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政略結婚で店ごと娶ると仰った方に、十年分の芯の束を解いてお相手します——次の改めで、お家の蝋燭が売れなくなりましたわね

作者: 真神 慧
掲載日:2026/08/04

【縁談の日・土間の陰】


「芯を撚るしか能がない娘だ。娶ってしまえば、店も売り口もこちらのものになる」


弥一郎さまの声は、よく通った。わたくしの指はちょうど、十年分の芯をまとめた束の結び目を解いていたところでございます。止めれば聞き耳、動かせば職人。ならば動かしますとも。こういうときまで働く指、まことに健気!


土間の陰ひとつ隔てた向こうで、弥一郎さまの母上が含み笑いをこぼした。


「佳乃は婚姻後も撚らせておけばよいでしょう。店先へ出す名はこちらで整えれば、家格もつきますもの」


「売り口はわしが見よう。娘一人では荷が重い」


伯父上がそう言うと、三人分の衣擦れが近づいた。顔を寄せ合っているらしい。若い二人の縁談という看板の裏で、わたくしの座る場所から売り上げの行き先まで、たいへん手際よく決まってゆく。本人抜きの相談は早い。返事を待たなくてよいぶん、驚くほど早い。


わたくしは束から一本を抜き、撚り目を爪で送った。今年の湿りなら、去年より一つ多く撚らねば炎が痩せる。縁談より撚り目。ええ、自覚はございます。だからといって、わたくしの店まで婚礼道具に包まれては困るのです。


「佳乃は文句を申しませんよ」


弥一郎さまは言い切った。


「店を支えてやるのだから、むしろ喜ぶだろう。あれには商いのことは分からない」


なるほど。分からない女が十年つけた帳面は欲しい。分からない女がつないだ二十軒の売り口も欲しい。分からない女の手は婚姻後も働かせたい。ずいぶん便利な無知でございますこと。


わたくしは板戸の隙間から、弥一郎さまの羽織の裾だけを見た。あの織りなら上蝋燭が九十本。帯まで入れれば百二十本。ところが、その百二十本を背負うお方は、目の前の芯先を一度もご覧にならない。見栄というものは灯らないくせに、よく蝋を食います。


「店の奥は直したほうがよいな。婚姻が済んだら職人もこちらで選ぶ」


「佳乃には撚り場があれば足りますよ」


母上の声へ伯父上の笑いが重なり、弥一郎さまも否定しなかった。三人で黙れば慎み深く、一緒に笑えば誰の悪意でもない。便利な家族帳でございます。けれど、その黙認も笑いも、商いなら別々の欄へ記して差し上げたい。


わたくしは解いた十年分の芯を、一筋ずつ元へ戻した。乾いた年、雨の長かった年、蝋の匂いが重かった年。指は覚えております。わたくしが自分の夜に使ったのは、客へ出せない蝋の残りばかりでしたが、それでも手元さえ見えれば撚れた。


結び目を締めると、向こうの話もまとまったらしい。


「佳乃どの」


板戸を回って現れた弥一郎さまは、先ほどまで店を切り分けていた口で、にこやかにわたくしを呼んだ。


「お待たせした。婚姻後の店について、よい話ができたよ」


「さようでございますか」


わたくしは束を棚へ戻した。よい話なら、灯してみれば分かります。蝋燭も、人も。


    *    *    *


【十日後・蝋場】


「二分、太うございますわね」


弥一郎さまの家から届いた蝋燭を回すと、芯が蝋の中心でふんぞり返っていた。太ければ立派、太ければ長持ち。そう考えた者の顔が見えるようでございます。太い飯椀が上等なら、丼を冠にして歩けばよろしい。


寅市さんは焼けた指で蝋の肌を押し、鼻を鳴らした。


「二分か」


「ええ。この蝋でこの芯なら、初めは威勢よく燃えます。半刻もせぬうちに蝋の吸い上げが追いつかず、煤が上がる。座敷の天井一枚、張り替えれば蝋燭が何本になるでしょう。考えたくもございません。考えますけれど」


