第28話 動き出す歯車
開店から、もう何日が経っただろう。
カリンちゃんに依頼して数日たった。
俺たちは自然を装って生活をしていた。
冬だからか、炭と一緒につくった
小型七輪がセットで売れまくる。
さらに干物も売れて、早くも利益が出始めた。
少額だが、みんなにおこずかい程度の給料を出した。
来週からは大通りで、焼き鳥・干物を
焼いてさらなる売り上げを目指すつもりだ。
スラムの住人も木や薪を持ってきてくれるようになった。
ま、どこから持ってきたかは、俺たちは感知しない。ただ、パンと金に交換する。
来週からは小鳥なんかも募集を出そう。
彼らは訪れるたび、『天使の台所』から出る匂いに目を細め羨む。お金が貯まれば、きっといいお客さんにもなってくれるだろう。
希望にあふれる人たち。
その中に自分もいる。これがとても不思議に思えた。
◇
カリンちゃんが来てくれた。
「勇者様、お待たせしました!」と、一人の青年を連れて『天使の台所』に現れた。
銀色の甲冑を纏い、鋭い眼光を放つその男。
鎧には教団のシンボルである円環が描かれている。
身構える俺に、さわやかな笑顔を向けて言った。
「新進気鋭の神殿騎士アルトだ。」
「変な人です」
カリンちゃんがそう紹介してくれて、俺たちは戸惑う。
この男と俺たちで
事件を解決するよう言われたようだ。
「しんしんきえい?」
ヨルカが聞いてくる。
「まあ自分には言わない言葉だ」
俺はヨルカを撫でた。
彼は王からの勅命書を掲げ俺たちに見せる。
この神殿騎士アルトと事件の調査。
——だけでなく、逮捕・罰則の規定が俺たちの判断で可能。
アルトはこの事件を
「教団の浄化」として真摯に受け止めているようだった。
俺 :どうやったらこうなるんだよ。 証拠があるとは言え、俺にこんな権限渡すか? カリンちゃんが最強なのか?
エヴェラ:通常はありえないね。政治的な判断……何かが複合的に動いていそうだね
俺 :まあ、この神殿騎士とやらが、毒抜き役で、ポーズで終わらないよう見張らないとな。
アルトの話を聞いていると腐敗を極端に嫌い、「法と正義」を絶対視しているようにみえる。心配はいらないかもしれない。
◇
俺たちは有力貴族の本家を順に訪問することにした。
問題の3人の職員。こいつらは王都に自分の"部屋"を持っている。
今回は強制家庭訪問だ。
親の顔が見たいわけじゃない。邪魔しないように事前に詰めておくつもりだ。
トラ・サリー・レナを連れて行く。
貴族の私兵と戦闘になる可能性だってある。トラとサリーはそのためだ。
ただし、神殿騎士のもつ、威光・権力はかなり高いようで、
全ての貴族は、ほとんど抵抗することはなかったのだが。それは後でわかった。
レナは参加を強く希望した。
自分も「知りたい」と。レナはサリーから孤児院のことを聞いたのだ。
孤児院の運営には教団もかかわっていたことがわかると、
酷く憤慨していた。彼女が生きて行く中で貴族と話すような場面は貴重だろう。
彼女の気持ちと経験のため、
レナも連れて行くことにしたのだ。
俺はこの4人と馬車に乗っていた。
トラとサリーは豪奢な馬車に興奮している。
俺は黙って子供たちを見ていた。
レナがアルトと隣なのが、少し気になる。
アルトは敬虔な信徒のようだ。
司祭の配下の「神殿騎士」。個人の武力が高いだけでなく、軍を動かすらしい。それぞれの部隊長であることが多いということだ。
やはり、教団は軍と密接に関係している。
この国は法治国家である前に宗教国家なのかもしれない。
テオとは違い、線が細くアイドルのような顔立ちのアルト。
彼はレナに誠実そうな顔を向けて話す。恐らく信仰の話、俺にはほとんど意味がわからなかった。「美しい……」そう聞こえてくる。
レナは、両手を自身の胸に当て、
彼の言葉に光悦の表情を持って返している。
俺は二人を邪魔するように声をかけた。
