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旅する指揮者  作者: ろくせいウィンドオーケストラ
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第一話 さすらいのマエストロ(2)

 翌朝、ルークと男は、ホテルを出て町の公園に向かった。今日は曇り空で少し肌寒いせいか、人通りが少ない。空を見上げても、浮かんでいるのは鳥や雲ばかりだった。


 公園に近づくにつれ、聞き慣れない音が聞こえてきた。人の声よりも少し低い、固く中身がしっかりつまった音。聞いているうちに、ルークは木を思い浮かべた。

「あの音は……?」

「あれはね、チェロ。バイオリンを大きくしたような弦楽器だよ」

 男が嬉しそうに言った。


 公園の中に入ると、ベンチに座る一人の老女が見えた。ルークたちと同じように、髪が短い__彼女も魔法なしなのだ。たしかにバイオリンみたいな楽器を、後ろから抱きしめるようにして弾いている。男が手を振りながら彼女に近づいた。

「リリーさん!」

 彼女は弓を止め、男を見上げた。しわだらけの顔がほころぶ。

「ああ、お久しぶり。マエストロ」

「お元気でしたか?」

「元気ではないけれど、病気でもない」

 すました顔でリリーと呼ばれた女は答え、弓を振る。

「そちらこそ調子はどう、マエストロ? 相変わらずかい」

「ええ、いつも通りですよ。あちこち見て回っています。ただどこも結構ほころびができていますね」

「だろうね。ここだってそうだよ」

 リリーは、ちんぷんかんぷんな顔をしているルークに気がつき、笑いかけた。

「魔法はね、魔力が充満している場所でしか使えないの。空気がないと私たち皆息ができないのと同じね。使いすぎると、魔力はいつかなくなってしまう。だから、マエストロはそんな魔力が足りない場所を点検して回って、補充してあげてるのよ」

「魔力を補充するって……どうやって?」

「まあ、聴いてておいで」

 マエストロはそう言って、チェロを抱えるリリーに尋ねた。

「お一人で行けますか?」

「無理!」

 話をしているマエストロたちのそばに、つかつかと誰かが近寄ってきた。立派な身なりをした、三十代ほどの男だ。リリーが小さくうなずいた。

「おはよう、町長さん」

「おはようございます」

 町長は丁寧におじぎをして、質問した。

「魔法なしの皆様方。朝からこんなところで、何をなさっておいでですか?」

 嫌みたっぷりの言い方だった。ルークは顔をしかめたが、リリーとマエストロは動じない。

「散歩ですよ」

「私は、日課のチェロを弾いていただけさ」

 町長はじろりとチェロを見下ろした。

「趣味にいそしまれるのは結構なことですが、住民から苦情が来ています。毎日毎日うるさいと。家で演奏するのはいいですが、ここは皆が使う公園なんですよ」

 リリーはマエストロを見た。

「苦情が来るほど下手な演奏だったかね」

「いいえ、なかなかでしたよ。また腕を上げましたね」

 ほのぼの笑い合う二人に、町長は愛想を尽かしたようだった。

「そんなにチェロが弾きたいのなら、よその町に行ってくださいよね。では」

 さっさと帰っていく町長の背中に向かって、ルークはこっそり悪態をついた。

「およし、坊や。あんたの品が下がるだけだよ」

「前の町長はもっと物事を分かっていたんだけどね」

 マエストロが苦笑した。

「どうします? リリーさん。言われた通り、この町は捨てますか。音楽好きの町なら紹介できますよ」

 マエストロに聴かれ、リリーはちょっと考え込んだ。公園の(普通の)道を、魔法使いの子どもたちが駆けていく。手にしたボールを高く投げ上げたが、ボールはすぐに落ちてきた。子どもの一人が地を強く蹴るが、体が浮くことはない。子どもたちは、つまらなさそうに野次を飛ばし、公園を出ていった。


