腰のくびれに強調されて真っ赤なチャイナドレスに若々しくも上質な女の曲線美を創り出す。僕の視線を捉えて離さないその妖艶な瞳は微笑みを浮かべながら優しく僕を包み込むように見下ろし続ける。
僕の全身は僕の魂もろとも彼女が支配する世界に吸い込まれていた。
もうだめだ。
心臓の鼓動は制御不能に陥った。
僕は最後の力を振り絞り、なんとか彼女の瞳から視線を逸らす。
しかしそこには見事にくびれた腰からしなやかに膨らむヒップラインと、その直ぐ下から顕わになる細くても肉感的で暖かみを感じる女の太もも。
こんなに間近で見てもその柔肌は見事にきめが細かく、瑞々しい弾力を予感させる。
もう一度ほかへ視線を逸らそうともがく僕の努力は清潔なシャンプーと微かに香る爽やかでも妖しい香水の匂いの前に力尽きる運命にあった。
今度こそだめだ。
呼吸が止まる。
止まる。
あ。
でた。
指一本触れていない。
指一本触れられてもいない。
ただ彼女に見つめられただけで。
血の繋がった実の妹に見つめられただけで。
やっとの思いで妃織と反対の方向へ顔を動かすことに成功した僕は、そこにある窓の外の景色に目をやった。
「少ししたら…… 食堂に行くから……」
「はい、待ってますよ。わたしのお兄ちゃん」




