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第七話 『再会』7

 四角い閉鎖空間――アヅマ邸のバスルームで、ニーナは呆然と突っ立っていた。

 上級士官用に用意された部屋だけあって、バスルームも広い。洗い場も風呂釜も、共に大の字で寝転べそうなほどの面積がある。一人で使うにはやや広すぎるくらい――空間の余裕が少ない宇宙船に慣れたニーナとしては、特にそう感じる。


 だが、彼女が入浴時の基本装備――もこもこの布生地タオル一枚で前を隠しただけ――で途方に暮れているのは、広い空間に圧倒されているからではない。


 単純に、バスルームの使い方がわからなかったのだ。


「ええと……」


 困惑気味に首をかしげながら、再度ナノマシンを通じてホームコンピューターへとアクセスを試みる。

 ニーナの知るシステム――皇国で一般的に普及しているベーシックなもの――ならば、ナノマシンを通じた直達操作で湯を使ったり体を洗ったり出来る――はずなのだが、今度のアクセスも弾かれてしまった。


 ――アヅマはアナログ派だったっけ?


 ナノマシンを待機状態に戻しつつ、頭の中にはそんな疑問が浮かんできた。

 転倒防止のためだろうか、洗い場の床面はややざらっとした感触がする。それは勝手知ったるものだと足裏で確かめながら、ニーナはもう一度、バスルームを見渡した。


 基本的にはがらんどうの空間であり、とっかかりになりそうなものは他に見当たらない。


 他に、というのは、いま目の前にしているものの他に、ということだ。


 ニーナの目の前には、縦長の鏡があった。

 鏡に映っているのは、言わずもがな自分の裸身である。


 日課にしているトレーニングの成果か、余分な贅肉のない細く引き締まった肢体は、それでいて女性らしいしなやかな曲線で描かれている。特に胸の辺りなどは、部下にして女性としての教師でもある友人に「その細さでその大きさとか反則だわー。男どもも放っとかないでしょうよ。けっ」と太鼓判を貰っている。


 生体技術の賜物でもなんでもなく、ただ若さゆえの瑞々しさと弾力のあるキメ細やかな肌にはシミ一つ、無駄毛の一本もない。


 鏡越しにそれらをさっとチェックしながら、視線をさらに下方――足元へと移動する。


 ニーナが目を落とした先、洗い場の一端の壁際には、雑多なものが一まとめに置かれていた。

 イミテーションの木材で拵えたらしき小さな椅子に、同じ素材の桶が立てかけられている。その側には複数のボトルがあった。洗浄剤の類だろう。


 これらは理解できる。そこから少し上、立っていると膝のあたりにくる位置にある蛇口も、わかる。


 しかし、その蛇口の根元、金属質の管だか箱だか微妙な形のものがわからなかった。

 その箱――箱ということにして、それ自体は壁に半ば埋め込まれるように設置されていた。蛇口はその中央下部から生えている。箱の左端からは同じく金属質の管が伸びており、その先端がシャワーヘッドらしきものに繋がれていることから、この箱ひとつでシャワーと蛇口の二通りが使えるということなのだろう。


 ここまでも、理解の範疇だ。

 問題は、箱本体から生える三本の円筒である。


 機能の面から考えれば、うち一つが湯温の調整に使うもので、一つが蛇口とシャワーの切り替え、残る一つを操作することで湯を出すことが出来るはずだ。

 しかし、どれがどの円筒かはわからなかった。操作を間違えると頭から熱湯をかぶることになりかねない――過去に読んだタイムトラベル物の軍記小説に、そういうシーンがあった――ので、自然と慎重になった。


 念のためシャワーヘッドを横に回してから、恐る恐るといった様子で、円筒の一つに手を伸ばす。


 押したり引いたりしてみても、びくともしない。しかし、横方向に力が逃げていく感触はあった。


 ――回すタイプか。


 意を決して、一息に円筒をひねった。そして、


「わひゃっ」


 勢いよく飛び出た水の圧力で横向きだったシャワーヘッドが回転して頭から冷水をかぶり、慌てて逆にひねる。


「…………」


 鏡に映る自分と、目が合った。

 濡れた前髪からポタポタと滴をたらしながら、呆然とした顔で固まっている。鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、こういう顔のことか。


