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第四話 『再会』4

 柔らかな、それでも必要十分な明度を保った間接照明が照らす木目調の落ち着いた雰囲気の個室に、合板のテーブルを挟んで一組の男女が向かい合って座っている。

 礼装の上衣を脱いでシャツの袖もまくったアヅマと、着座でも姿勢を崩さないニーナだ。


 宇宙軍本部の廊下で七年ぶりに再会した彼らだったが、時刻は十四時にさしかかろうとしていたこともあり、立ち話も何だというニーナの主張で昼食を共にすることとなった。店選びは半ば押し付けられる形でアヅマの担当になったが。


 そのアヅマが提案したのは『麺屋』であり、ニーナは当初「……相変わらずだね」などと軽い嘆息と共にこぼしていたものだが――


「気に入ったよ。いいねここ、なんか落ち着く。メニューも豊富だ」


 注文用の3Dスクリーンを片づけながら、そう言ってのけた。


「二年前に出来た、ここら一番の人気店らしい。天然素材と人の手による調理、接客を売りにしてる。その分お値段は割高だけど」


 現金なものだと思うアヅマだったが、口に出したのは当たり障りのない言葉だ。

 アヅマとしても定期購入しているグルメ誌で見かけて以来、機会があれば来たかった店だ。連れが気に入ったのなら、水を差すような無粋はすまい。それが美人とあらば尚更である。


「それよりニーナ、頼みすぎじゃないかい?」


 ニーナが注文したのはきつねうどんにフォー、一品料理の湯葉巻き。細身の女性一人が頼む分量ではなく、食べきれるのかという問いかけだったのだが、


「軍人は体力勝負だからね。そういうアヅマだって、ずいぶんと注文したじゃないか」


 かけそばにラーメンに温麺と、麺ばかり三品も頼んだアヅマに言えた義理ではない。

 あっさりと反撃され、嘆息が漏れる。


「……まあ、こういった汁ものの麺は船じゃあ食べられないしね」

「確かに」


 苦し紛れの軽口で返すと、ニーナも同調して笑った。

 船内の食事で、汁物がまったく出ないというわけではない。だが、食器や配膳、残飯処理など諸々の問題があり、こういったメニューは排除されがちだった。


 宇宙船乗りとしては定番のジョークの一つでもある。いわく、「地上に降りたら何をするか? 風呂に入って、うまい酒を飲んで、そして腹いっぱい麺を食うのさ」と。


「ともあれ、だ」


 ひとしきり笑ったニーナが笑顔のまま、古式ゆかしい給仕服に身を包んだウエイトレスの運んできた陶器――イミテーションだが――の湯飲みに手を伸ばす。


「乾杯しようか、アヅマ」

「乾杯?」

「再会と、アヅマの昇進と、今後ともよろしくってところかな」


 アヅマが准将へ昇進するということは、愚痴混じりではあったが、店への道すがら話している。

 右手で軽く湯飲みを掲げて「ただのほうじ茶だけどね」と苦笑するニーナに「そもそも未成年だろう」と適当に返しながら、アヅマはちょっとした感傷を味わっていた。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





 ニーナ・アレクセエヴナ・トルスタヤ。『ヤマタ皇国宇宙軍上級士官養成所』――通称『士官学校』の卒業生で、アヅマの同期である。


 士官学校は『学校』と呼ばれていても教育機関ではなく養成機関であり、在籍する人間の年齢は幅広い。一〇ティーンの少年少女もいれば、通常の学校を卒業後に入ってくる二〇歳前後の青年層、社会人経験者や現役の下士官もおり、中には三〇歳を越えた者もいた。


 一般企業では軍経験者が厚遇される傾向にあるヤマタ皇国では、任官して数年で辞めてしまう人間も多く、慢性的に人手が不足しがちな宇宙軍士官の数を揃えるため、入所に年齢制限を設けていないからだ。


 その中でもニーナは歴代二番目に若い一〇歳という年齢で次席卒業を果たした才媛であり、その後も順調に昇進を重ねてきたらしく、襟元につけた大佐の階級証――黄色地に黒い線が三本入り、花弁をあしらった星が三つ並んだもの――も馴染んで見える。


 前線の軍人らしくさっさと食事を済ませ、今はデザートのみつ豆をつつきながら顔を綻ばせるその姿はとても穏やかなものだが、七年前を知るアヅマとしては驚きを禁じえないものでもあった。


「しかしニーナ、随分と落ち着いたね」


 水を向けてみると、彼女としても自覚はあったのだろう、気まずげに視線を逸らされた。

 七年前のニーナは気が強い――というより癇癪持ちで全方位に噛みつかんばかりの地雷娘であり、特に当時主席の座を争っていたアヅマには、事ある毎に突っかかっていた。


 それでもどこか憎めず、名実ともに子供だからということで年の離れた妹のように思っていたアヅマは、純粋に成長を喜んでいたのだが、ニーナとしては後ろめたく思っていたのだろう。


