第25話 二人の冒険
その日の朝。
ユウトはトラとサリーをギルドへと送りだした。
彼は任務の選択から、報酬受け取りまで、全てを2人に任せることにした。
彼はまだ、しばらくキッチンから離れられないこともあり。「助っ人兼お荷物」という立ち位置で参加する事にした。
エヴェラは、「そんな職業は無い」と突っ込むが、
実際彼らの成長は想定より早く、ユウトはむしろ劣化している。
2人の成長に繋がり、勇者を嫌う者への露出も抑える。彼の考えにしては上出来だ、とエヴェラは分析する。
◇
トラとサリーへの指示は、ユウトが出がけに済ませた。
「依頼は二人で選べ。俺はそれに従う。問題が起きたらギルド長か俺に言え」
「危険な任務には俺を連れていくこと。それ以外は、二人で決めていい」
トラが「よっしゃ」と拳を握った。サリーが「まかせて」と小さく笑う。
ユウトは心配そうに、
キッチンから見える彼らの道を見ていた。
◇
スラムを抜けて、大通りに出た。
2人は久しぶりに、ハードレザーのアーマーを着用している。このところ、食堂の手伝いで全く出番が無かったものだ。
「二人で出かけるなんて、めずらしいよな」
トラが空を見上げながら言った。
「そう?」
赤い髪を揺らし、小剣を確かめながらサリーが返す。
「いつもみんないるじゃん」
サリーは少し考えてから、
「そうだね」と答えた。
トラは特に深い意味もなさそうに、また空を見上げた。雲が流れている。風が少し冷たくなってきた。
二人は並んで歩いた。
サリーは、少しぼーっとしていた。
彼女があまり話さなかったので、
トラは暇を持て余し、虫を発見するたびに捕獲して彼女に見せた。
最初こそ、頭をぶたれたが、しだいに彼女は遠くを見つめて黙る事が多くなった。
サリーは昨夜のことを思い出していた。
ユウトは自分のことを、どのように思ったのだろう。
自分を知ってもらえた。
絶対に守ってくれそうだとも思えた。
◇
ギルドへ近づくと冒険者風の男たちがたむろしている。その話し声が二人の耳に聞こえた。
「……ああ、アイツラ? あの日、勇者に殺されたよ。だから今はフリーでやってる」
「知ってるか? その勇者、ギルドの前でボコボコにされて街から逃げたらしいぞ」
男たちは顔を見合わせて、ゲラゲラと笑い合った。
ねばつく、人を見下すことに慣れた笑いだった。
「はは……ざまあねえよな」
「何だよ仇討ってやろうと思ったのに」
「あいつら……」
トラが動く前にサリーに銀色の頭を掴まれる。
サリーがトラの顔に近づき。小声で言う。
「お兄ちゃんが勇者ってわからないようにしなくちゃ、ね」
トラはおとなしく前を向く。
小さな声で「なんでだよ……」とだけ言った。
◇
ギルドの掲示板は、今日も人で混んでいた。
久しぶりに訪れた二人は、
空気に圧倒され、少し戸惑う。
白とピンクが基調の可愛い食堂から、
酒と鉄の匂いのするギルドへ。
——別世界に来たと感じていた。
でも。二人は待ち望んでいた。
また冒険が始まることを。
「これどうだ」
トラが指差したのは、森の魔物討伐だった。
「報酬もいいし、俺ら余裕じゃね?」
「却下」
サリーはそれを一瞥して通り過ぎた。
「なんでだよ」
「ここ見て。Cランク4人パーティ推奨。そもそも受けることもできない」
「はぁ。めんどくせー。サリー決めてくれよ」
「相談して決めろって言われたじゃない」
「あんた、文字読むの面倒なだけでしょ?」
トラは口をとがらせながらも、
別のものに目を凝らす。
「じゃあ、これは? だんじょんよこあなちょうさ」
「ダンジョン横穴調査、ね」
サリーが意外にも良さそうだと思った。
「これいいんじゃない? 調査のみ。接敵時は撤退可」
トラは「だろ! いいよな」と、
やはり子供のように目を輝かせていた。
報酬は並。
だけど、「ダンジョン」という言葉に、
二人の胸がはしゃいでいた。
今度は、一人じゃない。
サリーは、はしゃぐトラを見つめた。
「おいガキ、いつまでも掲示板の前に突っ立ってんじゃねえよ」
