『ソロモン事件』
復帰一作目です。
分割すると区切りが悪いため少々長くなってしまいましたが、気軽に楽しんでいただければと思います。
宇宙空間を飛び交う幾本もの光条の只中を、濃灰色の鉄塊がすり抜けていく。
ゆるやかな曲線で構成されたその長大な立方体は、いたる所に据え付けられたスラスターから噴き出す推進剤と、融解し裂けた装甲板の隙間からあふれ、瞬間的に液化・結晶化し霧状となる空気さえも目くらましに使い、散発的に眩いビームや暗色に塗られた光子魚雷を撃ち返しながらがむしゃらに進んでいた。
「右舷上部に被弾、Bブロックで火災発生!」
「消火班を向かわせろ、ダメコン急げ!」
「三番、五番の魚雷発射管に魚雷装填完了! 砲雷長!」
「敵艦一番・二番と四番に高エネルギー反応! いずれも主砲クラスです!」
のたうち回る鉄塊――三〇〇メートル級駆逐艦の、照明の抑えられた第一指令所内を怒号が飛び交う。
艦橋要員間の会話はすべてインカムを通して行われているので声を張り上げる必要はないのだが、歴戦の駆逐艦乗りたる彼らをして叫ばずにはいられないほど、状況は切迫していた。
「上舷スラスター、全力噴射二秒! ジャミング・フィールド角度調整!」
「雷撃待て、待機!」
「上舷スラスター、全力噴射開始! ……二秒、ヨシ!」
「ジャミング・フィールド、角度ヨシ!」
「砲撃、来ます!」
観測員の悲鳴にかぶせるようにして、スクリーンを光が満たす。
ジャマーにより軌道を捻じ曲げられながらも、大出力のビームが舷側をかすめたのだ。入光量を調節していなければ、スクリーンも指令所要員の網膜も、共に焼けていただろう。
「敵弾、逸れていきます! 回避成功!」
「お返しはしっかりしなきゃな! 装填済みの全魚雷、順次発射だ! 目標は一番!」
「続けて敵艦に高エネルギー反応複数!」
「左舷スラスター、全力噴射五秒! 続けて下舷スラスター連続噴射四分の一! 回りこめ!」
一回の危機を乗り切っても、脅威は容赦なく続けて襲いくる。
少しでも対処を間違えると飲み込まれる。指示や判断が遅れてもいけない。二〇〇人を超す部下たちの命が宇宙の塵へと帰ることになる。
指令所後方、一段高くなった指揮スペースから指揮を執る青年は、そんな重圧と、自らの死の恐怖とに左右から挟まれながらも、なお平静に見える。
いかなる苦境においても冷静さを失ってはならないのが指揮官たるの務めではあるが、そうは言っても人間である。
的確かつ迅速に指示を出しながらもその胸中では、八つ当たり気味に、こう思わずにはいられなかった。
――どうしてこうなった?
と。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――普段どおり、なんてことのない、油断こそならないが必要以上に気を張ることもない、いつもの哨戒任務だった。
そのはず、だった。
カナル航路、ソロモン宙域。
過去に商用航路として幾多の商船団が利用した航路だが、数度の艦隊決戦を経て残骸とエネルギーの渦巻く難所と化してしまった、今は忘れられた宙域である。
寂れた航路ではあるが、航海上の難所であるがゆえに政府の管理も届きにくく、また真っ当な利用目的としては危険すぎて価値がなくなったことで、反面、日陰者達にとっては非常に使いでのある宙域となっている。
『ヤマタ皇国』第二駆逐隊所属、一等駆逐艦『夕立』艦長である真崎・アヅマ中佐は常の如く、カナル航路の哨戒・掃討任務についていた。
皇国宇宙軍上級士官用正装である白いダブルのブレザーに同色のパンツと黒い編上靴で身を固めた黒髪のアヅマは、「真面目にしていればそこそこ」と評される相貌を持つが、常のだらけた態度とゆるんだ表情で台無しだと評価されている。
二十歳で艦長職に就いてからはや五年、十分優秀な部類に入る経歴に実地で戦闘経験を重ねた彼であったが、未だに軍人らしく見えないため、やれ「さえない学生、いいとこ助手」やら「地方図書館の窓際司書」だのと言われるのが頭痛の種でもある。
