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第一二話 『試験艦隊』3

 星系国家ヤマタ皇国、主星ヤマタをぐるりと囲む軌道リング。ヤマタにおける人口構造物として最大規模を誇るその巨大な輪環の一角、首都イカルガのほぼ直上に位置する区画ブロックには、数多あまたの軍事施設が敷設されている。


 首都に近しいということで民間の利用者数も多い区画ではあるが、それゆえに、治安維持に努める必要性もまた高い。また、ヤマタ特段の問題として、流民にまぎれて侵入を試みる他国の工作員・諜報員の流入を水際で最大限阻止するという狙いもあった。


 星暦五九八年、八月三一日。


 軌道リングに併設された宇宙軍港の一角に、大型の軽巡航艦けいじゅんこうかん一隻と駆逐艦くちくかん四隻、軽五隻の戦闘艦が入渠にゅうきょしていた。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





 軽巡『川内せんだい』、士官食堂。

 搭乗する上級士官の胃袋を満たすためにあるその空間は、食堂という名の割りには手狭な印象を受ける。席数も十を越える程度だ。


 その一隅で、一人の士官が合成樹脂製の簡素なテーブルに突っ伏していた。


 白の上衣にタイトスカートを穿いたスレンダーな女性士官だ。結い上げられた明るい色調の髪が、硬い印象を受ける軍服に華を添えている。


 顔は隠れて見えないが、横から覗いてみると腕の隙間から、艶のある唇が微かに動いているのが確認できるだろう。


「……無理。もう無理。マジ無理。しぬ。とける。のうみそとける」


 彼女は先ほどから突っ伏したまま延々と、うわごとのように呪詛を垂れ流していた。


「……脳が溶けるのはありえんだろう」


 ぶつぶつと愚痴り続ける彼女のうしろ頭に、上方から呆れたような声が投げかけられる。


 こちらはパンツスタイルの似合う女性士官だ。可愛いより凛々しいと言った方がしっくりくる顔立ちにパンツスタイルと、男装の麗人といった風貌だ。が、ボリューミーな胸から曲線を描いて腰周りまで流れるボディラインが、これでもかというほど『女性』を強調している。また、後頭部の高い位置でくくった黒髪は背中にまで届いていた。


 その声に、突っ伏していた士官ものろのろと顔を上げる。

 こちらは後ろ姿から想像できるとおり、華やかな印象を受ける女性だ。華美にならない程度に、それでいて隙なく施された薄化粧が大人びて見せているが、やや甘さの残る顔立ちは少女と女性の中間といったところか。


「……直衛なおえ、あたまって酷使すると溶けてバターになるのよ」

「軽口が叩けるなら問題ないな。ほら、食事だ香奈かな

「……ありがと」


 直衛なおえと呼ばれた士官が両手に持ったトレーのうち片方を差し出す。香奈かなと呼ばれた士官が礼を言って受け取る間に、直衛は香奈の対面に自分の分のトレーを置いて腰掛けていた。


「……そういや、今日って金曜日だったわね」


 受け取ったトレーを見下ろす香奈の鼻腔を、立ち上る芳醇なスパイスの香りが刺激する。トレーに山と盛られているのは、白いライスとどろっとした茶色のソース。カレーだ。


「今日の金曜カレーは、ビーフを使ったオーソドックスなカレーライスだって」


 食事を前にして瞳の輝きを取り戻した香奈に、横合いから声がかけられる。


「あ、紗希さきもいまご飯?」

「うん。直衛ちゃんと一緒に来たの」


 そう言いながら香奈の隣にトレーを置いたのも、スカートの女性士官だ。柔和な顔立ちに気弱な印象を受ける笑みを浮かべている。ゆるく三つ編みにした黒髪と相まって大人しそうな女性だが、その胸部装甲は三人の中で一番の凶悪さを誇っていた。