「考えるんじゃねえか」


「銭は勝手に数へ入ってまいりますの。無作法ですわ」


寅市さんは今年の蝋の塊を一つ持ち上げた。切り口には、ごく薄く水気の筋が残っている。


「長雨の年だ。干し場を二度替えた。去年と同じ撚りじゃ、火が細る」


「ですから、わたくしどもの芯は撚りを一つ増やしました。太さを増すのではなく、吸い上げる筋だけ増やしてございます。美しく言えば工夫。正直に言えば、煤掃除へ銭を払いたくない執念ですわ」


「十年前の雨も同じだったな」


寅市さんはそれだけ言って、わたくしの芯を蝋へ置いた。六十一の指は、湿った年を暦よりよく覚えている。わたくしの十年を数えてくれる者がいるとしたら、祝いの席の客ではなく、この無愛想な指なのかもしれなかった。


「何をしている」


弥一郎さまが蝋場へ入ってきた。わたくしが相手方の蝋燭を持っているのを見るなり、返事を待たず取り上げる。


「これはうちの品だ。嫁入り前の娘が口を出すものではない」


「火を入れる前に申し上げておいたほうが、天井は長生きいたしますわ」


「我が家の職人が決めた太さだ。家の名を背負う灯りには、これほどの芯が要る」


家の名は可燃物だったでしょうか。初耳でございます。


「蝋の湿りと名乗りは、あまり相談してくれませんのよ。半刻で煤が——」


「佳乃」


わたくしだけが聞き手だと、弥一郎さまの声は一段大きくなる。


「婚姻後は、おまえは撚り場に専念すればよい。品の決め方や売り方は、こちらが教える。店の先々まで考えているのだ、余計な心配はしなくていい」


寅市さんが手のひらを出した。


「その蝋、返せ」


「何だと」


「俺の蝋だ。まだ売るとは言ってねえ」


弥一郎さまの言葉が一度、喉で止まった。寅市さんの指と蝋とを見比べ、それからわたくしへ向き直る。格下と思った者が二人になると、声は不思議に半分になるらしい。


「改めの場には出す。そこで何もなければ、これ以上の口出しはやめてもらうぞ」


「承知いたしました」


わたくしは頭を下げた。半刻先には何かございます。たいへん申し上げにくいことに、煤が。


    *    *    *


【二十日後・改めの場】


二本の蝋燭が、同じ高さの台へ並べられた。向かって右がわたくしどもの一本、左が弥一郎さまの家の一本。火を移した直後だけなら、左の炎は大きく、金色も濃い。派手な登場でございます。羽織ならまた九十本ぶん。


「まあ、こちらのほうが立派ではありませんか」


母上が扇を口元へ当てた。


「佳乃さんは芯しか扱えないものねえ。品全体の格までは難しいのでしょう」


伯父上が笑い、弥一郎さまも口の端を上げた。一族が横に並ぶと、笑い声まで家格を得るらしい。講の女衆のうち何人かがつられて笑い、何人かは膝を寄せたまま二本を見比べている。まだこちらの味方ではない。それでよいのです。味方は口で増やすものではなく、炎へ顔を寄せていただくもの。


わたくしは右の一本へ手を伸ばした。芯先の焦げを小刀の背で落とし、炎の中心へ戻す。左には触れない。触って直したなどと言われたら、煤より面倒な煙が立つ。


「何もしないのか」


弥一郎さまが問うた。


「自分の品を整えておりますわ」


「こちらのほうが明るいと認めるのだな」


明るい。今は。食べ放題の膳で最初の一椀だけを山盛りにし、腹が裂けてから勝ちを名乗るような明るさでございます。


「火は、これからでございます」


母上が小さく吹き出し、伯父上の肩が揺れた。女衆の笑いもひとつ増えたが、奥の一人は左の炎の上へ手をかざし、指を引いた。熱が強すぎる。もう一人は天井を見上げた。暮らしの灯りを見る目は、家格より手強い。


