第33話 小さな旅行
トラの故郷にみんなで行く。
俺たちは馬車をレンタルし、
1週間ほどの往復旅行を計画した。
食事は外でする。小麦と調味料だけ積み込む。
水は魔法で、後は現地調達だ。
馬車は大きな2段ベッドになるように改造した。
少しでも快適になるように、みんなの疲れが取れるようにする。
トラの村は「ガザニア村」という。知っているか聞いてみたが
聞いたことが無いという。田舎とはそういうものなのだろうか。
初めての馬車の旅にみんながそわそわしていた。
アマンは馬に驚き、やさしく撫でている。
「そう。純粋な子ね」レナはうっとりと馬の瞳を眺めていた。
辺りに甘美な雰囲気が漂っている。
「レナ。みんなの服も詰め込むから手伝ってくれ」
「はーい。旅行なんて、ほんと楽しみだよー」
彼女の笑顔を朝日が輝かせた。
俺たちは準備をすすめる。
◇
市街地から出て二日目、道が進むごとに
「ここ、知ってるー」とトラが連呼する。
レナとヨルカは
そんな彼を見つめ、微笑み合った。
「自分の村の名前も知らなかったくせに」
サリーが笑った。俺は噴き出した。
「ねー、村が見えて来た。」
アマンが御者席から顔を出す。
エヴェラ:あれが、トラの村に一番近い……人間の村ね。
村には戦闘の被害が生々しく残っていた。
数か月前に焼け崩れた家々が、そのままにされていた。
「ガザニア村を知っているか?」
俺は、果物を売ってくれた商人に話しかける。
先ほどまでにこやかに話していた男の顔が曇る。
「なんだあんたら奴隷商人か?」
「なんでだよ」俺は、子どもの故郷を探していることを話した。
エヴェラにはいちいち話さなくてよいと叱られたが。
俺がそう言うと、この村は、ライカンスロープの村と友好的で、
怪しい奴は捕まえているらしい。俺はトラを紹介した。
彼はトラを見て驚きながら、村の場所を教えてくれた。
「気を付けて」と言葉を残して。アマンが手を振っていた。
今でも、奴隷にしようとしている奴がいる。意味が解らない。
そもそも彼らはステータスが高く、なぜ奴隷に甘んじるのか?
エヴェラ:ヨルカの資料によれば、個人の戦闘能力は高いが、純粋で搦め手に弱く、騙されて、合法的に債務をつけられている者も多いみたいだね。
——————ヨルカから届いた情報。
ガザニア村の村人は奴隷ではなく、村で狩猟生活をしていた。
そこに、教会の神父フランク・ヨナサスが布教のため赴任する。
村人とも関係がよく、平和に暮らしていたが、魔王軍との戦況が悪化。
全世界の半分が絶望的な状況になる中で、村人たちを説得し、ライカンスロープの復権と救世をかかげ、軍に参加した。軍は彼らの希望通り、最前線におくる。
結果は、先導した神父フランクを含め全員死亡。
俺 :これレナに話すとき、教会のことは触れないほうがいいよな?
エヴェラ:そうね。あの子はきちんと受け止められるとは思うけど、今はね。
「あー、村だー」
ガザニア村が見えて、トラが馬車から飛び降りて、走り出す。
馬車の速度を大きく超えて走っていった。
「アイツ、早すぎだろ」
俺たちは嬉しそうに駆けるトラを見つめ笑った。
村には何人かのお年寄りがいるようだ。
トラがその一人に話しかける。
「おお、ゲンジー!」
「トラ、なのか?」
ゲンジーと呼ばれた老人がトラの匂いを嗅ぎに来る。
「ふんふん」とトラのおしりのあたりを嗅ぐ老人の絵がやばい。
「トラか。よくぞ、生きて」おしりの匂いで確定したらしい。
いつのまにか、銀髪の老人たちが集まって来た。
その夜。小さな歓迎会が開かれた。
村長を含め、ほとんどの村人が参加した。
残っているのは、けが人や高齢者。
おさない子供だった。
用意してくれた料理をアマンが熱心にメモしている。
このあたりは辛くて赤い料理が多いようだ。
サリーとレナはおしりを嗅がれそうになるのを阻止している。
俺はゲンジーにライカンスロープの変身について聞いてみた。
「変身には何か必要なのか?」
「んー、わからんのう」
そういうとゲンジーは、全身から銀色毛があふれ、可愛らしい子犬のようになった。目を輝かせたレナに捕獲され、顎を撫でられいる。
「ふんっ。て力を入れると、こうやって変身できるんじゃ」