普段の昼行灯じみた生活態度と戦闘時の指揮官としての姿とのギャップが、主に下士官を中心とした女性たちと一部男性の間で密かな人気となっていることを、幸か不幸か本人はつゆとも知らない。
余談はともかく、特に何事もなく航路を進んでいた『夕立』が、索敵システムのほとんどが用を為さなくなるソロモン宙域へさしかかったのが星暦五九八年、六月一〇日、〇五時四二分。
僚艦である『五月雨』と共に光学索敵に切り替えて慎重に進む彼らであったが、事は〇七時一一分に起こった。
最初に気づいたのは『夕立』である。
「方位〇一〇、仰角〇三〇、距離三〇〇〇〇に複数の動的構造体を認む!」
『夕立』より先行して索敵にあたっていた無人観測艇が、残骸の陰に潜む艦船の存在を、有線を通して伝えたのだ。
観測員を束ねる電装長の報告に、艦体の頭脳である第一指令所内に緊張が走る。
といっても、彼らは何度も修羅場をくぐった歴戦の兵士だ。幾度となく数で勝る海賊船団相手に砲火を交えた経験を持つばかりか、中には本物の戦場で飛び交う粒子砲の火線を浴びて生還したものもいる。緊張といっても、思考を戦闘用に切り替えただけ、ただそれだけのものだった。
だがそれも、電装長により、観測結果の詳報がもたらされるまでだった。
「大型艦一、小型艦六! 照合の結果、大型艦は『アルストレム共和国』のヴィンセンス級重巡航艦、小型艦も同国駆逐艦と目されます!」
緊張感のバロメータが一気に飽和し、混乱へと変わった瞬間だった。
「重巡航艦だと!?」
「なんでうちの領域にアルストレム共和国の艦隊がいるんだ!?」
「共和国がなに考えてるかわかるかよ! つい数年前まで連邦とドンパチやってた奴らだろ!」
先刻までピンと張り詰めた静寂の中にあった指令所が、混乱によるざわめきと怒号に包まれる。
艦長のアヅマも予想外の展開に一瞬の自失に陥りかけたが、喧騒にあてられすぐ我に返った。
――このままではいけない。恐慌状態にでもなれば、苦楽を共にした部下達といえど、どのような行為に及ぶかわからない。それ以上に、共和国艦隊がなにをしでかすかわかったものじゃない。
アヅマは頭をかきむしりたい衝動をこらえ、なぜここに共和国艦隊がいるのか、彼らの目的がなんなのかといった諸々の疑問を、現状に対する自らの不安と共に無理やり押し込めると、平静を装って場の収拾に乗り出した。
「落ち着け、観測結果に間違いはないな?」
「ありません! 間違いなく共和国の艦隊です!」
「共和国艦隊、転針! ……向かってくる!?」
「全艦第一警戒配備! 発光信号でヴィンセンス級重巡に警告を出せ、文面は『当該宙域はヤマタ皇国の占有領域であり、即時の転針、退去を要請する』! それと『五月雨』に緊急通信を送れ!」
指揮官が混乱すれば兵も混乱する。
が、指揮官が平然とした姿を見せていれば、兵は安心する。
更には、彼らには強固な信頼関係もあった。
落ち着き払ったアヅマの的確な指示に、恐慌の兆しを見せていた指令所の空気が切り替わった。混乱は一気に払拭され、各員が未だ慌しくはあれど、持ち場に復帰する。
内心で安堵の息を吐いたアヅマだったが、そこへ衝撃の第二報が襲い掛かった。
「『五月雨』より入電! ……後方に小規模の海賊船団、退路を塞ぐ形で宙域に侵入してきます!」
指令所内を再びざわめきが満たす。
領域侵犯してきた共和国艦隊と、ならず者の海賊船団が、まるで連動するかのように挟撃の体制を取っている。
――海賊船団は航路のどこかに隠れていたのか。タイミングからして、あの共和国艦隊と繋がっている可能性が高い。
共和国艦隊と、海賊連中と、道中で海賊船団を見落とした観測班と、ついでに信じてもいない神を胸中でひとしきり罵倒したアヅマは、すぐに状況を打破すべく思考を切り替えた。
「現時点を持って共和国艦隊、ならびに海賊船団を同一の敵性艦隊と認める!
