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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第42話 暖炉前の会議

厨房に立つのは、しわだらけの手だ。

ヨルカの故郷から戻った俺たちは、それぞれの日々の続きを送っていた。



一角イノシシのブロック肉を切り分ける。冷蔵庫から出したばかりで、刃が入りにくい。以前はもっと楽に切れた気がする。うん、包丁のせいだな。



「お兄ちゃん、それ貸して」



アマンが横から包丁を受け取り、迷いのない手つきで肉を薄く切っていく。いつの間にか、俺より手際がいい。



「アマン! ……成長したな」



「当たり前じゃん。王都一の料理人になるって、レナ姉ちゃん言ったもん」



トラとサリーはイボール村で定期的に一角イノシシを狩っていた。今では村から馬車で運んでいる。食堂用の肉のためだ。簡易的な交易も行っていた。



イボール村で嗅いだあのカレーに似た香りのスパイス。それに、トラの村で分けてもらった赤い香辛料。これを合わせたら、俺の知ってるカレーに近づくんじゃないか。



鍋に油を引き、スパイスを炒める。

香りが立ちのぼった瞬間、厨房の空気が変わった。



「なにこの匂い!」



外で炭を焼いていたヘンスたちが窓から顔を出す。冷蔵庫の氷を作りに来てくれていたメノウさんまで、作業の手を止めてこちらを覗いている。



「まだだ、まだ。完成したら味見させてやるから」



野菜と果実を加え、煮込んでいく。

徐々に、あの色になってゆく。



「この音になったら、カリッとしておいしいんだ」



隣ではアマンが付け合わせを焼いていた。フライパンの音に耳を傾け、真剣な横顔をしている。ゼルグが熱心にのぞき込んでいた。



カレーとアイス。この二つを新しい看板メニューにするつもりだ。カリンちゃんから、そろそろ王子たちが戻ると聞いている。その前にメニューを固めておきたい。



「勇者様、お久しぶりです!」



昼過ぎ、そのカリンちゃんが寄ってくれた。俺の顔を見て一瞬、表情がこわばる。まあ、前に会った時よりだいぶ老けたからな。それでも二度目だ、深くは聞かれなかった。



「……いいお顔になりましたね」



うまいこと言うな。俺は苦笑して、試作のカレーを出した。



「ちょ、勇者様。こ、これはやばいです。」



カリンちゃんが大げさに褒めてくれる。ごはんが無いので、ナンを焼いた。

それを2枚もおかわりし、お腹をさすりながら帰っていく。



「ほんとにヤバいのかもな……」



小さな背中を見送り、レナと顔を見合わせ笑う。

身体は多少変わっても、きちんと食堂で働けている。俺はその事に心から安心した。



食堂は、今ではスラムの人だけではなく、街の住人や、たまに富裕層らしき人も寄ってくれるようになっていた。人気がある、そう言っていいだろう。



「また来てくださいね」



「レーテルちゃん、今日もかわいいな」



会計を終えた常連客が、レーテルに手を振って帰っていく。彼女は新しい看板娘として、はにかむ笑顔で会計までこなせるようになっていた。ヨルカを懐かしむ人もいるけど。





レナと孤児院に来ていた。

教団から新たな院長として就いたマージュという女性に挨拶するためだ。



落ち着いた物腰の壮年の女性だった。

子どもたちの傷と、揺らいだ信頼について真摯に話してくれる。エヴェラも問題なさそうだと言う。



レナが教団の教えを活かした情操教育の案を出すと、マージュは身を乗り出した。俺にはその良し悪しはわからない。だが、教団の教えを受けたからといって、レナのようにはなれない、とは思っている。



帰り道、俺はレナを見ていた。



こんなに教育について自分の意見を持っていたとは。ヨルカの成長ばかりに目が行きがちだが、みんな——確実に育っている。それが嬉しかった。





ヨルカは、軍の資料室にいた。



彼女は重たい黒髪を左肩へと流した。耳の後ろで緩く結ばれた束が、白いブラウスの上で鮮やかなコントラストを描いている。



期待していたスキル封じのアイテムは手に入った。効果時間は三十分。部下に試したところ、パッシブスキルの無効化を確認できている。



「帰ったら、早速試そう」



流し読みしていた国防資料の手が止まる。コンロン山。レッドドラゴンの巣窟とされる山に、桃朱雀と呼ばれる実が成るという。



伝説では不死にひもづく果実。加齢により最大MPが減っていくこの世界で、MPを増加させる——いわば長寿の実。数百年前の記録しか残っていないのは、レッドドラゴンを突破できた者がいない歴史となっていた。