四半刻を過ぎると、左の芯先に黒い玉が育ち始めた。まだ落ちない。まだ煤とも呼べない。けれど炎の先が揺れるたび、黒い舌が細く伸びる。


「風が入ったのだろう」


伯父上が障子を見た。


「両方とも同じ場所にございますけれど」


「そちらの火が風を呼んだのではないか」


まあ。わたくしの一本、ついに風まで使役する大物へ出世しました。


弥一郎さまは左の台をわずかに奥へ押した。


「今日のところは十分だ。見れば分かる。大きな炎のほうが上等だ」


「半刻までは、まだ少しございますわ」


「灯りの良し悪しは我が家が決める」


講の女衆が二人、顔を見合わせた。笑いはそこで増えなかった。左の芯先から黒い欠片が落ち、溶けた蝋へ沈む。火は一瞬だけ縮み、また無理に膨らんだ。


わたくしは右の一本だけを見た。撚り目は崩れていない。蝋は静かに上がっている。半刻先を知っている者が騒げば、ただの意地に見えましょう。ですから今夜まで、この口には働いてもらわないことにいたします。指だけで十分。


    *    *    *


【その夜・蝋場】


「では、芯撚りだけでお相手いたします」


蝋場へ来た弥一郎さまへそう告げると、眉が上がった。母上と伯父上も戸口で足を止める。三人とも、わたくしが折れたと思ったらしい。おめでとうございます。今だけは、その解釈を大切にお持ちくださいませ。


「ようやく分かったか」


「ええ。次の改めには、互いに芯を選び、蝋を掛け、切り揃え、自分の一本を自分で持ち込みましょう。同じ場で、同じ刻だけ灯すのでございます。わたくしの手順は、初めからすべてお見せいたします」


わたくしは棚から十年分の束を下ろした。弥一郎さまの前へ置き、固く締めていた結び紐へ指を差し込む。


「好きな一本をお確かめください。どこにも隠しませんわ」


紐がほどけ、芯が台いっぱいへ広がった。乾いた年の固い撚り、湿った年の細かな撚り、寒さの早かった冬に吸い上げを抑えたもの。十年ぶんが、白い筋となってわたくしの前に横たわる。


いつもなら、一本につき蝋がいくら、何刻保つ、どの家の座敷なら何夜ぶん、と頭の中で算盤が鳴る。鳴らなかった。


指も、すぐには次の一本へ伸びなかった。


「わたくしはこの束を、十年、わたくしの灯りだと思うて撚っておりました」


蝋場の火が、広げた芯の上を細長く照らした。客の仏間、子の夜なべ、産の夜、葬りの朝。そのどれもわたくしの名では売られず、それでも暗ければ困る人がいるから、一本ずつ合わせてきた。


「婚姻で店が続くなら、それもよいと思うたことがございます。けれど、店ごと受け取られて、手だけ残されるのは違いました」


弥一郎さまは広がった束を一瞥し、鼻で笑った。


「ずいぶん大げさだな。どれもただの芯ではないか。こちらは家の職人に同じものを作らせればよい」


寅市さんが奥から出てきた。手には今年の蝋がある。いつものように焼けた指で塊を抱え、弥一郎さまの前を通り過ぎ、わたくしの側へ置いた。


「あの人の撚った芯じゃねえと、俺は蝋を渡さねえ」


母上の扇が止まった。伯父上が「商いを私情で」と言いかけたが、寅市さんは聞いていない。一本をつまみ、撚りを確かめる。


「三年前は乾いた。七年前は湿った。今年はもっと湿った。こいつは全部、替えた」


寅市さんの言葉はそれだけだった。十年が、わたくし一人の言い分ではなくなった。侮られた手の十年へ、蝋を渡してきた人の十年が横に並んだのでございます。


——ああ、なんて高い蝋でしょう。今夜のこれは、一本も銭へ換えたくありません。


「寅市、縁談の後なら——」


「後でも同じだ」


弥一郎さまは母上の顔を見た。先ほどまでの言い切りが、誰かの助けを待つ口の形へ変わる。母上が伯父上を見て、伯父上は束を見た。三人いれば声が太くなるはずなのに、蝋場では妙に細い。


