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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第37話 揺りかごの欠片

地図データは簡単に見つかった。

ヨルカはすぐにエヴェラに送信する。



久しぶりに彼女の胸がときめいていた。

早く帰って結果を聞きたい。



ヨルカは壁の時計を見つめた。





エヴェラ:昨日話していたヨルカの件。地図が届いて、場所を特定したよ



俺   :ヨルカが最初に見つかった場所かもってやつだろ。箱が落ちてたって。カリンちゃんの話だと、『光の入らない壺』って言ってなかったか?



エヴェラ:孤児院前に立っていた時期とは符合するんだよ。村ごとに掟が異なるのなら、壺が箱になってもおかしくはないしね。



夕食の後、キッチンで洗い物をしている時、エヴェラから、そんな話を聞いた。



オルガノ村の南東。崖下の街道。

そこに『箱』の破片とともに、子どもが一人いた。



どうやってそこに?

なぜ破壊されたのか? 


どうして一人だったのか?



疑問がつのる。



エヴェラ:ヨルカは、ユウトと二人で行きたいみたいだよ



……二人、か。



彼女が望むなら、そうしよう。

俺はヨルカの寂しげな目を思い出していた。





俺はランチの際、家族の前でそのまま伝えた。



「ヨルカと二人で、ちょっと出かけてくる」



「えー。また旅行? みんなで行こうよ」



アマンが不満そうに声を上げる。

本日、冒険者をお休み中のトラも「おう、行くぞ」と腕を組んだ。



「ヨルカが見つかった場所に行く。……今回は二人だけだ。悪いな」



レナが最初に気づいた。小さくうなずく。

サリーも察したようだった。



カリンから聞いた、エルフの風習のことを思い出したのだろう。



「……わかった。気をつけてね、二人とも」



レナがそう言うと、アマンは渋々うなずいた。

トラは「土産な」とだけ言った。





出発の朝。



ヨルカが俺の前に降り立ち、両手を広げた。



「兄さん、ぼくが抱えて飛んだ方が早いよ」



「いや、いい」



「風も気持ちいいよ? それともおんぶがいいかな」



「いいって」



俺の顔が引きつっているのが、自分でもわかる。



エヴェラ:ユウトは高いところが苦手なの。知らなかった?