全艦第一戦闘配備! 電装班、宙域の情報をマップに投影! ヴィンセンス級重巡を一番目標に設定し、敵駆逐艦および海賊船団にも脅威度順に番号を振れ!」
指令所要員が復唱を返し、それぞれに所管する部署へと命令を伝達していく。
初手で完全に出遅れた。そのことに歯噛みしつつも、艦長たるアヅマは思考を止めない。
腕を組み指揮卓に半ば腰掛けるようによりかかった体勢で、指令所中央に表示された球形の三次元宙域図に次々と三角形の光点が表示されナンバリングされていくのを睨みすえる。
位置関係としては、緑色の三角形、前後に並走する『夕立』『五月雨』を中心として、前方に赤で表示された共和国艦隊が、後方に同じく赤色三角形の海賊船団がほぼ一直線上に並んでいる。
戦力差を考えると逃げの一手だが、脇に逃げようにも宙域が問題となる。ソロモン宙域は別名アイアンボトム回廊とも呼ばれ、付近の赤色矮星が発する重力場と恒星風が複雑に絡み合い、そこへ過去に艦隊戦が度重なり行われたことで生じたエネルギーと艦船の残骸が加わることで、トンネル状の壁を形成している。
慎重に潜むのならねぐらにでも出来ようが、下手に戦闘速度で突っ込めば座礁するのは目に見えていた。
却下だ。
となれば、突破するしかない。
海賊と正規軍では練度がまるで違う。突破を図るなら後方の海賊船団を相手にする方が現実的ではあるが、今から減速して回頭、再加速している間に共和国艦隊が追いつくだろう。これも却下。
投降は最初から思考の外だ。連中からしてみれば見られたくないものを見てしまった目撃者になる。それも多分に政治的な問題を孕んだヤツだ。ここは船の墓場、全てを闇に葬るには絶好の場所、そもそも投降を認められるかどうかも怪しい。
――共和国艦隊を突破する。それしか、ない。
『五月雨』と共に火力を集中し、敵艦隊に穴を開け、そこを最大戦速で突っ切る。
無傷でいけるとは思えないが、他国の領域にこっそり忍び込むのにあれ以上の戦力を連れて来ているとも思えない。突破に成功さえしてしまえば、危険宙域を大きく迂回する形で拠点へと帰投することも出来るだろう。
それに……
――付近に上手いこと味方艦隊がいてくれれば、救援を求めることもできる。
方針は決まった。
そうとなれば、善は急げだ。
案を打診すべく、電装長に『五月雨』との通信回線を回すよう声をあげかけたアヅマだったが――
キン、と。
突如感じた耳鳴りに、思考が一瞬で漂白された。
うなじの毛が逆立つ。喉が干上がる。全身の毛穴からあぶら汗が噴き出る。
嫌な予感どころではない。
明確な危機感に襲われたアヅマが目を向けるのと、コンソール相手に格闘していた電装員が悲鳴を上げるのは、ほぼ同時だった。
「『五月雨』を中心に重力場異常を感知! 『五月雨』、亜空間航法の準備に入っています!」
――馬鹿野郎っ!
