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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第22話 黒パンの行方

俺たちは『天使の台所』を後にして、スラムへと向かった。

散歩も兼ねて、トラの友達を夕飯に誘うためだ。



「こっちだよ、兄ちゃん!」



トラが先頭に立って、銀色の髪を揺らし、得意げに歩く。

俺たちは後に続く。笑顔で横を歩くレナの足取りが軽くて嬉しい。



アマンはお気に入りのキツネの着ぐるみに着替えて来た。

尻尾がピョンピョン跳ねている。ヨルカがしっぽを捕まえようと後ろに続く。



「どんな家なんだ?」



俺が聞くと、トラが思い出すように答える。



「んー。ボロい? あ、ここで左だよ」



スラムの奥は道が細く、迷路のように入り組んでいる。

俺たちは物珍しそうにあたりを見回しながら、彼の後に続く。



「スラムの家は、どれもボロいだろう……。その三人兄弟って、どんなやつらなんだ?」



トラはまた少し考え、教えてくれた。



「ヘンスは大きくて、バカ。ゼルグは小さくて、バカ。レーテルは小さい?」


「説明ざっくりすぎない?」とサリーが呆れる。


「あとね、ヘンスはネズミ捕るのがうまいんだ! よく一緒に捕ってた」



トラはレナたちと出会う前は、ネズミを捕まえて食べていたらしい。彼らとはその頃出会ったようだ。冬が近づくとネズミも減り、困っていたらしい。



「あ。こっちだ」



トラはまた角を左に曲がりながら、話し続ける。



「でも、母ちゃんが死んだみたいで、今は3人で住んでるんだって」



エヴェラ:これで元の道に戻ったわよ?



前方に見慣れた看板が見える。

『天使の台所』だった。



「……あれ?」


「おい、トラ……」「迷ってるじゃねえか」

俺たちから口々に文句が飛ぶ。

アマンは爆笑し、サリーがため息をついている。



トラが慌てて「こっち、絶対」と逆の路地へ方向を変える。

やがて街の雰囲気が変わり始めた。



建物の壁は隙間だらけの木造ばかりだ。

人通りも増える。スラムの住人たちと新人冒険者らしきグループ。



見慣れた顔もちらほら見えた。

食堂の客だ。



「ヨルカちゃーん」声をかけてきたのは、昨日も来ていた中年の女性だ。ヨルカの頭を撫でて、果物を手渡している。



歩いていると、次々とヨルカに声をかける者が現れる。



「おう、ヨルカ! 今日も可愛いな!」


「あら、おでかけ? 気をつけてね」



ヨルカは「またきてねー」と彼らに微笑みを向ける。



エヴェラ:人気者ね。すでにファンがついてる。



俺   :おう、営業スマイルを忘れてない。さすがうちの看板娘。



ヨルカの小さな手には、果物や干し肉などが並んでいる。前が見えなそうなので持ってあげる。彼女の手の中には飴玉が三つ残った。





しばらく歩いたところで、サリーがアマンに声をかける。

何かを食べているのに気づいたようだ。



「アマン」


「なに?」


「それ、どこから出したの」


「ぽっけ」



アマンが指差したのは、着ぐるみのお腹の部分。大きなポケットから

黒パンが一本、むき出しで顔を出していた。



エヴェラ:あれは、四次元ポケットなのかしら。



俺   :だから洗濯するとき、パンくずが出てくるのか……



道の端に座り込む男の姿が目に入った。

元兵士だろう。片足がない。



男は空の器を俺たちに向けようとしたが、小さい子どもたちを見て、

そっと手を引っ込め、うつむいた。



「いたそー」トラが足を見ながら目を丸くする。



アマンが立ち止まった。サリーも止まる。

アマンはしばらく男を見てから、黒パンをそっと器に置いた。



男が顔を上げる。アマンはもう歩き出していた。

サリーは空いたアマンの手を繋いだ。



気づくと、レナが遥か前方を歩いていた。

いつものペースで歩いているつもりが、元気すぎたのかもしれない。



振り返ったレナが大きく手を振っている。

みんなが小走りで追いかける。俺だけ、出遅れた。



エヴェラ:ユウト、講習終わってからランニング、さぼっているでしょ。



俺   :いや、食堂忙しくて……



エヴェラ:言い訳しない。弓の練習もしなきゃダメよ。どんどん置いていかれちゃうよ?