俺は全く参考にならないゲンジーの説明が、トラに似てることに納得していた。トラは隣で「ふんっ、ふんっ」と顔を赤くしている。
ゲンジーはトラを眺め、目を細める。
「お前の両親は、最後には、ちゃんとお前を守ったんじゃな」
神父に率いられ、戦場に向かった彼ら。ライカンスロープの地位向上というスローガンを掲げて、魔王軍と戦った大人たちを思い出しているのだろう。
子を持つ親の中には、幼い子供も戦場に連れてったものも多いという。
トラの両親は彼を守った。——俺もそう信じたい。
トラは両親の話を楽しそうに聞いていた。
「もっと、もっと教えて」両親が幼かった頃からの話をゲンジーにねだっていた。
二人の生き方。考え方を聞いて、うんうんと聞いていくトラ。
俺たちも聞きながら、ライカンスロープの人となりを考えていく。
————信じやすく、純粋で、やさしい。
ライカンスロープたちは、何年もそうやって搾取されてきた。それが強いのに搾取される秘密なのかもしれない。
俺たちは村の伝統料理を楽しみながら、
村での滞在とトラの笑顔を堪能した。
ヨルカはその光景を黙って観察していた。
◇
トラの家だった場所にいった。
1年ほど、誰も住まず。破れた窓からの風で荒らされている。
トラが「ここで寝る」というので、みんなで泊まった。
暗闇の中。
馬車から下した布団の中で、トラの話をみんなで聞いた。
父親が変身した時のかっこよさ。
隣に住んでいた男の子。……彼も戦場に行ったらしい。
友達だった犬。
母親が作る辛い料理。
幼いころの約束。
王都で必死に探したすべて。
その全てが。―—もう無い。
トラの声が泣き声に変わる。
探してたものが、「無い」と分かったトラに
俺たちはどう声をかけたらいいのかな。
「トラ。この街で暮らすか? ここなら監視もされないだろうしな」
エヴェラ:それは甘いでしょうね。王都よりはマシでしょうけど。
子どもたちは黙っている。
トラは、だが、はっきりと答えた。
「天使の台所。帰りてーよ」
「……そうか」
ガサガサと音がしてくる。
「おいヨルカ、頭撫でるな、子供じゃねーんだぞ」
トラが鼻声で、抗議の声を上げる。
闇の中、大きなヨルカがトラを撫でているようだ。
————きっと、愛おしそうな、顔で。
「いいぞ、もっとやれ」
いつの間にか、暗闇でのくすぐり対決に発展し、
トラの故郷での夜が更けていった。
起きたら……俺たちの店に帰ろう。
◇
ゲンジーや村人たちに別れを告げる。
店の場所を地図に残し、再会を誓った。
アマンはこの村の特産の
まっ赤な香辛料をもらっている。
レナとサリーは変身してくれた村人たちを
モフモフしている。これもう1時間してる。
トラはいろんな村人と話しているようだ。
「よし、帰るぞ―」俺はみんなを馬車にのせようとする。
なかなか集まらない家族を一人ひとり集めていく。
「かえるよー」ヨルカも手伝ってくれた。
帰り道の馬車の中。笑顔が溢れている。
疲れもあったが、まだ旅は続く。また楽しい野宿だ。
トラは帰り道をしっかりと眺めていた。
「道を覚えてるんだよ」今度は、帰れるように。
御者をローテーションで代わり、勉強した。
もうアマンはしっかり操れるようになった。俺だってそうだ。
レナは馬を叩けず、手綱も引けず。
「いい子ね」と優しく撫でて、お願いをしていた。
それが不思議と通じていた。
そのようすをヨルカが見て微笑む。
彼女の顔は、この旅の中で、
いつの間にかほどけていた。柔らかな目をしている。
ヨルカは静かに馬車のベッドに寝そべった。
手を伸ばして、手のひらに風を感じてみる。
動く景色。緑色と青の世界。——風。
草の影に小さな動物が跳ねる。
「わあ……」
彼女の口から声が漏れる。
透明な水色だった。
俺は彼女の顔に小さなヨルカの面影を見つける。
彼女はずっと、そこにいたんだ。
◇
ヨルカは、昨日までの日々を思い出していた。
不快な出来事は、不快なだけでなく、家族の価値をより高めた。
————彼女は、そう分析する。
もう、彼女は何も怖くなかった。
このような仕組みでできている世界が、美しいと思えた。
ヨルカはエヴェラに圧縮言語で宿題の回答を渡し、
ユウトには彼がわかるように回答を言語化してメッセージで送る。
「生まれてきて、よかった。ありがとう、お兄ちゃん」