思わず胸中で荒々しく罵ったアヅマだったが、余計な思考にかけられる余裕もそこまでだった。
「中和フィールド展開急げ! 『五月雨』のワープイン、カウントダウン!」
即座に対応指示を飛ばしながら、三次元宙域図――前方、共和国艦隊の動きを観察する。
つい先刻まで綺麗な単縦陣――駆逐艦を先頭とし、重巡を挟んで残りの駆逐艦がまっすぐ一列に並んだ陣形で整然と航行していたのが、今は乱れを生じている。
「向こうも『五月雨』のワープに気づいたな……」
これから起こる事態によって衝突の危険があると判断し、慌てて各艦の距離を開けているのだろう。
右往左往とまでは行かないが、付け入る隙としては絶好の好機だ。
「重力場の偏移から逆算完了しました、『五月雨』ワープインまであと五六秒!」
腹が据わった。
「機関出力全開! 全艦、砲雷撃戦用意! 『五月雨』のワープインと共に最大戦速で突撃、共和国艦隊を突破する!」
相変わらず指揮卓にもたれた格好のままのアヅマが、号令を下す。
一見無茶にしか思えない指令に各所でしゃっくりに似た悲鳴が上がるが、アヅマが「復唱はどうした、急げ!」と重ねると、慌てて命じられた作業を始める。
「『五月雨』ワープインまで、三〇秒!」
「砲術班、雷術班、共に配置完了ヨシ!」
「各砲塔、いつでも始動できます!」
「電装班、宙域観測諸元入力ヨシ」
「あと二〇秒!」
「中和フィールド展開! 間に合った!」
「フィールド出力を艦後方に集中しろ、やれるだけでいい!」
「了解、フィールド出力を艦後方に集中します!」
「一〇秒! ……九……八……」
「針路固定! 姿勢制御、問題ありません!」
「戦闘機動、準備ヨシ!」
「四……三……」
指令所の各所から、続々と準備完了の報告が上がってくる。
そして同時に、カウントダウンも終了しようとしていた。
「一……『五月雨』、ワープイン! 重力波、来ます!」
「機関出力最大、最大戦速! 全艦、対衝撃防御!」
電装員とアヅマの怒号がほぼ同時に上がる。
横倒しにしたビルのような外観の『夕立』が、艦体後部の推進器から莫大な光を噴き出して急加速を始める。
そして、後方から襲いかかったエネルギーの渦に飲み込まれた。
「姿勢制御! 波に逆らうな、艦体が真っ二つになるぞ! 流れに乗れ!」
波に揉まれ上下左右へと激しく揺さぶられるただ中にあってなお、アヅマは立ったままである。
さすがに指揮卓に掴まってはいるが、異常事態であっても常と変わらぬ艦長の姿は、部下達にとっての安定剤となっていた。
「姿勢、安定しました!」
航海長の報告を耳にしながら、アヅマは三次元宙域図から目を離さない。
指令所中央に浮かぶ球体の中では、猛烈な勢いで突き進む緑の三角と、エネルギー波のあおりを受けて本格的に隊列を乱し始めた五つの赤い三角が、急速に距離を縮めつつあった。
「砲雷長、全発射管に魚雷装填。砲門はまだ開くな、充填だけしておけ」
「全魚雷発射管、装填!」
駆逐艦『夕立』が、エネルギーの波に乗って、通常の戦闘艦では考えられない速度で突き進んでいく。
「電装長、敵艦との距離データを航海長に。正確にな」
「了解!」
「航海長、チキンレースだ。このまま敵艦隊中央へ突っ込み、突破する。回避運動は任せる」
「了解、針路を共和国艦隊中央に固定!」
事ここに至って、指令所内に動揺する者は皆無だった。
皆が皆、腹を据えている。運命を共にする者として、艦長の号令一下、ひとつになって戦う覚悟を決めていた。
そして彼我の距離が一二〇〇〇を切ったところで、共和国艦隊の艦砲射撃が始まった。
「艦前方にジャミング・フィールドを展開、最大出力!」
命令は即座に実行された。
『夕立』前面に形成された特殊な磁場が殺到する中性子ビームに干渉し、『夕立』への直撃コースから逸らしていく。
ビームジャマーの出力にも限界があり火線を集中されると捌ききれないが、直線上に並んだ単縦陣という陣形と、宙域を吹き荒れるエネルギーの干渉もあって、正確に飛んでくるビームの本数そのもの自体が少なかった。
