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第二話 『再会』2

 深くため息をついたアヅマを眺める優子の目が、スッと心なし細められた。

 上官の前で堂々と嘆息してみせた不届き者に対して怒りを覚えたわけではない。その証拠にその目は、いっそう愉しげな光を放っている。


 呼吸のリズムや目線、表情、挙動の端々に現れる力の入り具合。

 そういったこまごまとした部分から滲む緊張を、優子は読み取っていた。


 だが今は、それらが一切読み取れない。

 彼は自然に脱力している――それこそ、だらしない一歩手前なくらいに。


 試しに、まとう雰囲気を切り替える。

 組んだ足の上で頬杖をつくその姿勢も、キツネじみたその表情も、なにひとつ変わっていないはずなのに、先ほどまでの茶番じみた空気は掻き消えている。代わりに、一瞬で空間を無形の圧力が満たした。


 しかし、アヅマは眉一つ動かさない。ソファにゆったりともたれて、あくびの一つでも漏らしそうな風情だ。


 威嚇や虚勢などではなく、それが彼の基本姿勢なのだろう。これまで様々な人間を見てきた優子は、自身の経験を元にそう判断して、胸中でひとつうなずいた。


「ところでアヅマ大佐」

「は」


 この段階でアヅマは、自分が目の前の女性に試されていることを確信していた。

 だが、それで対応策を考えたりはしない。


 試される理由も彼女の目的も確信はできない――いくつかの候補は予想できるが――この段階で頭を悩ませるのは無駄だと判断したのだ。

 今は情報を集める段階だと割り切り、優子の言葉を待つ。


「『ソロモン事件』のことだが、君はどう考えている?」


 表面的な部分だけを見れば、共和国艦隊と皇国警備艦隊との典型的な遭遇戦とも言える。遭遇戦そのものの内容は色々と物議をかもしかねないが、領域を侵した艦隊と警備部隊が鉢合わせて砲火を交え、その後は政府が外交を通じて喧々諤々とやり合うといった大筋の流れとしては典型的と言えよう。


 この辺はごく一般的な解釈であるし、戦闘詳報に関しては入院中に何度も聴取を受けている。軍の重鎮がわざわざ時間を割いて直接聞き出すようなことでもないし、そのような雰囲気でもない。


 ここであえてとぼける、という選択肢はアヅマにはなかった。この場で優子の機嫌を損ねると自分の不利益につながると、アヅマの第六感はそう告げている。

 だから、聞かれたことを聞かれたとおりに――アヅマなりの見解を答える。


「危険な兆候だと考えます」

「ほう?」


 語尾を上げた相づちは、続けろという意味だろう。どうやら正着のようだ。


「理由は三つ。一つは、ソロモン宙域にまで侵入を許したこと。今は主要航路ではないとはいえ、カナル航路の皇国側三分の一を素通りさせたことになります。警備計画の見直しが必要かと」


 アヅマの言に苦い顔でうなずく優子。

 だがこれはわかりきった事柄であり、警備計画の見直しの必要性はこれまで何度も言われていたが、その度に予算と人的資源の両面を理由として退けられてきた。背景には皇国の体質の問題もあり、ここで論じても不毛なだけだということもわかりきった事柄である。特に掘り下げることもせず、アヅマは続けた。


「二つは、皇国領域に根を張る海賊船団が共和国艦隊と連動する姿勢を見せたことです。共和国が海賊を取り込んだのか、そもそも共和国の人間が我が国で海賊をやっていたのか。

 前者か後者かで問題の深刻度は変わりますが、いずれにせよ早急に対処すべき問題かと」


 これにも優子は黙してうなずくだけだ。

 前線の一軍人にすぎないアヅマよりも、元帥として後方から全体を統括する優子の方がよくわかっている問題だろう。

 ここまでは、互いの共通認識を確かめるためのもの。

 本題は次だ。


「最後は、遭遇した共和国艦隊が必死だったことです」


 さきほどの質問で聞きたかった――確かめたかったこと。それは、後方に座していてはわからない、事務的に経緯と結果を記した戦闘詳報にも漠然としか表れない、現場にいた人間しか感じることの出来ないその場の空気だった。


 優子の視線が僅かに鋭くなったのに、アヅマが首肯を返す。


「他国の領域へ侵入し、現地でなにやら暗躍する。露見すれば重大な外交問題に発展するような大事だ、必死になるのも当然ではないか?」


 だが、優子が口にしたのは、アヅマの懸念を否定するような言葉だった。表面上は「それは被害妄想じゃないのか」と言っているようにも取れる。

 これに今度は首を横に振るアヅマ。


「確かに、執拗に追われ、大勢の部下を失いました。彼らに対して思うところはあります」


 口に出しては互いの意見を否定しあっているが、その裏では互いに互いの真意を正確に読み取っていた。

 台本のある、一種の芝居じみたやり取りから、やがて本質へと近づいていく。


「しかし、それでも、です。彼らは必死すぎた」


 突破した後、こちらを追いかけてくる彼らの安全マージンを度外視した艦隊運動を思い出す。

 ひとつ間違えば艦体が引きちぎれかねない急速回頭からの再加速。全ての艦が運動には成功していたようだが、外から見えない部分にダメージは出ているだろうし、吸収しきれない慣性により負傷者も出ているだろう。