そうだよな。今まで以上に身体づくりが必要なんだろう。

少しでも長く、みんなと歩けるように。



「ま、待ってくれー」

息を切らしながら追いつく。



スラムの奥に入るにつれて、空気が変わる。

建物もより貧相になった。



物乞いの老婆が、

小さな箱を前に置いて目を閉じている。



この辺りで物乞いをしても、周りは同じ貧困層だ。普通はもっと大通り、余裕のある人が歩くところに座る。何か事情があるのだろう。



「箱からっぽだー」



トラが笑った。笑い方が子どもだ。悪気はない。

レナがトラの手をそっと握った。それだけだった。



ヨルカとアマンがしゃがみこんで、老婆の空の箱を見ている。

俺は銅貨を何枚か取り出して、ふたりに渡した。



ふたりは顔を見合わせて、老婆の箱へ入れる。



エヴェラ:ユウト、きりがないわよ。



俺は心の中で頷いた。

手の届くところだけだ。



でも、帰り道に声をかける。

それだけ、決めた。





「ここだ!」



トラが立ち止まったのは、

崩れかけた建物の前だった。



隙間だらけの壁。窓は腐りかけた木枠だけでガラスはない。なんとか布で塞いでいるようだ。中から何かの臭いが漏れている。



ゆっくりとドアが開いた。

出てきたのは、目の鋭い少年だった。背が高い。腕が細いが、立ち方に隙がない。



「……誰だ」



長男のヘンスだろう。トラと同じ14歳とは思えない目で俺を睨む。

腰には小さなナイフを差している。柄は擦り減っていた。



「よっ」



トラが顔を出すと、その表情が少し緩む。

後ろからゼルグが顔を出す。好奇心まるだしの目だ。



ドアの陰に、小さな手が見えた。ヘンスの服をつかんでいる。この子がレーテルだろうか。



「……トラかよ。誰だよこいつら」

見回しながら、俺たちに鋭い目を向ける。



「俺の兄ちゃんだ!」

トラが胸を張った。



ヘンスとゼルグが俺の顔をまじまじと見る。



「うそつくな」

ヘンスが眉をひそめる。



「父ちゃんだろ」

ヘンスを見てからゼルグが言った。



「父ちゃんなの?」

トラが振り返り俺を見上げる。



……なんでだよ。



「お前の父ちゃんはちゃんといるだろ」



「あ、そっか。やっぱり兄ちゃんじゃねーか!」

納得したトラが二人に凄む。



「でも、じじいじゃん」

ヘンスが笑った。後ろからも「白髪じじい」と聞こえた。



子どもたちが囃し立てる。こいつら……。

しまいには泣くぞ。俺。



「黙りな」

サリーが3兄弟をキッと睨むと一瞬で静まった。



「あんたたち、ごはん、いらないみたいだね」

彼女の声が静かに降りてきた。



「ごはん? ……いる」

ヘンスが真剣な顔に戻り言った。



俺は肩をすくめて言った。

「飯、食いに来ないか」



三人が顔を見合わせる。



「金はいらねー」

その一言で、ヘンスがゆっくりとうなずいた。



「じゃあ今夜、店に来い。お前らにうまいもん食わせようと思って来たんだ。場所はトラが知ってる」



ヘンスはしばらく俺を見ていた。警戒している。当然だ。

ここは奴隷狩りが活動している地域だから。



ドアの陰から、レーテルがちらりと顔を見せた。ヘンスの服をつかんだまま、こちらをうかがっている。兄ふたりもそうだが、この子もひどく痩せている。



「と、ともだちもつれてっていいか? 4人いる」



「ああ、いいぞ」

そうヘンスに答えると、少し笑った。



「トラの兄ちゃん、かっこいいな」

ゼルグが言った。レーテルはまだ服をつかんだまま、ちらちら俺を見ている。



「だろ!」

トラが飛び上がった。





トラはあの子たちと遊ぶらしいので、

残して帰ることにした。



帰り道、俺は老婆と元兵士に声をかけた。



「今夜、飯を食いに来てほしい」

老婆は目を開けなかった。



警戒しているのか、

返事はない。



「無料だ。場所はここから真っすぐ、看板が出てるからさ」



ヨルカが老婆の前にしゃがみ、何も言わずに、小さく笑った。

老婆がそっと目を開けて、うなずいた。



元兵士の前でも立ち止まった。

アマンがパンを渡した男だ。



「今夜、飯を食いに来てほしい。足代わりはないが、場所は近い。来られるか」



男は俺を見た。目に警戒がある。

だが、アマンを見て、小さくうなずいた。





『天使の台所』に戻ると、夕方の光がキッチンに差し込んでいた。



子どもたちは休ませた。俺は夜の仕込みをしながら、エヴェラと

