第39話 会えて良かった
俺たちはヨルカの案内で森の中を歩く。
暗い森だが、ところどころ光が差し、花咲く緑に蝶が舞っている。鳥のさえずりが、ふたりを歓迎しているかのように大きくなる。
「綺麗なところだな」
「そう、……だね」
前を歩くヨルカの歩調は速く、どこか張り詰めた空気を纏っていた。俺は密に頭の中で相談を始める。
エヴェラ:ヨルカが動いたらどうするか、考えておいたほうがいいわね。
俺 :ヨルカが望むなら好きにさせたほうがいいのかな。わかんないよ。
エヴェラ:村になにかすれば、国から追われる。まあ、この子ならなんとかできるだろうけど…… 一時の感情での発散は、より重い心理的負荷がかかる可能性がある。
俺はヨルカが村に何かしたらどうするか、やはり決めかねていた。少なくとも、彼女には、その権利があるようにも思えた。
1時間ほど、森を歩いただろうか。
人工物と思われる石垣が見えてくる。
「どうやら、村についたようだな」
石垣は扉の無い門のようになっており、その先には大きな滝と、高い樹木。
辺りには畑が広がり、奥の方に家々が分散して建っているのが見えた。
村を歩くとエルフらしき男性が農作業をしている。
ハサミでトマトのような植物の剪定をしているようだ。
「こんにちは。少しお尋ねしたいのですが……」
声をかけるが、男は他所者を訝しむ目をむけ、黙って作業を続ける。
だが、ヨルカを見ると、男は「え?」と声を上げ、作業小屋の中に駆け込んだ。
その様子を見たヨルカが、俺の顔を見上げる。
「まだ、嫌われているのかな」
「ヨルカが可愛すぎて、腰でも抜かしたんだろ」
感情の無い目でつぶやいた彼女が、俺の軽口に表情を緩める。何か情報がないだろうか。
「あのさ、父親の名前とか思い出せるか?」
「いえ。記憶にあるのは母さんの声だけで、他の家族のことは、ぼんやりとしか」
両親の名前もわからないので、とりあえず村を見て回る。尋ねようにも、出会うエルフは、俺たちを見ても排他的な目を向け遠ざかった。
「住人はともかく、いいところで良かったな。もう、帰るか?」
「……もう少し、思い出してみる」
そういうとヨルカは、道端の石垣に腰を下ろし、目を閉じる。ヨルカの眼球がまぶたの裏で激しく動く。
1分ほどたった。
「お母さんの家に移動する前の場所、わかったかも」
ヨルカは、生後3か月の記憶から、移動した時間、揺れの方向を分析したという。
「あっち」
見ると、村の端の畑の前に小さな家がポツンとあった。顔を見合わせ、家に向かっていく。
「おじさんたち、どこからきたのー」
畑のあぜ道をヨルカと歩いていると、エルフの子どもたちが駆け寄って来た。
おじさん?
俺はお兄ちゃんなんだが?
「あー、お兄ちゃんたちは、昔住んでた家を見に来たんだ」
子どもたちは、外部の人間が珍しいのか、好意的な表情で質問を重ねる。それぞれがカラフルな髪色をしている。緑と黄色、赤の瞳だった。
「あなた変わった青の瞳ね。髪もとっても綺麗」
他の子どもたちも、ヨルカの髪をさわりたがる、彼女は困惑しているようだ。少しだけ、微笑んでいた。
子供たちに手をふり、道を進む。
ヨルカが一軒の家の前で泊まった。
「周囲には他に家がない。ここだよ、兄さん」
庭で老夫婦が座っているようだ。
とにかく話しかけるか。
「こんにちは」
老夫婦の楽し気な会話が沈黙に変わり、不審な目を向ける。
「余所から来たんか。何しに来た」
また、無視されるかと思ったが、老婆が低い声をだした。
「突然すみません。この家に子どもはいますか? お孫さんは?」
ふたりは顔を見合わせる。
黙っていた老爺が口を開く。
「息子は家におるが……なんのようじゃ?」
老爺の視線がヨルカの『水色の瞳』で止まる。
「……忌み子」
吐き捨てるような呟きは、風の音に混ざって消えた。
「ヨルカという名前に、心当たりはありますか?」
俺がそういうと、ふたりの様子が変わる。
老婆が難しい顔をしてつぶやく。
「ヨルカ……」
老爺が老婆に何か耳打ちし、「少し待ってろ」と家の中に消えた。
ヨルカと顔を見合わせていると、背の高い男をつれて老爺が戻ってくる。その男は青髪で、その瞳もまた青かった。
俺は初めて、青い瞳のエルフを見る。
ヨルカもそうだろう。
青い瞳。これはヨルカの水色とは大きく異なっていると感じた。———薄い濃いの問題ではない。
「で、この人たちは誰なんだい? 父さん」
男は困り顔で頭を掻いている。
「仕事中なのに……」面倒そうに吐き捨てると、彼は俺たちを見た。
ヨルカを見て、手に持っていた筆を落とす。
固まったまま動かない。
俺は困惑し、話しかける。
「ヨルカって聞き覚えあるか?」
男の目は見開いている。額から汗が流れだした。呼吸も荒い。
「ヨルカが……あの子がいるわけない」
そう言いながら男は瞬きもせず、ヨルカを見つめている。
「……ヒマリに似ている」
母親の名前だろうか?
