第44話 炎魔のダンジョン
炎魔のダンジョン。
入口は、赤黒い岩肌が口を開けたような洞窟だった。熱気が地面から這い上がってくる。ギルド推奨の炎耐性アイテムを魔道具屋で購入したため、ある程度の熱気は軽減できる。
「Bランク推奨って、こういうことか?」
トラが大剣を背負い直す。サリーは小剣を腰に確かめた。二人ともギルドで情報を集め、装備を整えてきている。俺はと言えば——新たに作りなおしたコンポジットボウを持ってきていた。
「兄ちゃん、おれが前行くから。サリーが真ん中。兄ちゃんは後ろな」
「了解」
なんだかトラがいつもより頼もしい。
ダンジョンの通路は赤い鉱石が壁に埋まり、薄暗い中でぼんやりと光っている。足元は不安定で、何度か躓いた。
彼らと違い初めてのダンジョンで、俺は少し浮かれていた。
「これが、ダンジョンか」
広いフロアに広大なフィールド。
以前の世界の影響から、そんなダンジョンを想定していた。
「ウィザードリィ……」
俺は思わずつぶやく。
現実はずっと狭い通路だった。
赤黒い通路は、まるで定規で引かれたかのように冷徹な直線を描いている。数十歩歩くごとに現れる十字路は、右を見ても左を見ても、ただ暗闇の奥へと続く同じ幅の回廊があるばかりだった。
「これ、いつまで続くんだ」
「ほんと遭難するよ。大丈夫なのエヴェラー?」
地図データを見つけたエヴェラは「問題ない」と返す。
変わらぬ風景に、徐々に緊張感が薄れていった。
——そのこと自体が、どこかおかしい気がした。
たまに現れる炎属性の魔物を二人は競うように倒していた。俺の出番など一切ない。
少なくともCランクの魔物のはずだが、まるで問題なさそうだ。
いつの間にこんなに強く……
闇の中を進む。
エヴェラ:ここで右だね。まだまだ続くよ、なんて悪質な迷路だと感心するよ……
俺たちはエヴェラのナビに従い角を曲がるが、視界に飛び込むのは既視感のある石壁と、松明の光を吸い込むような直角の十字路だけだった。
「うわ、またかよ」
「まわるー」「これ気持ち悪くなるよな」
一定時間ごとに、床か壁のどちらかが回転していた。両方なのかもしれない。
「これマッピングのスキルあってもキツイだろ……」
エヴェラ:方位が把握できる以上、なんの問題もないわ。
なんたる頼もしさ。
期待と不安の中、エヴェラの声を頼りに進む。
◇
探している石碑がどこにあるかはわからない。
迷宮内のいくつかの部屋に、ランダムで現れるようだ。
部屋に辿り着くたび、期待し、空振りを繰り返した。三つの部屋を回ったがどれも魔物と換金アイテムだけ。
このレベルの敵はトラとサリーで問題なく処理していた。トラは楽しみながら敵を切り、サリーも危なげなく敵を翻弄している。———俺は、うしろで腕を組んでいた。
四つ目の部屋。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。今までより、遥かに広い空間。部屋の奥に——ある。人の背丈ほどの石碑がポツンと立っていた。
邪悪そうな、羽のある生き物が彫られている。魔方陣のようなものまで刻まれていた。
「あれだ……!」
サリーが声を震わせた。トラも目を見開いて走り出す。
「兄ちゃん、はやくー!」
俺は石碑に向かって歩き出した。そこで、地面が震える。
天井から砂が落ち、部屋の奥の壁が、崩れた。
——音が消えた。
四本の腕。燃える目。溶岩のような肌。——炎の巨人が、そこにいた。
石碑の番人。
「……でかい」
こいつは、これまでの敵とは違う。空気の温度が一気に上がった。二人が集めた情報より二回りはデカい。成長でもしたのか。
エヴェラ:これは、帰ったほうが良さそうね……