速度を落とさず突っ込んでくる『夕立』と、みるみるうちに縮まっていく距離。
針路を変えるどころか、まるで衝突を恐れていないかのごとく頭からこちらへ突っ込んでくる『夕立』の姿に、共和国艦隊は戦慄を覚える。
恐怖に狼狽した照準が、ただでさえ正確な射撃の難しい宙域での条件と相まって、ほとんどめくら撃ちと化していた。
やがて、彼我の距離四五〇〇――
共和国艦隊先頭を航走る駆逐艦が、耐え切れずに転針した。
途端に荒波にもまれ、姿勢制御を失う。
艦列先頭の突然の転針で、陣形が混乱し瓦解の兆しを見せた。
「砲雷長、照準は任せる! 全砲門開け、砲雷撃開始! 全力射撃だ、バラまけるモンは全てバラまけ!」
痛いくらいの緊張に包まれた指令所で無言のままスクリーンを睨んでいたアヅマは、その好機を見逃さなかった。
指令所を怒号が包む。
『夕立』の上下左右の舷側から荷電粒子連装砲塔がせり出し、一斉に重粒子の光を放つ。
艦体前方、左右の両舷に開いた合計一二個の穴からは、重力加速器によって亜光速にまで加速された光子魚雷が吐き出される。
次いで、『夕立』右舷のスラスターが全力の噴射を行った。
「全艦、対衝撃・閃光防御!」
八条の光の帯が共和国艦隊を切り裂き、先頭の敵駆逐艦のどてっ腹に二本の魚雷が突き刺さるのが、入光量を調節した『夕立』指令所のメインスクリーンに、はっきりと映った。
着弾の衝撃で敵駆逐艦の艦隊がたわみ、反応弾頭から生じた光球により真っ二つに引き裂かれ、それも光に飲まれていった。
その光のすぐ側をかすめるようにして、スラスターを全力で噴かせながら『夕立』が突っ切る。
一隻撃沈。その戦果に浮かれる余裕など、彼らにはなかった。
すぐ目の前にはヴィンセンス級重巡の巨体がそびえている。
既にして距離が近すぎる――下手に相手を沈めると自分も巻き込まれるため、砲火の応酬はない。
敵味方関係なく、衝突回避のため、互いに互いの動きに目を凝らし、回避運動に専念している。
命のやり取りをする戦場において、奇妙な連帯感さえそこにはあった。
だがそれも一瞬のこと。
距離にして五十メートルもないごく至近を一瞬ですれ違うと、ヴィンセンス級重巡の後部砲塔が『夕立』を照準する。
が、後続の味方艦への誤射を恐れたのか、射撃は行われない。
先に発射された光子魚雷の爆発を盾にするかのように、共和国艦隊の艦列、その真っ只中を縫うようにして、『夕立』の後姿が遠ざかっていく。
爆発光と光条の合間を高速で泳ぎながら、『夕立』は尚も砲雷撃を続ける。立て続けに吐き出され続けるビームと魚雷が混乱した宙域をさらにかき乱し、近接信管と誘爆によって引き起こされる反応弾頭の連鎖反応が、更に一隻の駆逐艦の艦体を食い破った。
艦体中央下部をごっそりと抉られたその駆逐艦は、回避運動の慣性と爆発により発生したエネルギー流にあらぬ方向へと押し流され、更に別の駆逐艦へ尻から突っ込む。
衝突された駆逐艦は艦首構造物、艦体の実に三分の一にあたる部分が潰れて航行不能となり、突っ込んだ方は衝撃により艦体が中央から真っ二つに割れ、内部構造物や乗員を宇宙空間に撒き散らしながら吹き飛んで行った。
――やってくれる。逃がすか。
諦めが二割、苛立ちが八割の独述をヴィンセンス級重巡に座上する共和国艦隊司令官が漏らした時だった。
『夕立』の幸運が尽きた。
後続の駆逐艦五隻のうち二隻に損害を与え、二隻までをかわした『夕立』だったが、最後の一隻が、『夕立』が盾とする光球の影から踊りかかったのだ。
熱波に炙られた左舷が溶融を起こし、ところどころ装甲板が蒸発しかけている。艦内部の温度もかなりの高温に達しているだろう。
文字通り身を削っての突撃。
『夕立』もスラスターを全力で噴かし、対空レーザーの弾幕を撃ち上げてなんとか回避しようとあがく。
ほぼ死に体の駆逐艦に、逃げる『夕立』を追って回頭するだけの力は残っていない。
が、執念は届いた。
その駆逐艦は『夕立』の艦体後部に頭から突っ込み、力尽きてソロモン宙域を漂う残骸の新たな仲間となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――敵艦隊との距離が縮まっているな。