「……ふっ」


 ひどく間抜けな姿で、ふいに噴き出してしまった。


「くくっ……あははははっ」


 おかしくなって、そのまま笑い続ける。


 だってそうだろう、さっきまで別のことで悩んでいたというのに、今はこのざまだ。全裸で頭から冷たい水を浴びて固まって、あほみたいだ。


「はははは……はぁ」


 最後に一息ついて、笑いの波を鎮めた。


 アヅマと歩きながら、平静を装った仮面の下で、激しく動揺していた。

 どういうつもりで自分を誘ったのか。やはりそういうつもりなのか。再会した当日だというのに、そういう考えなのか。再会と言っても過去にそういう関係だったわけでもなく――なにせ当時の自分は子供だった――ならばどういうことなのか。


 その一方で淡い期待、甘い気持ちも湧き上がり、それが困惑に拍車をかける。昔からアヅマのことは意識してきた。だがそれは主席の座を争うライバルとしてであり、その後離れてからも、信頼出来る同僚、尊敬する軍人の一人としての認識だったはずだ。直情径行だった子供の頃に散々突っかかっていったが、邪険に扱うこともなく、対等な士官候補生として対応してくれたことには感謝もしている。だがしかしそれだけで、惚れた腫れたということではなかったはずだ。


 先ほどまではそうして内心で悶々としていたはずが、今はひどく落ち着いていた。

 まさしく冷水を浴びせられた気分というやつだろう。


 そもそも、相手があのアヅマである。朴念仁をこじらせてロリコンだの同性愛者だの言われるような人間が、再会した日に『お持ち帰り』など考えるはずがない。


「くくく……」


 再びぶり返した笑いの――今度はやや自虐的な――衝動を噛み殺しながら、再びカランのツマミへと手を伸ばす。

 今度はあやまたずお湯が出た。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





 そうしてシャワーを終えたニーナは、洗濯機にアクセスしようとして厳重に施されたセキュリティに気づき、棚の奥にあったバスローブを引っつかんでバスルームを飛び出した。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





「いやごめん、ホームキーパーが勝手にセキュリティを設定したみたいで」


 すぐ解除するからと、やや慌てた様子でアヅマがホームコンピューターをいじっている。

 詰め寄っていたニーナはそれに軽く頷くと、軽く息をついた。板張りの床はひんやりとしていて、湯上りの裸足に心地よい。


 実のところニーナは、あまり怒ってはいなかった――いや、リビングへ突入したところまでは確かに怒りもあったのだが、今は呆れの成分のほうが強い。


 思い返してみれば、平時のアヅマはこのように抜けた部分が多々あった。変わってないなぁなどと、ため息の一つもつきたくなる。


 それに、アヅマのあの慌てようだ。あたふたしているアヅマの様子がおかしくておかしくて、ついからかってやりたくなってしまった。


 今は怒っていないどころか、しかめ面を維持するのがやや厳しかったりする。


 ――もうそろそろ、いい頃合いかな。


 ひとつ頷いてセキュリティ解除の報告を受けたニーナはそう考えたが、続く不用意な一言で、しかめ面は続行となった。


「でもさニーナ、風呂入る前に気づいてもいいんじゃないか?」


 ばつが悪かったのだろう、やや目をそらし気味にそうのたまうアヅマへ、ニーナの鋭い視線が突き刺さる。


「……髪を乾かしながら、と思ってね。それを言うならアヅマ、普通は家主が真っ先に気づくものだろ」


 思わぬ反撃にぐ、と言葉を詰まらせたアヅマの様子に溜飲の下がったニーナは、さっそく洗濯機を稼動させるべくきびすを返す。


「ちなみにニーナ、扉もセキュリティで開かなかったはずなんだけど?」

「こじ開けた」

「……あ、そう」


 背中越しにそんなやりとりをしつつ歩き出したニーナだったが、数歩も行かぬうちに軽快な――そして古風なチャイム音が鳴り響き、驚いて立ち止まった。


 何事かと振り返った先では、アヅマが顔に手を当ててうつむいている。


「…………なに?」


 なにやら厄介ごとのような雰囲気に、小さく呟くニーナであった。

まさかのサービスシーンTAKE2。

なぜかこうなりました。

こんなんが好きとかじゃなくて、気づいたらこんなん書いてました。気づいたらなぜか。

世の中って不思議ですね。

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