「ヨルカと合流するまで待とう。一旦退こう」
「大丈夫だよ。あれくらい——」
———ドンッ
トラが言い終わる前に、巨人が滑るように動き、トラがいた床に巨大な拳を叩きつける。床が粉砕し、床だったものがその高温で赤く泡立っている。
「動きも早いぞ。逃げよう」
トラが顔を青くし走り出す。
扉を開けようとするサリーが「開かない」と叫ぶ。
今までの3つの部屋で、すっかり油断していた。
———このままでは、まずい。
燃える目が、ゆっくりと俺たちを捉える。
逃がす気はないらしい。
その巨体を感じさせない速さで滑らかに移動してくる。巨人の腕が再び振り下ろされた。地面が砕ける。熱風が吹き荒れ、視界が歪む。
「コイツッ」
トラが飛び出した。大剣を巨人の脚に叩きつける。火花が散るが、効果は低い。
サリーが影から現れ、小剣で背後を突く。刃が弾かれた。
「硬えぇ!」
巨人の腕がトラを薙ぎ払う。壁に叩きつけられ、岩が崩れた。
「トラ!」
サリーが駆け寄ろうとした瞬間、巨人の足が地面を踏み砕いた。衝撃波でサリーが吹き飛ぶ。
二人とも、動けない。
だが、生きてる。
熱耐性の魔道具を奮発して買ったことに感謝した。
巨人が石碑の前に立ちはだかり、ゆっくりと俺に向き直る。
「……くそ」
炎の巨人は、追い込んだ獲物を値踏みするよう、ゆっくりと近づく。
顔に熱気がかかる。魔法、使うしかないのか。エヴェラが同意する。
——その時だった。
壁にもたれたトラが、震える声で叫んだ。
「———兄ちゃん!」
トラの身体から、銀色の光が溢れ出した。
喉の奥から、押し殺したような呻きが漏れる。獣の声。
骨が軋み、肉が膨れ、銀が噴き出す。大剣を握る手が獣の爪に変わっていく。
ライカンスロープの変身。——初めての変身だった。
ゲンジーが「ふんっ」と力を入れると言っていた、あの変身。ゲンジーは子犬のようだったが、トラは違う。狼男?
エヴェラ:人型で、体躯が2倍近くになっているね。速さも段違い。
サリーが態勢を立て直し、トラの姿に歓声を上げる。
銀色の獣が咆哮をあげた。
その刹那、巨人に向かって銀色の塊が跳ぶ。
片手で振り回された大剣が巨人の首を狙う。ガードするように上がった巨大な腕の前で、剣先がピタリと止まった。そして、軌道を変えて赤黒い胸の中心に突き立てられた。
エヴェラ:フェイントまで使っている。頭まで強化されるのかしら?
「修行の成果かもな……強くなってる」
さっきまで通らなかった攻撃がとおる。強固な肉体がトラに削られていく。巨人がよろめく。サリーがその隙に影から脚の関節を斬りつける。
俺もエヴェラとつくった爆裂矢を打ち込んでいく。
溶岩でできたその身体は、切られ、爆発し、削られていく。
サリーが炎の巨人の顎下の影から現れ、赤い目を傷つけて、影に消える。
空中に飛び上がり、横に回転するように振りぬかれたトラの大剣が巨人の首を弾き飛ばした。
「勝った!」
誰もが、そう思った。
「おお、よく勝てたな。危なかった」「すごーい」
トラは巨人だったものに乗ってポーズをとる。サリーが溶岩の身体に触ろうとして「あっつ」と指を引っ込める。俺も安心した。
「じゃあ、石碑を試すか———」
「———うわぁ」
突然、巨人の身体だけが、動き出した。
腕の一本でトラを掴み、床に思い切り叩きつけた。
石の床が陥没する。
トラの変身が解け、元の姿に戻っていく。
———血を吐きながら、白目をむいている。
「トラ!」
サリーが巨人の背に飛びつき、二本の小剣を突き刺した。だが、振り払われ、赤黒い壁に激突する。額から血を流し、反応がない。
そして、巨人が再び俺を見た。
爆裂矢を何度も打ち込むが、一本の腕を犠牲にしながら、悠然と歩み寄って来た。
エヴェラ:ユウト!
