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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第35話 ある春の日の休日

「なんだろう、すごくいい匂いがしないか?」



王城へ通る大きな街道を少し外れた、小道。

『天使の台所』が出店する屋台が、そこにあった。



本店の食堂は、レナ、アマン、ゼルグに加え、新たな希望者が参加していた。孤児に限らず、孤立無援の者などを広く受け入れた結果だ。



人が増える過程で小さな窃盗や裏切りもあった。

でも、数日後には、なぜか犯人は消え、全部戻ってきた。



食堂だけでは余ってしまう人員の活用のため、炭作成チームから、焼き鳥と炭の販売屋台チームが派生した。これが、その第1号店である。



通りでの接客は、ガラが悪い客も多い。

しばらくの間、店員はヘンスとトラ、それからアマン。新人の2人も一緒。



ヘンスとトラは顔がガラ悪そうな客に向いてそうだから。アマンは焼き鳥の焼き加減指導のためにきた。俺は監督。



店の前では、焼き鳥の香りが香ばしく漂っている。塩とエヴェラ秘伝のつけダレ。道行く人が釣られて顔をのぞかせるが、開店は、もう少し待ってほしい。



競合店は蛇のような動物と野兎を焼いている。……少なくとも香りでは勝っているようだ。



「トラ、その剣、見せろよ」



「はー? 駄目だ。そもそも、お前。手がべとべとじゃねーか」



二人は俺が捌いた鶏肉を串うちしている。

その手は、まだ生肉の匂いがする。



トラはダンジョンの調査の仕事の後、装備を変えた。

これまで、ギルドの初心者講習時にそろえた最下級の盾と剣を使っていたが、それを刷新したのだ。



「それ兄ちゃんがくれたんだろ?」



「ヘンス。お前が兄ちゃん言うな。おれの兄ちゃんだぞ」



「いや、本人の希望だからよ…… もう、呼び慣れたしな」



店に来る全ての人間に「お兄ちゃん」と呼ぶように強要している兄の肩を、トラが叩く。———常連のおじいちゃんも、兄ができたと喜んでいた。



「ちょっと、ユウト兄ちゃん。おれは少し寂しいぞ」



「でも……お兄ちゃんは職業みたいなもん、だからさ」



俺が困った顔でつぶやくと、ヘンスは噴き出し、トラは首をかしげる。その背中には巨大一角イノシシの角と鋼で作った大型の剣が光る。



Dランクになったトラに、俺たちが贈った、軽さと堅牢さが売りの大剣だ。



スラムの武器屋に、俺たちが仕留めた一角を持ち込み、設計図と金を積んで作ってもらったものだった。



同じくサリーには『一角』から削りだした鋭い小剣を二本渡した。彼女は打ち合うことも少ないため、鋭さと軽さに重点を置いた逸品だ。すぐに友達に見せに走っていた。



羨むヘンスを見て、「俺は十分、トラを贔屓しているぞ」と笑った。





暖炉の前のテーブルは、何度も繰り返した微調整によって、みんなが肘をついてもガタつかなくなった。



夕食の後、地下道の『家』に戻って暖炉の前でお茶を飲む。子どもたちは5人とも揃っている。最近では、この時間、いつもこうして過ごしていた。



子ども、といってもヨルカの見た目は大人の女性だ。

今の姿になってからは変化が止まっているように見える。



最近は、俺よりずっと年上のような目をすることがある。……すべてを見透かすような。



そんな一番の大人のヨルカだが、

俺の膝に頭を乗せ横になって暖炉を見ている。



彼女は隣に座るレナに頭を撫でられていた。

突然、ヨルカは思い出しようにアマンに言う。



「ちょっとアマンー。今日のお弁当、めちゃくちゃ甘かったんだけど」



アマンは勝ち誇った顔で笑う「辛いの嫌だっていったろ」



「だからってケーキと果物と甘いジュースはないだろう?」



「何それ、美味しそう! 私にも作ってアマン」



レナが目を輝かせ、サリーとトラが便乗する。



ヨルカが膝の上から、俺を上目遣いに見上げる。



「……お願い、お兄ちゃんがつくって」



軍の少将の威厳など微塵もなく、甘えた妹の顔だった。



彼女は俺たちの前では、軍の顔を見せない。……いや、まさか、この顔のまま軍で働いてないよな?



