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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第38話 二時間と、三十秒

エヴェラによる誘導催眠を行うことになった。

俺たちは説明を聞き、うなずく。



俺の膝の上にヨルカが頭をのせ、仰向けになる。

そして、彼女はまぶたを閉じた。



木漏れ日が優しい。

俺は切り株に背中を預け、彼女の顔を見る。



目を閉じて、三十秒ほどか。

眼球や、口が小刻みに動いている。



「大丈夫かな?」そうエヴェラに聞こうとした瞬間。



——突然、ヨルカが叫んだ。



「う、あ……あああああああああああああああああ!!」



両目を見開き、喉が裂けるくらい、大きく口を開けている。



今まで聞いたことのない声だった。


赤ん坊の泣き声と、大人の絶叫が混ざったような。



俺はヨルカの背中をさすりながら叫ぶ。


「ヨルカ! おい、ヨルカ!」



彼女の肩を掴む。


だが、ヨルカの目は俺を見ていなかった。



水色の瞳は空を射抜いたまま、涙が止めどなく流れている。


顔がぐしゃぐしゃに歪んでいる。



彼女は俺の後ろの青空を見ていた。



箱の欠片を胸に押しつけたまま、ぽつりと呟く。



「……飛行魔法」



ふわりとヨルカが浮かび上がる。


「ちょ、待てヨルカ!」



俺の手が空を掴んだ。


彼女はそのまま、真上に——崖に沿って、飛んで行った。



そして、彼女は青空に消えた。



俺は膝の上の温もりが消えた空白を見つめている。


つい……さっきまで、ここにいた。笑っていた。



「エヴェラ、何があった」



エヴェラ:……催眠は、成功したよ。思い出したみたいだね。



「成功? あれが成功なのか?」



エヴェラ:ええ。情報は引き出せたわ。生まれた時の記憶と、ここに落とされた時の記憶を。



「落とされた……?」



エヴェラ:この崖の上から。箱ごと、投げ落とされた。

ヨルカの母親は——箱を抱いたまま、一緒に。



俺は崖を見上げた。

さっき見た、空を一本の線にする高さ。



あの高さから。



「母親は……」



エヴェラ:おそらく……。全魔力を注いで防御魔法をヨルカに。この高さ。幼児が助かるには、かなりの魔力が必要でしょうね。



俺の足から力が抜けた。

草の上に座り込む。眼前に、巨大な崖がそびえたつ。



「ヨルカは、ちゃんと愛されていたんだな」


これがわかっただけでも、「大成功」だと言っていいはずだ。



「だけど、早くないか? 目を閉じたばかりだぞ」


エヴェラ:ヨルカの思考速度はユウトの千倍くらいある。

三十秒でも、彼女の中では何時間も経ってる。



千倍。

俺が一日かけて考えることを、ヨルカは一分で終える。



あいつはずっと、そんな速度で世界を見ていたのか。

俺たちと話す時間は、どれだけ遅く感じていたんだろう。



それでも毎日帰ってきて、膝の上で目を閉じていた。

その時間も千倍なら、いいのかな。



ふと気づく。

————ひとりの時間も千倍だ。



「ヨルカは今、どこに向かってる?」



エヴェラ:上よ。崖の上。

メッセージを送ってくれてるけど、意味をなさなくて。



「飛んでいいよな?」



エヴェラ:ダメよ。飛行魔法はMPコストが重すぎる。



「じゃあどうすんだよ」



エヴェラ:登りなさい。



「……は?」



エヴェラ:山道を使えば上まで行ける。急げば、二時間。



「二時間って……その間にヨルカが何かしたら」



エヴェラ:だったら走って。あなたは、お兄ちゃんなんでしょ。



俺は立ち上がった。

足がしびれていない、たったそれだけの時間。



「ヨルカを取り戻す」



情けないくらい、頼りない足で走り出した。





山道は整備されていなかった。

獣道と倒木の間を縫うように、登っていく。



息が上がる。

魔法が使えたら一瞬なのに。



エヴェラ:ヨルカから通信が来た。「空が気持ちいい」って。



「……泣いてたのに?」



エヴェラ:泣きながら気持ちいいんでしょうよ。



俺は枝を掴みながら崖沿いの斜面を登る。

手に棘が刺さる。膝をぶつける。普通に痛い。



ヨルカは飛行魔法で一瞬だ。

俺は二時間かけて登る。



この差が、俺たちの差だ。

思考速度も、魔力も、才能も。



でも、あいつが泣いた時に隣にいられるのは

才能じゃない。



エヴェラ:ユウト。ヨルカの状態を伝えておくね。



「頼む」



エヴェラ:崖の上で止まってる。

座って、下を見てるみたい。



「下って……俺たちがいた場所か?」



エヴェラ:たぶん。自分が落ちた場所を、上から見てるんだと思う。



あの高さから見下ろしている。

自分が捨てられた場所を。



「暴れてないか?」



エヴェラ:今のところは。でも、思考がすごく速く回ってる。

大量の情報を同時に処理してる。軍の情報も含めて。



「軍の情報?」



エヴェラ:ヨルカが集めていた情報。エルフの集落の位置、

掟に関する記録、村の構成員……全部照合してる。



俺は足を止めそうになった。

止めなかった。



「何をしようとしてる?」