「アルトはどういう武器が得意なんだ?」
トラが食いついた。
「えー俺も知りたい」
「大曲剣。そういう名の武器です。 罪を別つ。そういう剣です。」
彼は愛刀をなで、トラに貸してくれた。
「よかったら、時間がある時に、トラに剣を教えてくれないか? 飯をだすぞ」俺は、冗談めかして言ってみた。
「そうですね。一度立ち会って、才能があれば」
意外にもアルトの反応は良かった。
「うおおお。いつ? はやくやろう」
トラが馬車内であばれ、揺れる。
「これから豪邸に行くんだから、そのテンションやめて」
サリーに頭を押さえられるトラ。
◇
孤児院で暴行を働いていた男たちの実家――三つの有力貴族の門を順に叩いた。
一軒目。
入口の門は巨大で、俺たちの店ぐらいあった。
門からは専用の馬車で豪邸へ向かう。
現れた小太りの男は勇ましく言った。
「神殿騎士といえど無礼だ。わしを誰だと思っている。」
勅命書を見せつけるアルト。
「反逆者はここで斬る。そういう覚悟で本日伺いました」
大曲剣の柄が光る。
——こいつ、そんな覚悟で来てたのか。俺は少し引く。
「な、バカな」
勅命書を確認し、「ありえない」と言いながら腰を抜かしてしまう。
威勢の良かったルチアーノ侯爵が座り込み、
アルトの足元にすがる。一連の流れを見て、トラが笑う。
サリーに肘でつつかれ
「やべ」っと姿勢を正すトラ。
ルチアーノ侯爵はユウトを見上げる。
屈辱に燃え上がり、血走った目だった。
ユウトはその目に少し怯えるが、
絶対正義のアルトの影に隠れると、侯爵はカメのように首を引っ込めた。
それを見てトラが噴き出した。
2軒目。
「息子が勝手にやったことだ! 我ら一族は無関係だ!」
喚き散らす貴族の当主に対し、アルトは冷徹に、そして執拗に詰め寄った。
「……ほう。では、この裏帳簿にある『寄付金』という名目の口止め料については? これも個人の犯行だと? 虚偽の申告は教団への反逆と見なしますが」
アルトの追及は残酷なまでに正確だった。
彼は実家の資産状況、交友関係をすべて洗い出し、家ぐるみか個人犯罪かを「精査」すると宣言。
家が潰れることを恐れた貴族たちは、震えながら息子たちの切り捨てに同意した。
3軒目
既に他家から情報が回ったのか早かった。
「息子の刑執行、ならびに息子の全財産の没収……異論はありません」
アルトはユウトを一瞥し、短く言った。
「これで外堀は埋まりました。次は本丸です」
俺は、アルトが腐敗に怒り、誠実に対応する人間だと感じた。
教団の教えがそうしているのだろうか。
当たり前のことが
奇跡のように感じてしまう。
◇
帰り道、俺はトラ、サリー、レナを
いつかの喫茶店に連れてきた。
全員がケーキセットにする。
色とりどりのフルーツがゼリーで輝いている。
「明日、孤児院に乗り込むぞ」
俺が言うと、トラが拳を突き上げた。
「おおー、今度こそぶっとばす」
「トラ、ダメよ。まあ、抵抗したら? ……いいけど」
レナがトラの拳を困り顔で掴む。
「サリー。どうする? 食堂にいるか?」
俺は、孤児院に近づくこともできないサリーに問う。
サリーはケーキを小さく小さく切って遊ぶ。
何も答えられない。
「今度は、俺たちがいる」
俺が言うと、レナがサリーの手を握った。
「俺は殴りに行くからサリーが止めろよな」
トラが笑った。
「行くよ……みんなと」
サリーはこぶしを握っていた。
◇
翌日。
王の勅命書を手に、アルト、ユウト、そしてサリーを含む子供たちで孤児院に突入することにした。
その場で逮捕するため、アルトは兵士を連れてくることになっている。
アマンとヨルカは置いていく。
店はスラムの住人のために、開ける。
「アマン、ヨルカ。店のこと、まかせたぞ」
「うん。だいじょうぶ。やっつけてきて」
2人は笑いあった。大丈夫。そんな顔で
