第一一話 『試験艦隊』2
巨大スクリーンに投影された暗黒の宇宙空間を、無数の光条が切り裂いていく。
あるものは遥か彼方へと吸い込まれるようにまっすぐ消えていき、またあるものは大きくねじ曲げられ弧を描き、いくつかは自らが生み出した光球の中へと溶けて消えていく。
中規模艦隊同士での荷電粒子ビームの撃ち合い、スクリーンを焼くその光景を、アヅマはじっと見つめていた。
軽巡航艦川内の指令所だ。慣れ親しんだ駆逐艦のそれよとほぼ同程度の大きさしかないそこは、三段の階段状になっている。
前方巨大スクリーンの直下、一番下の段のには各種立体投影装置が据えられ、その中央では球形の宙域図に、色分けされた無数の三角形が表示されている。
中段、二段目の階層には上級士官用の席が設えられている。中央、宙域図を直下に見下ろす位置に航海長が座し、それを挟むような形で左右に座るのが砲雷長と電装長だ。
そして最上段、アヅマのいるそこが、司令官クラスの席だった。指令所全体を一望できる三段目の中央に大きめの指揮卓が鎮座し、その前に艦隊司令官用の席と艦長用の席が隣り合うようにして設置されている。とはいえ、司令官用の席のほうがやや高い位置にあるか。
いずれにせよアヅマの指揮スタイルは依然として指揮卓に寄りかかって立つというものであり、指揮シートなど戦闘時においては置物以上の価値を持たない。
艦長もアヅマと同様、指揮卓の前に――こちらは姿勢よく――立っている。そのため、二つ並んだシートは仲良く空席となっていた。
それらをちらりと一瞥して、アヅマは視線を前方へと戻す。
その隣では、ニーナが矢継ぎ早に戦闘指揮を飛ばしていた。
荒らげるでもなく凛と張ったよく通る声が、指令所内に響く。インカムを通さない肉声での指揮は、彼女の気質に拠るものだろうか。
頭の隅でちらりと考えながら、視線をやや落とす。
指令所の二段目では、艦長の戦闘指揮を受けて航海長が艦の位置を調整し、砲雷長が艦砲射撃を統制している。
そして一際忙しく動いているのが電装長だ。艦の目となり耳となり、そして口にもなる重要な役職であり、その職責は多岐に渡る。いくらか役割を分担しているとは言っても、やはりやるべきことは多い。さらには大規模改装された『川内』特有の問題もある。
――これも課題だな。
ナノマシンによる直達操作だけでは間に合わず、手や指の動作による操作――モーションコマンドも併用して両手を忙しなく動かす電装長から視線を切りながら、アヅマはそう胸中でごちる。
アヅマはアヅマで、のんびりと観戦している訳ではない。『川内』指令所の様子を視界の端で眺めながらも、前方の立体宙域図とは別に、網膜投影によって視界に直接映し出された広域の宙域図から意識を離すことはない。
砲撃戦における麾下の各艦、それぞれの動きを注意深く見守り、記憶していく。
そうこうするうちに、スクリーンに投影されるビームの密度が増して行く。互いに艦首を向け合っての反抗戦であり、砲撃を行いつつ前進しているため、彼我の距離がみるみるうちに縮まっていく。
やがて、距離一五〇〇〇。
――頃合いか。
敵艦隊先頭艦との距離を測っていたアヅマに、背後から声がかけられる。
「てーとく。宙域エネルギー濃度、雷撃濃度に達しました」
電装長から回された宙域情報を分析し、取捨選別していた副官のアンナだ。先日したたかに打ちつけた額をいまだ赤くしながらも、その表情は引き締まっている。
それを横目でちらりと確認したアヅマは、真面目にやるべき時は真面目になるんだな、などとひそかに思いつつ、正面へと向き直った。
所管する全艦へのホットラインを開き、小さく息を吸い込む。
「全艦、本隊より離脱。規定に従い針路を取れ!」
アヅマの号令一下、『川内』を含めた軽巡一隻、駆逐艦四隻の計五隻が転針し、味方艦隊から離れて天頂方向へと宇宙空間を駆け上がっていく。
本隊からはぐれ、やや距離を取るように運動する少数の艦船を脱落したのだと見なしたのだろう。脅威ではないと判断し、追撃してはこない。
その間にアヅマは、直達操作を用いて『川内』の宙域図にマーキングを施す。
そして、味方艦隊と十分に距離が離れた頃、再度の号令を下した。
「全艦、目標へ全速前進! 『川内』を先頭に単縦陣を取れ!」
アヅマ艦隊五隻の推進器が、眩い光を放つ。