「やるしかないよな……」
エヴェラ:上級氷結魔法。……だいたい半年分の消費になる。おそらく、これが最適。
「半年くらいなら———」
そう言いかけて、レナの顔が浮かぶ。
両手でバツを作った、あの顔。——ごめん。
倒れたトラが、薄い目でこちらを見ていた。
「兄ちゃん……やめろよ。魔法、使うなよ……」
「お前らが治してくれるんだろ?」
トラの目が見開かれる。
「だったら——今、使うしかないだろ」
コンソールが浮かぶ。指先が光に触れる。
辺りに冷気があふれ、俺の後方に巨大な氷の槍が現れる。
それを見た炎の巨人が、全ての腕でガードしながら俺に突っ込んできた。
「いっけー」
走る巨人に、次々に巨大な氷が突き刺さる。そのたびに熱と反応し大きな水蒸気が生まれた。しかし、その歩みが止まらない。
俺は上級氷結魔法を連発していく。
「止まれー!」
首が無いまま、氷が刺さったまま向かってくる巨体に、内心焦っていた。氷で削られた箇所に溶岩が染み出し回復しているように見える。
魔法を3発……
6発……
「ユウト兄ちゃん、駄目だよ」
「いい加減に死ね!」
8発目の氷が巨体に刺さると、溶岩での回復が消え、その全身が氷に覆われた。
ついには動かなくなった。
部屋全体が水蒸気で白く染まる。
熱。——そして、静寂。
俺はトラとサリーに中級の治癒魔法をかける。
二人には止められたが無視した。
エヴェラ:全部合わせて5年……消費されたわ。あの巨人、B級ですらない。A級じゃないかしら。ギルドに報告が必要ね。
「ああ、だけどスキルが消えれば解決だろ」
「ユウト兄ちゃん……」
サリーが力の抜けた声を出す。
彼女の足元の石碑が——倒れていた。
魔法の余波か。碑石は台座から折れ、無数の破片になって床に散らばっていた。
「嘘だろ……使えるのか、これ」
膝から力が抜けた。
手を見ると、しわがさらに深くなっている。
「兄ちゃん……」
トラがよろめきながら起き上がる。
俺の顔を見て、言葉を失った。
「どんだけ老けてんだよ……」
「ひでえ言い方だな」
笑おうとした。うまく笑えたかはわからない。
サリーが砕けた石碑の破片を拾い上げた。
何も起きない。静かに息を吐き、放り投げる。
砕けた石の音だけが、やけに大きく響いた。
「……駄目、か」
三人で床に散らばる破片を見つめていた。
エヴェラ:残存寿命、13年と少し。別の碑石が存在する可能性はあるけど——今は帰りましょう。
◇
帰り道は、来た時の倍かかった。
トラに背負われている。
「情けないな。お前たちに支えられて帰るなんて」
「兄ちゃん軽いよ。帰ったらいっぱい食おう」
トラの声が、少し震えていた。
そうだな、早く帰ろう。ふと俺は気づく。
「そうだトラ。大人になれたな、おめでとう」
「おめでとう! トラ。誕生日で言ったばかりだけど」
俺とサリーから祝われトラが照れる。俺を抱える腕に少し力が入った。変身できたこと。大人になれたこと。子どもの成長を感じるのは何故か嬉しいな。
「……兄ちゃん」
「なんだ」
「ありがとう」
トラがつぶやいた。
ダンジョンの出口から光が差し込む。
サリーが両手を広げて言った。
「絶対に見つけるよ。別の碑石でも、薬でも、なんでも」
トラが静かにうなずいた。
「期待してるよ」と彼の頭をポンポンと叩く。
この冒険で、俺たちは何も得られなかったのだろうか。
ただ、時間と——命を削っただけか。
石碑は壊れた。
———だけど、トラが生きて大人になれた。
だから今回の選択も、正しかった。
……きっと、そうだ。