ヨルカが目を丸くして、それから小さく吹き出した。

少将殿に笑われるとは思わなかった。



「笑うな。召喚された日はちゃんと飛んだぞ」



—————あの日は、何も怖くなかったからな。



「ごめん。……ぷふ」



ヨルカは全然ごめんという顔をしていない。

久しぶりに、年相応の笑い方をしていた。



「じゃあ馬車で行こう」



ヨルカが御者席に飛び乗る。

手綱を握る姿が妙に様になっている。

レナの馬への語りかけとは真逆の、きびきびした操り方だった。



レナが「お弁当、忘れてる」と渡してくれた。

見送りに来たアマンが小さく手を振っている。



馬車が動き出す。

朝の街を抜けていく。二人きりの旅。





市街地を出てから、しばらく。

道は緑に囲まれ、空が広くなった。



俺が御者を代わり、ヨルカは隣で膝を抱えている。

流れる自然の景色に、変わらず目を細める。



いつもは誰かしら騒いでいる馬車が、今日は静かだ。

こんなのも悪くない。



「なあ、ヨルカ」



「なに?」



「お前さ、最初に会った時のこと、覚えてるか?」



ヨルカが俺を見上げた。

何を言っているのかという顔で、首をかしげる。



「覚えてるよ。全部」



「全部って……あの時まだ、ほとんど喋れなかっただろ」



「音も、匂いも。味や、魔法の光だって」



俺は少し驚いた。

それから、懐かしさがこみ上げてきた。



「じゃあ覚えてるか。お前が初めて俺の飯を食った時のこと」



「……スープ」



「そう。エヴェラに教わりながら作った、ひどい出来のやつ」



ヨルカが小さくうなずく。



「木の器を両手で持って、ずっと離さなかっただろ」



「……うん」



「冷めてもずっと持ってた。

取り上げようとしたらすごい顔で睨まれたんだぞ」



ヨルカが少しだけ笑った。

俺もつられて笑う。



「あの時は心配だったよ。小さくて、冷たくて」



「……冷たかった?」



「ああ。特にお前の手と腹がいつも冷えてた。

毎晩、俺が温めてたの覚えてるか?」



「覚えてる」



ヨルカが自分のお腹に手を当てた。

——昨日もこうしていた気がする。



「兄さんの手、いつもあったかかった」



ヨルカはそう言って、少し笑った。

馬車の揺れだけが続く。



「だいじょうぶ。いつだって温めるから、冷えたら呼んでくれ」



不意に、彼女の目が遠くなった。

何かを聞き取ろうとするように、首を少し傾ける。



「……ヨルカ?」



「ううん。なんでもない」



彼女は首を振って、俺の肩に頭を預けた。



なんでもない、と言う時のヨルカは、

大抵なんでもなくない。



でも、聞かなかった。

風が頬をなでる。馬車が揺れる。



トラの村に行った時と同じ道を通っている。

でも今日は、二人だけだ。



隣のヨルカの呼吸が穏やかになっていく。

少し眠ったのかもしれない。



軍ではどんな顔をしているんだろう。

瞼を閉じる彼女を見つめ、俺はそのまま、手綱を握り続けた。





元オルガノ村についた。

村は破壊されたまま、住人は戻っていない。



馬車を降りて歩いた。

今だ戦禍の跡が残る街道を歩く。



近くの森を抜ける。

街道から外れた、暗い崖下の道。



木々の間から差し込む光だけが、

地面にまだらな模様を作っている。



「ここか……」



俺は足を止めた。

薄暗く、誰もいない。何の変哲もない場所。



草が茂り、木が深い影を落としている。

風の音だけが鳴っていた。



俺は上を見上げる。向かいあった崖が、

青空を一本の線にしている。



「高いなあ」



見ると、ヨルカは地面を見つめている。



ここに、この子はいたのかな。

泣きもせず、じっと座って。



「何か覚えてるか?」



「……わからない。エヴェラ場所はあってる?」



エヴェラ:座標は一致してるわ。ただ1年近く経っているから、

物理的な痕跡はほぼ残っていないと思ったほうがいい



ヨルカが地面に膝をつき、草をかき分けた。

俺も一緒にしゃがんで、丁寧に地面を探る。



木の根元に、何かがあった。



腐りかけた板の欠片たち。

釘が何本か飛び出て、錆びて曲がっている。



「……箱、かな」



俺がそっと拾い上げた。黒く塗りつぶされた表面の板。

それだけだった。布も血の跡も、もう何も残っていない。



ヨルカに渡すと、彼女はそれを手のひらに乗せた。

じっと見つめている。何の表情も浮かべていない。



あの投書に書かれていた、壊れた箱。

この欠片が、そうなのかはわからない。



でもヨルカは、それを大事そうに握りしめた。



「何か思い出せそうか?」



木片を指でなぞるヨルカに俺は聞いた。



「暗い。そんな場所は覚えてる。でも、それだけだよ」



ヨルカが落胆の表情を見せる。

俺はエヴェラに相談する。「何か記憶を呼び起こす魔法ないのか?」



エヴェラ:ヨルカ。一つ提案があるの。



ヨルカが顔を上げた。

二人に聞こえるように、エヴェラが続ける。



エヴェラ:エルフに効果があるか不明だけど……。退行催眠——私が誘導して、記憶を遡る。試してみない?



「……催眠? そんなの本当にできるのか」



俺はエヴェラに疑いの目を送る。



エヴェラ:魔法ではないし、保証はできない。でも、ヨルカなら——できるかもしれない。どう?



「ぼくにできるのかな?」



エヴェラ:大事なのは、記憶に触れないこと。作り出さないこと。見るだけよ



ヨルカが俺を見た。

水色の瞳が、許可を求めている。



「やりたいか?」



「やらせて、ください」



このままじゃ帰れない、よな。

俺は、古びた木片を見つめる。





気持ちの良さそうな切り株を見つけた。

大きな木の根元に、柔らかな草が広がっている。



薄暗い樹木の中で、ここだけが光に照らされていた。



俺は切り株の前にあぐらで座る。

ヨルカが俺の膝に頭を乗せ、仰向けに横たわる。



木漏れ日が彼女の顔を温めている。

風が葉を揺らす音。遠くで鳥だけが鳴いている。



ヨルカは箱の欠片を、胸の上に抱いたままだった。



「……どのくらいかかるんだ?」



エヴェラ:体感では2時間くらいかな。



「2時間? このままか?」



俺の足がもう怪しい。



エヴェラ:大丈夫。ヨルカの速度に合わせるから、すぐ終わるよ。



「すぐって、どのくらいだ?」



エヴェラ:……しびれる前にはね。そこはヨルカにとって、安心できる場所なの。動かないで!



ヨルカが笑っている。

俺の膝の上で、彼女は目を閉じていく。



その顔が、だんだんと力を失っていく。

口元の笑みが消え、表情がなくなる。



まるで、眠りの底に沈んでいくように。



俺はその顔を見ている。

何もできることがない。ただ、ここにいるだけ。



ヨルカの唇が微かに動いた。

声にならない何かを呟いている。



彼女の黒い髪が、風で揺れる。

俺は手を伸ばして、その髪にそっと触れた。



ここにいる。

どこにも行かない。



お前がどこから来たとしても、

帰る場所は俺の隣だ。

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