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シングルマザーにする計画だったそうですが、逆に告発いたします  作者: すじお


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1/1

1 「これ以上の話し合いは、法廷でいたしましょう」

朝の宮廷庭園は、光が柔らかく差し込んでいた。


マリーア・フォン・レインフォードは

朝露を浴びたバラのそばで、静かに手袋をはめていた。


「今日で……最後になるはずだったのに。」


彼女の声は冷静だが、その奥に小さな波紋が広がる。


マリーアは平民出身の貴族の養女――

王太子の側近である侯爵との婚約を控えた身だった。


しかし――


その婚約は、破棄された。


「マリーア様、こちらにお手紙が届いております。」


侍女が差し出したのは、侯爵直筆の書状。


マリーアは無表情で開封する。


——婚約式出席不能につき、婚約は破棄とする。


その一文だけが、真っ黒なインクで冷たく綴られていた。


——出席不能?


「……私が出席できない?」


マリーアは眉をわずかに寄せる。


その日の朝、侯爵の側近である令息――


「貴女があの日、僕と同じ部屋にいたからだ。」


そんな噂まで流れていた。


いや、噂ではない。

あれは偶然ではない。


——誰かが仕組んだこと。


彼女は心の中で静かに確信していた。


---


宮廷の奥深く、見えない力が器用に糸を操るように動いていた。


だがマリーアは一度も焦ったり、泣いたり、叫んだりしない。


「……わかりました。」


彼女はそっと書状をたたみ、侍女に手渡した。


「侍女のロレーナ。今日の午後、私の道具箱を確認して。」


「え? 道具箱ですか?」


「壊れているかどうか、もう一度確かめてほしいの。」


その言葉は、他の者には何気なく聞こえただろう。


だがマリーアは知っていた。


壊された手仕事の道具は、ただの嫌がらせではなかった。


それは、私を縛るための最初の一手に過ぎない。



ーーー



昼下がりの宮廷は爽やかな風が吹き、花々が静かに揺れていた。


マリーアはいつものように静かな歩みで、自室へと向かっていた。


「ロレーナ。これを見て。」


手渡されたのは、小さな木箱だった。


数日前、突然壊されていた彼女の手仕事用具――

精巧な裁縫道具の詰まった箱。



「……壊れているわね。」


ロレーナが言う。


「でも……これほど丁寧に壊されているものは珍しいわ。」


針は折れ、糸巻きは引き裂かれ、布の切れ端が無残に散らばっていた。

マリーアは無言で箱を見下ろす。


「……婚約者様、随分とお気遣いが良いみたいですね。」


彼のために取ろうとしていた“裁縫教師の資格”――

それを潰すかのような行為。


ただの嫉妬でも嫌がらせでもない。



そしてその夜――


婚約披露前夜の晩。


マリーアは部屋へ戻る途中、侯爵の部下の息子――

ライム・フォン・グライツ卿と廊下で顔を合わせた。


「マリーア殿下?」


彼の声は低く、表情はどこか異様だった。


「こんな時間にどうしたの?」


マリーアは素直に答えた。


すると突然、


「ここで、少し話さないか?」


そのまま無言で部屋へと誘導され――

気づけば二人だけの小部屋の中に閉じ込められていた。


「……え?」


ライムはにやりと笑った。


「侯爵様の命令でな。

 ここに閉じ込めておけば、誰も助けに来ないだろ?」


その言葉を聞いた瞬間、マリーアの心は静かに震えた。


——これは……意図的な工作。


そしてライムは思わず口を滑らせた。


「まぁ……婚約者様はあんたが婚約式に来られないようにしたいらしいけどね――」


その瞬間、マリーアの瞳が鋭く光る。


「……つまり」


「そうだ。あんたが式に来られなければ、婚約破棄は正当な理由になる―― ……ってことらしい。」


マリーアはその場で冷静に考えた。


これは偶然でも事故でもない。

工作だ。


しかも極めて計算された――。


「……私、前に呼び出されて王都のティーサロンに赴いたわ。

そこにきちんと待っていたの。そうしたら、あの人はティーサロンまでわざわざ来て、窓の方の席に座ったわ。まるで私を観察するように見て…そして帰った」


