第九話 『再会』9
活動報告にも書きましたが、各話ごとのタイトルを変更しました。
もし読んでて混乱されたという方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。
「うわっ、アンナ!?」
押し倒される形になったニーナが抗議の悲鳴をあげる。
が。
「やーんニーナちゃん、綺麗になっちゃってー!」
アンナは聞いちゃいなかった。
「髪伸ばしたんですねっ、昔のベリショも似合っててかわいかったけど、ロングも素敵ー!
顔も綺麗になってるし! てか、え、なに、これでスッピンとか反則! 若さってやつ?
てかてか、バスローブってなんですかバスローブって! くんかくんか、せんぱいの匂いするし!」
どころか、ニーナを組み敷いた状態のまままくしたてる。
「かぐな! どこに顔突っ込んで、ちょ、やめっ」
「こんなにおっきくなっちゃってもー! 肌もすべすべだし! そのくせもちもちとか! ううーん!」
「ひゃんっ!? や、やめ、そんな動いっ、んんっ」
「おっきくってーか、いやほんとおっきくなったね!? まな板仲間が遠くに行っちゃってあたしちょっとショック! ええい、こんなもの、こうしてくれる! ぐりぐりー!」
「やぁっ、ちょ、やだっ、んっ、やめっ、くぅっ」
「はうあっ、なにこれ!? 張りと弾力と柔らかさが絶妙なバランスで共存してる!
形といい大きさといい……これはいいものだ…………ぐふへへへえへはふ」
「やめっ……やめんかァーっ!!」
ろくな抵抗も出来ずいいように体中をまさぐられていたニーナだったが、ついにきれた。数年越しの再会だし大目に見よう、と我慢をしていたのだが、それにだって限界はある。
アンナの拘束を力づくで振り払った右手が、その顔面を鷲掴んで引き剥がす。
そのまま赤毛の少女を持ち上げるようにして、床から身を起こした。
細身の体からは考えられない力業だが、日々の鍛錬により身につけた上質な筋肉と、ナノマシンによる生体強化の賜物である。
「あーいやほんと成長したっていうかー……力もついちゃってまぁ……あの、ギリギリと指が食い込んでるんですがいたいいたいいたい」
腕一本で宙吊りにされているアンナがじたばたともがいているが、ニーナは無視だ。ぜえぜえと荒い息をつき、自分が蹂躙されている間も傍観していた薄情者をぎろりと睨めつける。
「あー……」
その視線に、アヅマは気まずそうに目をそらした。
真っ赤な顔で、やや涙目にすらなりながら向けられるその視線には、まごうことなき非難の意思が込められている。傍観者、薄情者。
そうは言っても、動かなかったアヅマにも言い分はあった。
なにせ、床でもみあっていたのだ。
ニーナはバスローブのいろんなところがはだけて、かなり際どい状態だったし、アンナはアンナでめくれ上がったスカートから、少女の見た目にそぐわない黒レースの薄布がばっちり露出していた。
言ってしまえば、目の遣りどころに困ってしまって、動けなかったのである――無論、こんなこと言えるわけもないが。
「………………」
「………………」
無言で睨むニーナと、対処に困り目をそらすアヅマ。
「あの、ニーナちゃん? そろそろほんとにやばいんだけど、目の前が暗くなってきたんですけどー?」
アンナだけが、宙吊り状態でぶらぶらと足を揺らしながら、わりと平気そうに騒いでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「アンナ・カーリン・フリーデン。君にはいくつか尋ねたいことがある」
ソファに腰を落ち着けたアヅマが、頭痛をこらえるように眉間を揉みしだきながら、そう切り出す。
場所は変わらず、アヅマ邸リビング。
あの後しばらくして落ち着いたニーナは、洗濯を終えた軍服に着替えてアヅマの対面に座っている。
「その前にですね、せんぱい」
応じる声は、そのニーナの右手側から発せられた。
「いいかげん解放してもらえると嬉しかったりするんですけどー?」
あまり困ってなさそうな、能天気ともいえる軽い声は、ややくぐもって聞こえる。
なぜくぐもっているかというと、ニーナに顔面をがっしりと掴まれているからだった。着替えを終えて戻ってきた軍服姿のニーナに第二ラウンドとばかりに飛びかかったのだが、それを空中で捕獲され、そのままソファに押しつけられるような形で抑え込まれていたのだ。
「却下だ。野放しにしたら、また好き勝手するだろう」
