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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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幕間 Subject S

連環の光教団の白い庁舎。



司祭アーデスは窓から城下を見下ろしていた。

整然とした街並み。煙を上げる屋根。行き交う人々。



「隣国の政情に不穏な動きがある。魔王軍による支配工作の状況を探れ」



机の上の地図を、指で叩く。

その前に、二つの影が膝をついた。



教団の隠密。

影の一族出身の、二人。

彼らは、夫婦だった。



「潜入して情報を集めろ。必要なら接触も許可する」



「はっ」



影は音もなく、消えた。





「少し留守にするの」



お母さんは笑いながら、

私の頭を撫でた。



「えー、どれくらい?」



「すぐよ」



赤い髪を揺らしながら、

お父さんも笑った。



「サリーはもう8歳だろ? ごはんは、いつもの食堂に頼んであるから、な?」



私は頷いた。

いつものことだ。



二人はよく出かける。

でも必ず帰ってきた。



だからその日も、疑わなかった。

絶対に、帰ってくると。





二週間後。



知らない男が家に来た。

父と母の同僚だ、と言った。



「二人は……任務中に亡くなった」



意味がわからなかった。

男は続ける。



「孤児院に入る手続きは済んでいる」



孤児院……

親がいない子が行くところだ。

自分が、行くのか。



「心配するな。いい場所だ」



私はその日、初めて知った。



「必ず帰ってくる」は、

約束じゃなかったんだ、と。





孤児院の初日。

院長のセレナさんが迎えてくれた。



柔らかい笑顔で、緊張して固まる私を

そっと抱きしめてくれた。



お母さんみたいな温かさだった。

院長のほうが、もっともっと大きな身体だったけど。



彼女は机の上に、銀色に輝く印章を置いた。

私のものだと言う。



「この印章はね、二つの手が炎を包んでいるの」



セレナさんは静かに続けた。



「手は私たち。炎はあなたたちの命と希望よ。それを、必ず守るという誓いなの」



絡み合う二つの手と、その中で揺れる小さな炎。

温かくて、綺麗だと思った。



印章を首元につけると、

この大きなお家の一員になれた気がした。





孤児院は、思っていたより

学校みたいな場所だった。



女子寮は三人部屋。

ルームメイトはメリーとエルナ。



「よろしくね!」



メリーは元気で、おしゃべりで、

すぐ友達になった。



エルナは怖がりで引っ込み思案。

可愛くて、守ってあげたくなるタイプだ。



授業もある。読み書き、算術、歴史。

先生たちは優しかった。



たくさんの子どもたちとする、

食事は温かかった。



夜は三人で布団に潜り込んで、おしゃべりした。

そうやって、寂しさを持ち寄った。



泣いてしまうこともあったけど、

三人なら、生きていける。





両親を失ったけど、たくさんの家族ができた。

そう思えるようになっていた。



今では、卒園の17歳が恐ろしかった。

みんなと別れて一人になるなんて。



いつか、ここの職員になって、

みんなのお母さんみたいになれたらいいな、



なんて、最近は思っている。



「絶対に向いてるよ」



メリーとエルナにそう言われた。

「将来」というものが、自分にも見えた気がした。



ただ、一つだけ不思議なことがあった。

時々、先輩が脱走する。



なんで?