 また、浴びせられた砲撃の密度も高かった。あれだけの砲撃を最大戦速のまま行えば、機関が焼きつきかねないほどだ。


 なにより――


「反応弾頭の威力圏内を突っ切って特攻をかける。正気の沙汰ではありません。単なる任務のためとは思えない」


 意地もあったかもしれない。

 戦力差は圧倒的であり、艦の数だけ見れば戦闘というよりも最早狩りの様相だった。


 それが窮鼠に噛まれた猫のような事態になり、激高して――という可能性も考えられなくはない。


 だがそれは戦力差をかさにきた驕慢であり、どこかしらに緩みとして表れるものだ。アヅマにはそれは感じられなかった。


 更には、事の顛末だ。

 救援艦隊の到着からすぐ撤退へと移った彼らは、皇国戦艦との速力の差もあり、まんまと逃げ切った。


 それはいい。

 問題は、逃げる彼らのうち一隻の駆逐艦がソロモン宙域へと再突入し、航行不能状態で漂っていた共和国駆逐艦を艦砲で徹底的に破壊すると、自らは縮退炉を暴走させて自沈したということだ。


 宙域の生存者は当然のごとくゼロ。

 間違いなく口封じのためだろうが、無理心中のようなそのやり口には、狂気めいたものさえ感じる。


 ゆえに、アヅマは断じる。


「彼らには、何事か後に引けない理由があったように思われます。それこそ、命を投げ出すほどの」


 今回の件には、なにか裏があると。


 優子は再び沈黙している。

 言い切って口を閉ざしたアヅマの気だるげな――やや真剣味は増しているが――視線と、こちらはさきほどまでと寸分違わぬ優子の視線が絡み合う。


 にらみ合うと言うにはやや以上に緊張感にかける視線の交錯が続くことしばし――吸いさしの葉巻を灰皿でもみ消すと、優子が立ち上がった。

 そのまま腕を組み、ゆっくりと歩きながら口を開く。


「『ヤマタ皇国』はもともと、戦火を逃れ流れ着いた流民と難民と棄民が作り上げた星系国家だ」


 語りだしたのは、会話の流れとは一見無関係に思える国の成り立ちだった。

 だが、これも共通認識の確認だと承知しているアヅマは表情も変えず、優子の芝居じみた動きを眺める。


「この星系は居住可能惑星に加え、エネルギー・鉱石・水資源と三拍子揃った理想的な場所だった。そのくせ辺境も辺境、人類圏の外縁ギリギリの位置で、ろくな航路もなかったものだから隠れるのにもちょうど良い。

 銀河規模の統一国家が出来たり滅んだり、暦が変わったり、まあ中央でごちゃごちゃやってる間に辺境でひっそりやってたわけだな」


 かなり乱暴な言いようだが、大筋はそのとおりだ。現在は大規模な航路もいくつか開拓され近隣国家とも国交があるが、それもここ一〇〇年ちょっとの事である。


「最初に流れ着いた連中が中心となって貴族を名乗り、皇室を立て、社会を形成した。その間も続々と流れてくる連中を受け入れながらな。

 そういった連中は大概がなんだかんだで適応していったが、まあ一部の連中は海賊化したり犯罪に走って公安連中の頭痛の種になってる。スパイの問題もあるしな」


 笑い事ではない社会問題なのだが、語る優子の様子はどこか他人事だ。

 軍人の職分ではないし、口を挟む領分でもないと思っているのだろう。軍がこういった問題に下手に関ってこじれると大きな火種となる。そのことを優子は知っていた。


「問題はいろいろあるが、単独で成り立つかわりに孤立に近い状態だったヤマタ星系にとって、流民は貴重な情報源でもあった。中央から流れてくる連中の中には技術者もいたし、そういった意味でもな」


 外部と接触を断ってしまえば、情報にしろ技術にしろ停滞する。中には内部で奇怪な進化を遂げる例もあるが、それは例外に近いごく小数であった。

 だからこそ流入する情報は貴重であったし、民の流入と受け入れは今になっても続いている。

 それこそ、『アルストレム共和国』からも。


「まあつまり、だ。向こうの目的については見当がついているんだ」


 やはり芝居じみた動きで振り向いた優子は、もったいぶったわりにはあっさりとした口調で、そう言い放った。

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