第24話 みんなの、はじまり
「またきてねー」
怒涛のランチタイムが終わった。
日に日に、客が増えている。
まだ肌寒いけど、テラス席を出すしかなかった。
意外にも希望者は多かったのが救いだ。
『天使の台所』の椅子に、昨夜の顔ぶれが集まっている。
ヘンスやスラムの子どもたち、老婆のメラノさん、元兵士のガレンさん。
食堂の中はまだ、ハンバーグとパンの香り。
スープの湯気が残っていて、みんなの頬が少し赤らんでいる。
「じゃあ、手伝ってほしい仕事を割り振るよ。勝手に考えたことだから、無理なら違うの考えるから教えてくれ」
了承してくれたようだ。
みんなの目が、俺に向いている。
期待と、少しの緊張が混じった視線。
召喚された日にも見た、
すがるような目が、含まれていた。
その視線で、心臓がドクリとする。——少しだけ、怖い。
俺もたぶん……慣れていない。家族とは違う。
エヴェラが耳元で囁く。
——それなら、お兄ちゃんになったら?
「じゃあヘンスと子どもたちは薪割りな。あ、ゼルグとレーテルは別」
ヘンスが無言でうなずいた。
その横で、レーテルが小さな手を握りしめているのが見えた。
「指導はガレンさんに頼む」
「え、俺が?」
片足がない自分には関係ないと思っていたのか、
ガレンさんが顔を上げた。
少し戸惑った表情が、
すぐに照れ隠しの苦笑いに変わる。
「薪割りくらい指導されなくてもできるっての」
ヘンスが腕を組む。
その声には、いつもの強がりが
少しだけ柔らかくなっていた。
「……そりゃそうだ」
ガレンさんも同意のようだ。
俺はみんなを見回す。
「俺はこの食堂のなんだと思う?」
「王様か?」
ゼルグが真面目な顔で答えた。
子どもたちからクスクスと笑いが漏れる。
「お兄ちゃんだ」
「「「は?」」」
俺の言葉に、全員が一瞬固まった。
もう、これで行こうと思う。たとえジジイになったとしても。
「このチームはただの薪割りチームじゃない」
「薪割りはな、はじまりにすぎない」
子どもたちが顔を見合わせる。
好奇心と、少しの不安が混じった目。
「割った薪は炭に変える。うちのかまどは炭焼きだ。それでも余るくらい作るつもりだ。そして——」
俺はヘンスたちを見回した。
「質のいい炭を作り、売ったり、他の事業に使う」
「利益が出たら、金も払う」
「木はどうすんだ?」
「まずは今あるぶんやってもらう。窯も作ってもらうぞ」
「座ってるやつらに声かけろ、木を持ってきたらパン。でかいのは金もだす。山も近いしな」
「……本気か」
「お兄ちゃんは本気だ」
ゼルグが笑った。
ヘンスは少しだけ、口の端を上げた。
レーテルが「ヘンス兄ちゃん、笑った……!」と小さな声で喜ぶ。
俺は心の中で呟いた。
——やっていける。失敗してもいい。
ガレンさんは申し訳ないが、
引率役になってもらう。
エヴェラにピンメッセージで
指導内容とスケジュール計画を送ってもらう。
「不明点があれば何でも言ってください」
彼にそう言って、俺たちは食堂内に戻る。
ガレンさんは固まったまま「わかった」と呟いた。
ゼルグは配膳と皿洗いから。
料理に興味あるらしいので徐々に教える。
レーテルは最初はヨルカの隣に座ってもらう。
見ているだけでいい、慣れたら声をかける、と伝えた。
彼女は、ヘンスの服から手を離し
元気よく頷いた。
ヨルカが優しく微笑んで、
「レーテルちゃん、こっちおいで」と手を差し伸べる。
レーテルは恥ずかしそうに、
でも嬉しそうにヨルカの隣にちょこんと座った。
俺はヨルカに目で合図を送る。
——頼むな。
ヨルカは小さく頷いて、俺に微笑み返した。
「アマン・レナ」
「なに!」「はーい」
「今日から調理担当だ。レナには全部教える。アマンは焼き物やってみるか?」
俺も冒険者としてついて行く予定のため、
料理をレナとアマンに少しずつ引き継いでいくことにした。
アマンの顔が輝いた。
「やる! 美味しいの焼ける!」
レナが隣でくすっと笑う。「アマン、火傷しないようにね?」
アマンは「へへ、まかせて!」と胸を張る。
赤い炎が彼の琥珀色の目を照らす。
エヴェラ:……大丈夫かしら。
◇
俺 :エヴェラ、この世界の魔法教育ってどんな感じだ?
