第46話 満ちていく日々
「勇者様! お連れしました!」
カリンちゃんが息を切らせて駆け込んできた。その後ろに、フードを深くかぶった二人の姿がある。
「ユウト様。ご無沙汰しております」
フードを取ったのは、ルーク王子だった。隣にはアリス王女。二人とも少し大人びた顔になっている。
店の外には豪華な馬車が停まり、兵士が並んでいる。もちろん貸し切りだ。
「王子、王女。ようこそ天使の台所へ」
俺が頭を下げると、ルーク王子が目を丸くした。
俺の白髪と老いた顔に、明らかに動揺している。
だがすぐに表情を整え、手を差し出した。
「カリンから聞いてはおりましたが、苦労なされたようですね」
「……素敵なお店。温かい場所ね」
アリス王女は店内を見回し、壁に描かれた子どもたちの絵や、手作りの家具に目を細めた。
カリンちゃんが得意げに胸を張っている。「ねー、可愛いですよね?」
俺は腕をまくった。今日は特別メニューだ。以前キャンセルになってから温めて来た王族メニューを全力で行く。
「アマン、王子たちの度肝抜くぞ」
「了解!」
店の名前が入ったエプロンを翻し、アマンが厨房に駆け込む。レナが王族二人を奥の席に案内した。トラが緊張した顔でハーブ水を運び、半分こぼした。サリーが慌てて拭く。
ヨルカは——今日は非番で、カウンターの隅に座っていた。軍服ではなく、レナが選んだ白いブラウスを着ている。ルーク王子がヨルカに気づき、一瞬足を止めた。
「……君が、ヨルカくん?」
「はい。お初にお目にかかります、ルーク王子」
ヨルカが丁寧に一礼する。ルーク王子は何か言いかけたが、アリス王女に腕を引かれて席に着いた。
料理を出す。カレーを一口食べたルーク王子が黙った。二口目で目を閉じた。三口目で、隣のアリス王女と顔を見合わせた。
「……これ、城の料理長に食べさせたい」
「是非連れてきてください。アマンと勝負させよう」
俺が言うとルーク王子が笑った。久しぶりに見る、あの穏やかな笑顔だった。俺は王城での厚意に感謝を伝えた。
二人は、俺を牢屋に残してしまったこと、留守中に軍部が戦争に駆り出そうとしたことを詫びて来た。頭を下げる王族に俺たちは慌てる。だが、王子は笑って言った。
「まあ、すっかりヨルカくんに、乗っ取られてしまったようだけどね」
「そんなことありませんわ、王子」
見るとヨルカが、大人の顔で笑っていた。乗っ取るって何? 少し怖いがそっとしておこう。軍ではこんな顔しているのだろうか。
アリス王女はアイスを三杯おかわりした。カリンちゃんと二人で「もう一杯だけ」を繰り返している。フレーバーを増やし続けているため、いろいろ試したくなる罠だ。
食後、ルーク王子が俺に言った。
「身体のこと……聞いております。何かできることがあれば、遠慮なく言ってください」
「今はみんなが動いてくれてるから、大丈夫ですよ。それより、是非また来てくださいね」
ルーク王子は頷き、帰り際に店の看板を見上げた。
「天使の台所、か。……いい名前だ」
彼らが帰った後、店内に静かな興奮が残っていた。
「王子が来た店」という事実は、思った以上に大きかった。翌日から、富裕層からの予約が入り始める。週に一度の夜営業を始めると、あっという間に席が埋まった。
エヴェラ:この調子なら、もう一店舗出せるかもしれないわね。
「まだ早いよ。……でも、悪くないな」
◇
「それで、神託はどうだったんだ?」
数日後、カリンちゃんが屋台に寄ってくれた。アイスを舐めながら、彼女は安堵した顔で答える。
「豊作と、平穏の兆しでした。よかったですー」
「そりゃよかった。フラグ回収されなくて」
エヴェラ:このまま、平和な日が続いていくのかしら。
なんか退屈そうに見えるエヴェラに、それが一番いいだろと答え、串を焼いていく。
◇
トラとサリーが、興奮した顔で帰ってきた。
「兄ちゃん! 隣のバルデス国のダンジョンに、紫色の果実の噂があるらしい」
「桃朱雀かどうかはわからないけど、調べる価値はあると思う」
サリーが地図を広げる。バルデス国は馬車で三日ほどの距離だ。
「行ってくる。おれたちで十分だからさ」
トラが自信に満ちた顔をしている。以前の無鉄砲さとは違う。変身を経て、彼は確かに「戦える大人」になりつつあった。
「気を付けろよ。何かあったらすぐ帰れ」
「わかってるって」
俺はトラを横目にサリーの両肩を掴み「トラを頼む」とお願いする。二人を見送りながら思う。小さかった二人が、今は自分たちだけで国境すら越えようとしている。
◇
ヨルカは軍の敷地の一角に、コンロン山から持ち帰った桃朱雀の苗木を植えていた。
「ここなら日当たりも土壌も悪くない。あとは水源の確保と……」
彼女の横には、三人の学者が緊張した顔で立っていた。ヨルカが振り向く。
「本日から、桃朱雀の成分分析と栽培研究を始めます。研究手法と手順はこちらに」
ヨルカがピンメッセージを一括送信した。三人の学者が同時に目を見開く。
「こ、これは……魔法薬学と植物学と錬金術の複合的な……」
「読めばわかります。不明点があれば聞いてください。ただし、一度だけです」
学者たちが顔を見合わせて震えている。ヨルカはすでに次の資料に目を落としていた。エヴェラとの高速通信で組み上げた研究計画。
人間の学者に実行させ、データを収集し、エヴェラが分析する。ヨルカはその橋渡し役だった。
「量産化できれば、兄さんは……」
苗木に水をやるヨルカの横顔は、穏やかだった。その目の奥にはいつもの——底の見えない水色が、静かに光っていた。
◇
夜。
地下道の家。
俺は暖炉の前で、一人お茶を飲んでいた。
トラとサリーは遠征中。ヨルカは研究の監督で軍施設に泊まり込み。レナとアマンはもう寝ている。
静かだ。
エヴェラ:珍しく一人ね。
「たまにはいいよ。……みんな、自分の足で歩いてる」
エヴェラ:寂しいくせに。
「うるさいな」
暖炉の火を見つめる。
その横にある姿見に、ちらちらと老人が映る。幼いころに会った、祖父に似ている気もした。
王子が来てくれた。店も繁盛している。子どもたちはそれぞれの道を進んでいる。俺がいなくても、きっとやっていける。
——そう思えることが、嬉しくて、少しだけ怖い。
エヴェラ:まだ早いわよ、そういうこと考えるの。
「考えてないよ」
エヴェラ:嘘つき。
俺は笑って、冷めたお茶を飲み干した。