「いや、まあ、あの頃は迷惑をかけたというか……忘れてくれると、その、なんだ」


 目を泳がせてごにょごにょとなにやら言っている。

 こういった態度も新鮮であり、実に微笑ましい。娘を持った父親というのは、きっとこんな気分なんだろう――などと益体もないことを考えながら、知らずのうちに頬をゆるませるアヅマであった。


 決して視線を合わせずしどろもどろに言い訳じみた言葉を並べていたニーナだったが、やがてアヅマの視線に気づく。ニヤついた――本人の思惑はどうあれ――その表情に、からかわれたのだと思ったニーナは、一転してキッと睨みつけると、抗議の声を上げた。


「そんなことよりだ、もっと他に言うことがあるだろう。大きくなったとか綺麗になったとか。どうなんだアヅマ」


 彼女は自分がなにを言っているのか理解しているのだろうか。

 耳まで赤くしながら発せられたその言に、今度はアヅマが目を逸らす番だった。


「いや、いろいろ成長したと思うし、綺麗になったと思うよ。うん」


 薄く化粧の施された整った顔は、素材の良さも相まって人目を惹くものがある。絶妙な具合に崩して結われた綺麗な銀髪は凛々しさと女性らしいやわらかさを合わせ持ち、男女関係なく道行く一〇人が一〇人とも振り返るのではないかと思わせる。


 改めて意識してしまうと気恥ずかしくなり、目を合わせられなかった。


「どこに向かって言ってるんだ、ちゃんとこっちを見て言え」


 目を合わせられない理由はもう一つある。

 動転しているニーナは気づいていないだろうが、テーブルに両手をついて身を乗り出す格好になっているため、いまアヅマが正面に向き直ると、開襟シャツから覗く胸の谷間が視界に入るのだ。


 健全な青少年男子たるアヅマには刺激が強すぎる。


「おいアヅマ、聞いているのか? だいたいお前はだな――」


 直ったのではなく鳴りを潜めていたのだろうか、癇癪が顔を出したかのように興奮状態のニーナは、尚も言い募る。話題はいつしか士官学校時代のアヅマへの愚痴というか駄目出しのようなものになっていき、口調も段々と乱暴なものになっていった。


 始めのうちは宥めるように軽く両手を挙げながら胸中で「懐かしいなー、あの頃もこんな感じだったなー」などと現実逃避していたアヅマだったが、話題が当時後輩の間で囁かれていた『アヅマ少女趣味ロリコンもしくは男色家説』に触れるに至って、対処せざるをえなくなった。


 このままではらちが明かないし、なにより黒歴史をほじくり返されるのは楽しくない。


「あー、とりあえず落ち着こう、ニーナ」


 と言っても、なにか妙案があったわけではない。アヅマが取った手段は、場当たり的なものだった。

 明後日の方を向いたまま、片手で自分の胸元を指差して見せただけである。


 効果は絶大だった。


 弁舌を遮られキョトンとした顔で首をかしげたニーナだったが、やがてアヅマのポーズの意味に気づくと、わたわたと胸元を両手で隠して椅子に腰を落とした。


「…………」

「…………」


 互いに顔を合わせないまま、気まずい沈黙が流れていく。


 アヅマの取った手段は下策だった。その自覚もある。

 だがしかし、他にどうすれば良かったのかもわからない。


 とりあえず殴られなかったのは僥倖ぎょうこうだと思っておこう――アヅマは自分を無理やりにそう納得させると、話題を変えることにした。


「ところで、ニーナも本部に用事があったのかい?」


 何事もなかったかのように――というより何事もなかったということにしようと平静を装うアヅマに、一瞬むっとした表情を見せたニーナだったが、不毛だと悟ったのだろう、ひとつ嘆息すると思惑に応じることにした。


「ああ。試験航行が終わったので地上に降りてきてみれば、アヅマが本部にいると聞いてね。久々に顔見せがてら、着任の挨拶でもと思ったんだ」


 だが、それはアヅマに別の困惑を与える結果となった。


「……着任?」


 試験航海というのもわからないが、着任という言葉も意味がわからない。

 もちろん言葉の意味がわからないというわけではなく、なぜ『ニーナ』が『自分に』『着任の挨拶』をするのか、ということだ。

 口ぶりからして、その理由はアヅマも知っていることが前提なのだろう。


 そこで、ふと思い当たることがあった。


「……まさか」


 思わずそう漏らすと、対面のニーナは呆れたような顔をしている。


「……近藤元帥からどこまで聞いた?」

「……軽巡と駆逐艦を組み合わせた部隊を新設することになって、私がその司令官になるってくらいかな。ニーナが直属の部下になるっていうのは今知った」

「……そう」


 嘆息混じりのニーナの質問にアヅマが正直に答えると、彼女は頭痛をこらえるようにこめかみに手を当て黙り込む。

 先ほどまでとは別種の気まずい雰囲気が、狭い室内を支配した。


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