俺たちを送り出してくれた。
「な、なんだ貴様らは! ここは教団の管轄だぞ!」
警備の職員をアルトと部下の兵士が蹴散らしていく。
サリーは孤児院の入り口の門を撫でるよう掴んだ。
足が動かなかった。ただ、前に進んだ。震える足のまま歩いた。
彼女の左右にはトラと俺。
後方にレナ。俺たちはサリーをがっちりガードして進む。
職員や孤児院の子供たちが、左右に分かれ道を作る。
「サリー」誰かが叫ぶ。彼女は聞こえないように歩き続けた。
院長室で不敵に笑う院長と三人の教師たち。
自身たちの実家は王国でもかなりの地位。何もできないと自信があった。
「私たちは長年にわたり、迷える子どもたちを支え、導いてきました」
院長が、自信に満ちた笑顔で、アルトに宣言する。
サリーが男たちを睨みつけるが、
覚えてもいないのか、気にもしていない表情で笑う。
「少女たちを弄ぶ、それを導くと言うのか?」
証拠が書かれた紙を見せても笑う彼らに俺が言う。
「そのような書類はいくらも作成できる。不当な言いがかりは止めていただこう」
三人の男が、そうだそうだと口々に叫ぶ。
「何を余裕そうにしているのか知らないが……お前たちの行先はもう決まっている」
アルトが突きつけた勅命書と、実家からの「見捨てられた事実」を知った瞬間、彼らの顔は土気色に変わった。
「院長セレナ、および教師三名。容疑は公金横領、および未成年者への継続的な暴行。これより全員、犯罪奴隷へと堕とす。期間は100年とする」
「私が育ててやったのよ……! あの子たちは、ここがなければ——」
言葉は最後まで続かなかった。
兵士に口を塞がれ、床に押し付けられる。
本当に殴りそうなトラを止め、俺はサリーに聞く「一発、殴っとく?」
サリーは院長の前に進み出て、震える手を差し出した。
院長が手を出すと、サリーが銀色の印章をそっと乗せた。
「この両手があなたを守ってくれますように」
あの日、自分を追い詰めた大人たちが、兵士たちに引きずられていく。
サリーはそれを眺めていた。
カレン先輩は、メリーはどんな気持ちで暮らしているのだろう。
エルナは元気かな。会いに行っても、いいのかな。
記憶の中のメリーの口が、
「ごめんね」と動いた。
サリーは帰ったら、兄に相談することにした。
何かが終わりと始まりを告げた。
◇
最後に手渡された勅命書の末尾に、
俺は目を留め考えていた。
「ユウトを孤児院の王命監察人に任命する」との一文が記されていた。
——就職、してしまった。
エヴェラ:……就職おめでとう、ユウト。これであなたは教団の「公認の監視対象」よ。あら、給料も出るみたいね。
俺 :孤児院の運営関われるのか。みんなの意見を聞いてみるか。
俺たちは『天使の台所』に帰ることにした。
アルトは兵士たちと彼らを連れて行く。
教団内の腐敗は異端扱いになる。
関連施設である孤児院での犯罪は重い。
奴隷の前に「刑」が執行される。
アルトはそう言って嬉しそうに笑った。
彼らと別れ、夜道を家族で歩く。
暗闇の中でも、何故か温かかった。
黒の中に優しい明かりが見えてくる。
店の看板のランタンが帰り道を示す。
歩きながらサリーは、
孤児院のことをみんなに話してくれた。
それは暗い過去じゃなかった。
好きだった給食のメニュー。好きだった授業。
好きだった先生。好きだった友達。
メリーがどんな子だったか、
エルナが怖がりだったか。
「また、二人と友達になれるかな?」
サリーは俺たち全員に聞いた。
「なれるなれる」トラが笑顔で即答する。
ヨルカは難しい顔で考えているようだ。
レナは「大丈夫。お話しに行こう」と声をかけた。
「「だいじょうぶ」」
俺とヨルカの回答が同じタイミングだった。
笑いながら暗闇を歩いた。
エヴェラの言うとおり——また、笑える日がちゃんと来たな。
あのオレンジを目指して。「家」に帰ろう。