こんなにいい場所なのに。





隣の部屋は3歳上の三人部屋で、

いつも気遣ってくれた。



中でもカレン先輩は、

おっとりとしていて優しく、綺麗な人だった。



真夜中に泣きながら両親を探し彷徨う私を、

朝まで抱きしめてくれたこともある。



「大丈夫。ここは安全な場所だから」



そう言って、背中を撫でてくれた。

困っている後輩がいると、誰より先に気づく人だった。



こんな人になりたい、と思った。





11歳になった。



身体が変わってきた。

身長は三人の中で一番大きくなった。



胸も少し膨らんできた。

お母さんみたいに、なってきた。



その頃から気づいた。

みんなに嫌われている先生が、3人いる。



「すけべ」とか「はげ」なんて呼ばれていた。

授業中も陰湿な説教をねちねちと続けるタイプだった。



私は最初、厳しくて一生懸命な先生なのかな、

と思っていた。



でも違う。

あいつら、私の胸をちらちら見てる。



気持ち悪い。





14歳になった。



あの3人は相変わらずだった。

ニヤニヤした顔が、心底気持ち悪い。



別の部屋の子がお尻を触られたと聞いた。

私だったら、ぶん殴ってやるのに。



それ以外は、概ね幸せだった。

後輩もでき「先輩」や「お姉ちゃん」

なんて呼ばれるようになった。



不安そうな新しい子を見ると、

あの頃の自分に見えた。



励ますたびに、元気づけるたびに、

あの頃の自分も少しずつ、癒えていく気がした。



カレン先輩もこんな気持ちだったのかもしれない。

この連鎖は、美しいと思った。



夜の三人トークは相変わらずだ。

何年経っても、楽しい。



最近のみんなのお気に入りは

——ホラーな話。



怪談を作ったり、集めたりしては

脅かし合って、笑った。



その夜もそうだった。



「ねえねえ」


メリーが小声で言う。


「聞いた?」


「何を?」


「この孤児院でね」


声をさらに落とす。


「悪魔召喚の儀式をしてるんだって」


「えっ?」


「うそ!」


「ほんとほんと! 水曜日の夜、零時に中庭で儀式してるんだって」



私とエルナは顔を見合わせた。

悪魔、そんなものいるのか?