「はあ? 待ち合わせじゃなかったのかよ」

「私はその前の待ち合わせだってきちんと行ったわよ。王都の公園の記念祭に。来たのは代理の従者だけ。あの方は結局来なかったわ」

「じゃあ、エリシアはちゃんとそれまでの約束の場所には行ってたんだな。さも王家はエリシアが約束を守らないと言うから、俺もそうなのか? とさえ思ってたよ」


しかし彼女は大声を上げたり、暴れたりしなかった。

静かに、深く息をつく。


「……なるほど。そういうことね。」


その言葉は低く淡々と発せられた。


だが、その奥には――

静かな怒りと、これから始まる戦いへの覚悟が宿っていた。


そして、ひとつだけ確信した。


——私はこれを、ただの不運だとは受け取らない。




朝陽が淡く差し込む宮廷の談話室。


侯爵――元婚約者が、鋭い視線でマリーアを見据えていた。


「……マリーア。 婚約破棄について、話がある」


マリーアは冷静に席についた。


「話とは?」


侯爵は書類を取り出す。


「これは君が婚約式に来られなかったことについての――正式な破棄通知だ」


書類には、侯爵側の言い分だけが羅列されていた。


「つまりあなたは私のせいで式に来られなかった――と?」


「そうだ。式に出席できなかったのは、君の都合だろう?」


侯爵の声は平然としていた。だがマリーアは静かに笑う。


「都合ではありません。 あなたの周到な計画の結果です」


侯爵は眉をひそめた。


「……は?」


マリーアはゆっくりと書類を取り上げる。


「まずひとつ。 私の裁縫道具が意図的に壊されたこと。

 次に、侯爵の部下と私を部屋に閉じ込めた件。これらはすべて偶然でしょうか?」


侯爵の顔がわずかに強ばる。


「……証拠はあるのか?」


マリーアは静かに頷く。


「はい。使用人が破壊行為を目撃しています。さらに侯爵の部下自ら、あなたの指示だったと口を滑らせました」


その言葉に侯爵は驚きを隠せない。


「……それは……本当なのか?」


「はい。そしてこれらはすべて、あなたが私を“式に来られないようにするため”だったことを示しています」


侯爵の目が揺れる。


「……まさか」


マリーアは相手をじっと見据えた。


「私は何も隠していません。あなたと私の婚約はあなたの画策の元に行われています。”有責”はあなたですが、私から婚約破棄はしておりません」


侯爵は一瞬言葉を失った。


「……待て。もう私は他の令嬢と婚約をしてしまった」

「なら、それは無効ですね。私から婚約破棄はしてありませんもの。あら、二重婚約が王家では認められていますの?」


マリーアは優雅に微笑む。


「当然です。 “有責”の側が破棄を言い渡すことなど、法的にも認められていません。それに、宰相の息子が『エリシアは未婚の母にして、子供だけ産ませて宮廷内で飼い殺ししていけばいいんじゃないか』と言っていたのを、宮廷にお勤めのファルク公爵夫人が聞いているんですの」


侯爵の顔が青ざめる。


「……つまりだな」


「ええ。 私には権利があります。

 婚約と名誉の回復と、正当な扱いを求める法的権利です」


その宣言は、周囲に強い衝撃を与えた。


「ここまで拒否されて、まだ継続すると!? 私はこんな婚約嫌だったんだ! お前との婚約を利用してあくまでお前の家を潰すために……」


「あいにくそのおかげで私の後見であるレインフォード家は没落してしまいました。だから、私も今の手持ちでは裁縫道具を書い直すことができませんの。それに、この婚約は王家から持ちかけられた婚約です。それを捏造した理由で一方的に婚約破棄されるのであれば王家自身の信用が根本からぐらつきますわ。あなたは側近なのに『嘘つき王家』と呼ばれてもよろしいと?

 

そのためにも婚約継続が必要なのですわ。それに、大体3年前から他の女性といたのに、二重婚約ができると思っておりまして?」


侯爵は何も言えず、ただ虚空を見つめるのみだった。


マリーアは静かに立ち上がる。


「これ以上の話し合いは、法廷でいたしましょう。

 私は逃げません」


その声は落ち着いているが、鋭い。


——彼女はただの婚約破棄された女性ではない。

確固たる根拠を持つ、静かな戦士だった。






エリシアは何度も約束を守っていましたが、婚約者の令息はきちんと来ませんでした。


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