ヨルカは資料を閉じた。



「……必ず治す」





トラは神殿騎士アルトと打ち合っていた。

何度目かわからない。未だ一度も勝てない。



「ずいぶん腕を上げましたね。ただ、相変わらずフェイントに弱い」



「だって、来ると思ったら来ないし、来ないと思ったら来る。わかんねーよ」



汗だくで座り込むトラに、アルトはまだ涼しい顔をしている。それが悔しい。



「すべてが修行ですよ。引っ掛かって慌てた時の自分をよく見なさい」



「んー、エヴェラみたいなこと言われてもな」



アルトは首を傾げたが、一つ思い出す。



「そうだ。こんな話を聞きました。西にある炎魔のダンジョンに、スキルを消してしまう碑石が見つかったと」



トラの耳が動いた。兄を助けるためにと、アルトには勝手に事情を話していた。これは後にサリーたちに怒られることになる。



「それホントか? スキル消えるのか?」



「呪いのトラップのようなものですが、不遇なスキルを持つ者にとっては朗報かもしれませんね」



トラの顔に少年の笑顔が浮かんだ。頭の中では黒髪に戻ったユウトとダンジョンで冒険する妄想が始まっている。



「最低Bランク推奨ですが——」



アルトの声は、もうトラには届いていなかった。





地下道の家。



夕食の後。

家族のお茶の時間だ。



相変わらずの廃材テーブルに人数分のお茶が並ぶ。

そこにヨルカが怪しげな小瓶を2つ並べた。赤と紫に輝いている。



「これは、敵のスキルを封じる毒。戦場で矢や剣なんかに塗るものです」



ヨルカはやや低い声で、赤い瓶を指で遊びながら言った。



「え、毒なの?」



「危なくなったら、ぼくがすぐに解毒するから安心してください」



ヨルカは微笑んでいる。毒入りのお茶を味わえる彼女と違って、俺は怖いんだが。



エヴェラ:身体的な症状は無さそうよ。これの効果中に魔力回復薬を試すということね。効果中は私も消えるだろうから覚悟して。



「うーん。やるか」



俺はヨルカから赤い小瓶を受け取り、飲み干した。

———リンゴ味だった。




頭の中が、静かだった。

いつもなら、くるツッコミが、ない。




一年以上、途切れなかった声。軽口も、分析も、ため息も。————すべてが無い。自分の思考だけが、やけに大きく響く。




頭の中の静寂、その分だけ彼女の声があったんだ。

俺を助け、導く声。彼女には感謝しかない。掛け替えのない存在になっていた。




「……こんなに静かだったか、ひとりって」




レナが俺の手を握る。

一人じゃ、なかったな。




ヨルカが上級鑑定魔法をかけ、部屋の中央に俺のステータスが浮かぶ。




「推定寿命50歳……」




サリーが文字を読み上げた。

みんなの顔が暗くなる。




「MPの表記自体は変わらないですね」




ヨルカが悔しそうな顔で、もう一つの瓶を差し出した。王都で一番高い魔力回復薬だという。




俺が飲む。ぶどう味だ。

みんながステータスを覗き込む。




「なんも、変わらねーな」




トラが宙に浮くステータスをつつく。




「効果なしか。解毒させます。すみません、兄さん」




「いや、ありがとう。よくやってくれた」



俺はうつむいたヨルカの頭を撫でた。「駄目だったみたいだね」エヴェラの声が戻ってくる。いつもの甘い声が、今だけはひどく安心した。



「一時的に無効にしても駄目、か。もう一つ当てがある。ぼくはコンロン山に別のアイテムを探しに行きます。数日かかるかと思います」



国外のレッドドラゴンの住む山に薬を探しに行くという。レナが心配し、トラが一緒に行きたがる、が断られる。



エヴェラ:ドラゴンくらい、今のヨルカなら問題ないわ。



いったいどれだけ強くなったんだ、俺の妹は。

だが、また何日も離れるのは嫌だな。



「俺たちはダンジョンに行こうぜ」



トラがサリーに話しかけた。

得意げに身振り手振り説明する。



「アルトに聞いたんだ、えんまのダンジョン? にスキルを消す呪いの石があるんだって」



サリーの目が鋭くなる。「……なんで今まで黙ってたの。てかアルトに話したの?」



「今日聞いたんだよー。アルト頭良さそうだろー?」



エヴェラ:トラ、そういうのは早く言いなさい。それに他人にユウトのことは話してはダメよ。



「わろかったよ……」

トラはサリーにほっぺを引っ張られている。



「ぼくも調べてみる。トラとサリー姉さんはギルドでダンジョンの情報を集めてもらえますか?」



「わかった」「まかせろ」



子どもたちが、それぞれの顔で動き出そうとしている。自分のために頭と身体を使ってくれている。———無理だけはしないでくれ。その言葉が何故か出せない。



エヴェラ:石碑がスキルを消すなら、本人がその場に行く必要があるかもしれないわね。



「どちらにしろ、危ないダンジョンなら一緒に行くよ」



俺が言うとトラが立ち上がる。



「やった。じゃあさ、明日行こうよ」「先に情報集めなきゃでしょ」



「兄さん、身体が——」



「行くよ。まだ、そこまで老いぼれてないしな」



俺は、細くなった腕で力こぶを見せつける。アマンがまだ、ぶら下がってくれた。



ヨルカが何か言いかけて、止めた。水色の瞳が揺れたが、やがて小さくうなずく。



「……わかった。ぼくがコンロン山を片づけたら、すぐ合流する。それまで絶対に無理しないで」



「しないよ。調査だけして、危なかったらヨルカを待つ」



エヴェラ:ごめんなさい。ユウトは、すぐに無理をしてしまうの。昔はこんなこと無かったのに。



「「「知ってる」」」



俺は笑った。みんなも笑った。



オレンジ色の灯りの中で、家族が同じ方を向いている。

この光景を、しっかり覚えておこう。



……間に合わなかったら、どうなるんだろうな。



エヴェラ:終わりまで生きる。やる事は一緒だよ。



そうだよな。

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