第41話 あと2mm
「着いたよ」
馬車の中で目を覚ます。
ヨルカが心配そうに俺を見ていた。
手を持ち上げる。指の節が、少し太くなっている気がした。手の甲に浮いた筋が、前よりくっきりしている。
エヴェラ:老化、してるわよ。前回と同じね。
彼女の言葉で、目を覚ますのを止めたくなった。
それでも、生きていかないとな。
ベッドに改造した後部座席は快適だった。
この馬車は食材や木の運搬のため、店で新規に購入したものだ。
店に着くと、「木の運搬で馬車が必要だった」とヘンスたちが文句を言いながら近づいてきた。
御者席のヨルカが手を挙げると、ヘンスは緊張した顔でペコリと頭を下げた。彼は成長したヨルカを前にすると、どうしても緊張してしまうのだった。
彼は後部座席に寝ている俺を見て、声を上げる。
「ちょ、兄ちゃん! 大丈夫かよ」
「どうした」「えー、何?」
炭窯で作業していた子どもや、ガレンが馬車に集まってくる。ヘンスが心配した顔を向ける。
「兄ちゃん。顔色ってか、やべえよ、いろいろ」
俺は鏡を持っていない。
こんなに心配されるほど、老化が進んでいるのだろうか。肩が重くなる。
「大丈夫だ、たぶん。どうなってるんだ? 俺」
ヘンス達は顔を見合わせる。
「頭、真っ白」
「顔しわしわ」
悲しい言葉たちに俺は目を伏せる。ヘンス達も黙ってしまった。「少し休むわ」そう言い残して俺とヨルカは馬車を降り、食堂へと向かう。
◇
———カランカラン。
天使の台所には、客はおらず、レナとアマンがディナーの仕込みをしていた。
「ただいま」
「おかえり!」
アマンがびしょ濡れの手で抱きついてきた。
「……何が、あったの?」
レナが俺の顔をのぞき込んで、悲痛な表情に変わる。
「ちょっとな……。少し、休みたい」
「そっか」
レナが肩を貸してくれる。
地下室のベッドへ横たわった。レナとアマンが心配そうにのぞき込む。ヨルカは、迷子の子どものような顔をしていた。
「ヨルカ、お前も寝ろ」
「え?」
「疲れただろ。寝ろ」
俺が寝ている間、コイツが少し心配だ。だったら一緒にお昼寝してたほうがいいだろ。身体中の疲労感の中、俺はそれだけ言った。
◇
暗闇の中、目が覚める。
薄暗い地下室。横を見ると、2つの水色の光がこちらを見ている。
「ヨルカ」
「おはよう。兄さん」
「起きてたのか?」
「寝顔を見ていたの」
そう言われて少し照れる。
いつから見ていたのだろう。
「どんな感じだ? 顔とか」
自分の顔をさすりながら、ベッドに腰かけた。
誰かが置いてくれた水を飲む。
「かっこいい、よ」
俺は水を吹き出しそうになる。
エヴェラの笑い声が耳元で響く。
「そうか。まあ、変わらず、お兄ちゃんだ。忘れんなよ」
「うん。忘れない。ずっと」
暗がりに水色が微笑む。
「兄さんの魔力。必ず回復させる」
「できるのかよ」
「やるよ! そしたらずっと一緒にいられる」
エヴェラ:魔力が回復するのなら、何百年も生きられるかもね♡ ヨルカ、絶対に成功させるのよ?