「そんな顔されたら断れないだろ。お前は俺をよく知ってるな」



俺が苦笑すると、ヨルカの瞳がふっと細くなった。



それを見て、変わらずヨルカなんだと改めて思う。

こんな綺麗な顔で、まだ11歳なんだよな。



「店の周りに花が増えて来たよね」



レナが寝そべるヨルカの髪を編みながら言う。



「最近は春の気配も見えて来た。流石に温かくなったら『家』じゃなくて、外がいいか?」



俺が聞くと「ここでいいー」と返ってきた。



エヴェラ:地下だから意外と涼しいかもよ?



「ねー、また旅行に行きたい。」



アマンも俺の膝に頭を乗せて来た。



「どこに行きたい?」



サリーがアマンの背中に問いかける。



アマンは考えるように天井を見上げ「わかんない」と答えた。



「みんなの故郷に行くって言ってたな。でも……サリーの故郷は隠れ里だし、アマンとヨルカはわからない。レナは……」



俺は思い出したようにつぶやいた。

サリーがレナの顔を覗き込むと、レナの表情が曇った。



「行っても、父さんと母さんはいないから……あの街を出る時、全部燃えていた。きっと何もない……」



暖炉の火が、彼女の瞳に揺れる。

みんなが静かになった。



その沈黙を破るように、ヨルカがぽつりと呟いた。



「サリー姉さんのところに行ってみたいな」



「わたしも行ってみたいけど……行けるの?」



エヴェラ:難しいでしょうね……。 妥当なルートとしては、サリーが「一族の仕事をする」って決めたら彼女だけが入れる。そのあたりじゃないかしら。



「それなら行かなーい」



サリーが寂しそうに言う。



「少し待っててね、サリー姉さん。なんとかしてみるよ」



「そんなことできるのかよ?」



ヨルカが透き通る瞳で、上品にトラに微笑んだ。



「トラ、世界は可能性に満ちているのよ」



「エヴェラみたいなこと言うなよ」



トラが笑い、エヴェラが『呼んだ?』と現れて、みんなが一気に明るくなった。



見下ろすと、ヨルカの少し寂しそうな目に気づいた。

俺はそっとヨルカの髪を撫でる。



彼女は故郷の話になると、こうして遠い目をする。

自分の「始まり」に思いを巡らせているように。





「じゃあ、頑張ってな」



早朝のジョギングをしている。

折り返し地点は、神殿騎士アルトの広大な屋敷だ。



木々が多く、森のようになっている。トラはここで修行をするため、朝飯までお別れだ。



「じゃあねー、兄ちゃん」



どんな修行をしているのかは知らない。

しかし、神殿騎士に稽古をつけてもらえるは誉れなことらしい。



食堂では「トラちゃんは、将来、神殿騎士になるのかい?」なんて常連客に声をかけられていた。



トラは嬉しそうだった。

戦うことが好きなのかもしれない。



走りながら思う。

俺は多分、走ることが好きだ。



風を切り裂く、自分の力だけで。



走る前は、好きだと思わないのが不思議だ。

走り出してから、はじまる何かがあるのかもしれない。



何度立ち止まっても、走り出し始めよう。

そう思えた。



エヴェラ:帰ったら、サボってた弓もやるのよ? 久しぶりにあの子たちと冒険に行くんだから。



俺 :エヴェラに合わせて撃てばいいだけだろ?



エヴェラ:弓を引くには筋肉がいるのよ? 子どもの2倍はやりなさい。



エヴェラの声が頭の中に響く。

冷たかった風に、少しだけ暖かい空気が混じる。



俺たちは、自分たちの命を生きよう。

春の風の中で、そう決めて、走っていく。



市街地に戻ると、春風に焼き鳥の香りが運ばれてきた。



ああ、腹が鳴る……

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