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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第39話 会えて良かった

俺たちはヨルカの案内で森の中を歩く。



暗い森だが、ところどころ光が差し、花咲く緑に蝶が舞っている。鳥のさえずりが、ふたりを歓迎しているかのように大きくなる。



「綺麗なところだな」



「そう、……だね」



前を歩くヨルカの歩調は速く、どこか張り詰めた空気を纏っていた。俺は密に頭の中で相談を始める。



エヴェラ:ヨルカが動いたらどうするか、考えておいたほうがいいわね。



俺   :ヨルカが望むなら好きにさせたほうがいいのかな。わかんないよ。



エヴェラ:村になにかすれば、国から追われる。まあ、この子ならなんとかできるだろうけど…… 一時の感情での発散は、より重い心理的負荷がかかる可能性がある。



俺はヨルカが村に何かしたらどうするか、やはり決めかねていた。少なくとも、彼女には、その権利があるようにも思えた。



1時間ほど、森を歩いただろうか。

人工物と思われる石垣が見えてくる。



「どうやら、村についたようだな」



石垣は扉の無い門のようになっており、その先には大きな滝と、高い樹木。



辺りには畑が広がり、奥の方に家々が分散して建っているのが見えた。



村を歩くとエルフらしき男性が農作業をしている。

ハサミでトマトのような植物の剪定をしているようだ。



「こんにちは。少しお尋ねしたいのですが……」



声をかけるが、男は他所者を訝しむ目をむけ、黙って作業を続ける。



だが、ヨルカを見ると、男は「え?」と声を上げ、作業小屋の中に駆け込んだ。



その様子を見たヨルカが、俺の顔を見上げる。



「まだ、嫌われているのかな」



「ヨルカが可愛すぎて、腰でも抜かしたんだろ」



感情の無い目でつぶやいた彼女が、俺の軽口に表情を緩める。何か情報がないだろうか。



「あのさ、父親の名前とか思い出せるか?」



「いえ。記憶にあるのは母さんの声だけで、他の家族のことは、ぼんやりとしか」



両親の名前もわからないので、とりあえず村を見て回る。尋ねようにも、出会うエルフは、俺たちを見ても排他的な目を向け遠ざかった。



「住人はともかく、いいところで良かったな。もう、帰るか?」



「……もう少し、思い出してみる」



そういうとヨルカは、道端の石垣に腰を下ろし、目を閉じる。ヨルカの眼球がまぶたの裏で激しく動く。



1分ほどたった。



「お母さんの家に移動する前の場所、わかったかも」



ヨルカは、生後3か月の記憶から、移動した時間、揺れの方向を分析したという。



「あっち」



見ると、村の端の畑の前に小さな家がポツンとあった。顔を見合わせ、家に向かっていく。



「おじさんたち、どこからきたのー」



畑のあぜ道をヨルカと歩いていると、エルフの子どもたちが駆け寄って来た。



おじさん? 

俺はお兄ちゃんなんだが?