「悪魔」、「儀式」という言葉に、

言い知れぬ魅力を感じた。



そこから数日、その話で

私たちの部屋は大盛り上がりだった。



「黒いローブ着てるらしいよ」


「ろうそくも並べてるって」


「悪魔出たらどうする?」


「魔方陣あるのかな、見たい!」



私たちはキャーキャー言いながら、

このミステリーの謎を、本当に解き明かしてみたくなっていた。



情報収集もした。

年上の子に聞いたり、各部屋で流れる噂をまとめたり。



ある日、「儀式を見た」とされる子に会った。

でもその子は、ひどく怯えていた。



「……知らない」



震えた声で、それだけ言って、

去ってしまった。



「これ、もしかして本物じゃない?」



メリーが小声で言う。

背中がぞくっとした。



——怖い。

でも。



私たちはちょっとだけ、

ワクワクしていた。





水曜日の夜。

実際に中庭へ行ってみることにした。



エルナは夜が深まると、

早々にリタイアした。



「私には無理! 怖すぎて無理!」



だから行ったのは、私とメリーだけ。

寮を抜け出して、中庭へ忍び込み、時間を待つ。



——来た。



月明かりの中に、黒い頭巾と黒装束の三人が歩いてくる。真ん中には、白い頭巾と白装束が一人。



メリーと視線を交わし、

息を飲む。



「儀式……ほんとにあるんだ」



「白いのが、リーダーかな?」



メリーが震える声で言う。

彼らは、そのまま中庭にある

談話室へと入っていく。



——ガタン。

メリーが物音を立てた。



「誰だ!」



「やば!」



メリーは走った。

……私はその場に残った。



逃げるタイミングを失った。

それに――好奇心が勝った。



悪魔召喚。

どんな儀式なんだろう。



明日メリーとエルナに話したら、

絶対大騒ぎになる。



幸い、怪しげな人物たちは

辺りを見回し、談話室へと入っていった。



私は入り口に近づいた。

ドアをそっと開けると、地下に続く階段。



地下への階段には明かりなどなく、

ドアの隙間から漏れる月明かりが頼りだった。



「はははははは」



ふいに不気味な笑い声が聞こえる。

——その中に、悲鳴が混じった。



心臓が跳ねる。

怖すぎる。



でも、見たい。



そっと、

明かりが漏れる部屋の、扉の隙間から覗く。



床に、

白い頭巾と黒い頭巾が落ちていた。



——黒と白の服、も。

その上で、銀色の印章が揺れている。



部屋には大きなベッドと、人を張り付けにする器具。

見たことのない、道具たち。



そして。



そこにいたのは。

カレン先輩だった。



優しく、綺麗な私の先輩だった。

殴られたのか、鼻血を流していた。



——泣いていた。



「止めてください」と何度も聞こえた。

先生たちは彼女が泣くのを見て、笑っていた。



そして手を伸ばし、彼女を弄び始める。



彼女の命の炎を守るはずの、あの「手」。

それが今、美しかった彼女を、欲望で汚していく。



私の小さな冒険は、ここで終わった。



急に世界が、

ひどく、つまらないものに見えた。



私が思っていた世界は、

違うようだ。



悪魔なんて、

どこにもなかった。



そこにいたのは、

ただの……



なんだ、これ。

——ふざけるな。



足元の石を掴む。

考える前に投げた。



ガラスが割れる音。

笑い声が止まる。



これで「儀式」が終わるのか、

——わからない。



ただ、私は走った。





「どうだった? 悪魔、いた?」



部屋に戻ると、メリーとエルナが

目を輝かせて聞いてきた。



私はあの部屋を思い出して、

思い出したことを後悔した。



「……いた」



それだけ答えて、布団に潜り込む。

震えていた。



泣いた。

声を殺して、ずっと泣いた。





次の日。



カレン先輩は部屋に戻っていた。

ただ、目の焦点が合わず、黙ったまま。



部屋から出てこなくなった。

あの夜から、ずっと。



何もしてあげられなかった。

私は信頼している先生に全てを告げた。



「噂は聞いたことがある」と言われた。

繰り返し、行われてきたのだろう。



何年も。何年も。



先生は優しい顔のまま、

ただ顔を背け、院長に相談するよう言った。



私はまっすぐ院長の部屋へ行った。



セレナさんは、入園の日と同じ

柔らかい笑顔で話を聞いてくれた。



そして、

同じ顔のまま言った。



「あの3人は、さる貴族の子息でね。寄付が多いの」



そして、

少しだけ、困った顔をして、続けた。



「我慢しなさい。みんなが暮らせなくなると、困るでしょ?」



それだけだった。

セレナさんは知っているんだ。



「あんまり、ひどいことをされたら……また教えて」



あれより、ひどいこと。

それは何だろう。



最近のあいつらの私やメリーを見る目。

すべてがつながり、身体が震える。



もうここにはいられない。

私は逃げることを決めた。



メリーに話した。

最初は信じてくれなかった。



何度、説明しても、「そんなはずない」、と。

「出て行っても生きていけない」、と首を振る。



それでも、なんとか説得して、

次の水曜日に抜け出すことにした。



4日分の給食のパンをバッグに詰めて、

早朝に孤児院を出る計画だ。



メリーは、まだ、

迷っているようだった。





待ち合わせの日。

メリーは来なかった。



彼女を探す。

廊下で、あの男と話していた。



メリーは困った顔で、

小さく、うなずいていた。



男の顔が

悪魔のように笑ったのを見た。



メリーは壁の後ろに隠れる私を見つけた。

口が「ごめんね」と動く。



私は一人で逃げた。



走った。

行き先もないまま。



誰も、追っては来なかった。





街をさまよった。



座り込んでいる人たちに混じって、

物乞いをした。



誰も、何もくれなかった。

地面に座っていると、両親を思い出す。



もう、ずっと前の記憶。

楽しかったイメージだけが、繰り返し浮かんだ。



父が教えてくれた遊びを思い出した。

——影潜り。



影の一族の小さな技。

影の中に体を沈める。



影の中では、地面の下を滑るように移動できる。

ただし長くは潜れない。



息を、止めなければいけないから。



修行を続ければ、1時間も潜れるらしい。

私には数十秒が限界だった。



父は笑って言っていた。

「でも、隠れんぼで最強だろ?」



その程度の遊びだった。

……私にできること。



それを使って、盗みを始めた。

最初はうまくいくと思った。



パンをひとつ盗むくらい、

誰にも気づかれないと思った。



でも甘かった。

うまくいったのはたった1回。



すぐに見つかった。

腕を掴まれ、地面に叩きつけられる。



殴られた。

頬が焼けるように痛い。



口の中に血の味が広がった。



「このクソガキが」

男は怒鳴りながら、私の服を乱暴に引き剥がした。



逃げようとしても、体が動かない。

地面に押し倒される。



男は笑っていた。

その顔を見た瞬間、背筋が凍った。



あの顔だ。



あの部屋で笑っていた

——悪魔の顔。



その瞬間、体が勝手に動いた。

私は影の中に落ちた。



トプン



影潜り。

地面に落ちた影の中へ、体を沈める。



息を止める。

暗闇の中を、泳ぐように進む。



肺が焼ける。

もう息がもたない。



限界だった。



私は影から飛び出した。

そこは――下水道だった。





暗かった。

空気は湿っていて、腐った臭いが鼻につく。



どこかで水が滴る音がする。

ネズミの足音も聞こえた。



私は壁に背中をつけて座り込んだ。

ここしかなかった。



もう逃げる場所がない。

食べ物もない。



光もない。

人もいない。



空腹で体が震える。

メリーは正しかったのかもしれない。



孤児院にいれば、少なくともパンは食べられた。

でも、もう戻れない。



ここで、死ぬのかもしれない。



そう思った時。

遠くで、足音がした。



私はもう、

お化けや悪魔なんて信じていなかった。



なのに、

心臓が、恐怖で跳ねる。



足音が近づく。

そして、目の前で止まった。



ゆっくりと、暗闇の向こうから――

白い顔が現れた。



「わあぁぁああああ!」



叫んでしまった。

でも、相手も同じように叫んでいた。



それが、レナだった。



それが、新しい私の始まりだった。

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