 リリーはマエストロに答えた。

「私はここに残るよ、マエストロ。今までずっとここで生きてきたんだもの。それに、魔法使いの友達もいないわけじゃない」

 マエストロは大きくうなずいた。眼鏡の奥の黒い瞳が、輝き始めている。

「手を貸してくれるかい?」

「もちろんですとも」


 マエストロは、カバンの中から小さな金のフィンガーシンバルをとりだし、チリンチリンと鳴らした。すると、にわかに大きな影が落ちた。見上げてびっくり、大空から巨大な緑色のドラゴンが下りてくるじゃありませんか。


「助っ人を呼ばないとね」

 マエストロはそう言ってドラゴンの背中にのり、ルークも引っ張り上げてくれた。ドラゴンが飛び立つと、公園に残るリリーがのんきに手を振った。ドラゴンはどんどん空の高みへ昇っていく。ルークは、どうか絶っっ対に振り落とされないようにと、うろこがびっしり生えたドラゴンの背中にしがみついた。



 三十分ほど飛んで、ドラゴンはある町に下りた。マエストロがさっさと歩き出すので、ルークも慌てて追いかける。

「ドラゴンに乗るのははじめて?」

「当たり前じゃないですか!!」

 普通の魔法使いだって、ドラゴンにのったことのある人は少ないはずだ。

「大丈夫、あの子は気が優しいからね。のっている人を振り落としたりはしないよ」

 彼の言葉は、とても信じられなかった。


 マエストロがやってきたのは、大きな集会所だった。中から様々な音が聞こえてくる。建物の中に入る前に、ルークは上着のフードを深くかぶった。

「彼らも魔法が使えない。俺や君と同じくね。だから堂々としていなさい」

 扉を開くと、楽器の音がぴたりとやんだ。

「マエストロ!」

「わあ、お久しぶりです!」

 中にいた老若男女二十人ほどの人々が、マエストロを取り囲む。マエストロもにっこりと笑う。

「皆、久しぶり。元気だった?」

「はい!」

「よかった。いきなりでごめんだけど、皆さんにぜひご協力をお願いしたいことがあります」

 マエストロは、大小さまざまなバイオリンを抱えた人々を見回した。

「ある町に、魔力消滅の危機が迫っています。町にいる我々の仲間はとても腕の良いチェリストですが、いかんせん一人なのでね。皆さんにぜひ、一緒に演奏してほしいんです」

「マエストロも一緒ですよね?」

「もちろんです!」

「じゃあ、いいですよ。行きましょう」

 皆、口々に賛同したり、うなずいたりしている。それからさっと中にもどり、楽器をケースに片付けた。

「マエストロ、構成は?」

「コントラバスなしの弦楽アンサンブルで」

「移動手段は……」

「ドラゴンのドラちゃんにのっていきます」

 彼らは一斉に「ええー」と言った。


 ドラゴンの背中は、彼ら全員が乗るほど広かった。が、皆ルークと同じく空を飛ぶことには慣れていないらしい。

「楽器は落とさないようにね、皆。もうまもなく出発するよ」

 マエストロがそう声をかけたので、ルークは他の人たちと一緒にドラゴンの背中のとげと楽器ケースをしっかりつかんだ。

「わたし、これ苦手なのー」

 バイオリンを背中にかついだ女の子が、ルークにこぼした。

「わ、わかります」

「落ちたらどうしようって思ったら、怖くて怖くて……」

 ドラゴンは浮上した。降り番(一緒に演奏しないこと)のコントラバス奏者が、安全な地上から声援を送っている。少しだけそれを恨めしく思った。


 公園に戻ってくると、リリーが出迎えてくれた。ドラゴンにのっていた何人かの顔が青い。

「なんか僕、手伝うことありますか?」

 ルークがリリーに尋ねると、彼女はドラゴンを見て集まってきた魔法使いたちを指さした。

「あいつらが近づいてきたら、これからコンサートをするんだって教えておあげ」

「はい!」

 先ほどの町長が、憮然とした顔で楽器を取り出す一団を眺めていた。ルークが近づくと、町長は低い声で言った。