「あー、お兄ちゃんたちは、昔住んでた家を見に来たんだ」



子どもたちは、外部の人間が珍しいのか、好意的な表情で質問を重ねる。それぞれがカラフルな髪色をしている。緑と黄色、赤の瞳だった。



「あなた変わった青の瞳ね。髪もとっても綺麗」



他の子どもたちも、ヨルカの髪をさわりたがる、彼女は困惑しているようだ。少しだけ、微笑んでいた。



子供たちに手をふり、道を進む。

ヨルカが一軒の家の前で泊まった。



「周囲には他に家がない。ここだよ、兄さん」



庭で老夫婦が座っているようだ。

とにかく話しかけるか。



「こんにちは」



老夫婦の楽し気な会話が沈黙に変わり、不審な目を向ける。



「余所から来たんか。何しに来た」



また、無視されるかと思ったが、老婆が低い声をだした。



「突然すみません。この家に子どもはいますか? お孫さんは?」



ふたりは顔を見合わせる。

黙っていた老爺が口を開く。



「息子は家におるが……なんのようじゃ?」



老爺の視線がヨルカの『水色の瞳』で止まる。



「……忌み子」



吐き捨てるような呟きは、風の音に混ざって消えた。



「ヨルカという名前に、心当たりはありますか?」



俺がそういうと、ふたりの様子が変わる。

老婆が難しい顔をしてつぶやく。



「ヨルカ……」



老爺が老婆に何か耳打ちし、「少し待ってろ」と家の中に消えた。



ヨルカと顔を見合わせていると、背の高い男をつれて老爺が戻ってくる。その男は青髪で、その瞳もまた青かった。



俺は初めて、青い瞳のエルフを見る。

ヨルカもそうだろう。



青い瞳。これはヨルカの水色とは大きく異なっていると感じた。———薄い濃いの問題ではない。



「で、この人たちは誰なんだい? 父さん」



男は困り顔で頭を掻いている。

「仕事中なのに……」面倒そうに吐き捨てると、彼は俺たちを見た。



ヨルカを見て、手に持っていた筆を落とす。

固まったまま動かない。



俺は困惑し、話しかける。



「ヨルカって聞き覚えあるか?」



男の目は見開いている。額から汗が流れだした。呼吸も荒い。



「ヨルカが……あの子がいるわけない」



そう言いながら男は瞬きもせず、ヨルカを見つめている。



「……ヒマリに似ている」



母親の名前だろうか? 