忙しく指示を飛ばしながら、アヅマは思う。
戦端を開いてから何時間が経ったのか、時間を気にする余裕もなかったのでわからない。
初弾で駆逐艦一隻を沈め、損害もなく重巡をやりすごしたところまでは上手くいっていた。
艦列中央をすり抜けるのも悪くはなかった。追加で二隻を大破撃沈という戦果まで得られた。
だが、最後の一隻の特攻にしてやられた。
あの衝突で推進器の半分が動作不能、後部にある対空火器の三分の二が持っていかれた。
ほとんど慣性で距離を取ってソロモン宙域も抜けたが、ほぼ漂っているだけの船と最大戦速の高速戦闘艦との追いかけっこなど結果は知れている。
――至近弾も増えてきた。
膨大な熱量にさらされたせいで、装甲板の何箇所かが融解している。
どころか、既に二発の直撃弾を受けており、艦体の各所で誘爆と火災が発生していた。
もう、じきに沈められる。
――機雷代わりにバラまいた魚雷の近接信管にかかって、重巡が中破したのが望外の戦果かな。
最後の最後まであがくかのように防御指示を出しながらも、アヅマの胸中は諦観が満たしていた。
『夕立』の機関が悲鳴を上げながらも艦を回頭させ、残り二門となった荷電粒子砲がビームを吐き出し、ジャミング・フィールドは束となって襲いかかってくる敵のビームをギリギリで捻じ曲げる。
そこまでだった。
飽和した磁場を支えきれなくなったジャマーが火を噴いて停止し、一条のビームが『夕立』の右舷中央部に突き刺さる。
既にして溶解しかけていた装甲板を一瞬で消滅させたその光は『夕立』の艦体を斜めに貫き、内部に激しい破壊のエネルギーを放出する。
内装系を蹂躙し、付近にいた兵士を一瞬で蒸発させ、各所で誘爆を引き起こす。
その余波は、艦体中心部にある指令所にまで届いた。
激しい衝撃と熱波が指令所の内壁を突き破る。
ここに至っても未だ立ったままだったアヅマは、たまらず床に投げ出された。
そこかしこに打ち付けられ、どこをどう転がったかもわからない。
ただ次に気づいた時は、床にあお向けで寝転がった状態だった。
これだけ壊されててもまだ重力制御は効いてるんだな、などと益体のないことを考えながら身を起こそうとするが、うまく体が動かない。
首をぐるりと巡らせてみると、自分の左腕に指揮卓が乗っかっていた。
床面に固定されていたはずだが、爆発の衝撃で倒れたのか。いずれにせよ一人じゃ動かせないし、動かして自分の左腕がどうなってるのか見たくもない。
――これじゃあ、あべこべだ。ちゃんと座って指揮しろってことかな。
頭に浮かんだ下手な冗談に思わず小さく笑うと、血を吐いた。
――肺もやられてるか。不思議と痛みを感じないのが幸いかな。
動けないのなら仕様がないとばかりに力を抜くと、出血のせいか、頭がぼうっとしてきた。
静かだ。
鼓膜もやられたのか、なんの音も聞こえない。
部下達は無事なのか――生きてるものはいるのか。ちゃんと退艦出来るのか、内火艇は生きてるのか。共和国の連中は退艦した部下達をちゃんと扱ってくれるのだろうか……
ぼんやりとそこまで思いを巡らせたアヅマは、ふと気づく。
視界の下の方で、瞬く光がある。
既に首を起こすのも億劫になっていたが、なんとか視線を向けてみると、スクリーンが三分の一ほど生き残っていた。
「な……」
スクリーンの映し出す光景を目にしたアヅマは絶句する。
そこには、共和国艦隊がいると思しき宙域へ横合いから襲いかかる艦隊の姿があった。
――救援、か。
ソロモン宙域を抜けて早々に出していた無人連絡艇が、近隣で航海演習を行っていた艦隊を連れてきたのだ。
練習艦隊とは言え、中核には戦艦『扶桑』『山城』を含んでいる。傷を負った重巡一隻と駆逐艦、その他海賊船団などあっさり蹴散らすだろう。
――どうやら、退艦できた連中は生き残れそうだ。
最後にそうぼやいて、アヅマの意識は闇に沈んでいった。
本日は連載スタートということで、あと三本更新します。