黙って彼を見ていたヨルカを見ると、泣きそうな顔に変わっていた。
「父さん、なの?」
一歩前に進んでそう言った。
彼女の水色の瞳が、少し潤んでいる。
「いや、そんな、馬鹿な。違う!」
彼は、信じられないながらも、一歩進み。
ヨルカの足のつま先から見回す。
「こんな大きく。ありえない……やはり違う」
ぶつぶつ言う彼に業を煮やして俺は聞いてみた。
「ヨルカという子どもがいたのか、いないのか? どっちだ」
彼の目が、真っ直ぐに俺の目を見据えて、はっきりと言った。
「ヨルカは、私の娘だ」
「だけど、あの子は! ……あの子は、月隠の谷に落ちたはずだ」
その青い瞳に涙を浮かべ、何かを思い出している。
あの崖が月隠の谷なのだろうか。
「ヨルカは生きていた。母親の防御魔法でな」
そういうと彼の顔に疑念が深まった。
聞いていた老爺が、何かをかみつぶしたような顔をする。すっと老婆が男に近づき、耳打ちする。
「立ち話もなんじゃろう。シラス、上がってもらいなさい」
俺たちは家の中に通される。
はじめてのエルフの家。何か大きな植物をくりぬいて作ったように見える。
壁にかかる工芸品を見ながら廊下を進むと、いくつかの部屋があった。通りすぎた部屋には、さっきまで彼が書いていただろう絵が置かれている。
ヨルカはしばらく立ち止まり、その絵を見つめていた。黄色の瞳の女性の絵だった。
ヨルカを呼び、案内された部屋に入る。
部屋の中に椅子は無く、座布団のような植物の上に俺たちは座る。
「とう、さん」
座ったあと、どう話していいか考えていると、ヨルカが口を開いた。
「あいたかった、よ?」
その言葉にシラスの身体がビクっと震えた。
ヨルカは混乱しているのか、言葉を覚えたての頃のような話し方になっていた。
シラスと呼ばれていた彼は、答えず。黙ったままヨルカをじっと見つめる。
「月隠の谷……だったか、そこにヨルカが落ちたと言ったな? あんたがやったのか?」
俺の質問に、黙っていたシラスの目に生気が戻る。
そこには怒りと、ひどい悲しみの光が宿る。
「ヒマリが……ヨルカの母が、ひとりで」
それだけ言って、また黙った。
廊下で何か音がする。
扉がゆっくり開き、老婆がお茶を持って入ってきた。
老婆はシラスの前にお茶を置き、次にヨルカ、最後に俺の前に置いた。
陶器のような青白い器に、薄みどり色のお茶が入っている。
「俺が……俺がやるつもりだったんだ」
老婆が出て行くと、シラスが話しだした。
「だから会いたかったなんて、そんな……」
シラスはそう言うとヨルカから目をそらし、茶を一息で飲む。
そして、話始めた。
「この村では、黒い髪・水色瞳・ちいさな耳。その特徴がある子を谷に落とさなければいけない」
「村を守るためだと、そう言われている。だけど……」
シラスは時折ヨルカを見つめては止まる。
それでも話し続けた。
幼いヨルカを抱きかかえ、黒い箱に入れたこと。
泣き声を無視し、釘を打ち続けたこと。
ヨルカの母が、谷に箱を落としたと聞かされたこと。
その後、彼女は精神的な疾患にかかり、様子がおかしくなったこと。
その彼女は1年ほど前に事故で亡くなったこと。
彼は、淡々と話した。
シラスはひとしきり話すと、ヨルカの瞳を見つめる。
そのまま、じっと見つめ、つぶやく。
「ヨルカ、なのか?」
「ヨルカ、だよ」
「どうして……。 それに貴方は誰なんだ?」
「俺はユウト、ヨルカのお兄ちゃんだ」
シラスの顔が困惑に変わる。
エヴェラ:ユウト、混乱させるような事言わないで。ヨルカは思ったより、安定しているね。お父さんもいい人そうだし。