後ろから声がかかった。
大柄な男が二人、不機嫌そうに立っている。
トラは振り返ると、即座に目が据わる。
「はあ?」
子どものように笑っていたトラが、意外にも好戦的な反応を示す。男たちが一瞬怯んだ。サリーが一歩前に出る。男たちを真っすぐに見て、静かに言う。
「お前らがどきな」
男たちが少し気圧される。
「……生意気なガキどもだな」
「ガキ言うな」
トラが一歩踏み出したところで、後ろから声がかかった。
「そこまでにしとけ」
アレンだった。片腕で腕を組んで、呆れた顔で立っている。
「おー、師匠!」トラが振り返る。
もう笑顔に戻っていた。
「師匠じゃねえと言ってるだろ」
アレンは大柄な男たちを見て、「すまんな、うちの後輩が」とだけ言った。
男たちは舌打ちして離れていった。
「まったく」アレンはトラの頭を軽く叩く。
「お前はすぐ噛みつく」
「向こうが悪いんだろ」
「それはそうだ」アレンは笑った。
「でも強い奴は、噛みつかなくても怖い」
「意味わかんねー」
アレンは酒場の裏メニュー「アイス」を二人に手渡した。子どもらしく喜ぶふたりを見つめる。
「また食堂きてよねー」サリーが手を振る。
二人は窓口で正式に依頼を受けた。
◇
帰り道。
二人は、アイスを堪能していた。
柔らかに冷たい白い雪のようだった。
そういえば、コイツに初めて会った日。
雪が降っていた気がする。二人は口にせず、同じことを思った。
氷魔法が使えればできると、アレンは言っていた。
帰ってからユウトに教えることにする。
「これうまいな」
トラが初めての冷たい食べ物にコメントしながら歩く。
「兄ちゃん、こんなうまいもん食ったことあんのかな」
サリーが「きっと……食べてるよ。お兄ちゃんだし」と、最近子供たちが良く言うフレーズで返した。
サリーはゆっくりなめながら、
少し先を歩いていた。
「なあ」
トラが隣に並んだ。
「昨日、兄ちゃんと何話してたんだよ」
「……なんでもない」
「泣いてたろ。ばれてんぞ」
トラが笑いながら言う。
「……」
サリーは黙った。
「おれにも教えろ」
トラが顔を近づけてくる。
いつのまにか。
高くなった目線。
「少し前まで、小さな弟みたいだったのにな。」
サリーがトラを子どもにするように撫でる。
「やめろ」というが、彼はおとなしく撫でられ続けた
。サリーはトラを見つめる。
ユウトの声が聞こえた気がした。
——家族だと思っている。
アイスを持ったまま、
サリーが少し立ち止まった。
「……孤児院のこと」
トラが黙って聞いていた。
サリーは歩きはじめながら、短く話した。
カレン先輩のこと。
孤児院のこと。
逃げたこと。
全部じゃない。
でも、伝わるくらいは。
話し終えるまで、
トラはずっと静かだった。
サリーは、トラの横顔を見た。
右目から雫が一筋、滴っていた。
よく、考えるべきだった。
トラはバカだと。
「——そいつら、ぶっとばしてくる」
低い声だった。
それだけ言って、トラは銀の髪を揺らし走り出した。
「待っ——、ちょっとトラ!」
サリーは追いかけようとした。だが、その足が止まる。あの場所に——近づきたくない。
その足は、地面に縫い付けられたみたいに、重い。
彼女の呼吸が浅くなる。
心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。
彼女の頭の中にだけ、誰かの声が響く。
——視界の端で、あの時の光景がちらつく。
トラの背中が、闇の中に消えていく。
ポケットに手を入れると、
冷たいものが指に触れた。
——銀色の印章。
カレン先輩の悲痛な声が、姿が、
サリーの頭の中で繰り返し、助けを求めだす。
怖くて逃げた。——今だって、動けない。
でも……。
サリーの中で小さな自分が
手を伸ばし、助けを求めはじめた。
その手が何かに包まれる。
——お兄ちゃん。
つぶやくと、彼女は、
銀色の印章を握りしめ、食堂へ走りだす。
駆ける二人の上には、赤い空。
雲が、ゆっくりと流れていく。




