ジャーナリストの見た境界線 「不穏な手紙」
山田貴明が、その情報を掴んだのは、荒牧大輔の一件から、およそ一年が過ぎた頃だった。
防衛省の内部事情を長年追ってきたジャーナリストとして、山田は、公にはならなかった"事故"や"処分"の噂を、これまで数え切れないほど耳にしてきた。荒牧の一件も、そのうちの一つに過ぎないはずだった。防衛省内部で、ある参謀が独断専行の計画を進め、内密に処分された――それだけの話であれば、山田の取材網に引っかかることすら、なかったかもしれない。
だが、今回は違った。
「――山田さん、これ、見てもらえますか」
行きつけの喫茶店で、万城目伸が、一枚の書類のコピーを差し出した。
「――何だ、これは」
「防衛省の、ある部局の予算資料です。表向きは"地質資源研究"の名目になってますが……去年、非公式に処分されたはずの荒牧って参謀が組んでた予算枠と、ほぼ同じ規模のものが、また新しく計上されてます」
山田は、その資料を、じっと見つめた。
「――名目が違う。担当者の名前も違う。だが」
「同じ穴の狢、ってやつじゃないですかね」
万城目は、社会部の記者として、長年、自衛隊関連の取材を続けてきた男だった。その勘は、伊達ではない。
「――これ、独自に追ってるのか」
「ちょこちょこ、あちこちに探りは入れてます。ただ、正直、一人じゃ限界がある。山田さんの伝手、貸してもらえませんか」
山田は、しばらく考え込んだ。
「――蒲原さんにも、声をかけてみるか」
「あの、心霊雑誌の?」
「侮るなよ。あの人は、この手の話――地方の言い伝えとか、宗教筋の情報には、俺たちよりよっぽど詳しい。荒牧の一件も、確か、宗教関係者が絡んでいたという話だっただろう」
万城目は、少し驚いたような顔をしたが、やがて頷いた。
「――分かりました。声、かけてみます」
蒲原和真は、五十五歳という年齢を感じさせない、軽い足取りで喫茶店に現れた。
「――山田くん、久しぶりだね。それで、また面白い話かい」
「面白いかどうかは、分かりません。ただ、少々、キナ臭い話です」
山田が資料を見せると、蒲原は、眼鏡の奥の目を細めた。
「――これは、去年の岐阜の一件と、同じ匂いがするな」
「ご存知でしたか、あの件」
「表には出てないが、業界の中じゃ、それなりに噂になったよ。心霊雑誌の記者としちゃ、見過ごせない話でね」
蒲原は、コーヒーを一口飲んでから、続けた。
「――実は、あの一件を書いた小説家がいる。佐藤直樹という人だ。取材で、彼女に会ったことがある」
「小説家?」
「――『境の巫女たち』という作品を書いている。事実を、かなり脚色してあるが……あの内容、俺には、単なるフィクションとは思えなかった」
山田は、興味を惹かれた。
「――紹介してもらえますか」
「もちろん。だが」
蒲原は、少し声を落とした。
「あの人に近づくということは、恐らく、あの一件の"本当の中身"に、近づくということでもある。それなりの覚悟は、要るかもしれないよ」
大場栄が、二人の会話に加わったのは、その翌日のことだった。
「――話は聞きました。私も混ぜてください」
二十八歳という年齢らしく、大場は、既にネット上で"新しい動き"を見つけていた。
「――これ、見てください。最近、伊那谷の方で、また変な"目撃情報"が増えてるんです」
大場のタブレットには、地元のSNSアカウントの投稿がいくつも表示されていた。
『分杭峠、最近夜になると光る』 『測量士みたいな人たちが山に入ってくの見た』 『前に鬼岩の時と同じ雰囲気がする』
「――去年と、同じパターンか」
山田は、低く呟いた。
「誰かが、また動き始めている。荒牧が潰えても、同じことを狙う人間が、また現れた、ということかもしれない」
「――どうします」
「――まず、佐藤直樹という小説家に、話を聞きに行こう」
山田は、資料をまとめながら、静かに言った。
「もし、彼女が本当に事件の全貌を知っているなら――そこから、真実の輪郭が見えてくるはずだ」