「母さんはね……」
ヨルカが俯いたまま切り出す。
「ぼくを育ててくれたんだ。あの森で、たった一人で」
ヨルカは冷静になったようだ。キチンと話している。
シラスが記憶の中を見つめながらつぶやく。
「森? 確かにヒマリは朝晩、森に入っていたが……」
「箱のままで一緒だった。何年も」
「……そんな。あんな小さな箱に」
彼の顔が青ざめていく。
「それで、1年前くらいかな。森の奥の崖から落とされたんだ」
「……ヒマリが?」
「男の人たち。……母さんは箱を、ぼくを抱いたまま落ちたんだ」
シラスの顔が紅潮し、手を握りしめる。
「それで今はお兄ちゃんと暮らしてる」
シラスが俺をちらりと見るが、ヨルカに視線を戻す。
「すまなかった」
彼は、大きな声で、ヨルカに頭を下げたまま動かない。
なんと言えばいいのか、わからないのだろう。できることは謝罪だけだった。
「会えて良かった」
ヨルカはそういって、少しだけ笑った。
「顔をあげて、父さん。ぼくは、聞きたいんだ。母さんのことを」
シラスが、おずおずと顔をあげるとヨルカが笑顔で「父さんのことも」と付け足した。
顔を上げたシラスの顔は、涙に濡れている。
「ヨルカ。よく、帰ってきてくれた」
シラスが泣き顔で俺を見る。
「そして、ユウトさん、ヨルカに会わせてくれてありがとう」
「お前を落としたやつ。ヒマリを殺したやつを必ず見つける」
彼の顔が、涙、感謝、怒りへと変わっていく。
俺は少し訂正した。
「ヨルカは帰って来たんじゃない。ちょっと会いにきただけだ。それに聞きたいのは、そんな話じゃなく、お母さんの話みたいだぞ?」
ヨルカが俺たちのやりとり、笑顔で見ていた。
安定したのかもしれない。
「教えて、父さん」
シラスは、落ち着いたのか、表情をやわらげて語りだした。時に笑顔を浮かべ、涙を浮かべ、三人の思い出を語っていく。
「ヒマリはヨルカのために、靴下ばかり編んでな。家がそれで埋まってしまった」
「おれたちはいつも、お腹に歌を聞かせていたんだ」
ヨルカは時折、微笑んで聞いていた。
彼女の加速した時間の中、ゆっくりと両親の話を味わっているのかも知れない。
「きっと、父さんも、ぼくのお腹を温めてくれただろうな」
ヨルカも自分の話を、少しだけ聞かせていた。
閉じていたドアが開いたように、二人の間に何か暖かな空気が広がっていく。
———よかったな、ヨルカ。
ヨルカは、話し疲れたのか、放置していたお茶を口にする。その瞬間。彼女の目から一筋の涙が伝うのを見た。
「本当に会えてよかった。生きててくれてよかった」
シラスの大きな笑顔が、ヨルカをつつむ。
彼女は口をぬぐい、一言、囁いた。
「ぼくも父さんに会えてよかった。母さんにも会いたかったな」
「おれもヒマリに会いたい。だけど、ヨルカを見てわかったよ。あいつはお前の中に、ちゃんといる」
そう言ってシラスは大きく笑った。
ヨルカは不思議そうに、顔や胸の辺りを手で確かめる。
「似てるの、かな?」
「ああ、あいつに似て、綺麗だ」
見つめ合う二人を見て、俺は満足していた。
シラスはいい奴だ。見ていてわかる。食堂にも来てもらおう。
俺も、お茶を忘れていたことを思い出し、湯飲みに口を付ける。
———パァン。
「え?」
俺のお茶はヨルカに叩き落とされ、床に散らばった。
シラスも突然のことに、固まっている。
「何すんだよ、ヨルカー」
振り向くとヨルカは涙目の笑顔のまま、俺を見ていた。その口から、言葉がこぼれる。
「毒、入っているから」