黙って彼を見ていたヨルカを見ると、泣きそうな顔に変わっていた。



「父さん、なの?」



一歩前に進んでそう言った。

彼女の水色の瞳が、少し潤んでいる。



「いや、そんな、馬鹿な。違う!」



彼は、信じられないながらも、一歩進み。

ヨルカの足のつま先から見回す。



「こんな大きく。ありえない……やはり違う」



ぶつぶつ言う彼に業を煮やして俺は聞いてみた。



「ヨルカという子どもがいたのか、いないのか? どっちだ」



彼の目が、真っ直ぐに俺の目を見据えて、はっきりと言った。



「ヨルカは、私の娘だ」



「だけど、あの子は! ……あの子は、月隠の谷に落ちたはずだ」



その青い瞳に涙を浮かべ、何かを思い出している。

あの崖が月隠の谷なのだろうか。



「ヨルカは生きていた。母親の防御魔法でな」



そういうと彼の顔に疑念が深まった。



聞いていた老爺が、何かをかみつぶしたような顔をする。すっと老婆が男に近づき、耳打ちする。



「立ち話もなんじゃろう。シラス、上がってもらいなさい」



俺たちは家の中に通される。

はじめてのエルフの家。何か大きな植物をくりぬいて作ったように見える。



壁にかかる工芸品を見ながら廊下を進むと、いくつかの部屋があった。通りすぎた部屋には、さっきまで彼が書いていただろう絵が置かれている。



ヨルカはしばらく立ち止まり、その絵を見つめていた。黄色の瞳の女性の絵だった。



ヨルカを呼び、案内された部屋に入る。

部屋の中に椅子は無く、座布団のような植物の上に俺たちは座る。



「とう、さん」



座ったあと、どう話していいか考えていると、ヨルカが口を開いた。



「あいたかった、よ?」



その言葉にシラスの身体がビクっと震えた。



ヨルカは混乱しているのか、言葉を覚えたての頃のような話し方になっていた。



シラスと呼ばれていた彼は、答えず。黙ったままヨルカをじっと見つめる。



「月隠の谷……だったか、そこにヨルカが落ちたと言ったな? あんたがやったのか?」



俺の質問に、黙っていたシラスの目に生気が戻る。

そこには怒りと、ひどい悲しみの光が宿る。



「ヒマリが……ヨルカの母が、ひとりで」



それだけ言って、また黙った。



廊下で何か音がする。

扉がゆっくり開き、老婆がお茶を持って入ってきた。



老婆はシラスの前にお茶を置き、次にヨルカ、最後に俺の前に置いた。



陶器のような青白い器に、薄みどり色のお茶が入っている。



「俺が……俺がやるつもりだったんだ」



老婆が出て行くと、シラスが話しだした。



「だから会いたかったなんて、そんな……」



シラスはそう言うとヨルカから目をそらし、茶を一息で飲む。



そして、話始めた。



「この村では、黒い髪・水色瞳・ちいさな耳。その特徴がある子を谷に落とさなければいけない」



「村を守るためだと、そう言われている。だけど……」



シラスは時折ヨルカを見つめては止まる。

それでも話し続けた。



幼いヨルカを抱きかかえ、黒い箱に入れたこと。

泣き声を無視し、釘を打ち続けたこと。



ヨルカの母が、谷に箱を落としたと聞かされたこと。

その後、彼女は精神的な疾患にかかり、様子がおかしくなったこと。



その彼女は1年ほど前に事故で亡くなったこと。

彼は、淡々と話した。



シラスはひとしきり話すと、ヨルカの瞳を見つめる。

そのまま、じっと見つめ、つぶやく。



「ヨルカ、なのか?」



「ヨルカ、だよ」



「どうして……。 それに貴方は誰なんだ?」



「俺はユウト、ヨルカのお兄ちゃんだ」



シラスの顔が困惑に変わる。



エヴェラ:ユウト、混乱させるような事言わないで。ヨルカは思ったより、安定しているね。お父さんもいい人そうだし。



「母さんはね……」



ヨルカが俯いたまま切り出す。



「ぼくを育ててくれたんだ。あの森で、たった一人で」



ヨルカは冷静になったようだ。キチンと話している。

シラスが記憶の中を見つめながらつぶやく。



「森? 確かにヒマリは朝晩、森に入っていたが……」



「箱のままで一緒だった。何年も」



「……そんな。あんな小さな箱に」



彼の顔が青ざめていく。



「それで、1年前くらいかな。森の奥の崖から落とされたんだ」



「……ヒマリが?」



「男の人たち。……母さんは箱を、ぼくを抱いたまま落ちたんだ」



シラスの顔が紅潮し、手を握りしめる。



「それで今はお兄ちゃんと暮らしてる」



シラスが俺をちらりと見るが、ヨルカに視線を戻す。



「すまなかった」



彼は、大きな声で、ヨルカに頭を下げたまま動かない。



なんと言えばいいのか、わからないのだろう。できることは謝罪だけだった。



「会えて良かった」



ヨルカはそういって、少しだけ笑った。



「顔をあげて、父さん。ぼくは、聞きたいんだ。母さんのことを」



シラスが、おずおずと顔をあげるとヨルカが笑顔で「父さんのことも」と付け足した。



顔を上げたシラスの顔は、涙に濡れている。



「ヨルカ。よく、帰ってきてくれた」



シラスが泣き顔で俺を見る。



「そして、ユウトさん、ヨルカに会わせてくれてありがとう」



「お前を落としたやつ。ヒマリを殺したやつを必ず見つける」



彼の顔が、涙、感謝、怒りへと変わっていく。

俺は少し訂正した。



「ヨルカは帰って来たんじゃない。ちょっと会いにきただけだ。それに聞きたいのは、そんな話じゃなく、お母さんの話みたいだぞ?」



ヨルカが俺たちのやりとり、笑顔で見ていた。

安定したのかもしれない。



「教えて、父さん」



シラスは、落ち着いたのか、表情をやわらげて語りだした。時に笑顔を浮かべ、涙を浮かべ、三人の思い出を語っていく。



「ヒマリはヨルカのために、靴下ばかり編んでな。家がそれで埋まってしまった」



「おれたちはいつも、お腹に歌を聞かせていたんだ」



ヨルカは時折、微笑んで聞いていた。

彼女の加速した時間の中、ゆっくりと両親の話を味わっているのかも知れない。



「きっと、父さんも、ぼくのお腹を温めてくれただろうな」



ヨルカも自分の話を、少しだけ聞かせていた。

閉じていたドアが開いたように、二人の間に何か暖かな空気が広がっていく。



———よかったな、ヨルカ。



ヨルカは、話し疲れたのか、放置していたお茶を口にする。その瞬間。彼女の目から一筋の涙が伝うのを見た。



「本当に会えてよかった。生きててくれてよかった」



シラスの大きな笑顔が、ヨルカをつつむ。

彼女は口をぬぐい、一言、囁いた。



「ぼくも父さんに会えてよかった。母さんにも会いたかったな」



「おれもヒマリに会いたい。だけど、ヨルカを見てわかったよ。あいつはお前の中に、ちゃんといる」



そう言ってシラスは大きく笑った。

ヨルカは不思議そうに、顔や胸の辺りを手で確かめる。



「似てるの、かな?」



「ああ、あいつに似て、綺麗だ」



見つめ合う二人を見て、俺は満足していた。

シラスはいい奴だ。見ていてわかる。食堂にも来てもらおう。



俺も、お茶を忘れていたことを思い出し、湯飲みに口を付ける。




———パァン。




「え?」



俺のお茶はヨルカに叩き落とされ、床に散らばった。

シラスも突然のことに、固まっている。



「何すんだよ、ヨルカー」



振り向くとヨルカは涙目の笑顔のまま、俺を見ていた。その口から、言葉がこぼれる。



「毒、入っているから」

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