「えー、信用ないなー」
ソファの背中側から仰向けで引きずり倒されたせいで、まるでブリッジでもしているような格好のアンナに応じたのはアヅマではなく、ニーナだ。
その口調は硬く、声もまた冷たい。
だがアンナはどこ吹く風と、めげもせずにぶーぶー言っている。本当に口で「ぶーぶー」言っている辺り、この状況はこの状況で楽しんでいるのだろう。
「まったく……アンナは何年経ってもアンナのままか。アヅマ以上に変わらないね」
次第にばからしくなり、思わず肩の力が抜けてしまった。と言っても、右手は変わらずしっかりとアンナの顔を掴んだままだが。
「というかアンナ、外見も全然変わってないね?」
緊張を緩めると、新たな疑問が湧いてきた。今さらではあるのだが、それだけ気が動転していたということなのだろう。
アヅマやニーナにとって、アンナは士官学校時代の後輩に当たるが、七年で成長したニーナと違い、アンナの外見には変化が見られない。昔も今も、一〇代前半、どう見てもいいとこ一二歳前後、下手をすると一〇歳くらいにしか見えなかった。
理由として思い当たるのは、ナノマシンによる生体調整か。ヤマタ皇国ではそこまで珍しいものでもない。だが、新陳代謝の活性化や老化の抑制などと違い、身体の成長そのものを妨げることは、ずいぶん前に禁止されていたはずだ。
「成長の抑制は、心身に悪影響を及ぼすってことで禁止されてるはずだけど……」
その理由を思い出しながら言っているうちに、妙に納得するものがあった。悪影響の結果として、このキャラが形成されたのか。なるほど、と思う。
「あれニーナちゃん、いますっごく失礼なこと考えなかった?」
「気のせいだと思うよ」
「あー……仲がいいのは結構なんだけどね?」
このまま放っておくと、話がどんどん脱線していく。そう確信したアヅマが、咳払いをひとつして、割り込む形でストップをかけた。
「で。とりあえずアンナ、なにしに来た?」
「…………せんぱいはせんぱいで、ずいぶんな言い草ですねー」
まるで歓迎されてない言い様に、アンナはむくれたような声を上げる。続けて「まあ邪魔しちゃったのはわるいと思ってますけどー」「むしろ混ぜろっていうかー」「てか、誰が掃除とかしてたと思ってんですかねー」など次々と文句を並べ立てていくが、全力で聞き流したいものや、聞き流したいけど後が面倒そうなものに交じって、聞き捨てならないものがあった。
「……待てアンナ、誰がどこを掃除してたって?」
嫌な予感に囚われながらも、確かめるべきは確かめねばならない。
「うちのセキュリティをいじったのもお前か?」
アンナは前線の兵士としては並といったところだが、卓越した情報処理能力を有し、それを買われて後方――本部勤めをしていた。その腕をもってすれば、先ほどのように、ホームセキュリティなど鼻歌交じりに解除出来る。どころか、設定を自在にいじることさえ容易いことだろう。
「だってせんぱい、無防備にもほどがありますしー」
下手人は、果たして彼女だった。
その態度は悪びれるどころか、むしろ感謝しろとばかりに偉そうである。
「…………ニーナ」
「ああ、わかってるよアヅマ」
合わせた目線で、互いが同じ思いを抱いたことを確認するアヅマとニーナ。
そして。
「なにそれ、阿吽ってやつですかー? むしろツーカー? いやふうふぎゃぁー!?」
ニーナの右手――正確には、その右手で掴まれているアンナの頭蓋骨が、ミシリと音を上げた。
「いたいいたい割れるあたま割れるいたい割れるいたいーっ!?」
じたばたと激しく抵抗するアンナだが、拘束が外れることはない。ニーナのまるで万力のようなアイアンクローにより、ミシミシギリギリと指がめりこんでいく。
「ホームコンピュータへのハッキングからのセキュリティ設定、および物理的な不法侵入。制裁としては妥当なところだろう」
うんうん頷きながらそううそぶくのはアヅマだ。完全にニーナ任せではあるが、彼女は彼女で直接的な被害を受けている。その分も加味して譲る形だ。
「で、アンナ。なにしに来たんだ?」
「いたいいたいいたいってこの状況で!? 鬼ですかせんぱい!? ってあだだだだだだニーナちゃんやめてよしてほんとしぬから! あたま割れてしぬー!」
重ねて発せられたアヅマの問いに、ぎゃーぎゃーわめき散らすアンナ。しかしニーナは力を緩めることもなく、制止の声が入る事も無い。
――自力で脱出するしかない!?