 三人がひとところに集うと、胸元の違いが目に付く。質量がうんぬんではなく、ネクタイだ。

 ジャケットが三人とも同じ色彩であるのに対し、ネクタイは三者三様だった。香奈は明るい黄色、直衛は赤、紗希は濃紺のものを締めている。


 これは各々のファッションではなく、ネクタイの色が所属する科を表すからだ。


 浅田あさだ香奈かな山口やまぐち直衛なおえ近衛このえ紗希さき


 それぞれが軽巡『川内せんだい』の電装長、砲雷長、航海長であり、艦の頭脳とも言うべき指令所要員ブリッジクルーだった。


「ほら、紗希も座れ。せっかくの食事が冷めるぞ」

「あ、うん」


 直衛にうながされ、紗希がささっと香奈の隣に腰を下ろす。そして、「いただきます」の合唱を経て食事がはじまった。





  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇





 いにしえに、『女三人寄ればかしましい』という。

 それは軍人である彼女らに対しても当てはまるのか、食事の最中も雑談は止まらない。尽きることのない話題はどこから湧いて出てくるのか。年齢が近いせいか、所管する科は違っても仲は良いのも要因の一つなのだろうか。


 それでいて、食事のペースもかなりのものだった。


「おかわりしてくる」

「……香奈、それで何杯目だ」

「んーと、五杯?」

「太るぞ?」

「……おあいにくさま。あたしはアンタらと違って肉のつかない体だからね」

「……言ってくれるじゃないか」

「悔しかったら、そのムダな胸部装甲をパージしてから来やがれってのよ」


 どちらが悔しがっているのかよくわからないようなことを言い捨てて、トレーを掴んだ香奈が歩み去る。

 直衛は苦笑を浮かべながら見送るだけだ。紗希はそんな二人を微笑ましく見守っている。


 憎まれ口を叩きながらも、そこに険悪な空気はなかった。一種の予定調和のようなものであり、はたから見ているとコントのようにも見える。その割には、香奈の最後の一言には感情が乗っていたような気もするが。


「しかし、よく食べるな」


 配膳口で「大盛りでー!」とがなる香奈の背中を、呆れの混ざった苦笑で直衛が見やる。


「今日のシミュレータ演習も大変だったもの。それに香奈ちゃんは人一倍、ナノマシンを使うから」


 ヤマタ皇国では、宇宙船のほとんどの操作はナノマシンを介して行われる。手動で入力するより、思考で制御できるナノマシンを利用した方が遥かに早く、また効率的だからだ。

 だが、その有機ナノマシンも、稼動させるにはエネルギーが必要になる。一種の細胞のように生体に依存するナノマシンがエネルギーとするのは、食事により血中を流れるカロリーだ。


 必然、ナノマシンを利用すれば腹が減る。それも演習とはいえ戦闘行動の直後ともなれば、戦闘員は欠食児童の群れと化す。大勢の利用する一般食堂などは今頃てんやわんやだろう。


 ――それにしても、香奈は食べすぎではないのか?


 そう思って紗希の方へ視線を戻した直衛の顔に、一瞬、怪訝けげんなものが過ぎった。


 フォローを入れた紗希の顔には、ややの苦いものが浮かんでいる。直衛はそれを見咎めたのだが、基本的に己の感情、特に不平不満といったものは表に出さない紗希に問いただしたところで素直に白状はしまいと、すぐに切り替えた。


「まあ、私らの仕事は、香奈の取得した情報がベースになるからな……」


 かわりに考えるのは、香奈のことだ。


 どうにも、彼女の負担が大きすぎる。


 紗希もそのことを考えたのだろうか。


 と、そこへ山盛りカレーを持った香奈が戻ってきた。


「ただいまー……って、どうしたのよ。あたしの顔になんかついてる?」


 思考が尾を引いたのだろう、戻ってきた香奈の顔を、ついじっと見上げてしまっていた。そのことに気づき、苦笑を浮かべて「なんでもない」と首を振る。


 そんな直衛に不審な目を向ける香奈であったが、すぐに食い気を優先したのだろう、席に座りなおすといそいそと食事を再開した。


「……サラダも食べろよ」

「食べてるわよっ! なによ、母さんかアンタっ」

彼女たちが旗艦の三人娘です。

やはり宇宙船のブリッジといえば三人娘ですよね。


オペレーターじゃないけど。


ちなみに、艦長のニーナも含め牛丼で例えると


香奈・ニーナ・直衛・紗希 の順で

並盛・大盛り・特盛り・メガ盛りです。


なにが、とは言わないですが。

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