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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第26話 それぞれの夜

俺は、レナとディナータイムの仕込みをしていた。

アマンは子ども達と、川辺で遊んでいる。



夕方のオレンジとアマンが楽しそうに遊ぶ声。

レナから聞く、彼女の優しい視点の話。



そのシーンが、忙しい時間を癒し、

時間の密度を上げていく。



新しい子たちは積極的に手伝ってくれ、食堂の効率化した結果、ディナーも始められると判断した。……あいつらに夕飯も食わせたいしな。



鍋の中で、スープが静かに沸いている。

野菜の甘い匂いが厨房に広がっていた。



ドアベルが、荒々しく音をたてる。

「——助けて、お兄ちゃん」



振り返ると、サリーが立っていた。

息を切らして、肩が上下している。



「サリー、どうした。何かあったのか?」

俺は、鍋をレナに任せ、サリーに水を渡す。



「トラが……」

サリーが息を整える。



「孤児院に——走って……」

彼女はそう言うとしゃがみ込む。

皆が心配しだす。



俺はエプロンを外した。

「レナ! あとは頼んだ」



奥からレナが顔を出す。俺は目で合図した。

彼女は静かにうなずいた。



「サリーはどうする」



彼女はうつむき答えなかった。

——俺は走り出した。



エヴェラ:左。次の角を右。あの子、無茶しているでしょうね。



夜の石畳を踏む音と、エヴェラのため息だけが響く。

暗い路地を彼女のナビが導いていく。



孤児院が近づくにつれ、

遠くから怒鳴り声が聞こえた。





正門の前に、トラがいた。



「うるせー、はなせよ!」



警備の職員の胸倉をつかんでいる。足が浮いている職員が必死に押し返しているが、トラは今にも殴りそうだ。



俺はエヴェラに依頼する。



エヴェラ:距離は約百メートル。遠距離ピンメッセージは、いつもよりMP多いからね?



ピンメッセージを飛ばした。



「——トラ。止まれ」



——次の瞬間、

普段の何倍もMPが削れる感覚がした。

遠ければ遠いほど、消費が跳ね上がるとはいえ、多いな。



トラの視線が俺たちに向く。

襟首を持ち、釣り上げていた警備員を落とす。



俺は早足で近づく。

距離が縮まるにつれ、トラの横顔が見えてきた。



彼の両目が、闇の中、琥珀に光っていた。

開いた口には、小さいが立派な牙が見えた。



いつものトラじゃない。

笑顔も、無邪気さも、全部消えている。



顔の一部が獣のように変形し、その表情に殺意が宿る。グルルと喉が鳴る。



下を見ると怯える職員の首元に、

うっすらと血がにじんでいた。



俺はトラの肩を掴む。

その瞬間、腕を振り払われかけた。



俺と目が合う。

抵抗しようとした身体が、動きを止める。



そのまま、強く抱きしめた。



トラは動かなかった。

俺の胸の中で、ただ息をしていた。



耳元で、静かに言う。



「今じゃない」



しばらく、沈黙があった。



トラの肩が、ゆっくりと下がった。

張り詰めていた何かが、少しずつほどけていく。



目の光が、消えた。



「……わかった」



小さな声だった。

頭を上げたトラの顔は、すねた子どもの顔に戻っていた。



職員がこちらを見ている。

俺はぺこりと頭を下げた。



「すみません、弟が。失礼しました」



職員は何か言いたそうだったが、

俺たちの背中を見送った。





帰り道。



俺たちは並んで歩いた。

何も言わなかった。



手を繋いでいた。

彼が服を引っ張るので、

手に変えてもらったのだ。



石畳の継ぎ目を避けながら、

トラの足音が俺の隣で続いていた。



角を曲がると、川沿いの道に出た。

遠くに、食堂のランタンが見えた。



「サリーのこと聞いたのか?」



「うん」



「ちゃんとやるからさ、待っててくれよ」



「うん」



少しだけ、声が震えていた。



オレンジ色の小さな灯り。

夜の中に、ぽつんと揺れている。



俺たちはその灯りに向かって歩いた。





翌日。



昼過ぎの川沿いは静かだった。

乾いた世界が、白く見えた。



彼女は食堂を出て、川沿いをぶらぶらと歩いていた。昨夜のことが、まだ頭に残っている。



トラと顔を合わせると、何か言わなければならない気がした。だから、外に出た。



見通しの良い、白い砂利の続く一本道だ。

誰もいないはずだった。



——ぽん。



肩を叩かれた。



サリーは即座に小剣に手をかけ、振り返る。



誰もいない。

いや。



一歩後ろに、男が立っていた。



気配がなかった。

いつ、そこに来たのか。



顔はマスクで隠れている。

ただ黒いだけの、穴もないマスク。



だが、その声を聞いた瞬間。



遠い記憶が、浮かんだ。



孤児院の最初の日。

荷物ひとつで連れていかれた、あの日。



門の前で、扉を開けてくれた男。

両親の同僚だと言っていた。



「……サリー」



低い声だった。

静かで、落ち着いていた。



サリーは小剣を抜かなかった。

抜けなかった。



男は黒いマスクをゆっくりと外した。

あの日より、少し老けている。



「探していた」




サリーを安心させるためか、それとも、ここで働く事を知っていると宣言するためか。



男は食堂に入ることを提案した。



サリーは警戒しながらも、後に続いた。

ランチタイムは終わっており、店内には誰もいない。



レナが気を使う。

お茶を置いて、地下へ降りていった。



向かいに座った男は、サリー見つめ、

静かに話し始める。



その内容にサリーは驚き、

涙をうかべ聞いていた。



父のこと。母のこと。

もう二度と、聞けないと思っていたから。



サリーが知らなかった村での暮らし。

影の一族の掟と、その中でのふたりの生き方。



母と父が若く、美しく青春を謳歌した話に、サリーの心はほどけていった。



「お前の両親は、優秀だった」



男はそう言って、一度目を伏せた。



「だから、あの任務に選ばれた」



サリーは黙って聞いていた。

ふたりの話を聞けることが……嬉しかった。



彼の話がサリーへの問いに変わった。

彼女の顔が、警戒するものに戻る。



「サリー、なぜここにいる。孤児院はどうした?」



サリーの手が、膝の上で印章を握りしめた。



家族には話せた。

だけどこの人は、家族だろうか。



父と母の話を、誰よりも詳しく知っていた。

もう、温もりしか思い出せない母のことも——



掟を無視し、自分のため、

顔まで見せてくれた。



あの孤児院に入れたのはこの男だ。

知る権利と義務は、あるのかもしれない。



サリーは全てを話した。

——新しい家族との出会いも。



「そうか」



男は少し間を置いた。



「俺が調べる。証拠を集めて、お前に渡す」



サリーは顔を上げた。



「どうして」



「俺の責任だ。それにお前の父親には、借りが沢山あってな」



男はマスクをつけながら続けた。



「それから、一つ教えておく」



声が、少し低くなった。



「俺の任務は今——」



一瞬、言葉を切る。



「……あいつの監視だ」



サリーの呼吸が止まった。



「司祭の指示だ」



静寂。

キッチンで水が流れる音がした。



男は立ち上がった。



「——気をつけろ」



それだけ言って、扉を開けた。



男の姿は、夕闇に溶けるように、

掻き消えた。



あるいは最初から

そこに誰もいなかったかのように。



サリーはしばらく、動けなかった。

膝の上の手が、震えていた。



——お兄ちゃんに、言わなくちゃ。



サリーは、立ち上がった。

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