「それはそれで怖いな。ま、期待しないで待ってるよ」
「もう、期待してください」
エヴェラ:ヨルカの寿命は長い。お兄ちゃんなら付き合ってあげなさい。
「無茶言うなよ」
◇
俺は、鏡を見るため、地下道の『家』に降りていく。
ヨルカは寝かせた。お兄ちゃん命令だ。
まだ寝ているだろう子どもたちを起こさないよう、そっとドアを開ける。
アマンとトラが、とんでもない寝相で寝ている。レナは胸の上に手を組み、綺麗な寝顔をしていた。
小さな暖炉の火が、かすかに部屋を照らしている。
俺は姿見の前に立った。
どうやら髪は、ほとんど全体が白くなっているようだ。心なしか痩せているようにも見える。
目線が姿見のふちから、やや低い。
「もしかして縮んでいるのか?」
エヴェラ:どうやら身長が2cmくらい縮んでいるみたいね。
俺は頭を抱える。
「あと2ミリで170だったのに!」
……ほんの少しだけ、笑った。
ステータスを見ながらつぶやく。
「あと18年と少し、か……」
俺はこの世界で生活し、31歳になっていた。
推定寿命は50歳と表示されている。肉体年齢は60~70といったところだろうか。しわだらけの腕を見つめる。
エヴェラ:"まだ"18年よ。最後まで、ちゃんとしなさい。最期まで、ちゃんと付き合うから。
彼女の声が、オレンジ色の部屋の中に、甘く響く。
気を抜くと、後悔しそうになる。
だけど、エヴェラの言う通りだ。ちゃんと、残りの日々を生きよう。
しっかりと味わっていこう。できる事も、しなければいけない事も。きっと、まだある。
鏡の前で、笑ってみた。
口元は動くのに、目が笑わない。
もう一度。
——駄目だな。前はできたのに。
「———お兄ちゃん」
振り向くとレナが立っていた。
ヨルカがプレゼントしたレースの寝間着を着ている。
「悪い。起こしたな」
彼女は小さく首を横に振った。
そして両腕で、俺の頭を自分の胸に抱き寄せた。
俺は慌てるが、抵抗できない。
レナは俺の顔を、優しく抱きしめてくれた。
「……また、無理したんでしょ」
それだけ言って、俺の背中を撫でてくれる。
俺は、泣いていた。老いた顔のまま、子どものように。
◇
「お兄ちゃん。今日、一日休むって」
アマンがランチの準備をしながら、ヘンス達に伝える。
「そっか、元気になるといいな」
ヘンスが、地下道に目を向ける。
「ユウトお兄ちゃん。大丈夫かな」
祈るように両手を合わせるレーテルに、ヨルカが膝をついて目線を合わせる。
「大丈夫だよ、レーテルちゃん。ぼくが必ず治すから」
「ヨルカちゃん……」
ヨルカに撫でられる彼女は、大きくなったヨルカに慣れるまで、少し時間がかかった。それでも変わらぬ水色の瞳に、また心を開いていた。
「なあ、おれたちにも何かできないのか?」
「そもそもなんで魔力が回復しないわけ? 回復するでしょ、普通」
トラとサリーがテーブルで朝食を食べながら口を挟む。ヨルカが振り向き、早口で説明し始めた。
「考えられるケースは2つ。①もともと魔力が無い。スキルで手に入れた魔力だから回復しない。②もともと魔力はあった。スキルの力で魔力量が固定された」
トラとサリー、それからアマンが困惑の表情を浮かべる
「この世界は生きて行くのに魔力が必要。①の場合、スキルで魔力を選ばないと即死だから、過去にも勇者がいる以上、これはありえない。つまり、兄さんのスキルが回復を阻害している可能性が高い」
アマンが小声でレナに聞いた。「なんて言ってるの?」
ヨルカが口を閉じ、少し息を吐いた。
「ごめん。……兄さんのスキルが呪われてるかもってこと」
サリーがヨルカに聞く。
「それなら、その呪いを解けばいいってこと?」
「そうだね。スキルを解除できれば——普通に回復するかもしれない」
「おおおおおおお。兄ちゃん治るのか?」
トラがフォークを持ったまま両手を上げる。
「まだ、わからない。もう少し軍で調べてみる。スキルを封じるアイテムなんかもあるみたいだから」
場に少しだけ明るい空気が流れた。
アマンが不思議そうに聞く。
「ヨルカ、それできたら……お兄ちゃんの髪、黒くなる?」
ヨルカは一瞬だけ、目を伏せた。
「……なるよ。きっと」
———兄さんがいなくなる。きっとぼくは、耐えられない。
ヨルカは、地下室を見つめ、拳を握った。
◇
—————————————————ヴゥン———
[Internal Log - Memory Slot 951]
対象事象:前回同様、Userに老化様症状。残存寿命18年と3カ月。
診断 :Userは保護対象の生命危機が不在の状況下で寿命10年を消費。自己犠牲の閾値が懸念通り低下している。ただし、幸福度関数の上昇を認める。
User生存ルート継続率:87% → 41%(Declining)
次回提案優先タスク:
・各Subjectによる老化対抗策を支援。
・Userへの消費抑止アプローチ——保留継続。