エヴェラ:……わからない。でも、計算はしてると思う。

あの子は計算してから動くから。



俺は走った。

枝を払い、岩を越え、ひたすら上を目指す。



ヨルカ。待ってろ。





ヨルカは崖を見下ろし、

さっきまで立っていた場所を見つめる。



角度、上昇時間から距離を計測。

想定される落下ポイントを逆算していった。



ヨルカの調査はさらに進む。

母を探す旅。そんな風に思えた。



「あの場所への落下。母の遺体がなかった事。揺れからの時間」記憶から得られた情報で、はじまりの場所を特定する。



そこは推定10年ほどいた、母の家だろう。

記憶の中の会話から、そう推察していた。



その場所に辿り着いて、ヨルカは言葉に詰まった。

何かが焼け落ちた後。辺りを見回す———こんな、暗い森で。一人で。



「たった一人で辛かったね、お母さん」



そう言ってヨルカは自分のお腹をさする。 



小さな頃、すぐに冷やすヨルカのお腹をユウトの手が温めた。母もきっと、私にそうしてくれた。そうしたかったはずだ。



「あんな箱がなければ」



一人守ってくれた母を思う。

彼女の心を自分の中で思ってみる。



「つらかっただろうな。お母さん」



きっと捨てるなんて、できなかったんだね。

エルフの掟はカリンちゃんから、昔聞いた。



可愛い緑の瞳と髪。

頭に浮かんだカリンの優しい笑顔が、記憶の中ですら、ヨルカを癒していく。



彼女が話してくれた、エルフの髪と瞳の色の話。

ヨルカはすでに理解していた。



水色の目。それは青と白の特性を持つ。

凶悪な魔法が多い闇属性。

ちいさくひしゃげた耳は内なる膨大な魔力を表す。



彼女の言う通り、これはただの傾向だ。

ただ、「魔王的な行動をしやすい」というだけの話だ。



兄さんが召喚初日に殺した魔王。

軍に残る情報では、その見た目も符号する。



黒い髪に水色の目。

種族は不明だが、エルフなのだろう。



それに、実感としてある。自分のようなパーソナリティと能力値を持っていた場合、きっと同じような極端なことをするだろう、と。



過去のエルフは統計解析で、これを忌み子にしたのかもしれない。それは、正しい判断だったのかな。もう、わからない。



決めているのは一つだけ。

もし父や祖父母が元気に暮らしているのなら、いい。



見るだけでも、いい。会えたら、もっといい。

話せたら、すごくうれしい。



だけど。もし彼らにも何かがあったのなら、村を焼こう。

それだけだ。



大丈夫。兄さんには迷惑はかけない。

ひとりでやる。



「許してくれる・・・よね?」





崖の上に出た。



汗だくで、息も絶え絶えだ。

二時間と少し。走り続けた。



広い台地が広がっていた。

風が強い。草が波のように揺れている。



崖の縁に、ヨルカが座っていた。



黒い髪が風になびいている。

足を崖の外に投げ出し、下を見つめていた。



その背中は小さく見えた。

軍服ではなく、今日は普段着だ。



俺は息を整えながら、ゆっくり近づく。



「ヨルカ」



彼女が振り返った。

泣いた跡がある。でも、今は泣いていない。



その目は乾いていて、透き通っていた。

何かを決めた後の目だった。



「兄さん。登ってきたの?」



「当たり前だろ」



「……飛行魔法使えばよかったのに」



「高いとこ怖いって言っただろ」



ヨルカが少しだけ笑った。

崖の縁に座ったまま、俺を見上げる。



「兄さん。ぼくのお母さんの話、聞いてくれる?」



「ああ」



俺はヨルカの隣に座った。

崖の下を見ないようにしながら。



ヨルカは淡々と話し始めた。



催眠で見た記憶のこと。

母と過ごした三か月。箱の中の暗闇。



隙間から差し込む光と、黄色い瞳。

母の味のする布。声を出してはいけなかったこと。



そして。

村人に見つかり、崖から投げ捨てられたこと。

母が一緒に落ちたこと。全魔力で、守ってくれたこと。



ヨルカの声は揺れなかった。

報告するように話す。軍での話し方なのかもしれない。



彼女の手は箱の欠片を、白くなるほど握りしめている。



俺は何も言えなかった。

ただ隣に座って、聞いていた。



「兄さん」



「ん?」



「ぼくね、村に行ってみるよ」



ヨルカは少し笑って言った。

迷いは無いようだ。



「村?」



疲れ果てた俺に、ヨルカが水を渡してくれた。



「エルフの集落。母さんを殺した村がどこにあるか、わかったんだ」



風が吹いた。

ヨルカの髪が大きく揺れる。



「一緒に、来てくれる?」



ヨルカの声は穏やかだった。

天気の話をするように言った。



「そりゃ、いいけどよ」



————行って何をするつもりなのか。

口から出てこなかった。



エヴェラ:行って、村に何かするつもりなのかしら?



エヴェラが聞いてくれた。



「父さんや祖父母がいるはずだよ」



ヨルカは、少しだけトーンを落として答えた。



「もしいなければ……帰ろう」



俺たちは彼女の最初の場所に近づけているのかな。

深い、森の中を進んでいく。

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