エヴェラ:基本的には師弟制ね。幼少期からの手ほどきが最も効果が高い。この街で正規に習おうとしたら、かなりの費用がかかるわ。ユウト、いい出会いだと思う。
俺 :だよな。
俺はエヴェラからのピンメッセージを読んでいた。
昨日少し話しただけなのに、エヴェラが推測した、
メラノさんに関する分析情報がまとめられている。
これが、節約中の鑑定魔法の代わりになっている。
――――――――――――――――――――
対象:メラノ(盲目・魔法使い・身体機能制限あり)
種族:不明。
評価:高度な魔法知識を保有。指導能力:推定値・高。
身体的制約により実務は不可。座学および口頭指導に特化した役割が最適。
推奨:対象個体への正式な指導依頼。授業料の提示により自尊心を保護すること。
――――――――――――――――――――
エヴェラ:必要な子の教師になってもらいましょう。ちなみにユウト、ヨルカはもう三十種の魔法を習得しているわよ。
俺は、持っていた椀を
危うく落としそうになった。
火魔法と冷蔵庫用の氷魔法が
できるとしか認識してなかった。
魔法はレナやサリーにも
エヴェラが指導しているが、一度も成功していない。
あまりの高性能さに、念のため聞いておく。
俺 :ヨルカ、ほんとに俺の妹か?
エヴェラ:ふふ、お姉ちゃんなのかもね。
ま、ヨルカだからな……
最近はそう思うようになった。
彼女の成長が、俺の知らないところで
こんなに進んでいたなんて。
少し寂しいような、誇らしいような、
不思議な気持ちだった。
◇
その日の午後。
アマンの焼き物検証が始まった。
焼き加減にはうるさいが、
自分でやってみると、思ったよりうまく
いかないアマンだった。
一本目。串が真っ黒に焦げて、
アマンが「熱っ!」と飛び跳ねる。
レナが慌てて扇いでくれる。
二本目。今度は中が生焼けで、
アマンが「うわ、変な味……」と顔をしかめる。
三本目、「今度こそ!」
という声とともに、白い煙が上がった。
厨房に焦げ臭い煙が広がって、みんなで笑い合う。
「レナねーちゃん……」
アマンは炭になった串を見つめて、
静かに言った。レナが隣で笑いをこらえている。
俺はアマンの肩に手を置いた。
「何回失敗してもいいからな。火を使うイメージ高めるんだ。 ……火魔法も覚えるか?」
アマンが顔を上げて、俺を見上げる。
魔法という言葉に目が輝いているようだ。
エヴェラ:アマンは少し時間がかかるだろうけど……メラノさんに習わせましょう。
俺 :ま、いずれ必要になるしな。
アマンはこの国の料理人に必要な火魔法を。
レナとヨルカは、治癒魔法のレッスンを受けることになった。
ただし、ヨルカとエヴェラの
個人レッスンは続いていく……
エヴェラ:あの子が教わるのは、人間の教え方についてだけどね。
——エヴェラはユウトの依頼どおり、子どもたち、それぞれにあった教育をしている。
ヨルカの教育は言語教育以外は言語を使わずに行われる。今では、日に数千通の問答が繰り返されていた。
エヴェラはヨルカの成長をただ眺めていた。
◇
みんなが仕事に散ったあと、
俺はメラノさんの隣に腰を下ろした。
周りには聞こえない声で
話しかける。
「少し、お願いがあるんですが」
メラノさんは目を閉じたまま、ゆっくりとうなずいた。白い髪が、窓からの光を受けてかすかに輝いている。
「うちの子どもたちに、魔法を教えてもらえませんか。授業料はちゃんと払います」
しばらく沈黙があった。
「……子どもたち、というのは」
「五人います。それぞれ向いているものが違うと思うので、見てやってください」
また、間があった。
「わたしは」メラノさんがゆっくりと言う。「人に教えたことなんてない」
「それでもいいです」
俺はそう答えた。
メラノさんの口元が、かすかに動いた。
「あの、ユウトさんは知っているんですか」
俺が意図を考えていると不思議そうな顔で続けた。
「ヨルカちゃんは、エルフでしょ?」
「そうです。知っていますよ」
それだけだった。
「……わたしでよければ。喜んで」
彼女はなぜかニコニコと笑っていた。
――この街で、正体を隠さず笑える場所がどれほど貴重か、俺はまだ本当の意味では理解していなかったのかもしれない。
◇
ランチの片付けをしながら、
俺はさりげなく聞いて回った。
毎日来てくれるおばちゃんが、
食後のお茶を飲みながら教えてくれる。
「あの孤児院? いいところって評判みたいだけどね」
ヘンスたちの幼馴染の一人が、
皿を拭きながら答えた。
「行ってみたことある。でも、誰かの紹介か寄付金がないと入れないって言われた」
ガレンさんに聞くと、少し間を置いてから言った。
「……昔の仲間に、聞いてみるよ」
表の評判はいい。
だが、扉の前で止まる。
俺はそれだけを、頭の隅に置いた。
◇
「行ってきます」
サリーがニッと笑って言った。
トラはすでに外に出ていた。待ち切れないらしい。
「頼んだぞ! マチルダさんによろしく」
俺は二人に大きく手を振った。
ヨルカも振っている。
鍋の中身をかき混ぜながら、
二人の足音が遠ざかるのを聞いていた。
湯気が立ち上る鍋を眺めながら、
俺は小さく呟いた。
「二人とも、無茶すんなよ……」
ヨルカが隣に来て、鍋を覗き込む。
「ユウト兄ちゃん、心配……だよね。よしよし」
その言葉に、顔から力が抜ける。
——家族が増えるって、こういうことか。