わたくしは広げた芯へ手を添えた。


「お受けくださいますわね、弥一郎さま。正しい手順を踏むだけでございますもの」


「無論だ。我が家の品が劣るはずはない」


「ようございました」


逃げ道まで明るくして差し上げるのが、蝋燭屋の務め。もっとも、明るいほど出口がない夜もございます。


    *    *    *


【一月後・講元の家】


お峰さまは、わたくしの願いを最後まで聞いてから茶を置いた。寅市さんは隣で腕を組み、口を挟まない。講元の座敷には昼だというのに一本だけ火があり、芯先は短く整っていた。お話も同じく、無駄に長くはならないらしい。


「相手の家を退けてほしい、と言いに来たのではないね」


「はい。わたくしに裁けるのは、芯の太さと灯りの保ちだけでございます」


「では、何を望む」


「二本を同じ場で灯し、同じ手順で改めてくださいませ。向こうは向こうの一本を、自ら作って持ち込む。わたくしも解いた束から一本を選びます。どちらにも手を加えず、講の皆さまに見ていただきとうございます」


お峰さまは寅市さんへ目を向けた。


「蝋は」


「向こうへは渡さねえ。自分とこの蝋で作らせる。佳乃には今年のを渡す」


「条件が違う、と言うだろうね」


「売る品が違うんだ。いつも通りだ」


寅市さん、十数える言葉を三つで済ませる名人でございます。わたくしが同じ説明をすれば、湿り、撚り、吸い上げ、煤、銭、天井、ついでに汁粉一椀の値まで遠足に出ます。職人にも向き不向きがある。


お峰さまはわたくしへ戻った。


「隠すものは」


「ございません。束も、手も、切った芯先も、すべて見えるところへ置きます」


「相手の品に触れるかい」


「触れません。あちらがどれほど太くとも、立派なご家格を燃やしておられようとも」


寅市さんが横で「燃えねえだろ」と呟いた。お峰さまの口元が、ほんのわずかに動いた。


「三十年前、わたしの店も婚姻を口実に取られかけました」


それ以上は話されなかった。お峰さまは火箸で芯先を落とし、帳面を開いた。ある家の名を確かめるときだけ、目が伏せられる。三十年は一行で足りるのだと、その目が申していた。


「市へ品を出せる家を決めるのは、いまもわたしです。二本とも、講の前で改める。刻も台も同じ。細工を疑わせぬよう、持ち込んだ者の手から受け取り、その場で火を移す」


「ありがとうございます」


「礼は灯りの後にしな」


そこへ弥一郎さまたちが通された。弥一郎さまはわたくしを見るなり顎を上げたが、お峰さまが条件を読み上げると、顎は少しずつ元の高さへ戻った。


「我が家だけ、自家の蝋を使うということですか」


「普段売る品を持っておいで」


「しかし、寅市の蝋を使えれば、より公正に——公正になるのではございませんか」


語尾へ急に「ございます」が生えた。お峰さまの前では、言葉もよく育つ。


「おまえさんの家は、寅市の蝋を使わずに品を売ってきた。佳乃は寅市の蝋を使ってきた。いつもの品を、いつもの手で出す。それより公正なことがあるかい」


弥一郎さまは母上を見た。母上は伯父上へ視線を流し、伯父上が咳払いをする。


「承りました。我が家の名に恥じぬものを用意いたします」


「名ではなく、灯りを用意しな」


お峰さまの一言で、座敷の火が小さく鳴った。品格あるお方の刃は細い。細いほど、よく入ります。


    *    *    *


【三月後・灯りの市】


市の真ん中に、二つの台が置かれた。講の女衆二十軒が半円を作り、膝の前にそれぞれ座布団を敷いている。誰もわたくしを励まさない。誰も弥一郎さまを責めない。暮らしの銭を預かる人々は、口より火を待つ。


先に弥一郎さまが一本を持ち込んだ。母上と伯父上を従え、白布を取る。その蝋燭は以前よりさらに太く、表面だけはつるりと磨かれていた。見目へ銭を掛けましたわね。一本で汁粉が何椀——いけない、いま数えると腹が鳴る。