そう悟ったアンナの行動は早かった。
必死の思いで舌を伸ばすと、顔面を締め付けるその手をべろんっと舐める。
「わひゃっ!?」
ニーナが驚いて手を離した隙に脱出し、ささっと素早く距離を取った。
「動物かお前は……」
アヅマが呆れた視線を向けると、何を思ったのかえへんと胸を張り、偉そうな仁王立ちとなる。
「なにしに来たと言いましたねっ!」
そして、偉そうな口調でのたまった。指でもさしそうな勢いである。
「あたしの姿を見て気づきませんかっ!?」
その声に、アヅマのじと目と、舐められた手を気色悪そうに遠ざけながらのニーナの視線が、のけ反りそうなくらい胸を張るアンナへと注がれる。
そして、思ったことを次々と口にした。
「スカート短いね」
「規定はタイトスカートのはずでしょ」
「改造してプリーツ入れたのか?」
「というか、ガーターベルトって」
「無理があるね」
「オーバーニーはいいとして」
「え、いいのかい?」
「だぁーっ!」
絶妙なコンビネーションが掛け合い漫才へと発展しそうな気配を見せたところで、アンナが奇声を上げて割り込んだ。
「そこじゃないっ! なんですかなんなんですかばっちり息合わせちゃって! お笑いコンビか! むしろ夫婦ですか!」
余談だが、軍服のボトムスは男女共に、パンツとスカートを選択出来る。傾向として前線に立つ人間はパンツスタイルを、後方勤務の女性――と、一部男性――が華やかなスカートを好むのだが、アンナはスカートを着用していた。改造は施していたが。
ともあれ、見て欲しいのは下半身ではないらしい。
アヅマは深くため息をつく。そんなことはわかっていた。わかっていたが、認めたくはなかったのだ。
正面からアンナを一目見た時から、それには気づいていた。彼女の格好には、それだけわかりやすい差異があった。
通常、宇宙軍の士官用軍服にはその種類を問わず、襟元から肩にかけて金糸で編まれた飾り紐が通されている。
だが、アンナの軍服にはそれがなかった。より正確に言うのならば、金糸ではなく、銀の糸で編まれた飾り紐が通されていた。
それが示す役職と、さらに上司に言われた言葉を思い出す。あの無軌道元帥は、夕刻に誰が来ると言っていた?
「…………はぁ」
つまりは、そういう事だ。
「アンナ、君がこれから私の副官になるっていうんだな」
「ざっつらいっ! これからよろしくです、せんぱいっ、ニーナちゃん!」
こうして、アヅマの頭痛の種が、また一つ増えた。
ここにキマシタワーを建てよう。
ふと思ったんですが、最近はもう、見た目年齢二桁だとロリっ子として認められない風潮だったりするんでしょうか?
幼女方面は明るくないので、よくわからんとです。
とりあえず、そんな風潮に一言。
「ロリコンは病気です(キリッ」