艦隊運動とは取られぬよう一見バラバラに動いていた各艦が、最大戦速でゆるやかな弧を描きながら邁進する『川内』の後を追って一列に並び、順に突撃航路へと侵入していく。
敵艦隊の横っ腹へいざ喰らいつかんと猛進する彼らの姿を俯瞰して見てみれば、それは一本の矢か、はたまた槍か。
ここに至って、相手もアヅマ艦隊に気づいた。側面に位置する艦の砲塔が、慌てたような動きで『川内』を指向する。
「対ビーム防御! 前方にフィールド最大!」
ニーナの指令で『川内』前方にジャミング・フィールドが展開されるのと、敵艦の砲塔が粒子ビームの光を放つのは同時だった。
数秒の間を置き、高濃度のエネルギー流が『川内』へと到達する。あるものは宙域に満ちたエネルギーの干渉により軌道をねじ曲げられ逸れていき、またあるものはビーム同士が互いに干渉し合って明後日の方向に弾かれていた。中には『川内』へ到達するはるか手前で爆発を起こしているものもあった。
『川内』へ届いたビームも、ジャマーにより直撃コースから逸らされている。
――初弾は問題ないな。
アヅマはその結果を確認して、胸中でひとつうなずく。しかしこれは第一撃であり、効果ナシとなれば迎撃の砲火は激しくなる一方だろう。油断せず、それも凌がなければならない。
そして、防御行動は目的のための手段にすぎない。
「全艦、雷撃戦用意!」
艦隊による突撃の目的、それは敵艦隊の横っ腹に光子魚雷を撃ちこんで、陣形を乱すことだ。アヅマの艦隊はそのために結成されたものであり、またそのための前進でもある。
アヅマの号令に各艦の艦長が従い、雷撃の用意が整えられていく。
その間も艦隊は前進を続け、結果として迎撃の砲火が過密さを増していった。
いくらかはビームジャマーの干渉を跳ね除けて『川内』へと届き始めている。今のところは角度の関係もあって、装甲が弾き返してはいるが――
「ジャミング・フィールド、このままでは保ちません!」
電装長が悲鳴を上げる。
ジャマーの出力はもういっぱいいっぱいなのだろう。
――予定よりはまだ距離があるが、潮時だな。
そう判断したアヅマが次の指令を下そうとしたのと、
「艦列に乱れが!」
電装長の更なる悲鳴が重なった。
慌てて宙域図で艦列を確認すると、『川内』の直後を走っていた駆逐艦『暁』が大きく挙動を乱して減速している。後続の駆逐艦三隻もそれを避けようとバラバラに回避運動を取り――
――まずい!
最後尾の一隻が、エネルギーの乱流にうまいこと乗ってしまったのだろう、急に加速をした。
前にいた駆逐艦三隻の間をすり抜けた先は、光の奔流となって襲い来るビームの圧に押し流される『川内』との衝突コースだ。
「『電』、回避を!」
「回避ぃーっ!」
アヅマとニーナの叫び声が重なる。
手間を惜しんだ短い指示により、航海長がとっさに上舷スラスターを全力で噴かす。
最大戦速からの無茶な方向転換で、『川内』の艦体が軋みを上げる。急激に距離を縮める『電』もまた、スラスターを噴かせている。
が。
――間に合わない!
瞬間、『川内』の指令所を暗闇が支配した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして、数秒の後に照明が復旧する。
白々しい室内灯が映し出したのは、固まったように動かない指令所要員だ。
場を支配しているのは、息もひそめているかのような静寂である。
「…………損害判定は?」
ややあって、アヅマが重苦しい口を開いた。
「……『川内』中央部に『電』が衝突。『川内』指令所は圧壊、航行不能。縮退炉の暴走により三〇分後に消滅します」
「……そうか。駆逐隊の各艦は?」
「『暁』、『雷』は続く砲撃により撃沈。『響』は大破するも離脱に成功……なお、『電』は前部構造体大破で航行不能。艦隊は壊滅です」
「………………」
その判定報告に、ため息をこらえた自分をほめてやりたい。
なかば投げ遣りにそう考えながら、アヅマは続いて指示を下す。
「これにて本日の試験演習を終了とする。全艦、シミュレータとの接続を切断。順次休息を許可する。なお、各艦長は残務終了後、司令室に集まるように。時刻は一時間後だ」
必要なことを言い残すとインカムを外し、艦を待機状態へ戻すため矢継ぎ早に指示を出すニーナの声を背に、指令所を退室していった。
電「いなづまの本気を見るのです!」
いや、これが言いたかっただけというわけではないデス。