「我が家の職人が総力を挙げた品です」


弥一郎さまはわたくしと寅市さんへ言い切り、お峰さまへ向くと声を柔らかくした。


「どうぞ、公平にお改めくださいますようお願い申し上げます」


わたくしは解いた束を両手で運んだ。女衆の前へ置き、一本ずつ撚り目が見えるよう広げる。隠すものはない。最も新しい一本を選び、自分の台へ載せた。


お峰さまが左右を確かめ、同じ火から二つの小さな炎を移した。


「始めるよ」


火が立った。相手方の炎は大きく、わたくしの炎は一回り細い。母上が伯父上へ目配せし、伯父上の鼻から笑いが漏れる。


「やはり、灯りには家の構えが出ますな」


「佳乃を高く買ってはおりましたけれど、扱えるものが限られておりますから」


以前は命令の形でわたくしの働き場所を決めていた母上が、女衆の前では惜しい娘を見守る慈母の声を出した。お見事。扇一本で顔が二つ。替え芯より便利です。


わたくしは自分の一本の芯先だけを整えた。黒くなった先を落とし、炎の傾きを戻す。相手方の台へは指一本近づけない。


四半刻。相手方の炎が高く伸びた。女衆の一人が顔を寄せ、すぐ目を細める。


「熱が急だね」


「蝋の減りも早い」


短い品評だけが落ちた。別の一人は台の受け皿へたまる蝋を見た。わたくしのほうは縁に薄く一筋、相手方はすでに白い池になっている。


弥一郎さまが笑った。


「明るく燃えるぶん、蝋が動くのは当然だ」


「保ちはどうだい」


女衆に問われ、語尾がわずかに遅れた。


「我が家の品でございますから、問題はない……でしょう」


半刻に近づくと、太い芯の頭へ黒い塊が育った。炎がそれを抱えきれず、左右へ舌を振る。最初の細い煤が真上へ走り、白い紙を張った天井へ筋を引いた。


母上の笑いが消えた。伯父上が袖を引く。けれど一度上がった煤は、家族の都合を待ってくれない。二筋、三筋。黒い糸が天井へ届き、炎の下では蝋だけが勢いよく崩れてゆく。


(あれは芯しか扱えぬ娘のはずだ)


弥一郎さまの顔から、羽織と帯百二十本ぶんの余裕が抜けた。わたくしの目はすぐ二本へ戻る。こちらの炎は同じ高さで立ち、芯先に小さな赤を含んだまま、蝋を静かに吸い上げていた。


女衆が一人、相手方の台から座布団を引いた。次の一人も膝をずらし、その次は袖で鼻先を覆って身を引く。煤の下には、半円のきれいな空きができた。


反対に、わたくしの一本へは顔が順に寄った。


「揺れないね」


「受け皿もきれいだ」


「これなら夜半まで替えずに済むよ」


誰かがわたくしを褒めたわけではない。灯りを見て、暮らしの手間を数えただけでございます。それがよい。わたくしの十年は、慰めより算盤に耐える。


相手方の芯から黒い塊が落ちた。溶けた蝋が跳ね、弥一郎さまが手を引く。伯父上は母上を指した。


「太くせよと言ったのは姉上だ」


「わたくしは、あなたが家格に見合うものをと申したから——弥一郎、おまえが職人へ命じたのでしょう」


「母上も伯父上も賛成したではないか」


三人の袖が絡み、ほどけ、また互いを押し出す。土間の陰では一つだった声が、煤の下では三つに割れた。連座というものは、儲けの前では肩を組み、勘定の前では指を差すらしい。


お峰さまが立ち上がった。相手方の一本を吹き消し、帳場の前に置かれていた値札を取る。家の名が書かれた札を帳面に挟み、売り台から下げた。


「灯りを売る講です。家格を売る講ではありません」


弥一郎さまが前へ出た。


「お、お待ちください。次は必ず直します。こんな話ではなかった。佳乃、寅市へ言ってくれ。婚姻すれば同じ家になるのだから、蝋も芯も——」


「婚姻の話と、本日の灯りは別でございます」


わたくしは自分の一本の芯先を見た。まだ整っている。お峰さまが帳面へ印を押す音が、乾いて響いた。


「この家は、次の改めまで値付けへ出さない」


母上が「佳乃を高く」と口にしたが、女衆は誰も振り返らなかった。伯父上は弥一郎さまの後ろへ下がり、弥一郎さまの唇だけが動く。


わたくしは裁かない。裁く暇があれば、保った一本を見ていたい。


それに——ああ、よく保ちましたこと! 胸の内でくらい、両腕を上げても罰は当たりませんわ。煤掃除代まで含めれば、こちらの圧勝でございます!