「許可もなくコンサートをしようとするなんて……」

 ルークはきっぱりと言い返す。

「この町に必要なことなんです」

 町長はむすっとしたままうなずいた。

「……分かっている」

「え?」

「私の父が、言っていた。彼らは町の……いや、世界の宝だと」

 町長の視線の先には音出しをする奏者たちと、指示を次々に飛ばすマエストロの姿があった。


 即席コンサートの準備が整うころには、かなりの見物客が集まっていた。皆魔法使いなのに、地面に降りている。魔力が失われ始めているのは本当なのかもしれない。

 

 ルークは魔法使いたちから距離をとり、マエストロと奏者たちを眺めた。皆ばらばらの私服、マエストロに至っては着たきり雀の黒ジャケットなのに、なぜか妙に華々しく見える。

 マエストロが指揮棒を構え、さっと振り上げた。弦楽の調べが、さざ波のように公園に広がっていく。徐々に、徐々に大きくなっていく音。不思議な和音と軽やかな連符が、ルークの胸をかき乱す。音楽の盛り上がりは最高潮に達し、それから華やかに終わった。魔法使いたちが戸惑ったように彼らを見つめ、それから拍手をした。ルークも、力いっぱい手を叩いた。


 それから二、三曲演奏して、コンサートは終わった。マエストロが、満足げな顔をして聴衆に礼をする。何人かの魔法使いが、空を飛んでさっさと帰っていく。けれど、その場に留まった魔法使いたちは、銀貨や銅貨を渡したり、興奮しながら奏者たちを褒めていた。


 コンサートの後、あっという間に片付けは終わった。ルークは、奏者たちと共にドラゴンによじ登るマエストロに話しかけに行った。

「また帰ってきますよね?」

 肯定してもらえるものと思っていたが、マエストロは首を振った。

「いや、俺はこのまま皆と一緒に行く。合奏の指導をしないといけないから」

「……そうですか」

 顔を曇らせたルークを見て、マエストロはドラゴンを降りた。そしてルークに優しく尋ねた。

「演奏、どうだった?」

「すごく、よかったです」

「それは嬉しいね。リリーさんもいたし、いいメンバーだったから」

「魔力、もどったんですか?」

 マエストロは空を指さす。魔法使いたちがいつものように飛び回っていた。

「彼ら魔法使いたちのほとんどは、魔力の増減に気づいていないけどね。きっと、今朝なんとなく元気がなかったけど、調子がもどってきたくらいだと思ってる。それでいいのさ。当たり前が当たり前じゃないことに皆が気づいてしまったら、きっと世の中大騒ぎになるよ」

 ドラゴンにのった奏者たちが、マエストロを呼んだ。

「おっと、皆早く帰りたいみたいだな。……ルーク君、もしちょっとでも音楽に興味を持ってくれたなら、あの子たちの町においで。俺もしばらくそこにいる」

 マエストロは、町の名前と住所を書いた紙をくれた。

「じゃあ、またどこかで。そのフード、たまにはぬいで外を歩いてごらん」

 マエストロたちは、ドラゴンに乗って行ってしまった。


 ルークはフードをぬぎ、もらったメモをしっかり握りしめた。ベンチに座るリリーが、彼をじっと見つめている。

「寂しい?」

 そう問われ、ルークは首を傾げた。

「……よく分かんないです。音楽のこととかも、何も知らなかったし」

「じゃあ、今から私の家に来るかい? お茶でも飲みながら、音楽の話をしよう」

 ルークとチェロのケースをかついだリリーは、並んで公園を出て行った。


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― 新着の感想 ―
 さすらいのマエストロと楽団(?)の皆さん、なんていいひとたちなんでしょう!  私だったらこれみよがしに「善行してやったぜ、感謝しろよ」と言いたくなってしまいそう……。  そしてルークの「ざまみろ」と…
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