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第一三話 『試験艦隊』4

 ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイもシャツのボタンもゆるめ、執務用のシートにどっかりと腰を下ろす。

 自動で形態を変えるクッションに、まるで優しく包み込まれるような安らぎを感じつつ、アヅマは深く息を吐いた。


 場所は軽巡『川内せんだい』の司令室。ここには執務室の他に小規模の会議室、更には寝室に浴室、台所まで続き部屋として用意されている。軍艦、それも軽巡のような中型艦とは思えない贅沢なつくりだ。


 星暦五九八年、九月五日。

 アヅマが第二宙雷戦隊司令官として、軌道リング併設ドックに入渠している『川内せんだい』へ着任してから、かれこれ二週間あまりが経っていた。


 ――長いのか、短いのか。


 リクライニングでほぼ寝そべるような形になりながら、しわの寄った眉間を揉み解す。


 考えるのは、自らに課せられた職責――第二宙雷戦隊のことだ。


 宙雷戦隊は、光子魚雷をより効率的に運用する戦術を模索するために設置された試験艦隊だ。今回は手始めとして、役割の違う二個艦隊が新設されている。第一宙雷戦隊は従来型の艦船をもって魚雷運用を。アヅマの所管する第二宙雷戦隊は、艦自体にも改修を施し、新たな戦術の策定を。


 これらはそれぞれ別の――宙雷戦隊設立に推進的立場を取った――元帥の直轄するところであり、アヅマの直属の上司は近藤優子元帥ということになる。これも頭痛の種のひとつではあるが、余談か。


 その上司から副官アンナを通じて下された指令が、アヅマの頭の中に蘇る。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





『とりあえず、だ』


 ナノマシンを通じて網膜に直接投影された優子の映像が、アヅマに語りかける。


『前提として、第二宙雷戦隊――二宙戦に所属することになる駆逐隊は、目下全艦改装中だ。とりあえずそれが済むまでは、艦隊での出航はできん』


 例によって例の如く、狐のような笑顔でのたまう優子。


『まあ、『川内せんだい』だけは別の目的で改装してたのを手直しして引っ張ってきたからな。単艦でなら今すぐ運用可能ではあるが』


 なんでも見透かしたようなニタニタとしたその笑みは、記録映像だというのに妙な威圧感さえ感じる。


『まずは、アヅマ准将。シミュレーションを通して艦隊を掌握しろ。次いで戦術の評価。詳細な演習プログラム案はアンナ大尉に渡してある』


 まるで、優子本人が目の前にいるかのような錯覚さえ抱く。アヅマには、優子が本物の物の怪のたぐいに思えていた。


『なお、二宙戦内部における限り、貴官の自由裁量を認める。プログラムの手直しでも戦術立案でも、好きにやれ。期待しているぞ』


 最後にとびきり不穏な笑みを浮かべて、妖狐(優子)の映像は薄れて消えた。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





 ――思い出したら胃が痛くなってきた。


 盛大に顔をしかめ、胃の辺りをさする。

 ナノマシンの恩恵もあってか体の丈夫さには自信があったアヅマだったが、苦手意識のためだろうか、優子が絡むとどこかしこに変調を来たすような気がしている。


 ――頓着とんちゃくしていても仕方ない。


 それに精神衛生上よろしくない。そう考え、頭を振って無理やり思考を切り替えたアヅマのもとへ、来客を知らせるメッセージが届けられた。


「どうぞ」


 怪訝けげんに思いながら執務室の扉を開放する。「やあ」と気軽な挨拶と共に入ってきたのは、ニーナだった。


「ニーナ、残ってたのかい?」

「まあね」


 シートを起こし、姿勢を正したアヅマの問いに、ニーナは両手に持ったボトルを軽く掲げてさらっと答える。ボトルの片方をアヅマへ手渡すと、そのまま横の壁面からシートを引っ張り出して腰掛けた。


 今日は休日に設定してある。乗組員たちは今頃、軌道リングの一般区画へ繰り出すなりして羽を伸ばしているところだろう。中には連日の演習による疲労を自室で癒す者もいるだろうが、彼女もその部類なのだろうか。


 それとも――


 いまいち掴みきれない顔で、持参したボトルからストローをつまみ出してくわえるニーナを見やる。妙な色の液体を一口飲み込んだニーナは、難しい顔で、目の前に持ち上げたボトルを睨んでいた。


「…………とりあえずニーナ、なにを持ってきたんだい?」


 自分で持ってきたものに「なんだこれ?」という視線を向けるニーナへ、胡乱うろんな目を向けるアヅマ。どこからつっこめばいいのかわからない。


 ニーナのことだ、訪問の目的がなにもないということもないだろうが――気まぐれで邪魔しにあらわれる珍獣アンナは一人で十分だ。アヅマは心底そう思う。


 アヅマの胸中の懊悩に気づいたわけでもないだろうが、ニーナは「あ、ごめん」と申し訳なさそうに謝ると、アヅマへと向き直った。


「とりあえずこれは、『川内ウチ』の料理長が『気分転換にはこれ!かもしれない!』って力説してたから貰ってきたんだ。試作品だって言ってたけど……甘いのか酸っぱいのか、よくわからないな」

「ああ、そう……」


 どう返せばいいのかわからないアヅマには、生返事を返すことしか出来なかった。これはいよいよ、アンナの悪いところが感染した(うつった)のか、と薄ら寒いものをすら感じる。


 が、それはアヅマの杞憂きゆうに過ぎなかったらしい。


 コホン、とひとつ咳払いをすると、ニーナの表情にやや真剣なものが混じった。

すいまAのこうげき!

すいまBのこうげき!

しごとAはちからをためている!

すいまCのこうげき!


さくしゃはちからつきた!




いや、なんというかアレですアレ。

短くてごめんなさい。

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