    *    *    *


【冬・新しい改めの場】


夏を越すころには、相手方の名を灯りの値付けで聞かなくなった。秋には講と本家筋から、次の芯を見てほしいと使いが来た。わたくしの店を誰かの家へ移す話ではない。わたくしの手を、わたくしの名で請う話だった。


冬の改めの日、二十軒の女衆が台を囲んだ。束はわたくしの膝の前にある。紐へ手を掛けても、まだ解かない。


お峰さまが帳面を開いた。


「佳乃」


呼ばれてから、わたくしは結び目をほどいた。


十年分の芯が、冬の光の中へ広がる。女衆は急かさない。一本ずつ撚りを見て、今年の蝋へ合うものが選ばれるまで待っている。待たれるというのは妙な心地でございます。手が遅いと思われぬよう、つい倍の速さで選びたくなる。職人の見栄も、なかなか蝋を食う。


「次は、おまえさんの名で解きな」


お峰さまの言葉を思い出し、わたくしは一本を取った。寅市さんが蝋を寄せる。


「今年も湿っておりますわね」


「去年よりましだ」


「では撚りは一つ戻します。ああ、でもあの家は夜なべが長いから、保ちを——」


「長え」


「まだ三言でございます!」


「俺には長え」


女衆の間から笑いが上がった。そのとき、戸が荒く開いた。


弥一郎さまが立っていた。上等だった羽織は同じだが、袖口の艶がなくなっている。わたくしの頭は律儀にも、値を蝋燭へ換算しようとした。やめておきましょう。値のつかない見栄まで数えるほど、暇ではございません。


「佳乃、話が違う」


弥一郎さまは女衆の輪へ入り、解いた束を指した。


「婚姻すれば店を支えると言っただろう。おまえ一人では売り口を守れないはずだった。今からでも我が家の名を使わせてやる。寅市の蝋をこちらへ回せば、講へ戻ることも——」


寅市さんが蝋の前へ腕を置いた。お峰さまは帳面から顔を上げただけで、何も言わない。これはわたくしの場で、わたくしの返事でございます。


「ええ。わたくしは、芯を撚るしか能がない」


弥一郎さまの顔に、土間の陰で見た笑みがほんの一瞬戻った。


「ようやく——」


「ですから、その能をお入り用の方へ、自分の名でお渡しいたしますわ」


わたくしは選んだ一本を寅市さんへ差し出した。


「次の灯りをお願いいたします」


弥一郎さまの声が背で重なったが、振り返らなかった。値付けへ戻すかどうかを決めるのはお峰さま、蝋を渡すのは寅市さん、買うのは二十軒。わたくしがするのは、灯りを改めることだけでよい。


夜になると、改めの場へ汁粉の鍋が持ち込まれた。女衆が椀を押しつけ、寅市さんは隅で餅を二つ入れている。無口な職人が甘味の数だけは雄弁とは、これは帳面へ特記すべき案件ですわ。


「佳乃、火を少し落とすかい。蝋がもったいないよ」


女衆の一人が言った。


わたくしは並んだ明るい灯りを見上げた。客へ渡したあとの残りではない。煤も出ず、夜半まで保つ、売り物と同じ蝋燭が何本も灯っている。いつもの癖で本数と銭を数えかけ、椀の熱が指へ移ったところで、算盤を追い払った。


「落としませんわ」


汁粉をひと口すすった。小豆の甘さが舌へ残り、肩から力が抜ける。寅市さんがこちらを見たので、椀を抱え直した。


「これですわ。夜は明るさが命ですのよ。汁粉より先に座敷を煤けさせるなんて、甘味への敵対行為でございます」


「九十本か」


「今夜は数えておりません!」


明るい座敷で、女衆の笑いがいっせいに弾けた。わたくしは餅をもう一つ椀へ入れ、保ちを気にせず、次のひと口を待った。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

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作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。

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