あいつらが来るかどうか話していた。



来なくてもいい。声をかけただけだ。できることはここまでだ。

ただ、足が速い食材を使い切るべく、調理していく。



——カランカラン。



まず老婆が来た。

杖をついて、困惑した表情で入り口に立っていた。



アマンが走って迎えに行って、

席まで案内した。



元兵士も松葉杖で来てくれた。ヨルカが椅子を引いて案内する。

男は少し迷ってから、座った。



ふたりに熱いお茶を出し、子どもたちが来るまで待ってもらう。

熱い湯気が立ち上る中、老婆がカップを両手で包んだ。



食堂の内装とお茶、子どもたちの笑顔でふたりの警戒は解けていき、少しずつ口を開くようになっていた。



トラがヘンスたちを連れて来た。7人全員だった。

ヘンスは入り口で一瞬止まった。店の中を見回して、それからゆっくり入ってきた。



レーテルはヘンスの服をつかんだまま、

小さく中を覗いて「かわいい」と漏らす。



「レーテル、こっちおいで」



レナが手を差し伸べた。レーテルはしばらくヘンスを見上げた。ヘンスが小さく頷く。レーテルはおずおずとレナの隣に座った。ゼルグがその隣に座る。



にぎやかな夕食だった。



ヘンスは最初、運ばれた料理を前に動かなかった。毒でも入っているとでも思っているのかもしれない。ゼルグがもう三口目を食べているのを見て、ようやく口をつけた。



老婆と元兵士は、自分たちが生きてきた時間と、どうしてこうなったのかをゆっくりと教えてくれた。よほどお腹が空いていたのか、食べる速度はトラに負けていない。



ヘンスが連れて来た4人の子どもは、彼らの幼馴染で、今は家もなく、

夜はヘンスたちの家に泊めているのだという。最初こそ警戒していたが、今ではわいわいと騒ぎながら、うまそうに食べている。



レーテルはレナの隣で、小さく小さく食べていた。

テーブルに置かれた黒パンを少し食べてから、自分のポケットに隠している。

隣のゼルグもそれを見て、同じようにパンを隠し始めた。



ふいにレーテルの肩が叩かれる。

ビクッと身を固め、ゆっくりと振り返る。



「だいじょうぶ、だよ」



ヨルカがにこりとして立っていた。

ふたりにお土産用のパンを入れた袋を渡す。



レーテルは少しだけ、口元を緩めた。

アマンがお土産用のパンを山ほど持ってきて、他の人に配り始めた。



老婆はパンの袋を撫でながら、

「ありがとう……」とつぶやく。



元兵士は断ろうとしたが、黙って頭を下げた。

食後、俺はみんなに提案する。





俺は手を叩いて注目を集めた。

「提案がある。聞いてくれ」



「明日からは、飯の代わりに簡単な仕事を頼むつもりだ。薪割り、市場の買い出し、配膳……キッチンに入りたい子には料理も教える。できる範囲で手伝ってもらえると助かる。手が足りないんだ」



みんなが顔を見合わせる。

手伝ってもらえたら、トラとサリーが冒険者に戻れる。子どもたちの休みが増える。みんなは気兼ねなく飯が食べられる。八方良しだ。



エヴェラ:あなたが休みたいんでしょ?



俺   :そうだ。俺は毎日働けるような人間じゃない。



「俺、薪割りなら任せろ」


「俺も!」


「……お皿、洗える……かも」



口々に肯定的な声が上がる。



ヘンスが言う。

「毎日……食えるのか」



「ああ、毎日来ていい」



ヘンスは俺をしばらく見ていた。



「……わかった」



ゼルグが「やったー」と叫んだ。

レーテルもいつの間にか大きく笑っていた。



老婆と元兵士にも、できることを協力してもらうことになった。

今日の食事はこれで終了とし、明日のランチにまた来るよう伝えた。みんなが帰っていく。



エヴェラ:ついに従業員も雇えるのね。立派な経営者になれそうね。ご両親に報告したいわ♡



俺   :給料がご飯だけじゃダメだろ。そのうち、金も出せるように仕組みを作っていこう。





俺は子どもたちを集め、今後の話をする。



「食堂を手伝ってくれる人が増える。これでトラとサリーが動けるようになるはずだ」俺は続けた。「冒険者の仕事を少しずつ再開しよう」



「それいいね」レナが言った。

トラとサリーが顔を見合わせ笑い合う。

——待たせて、悪かった。



話がまとまりかけたところで、

アマンが口を開いた。



「あの4人は、どこに帰るのかな」



ヘンスが連れて来た幼馴染の4人には家がない。

今は、ヘンスたちの家に転がり込んでいるはずだ。



「この国に孤児をケアするような制度はないのか?」



俺が疑問を口にすると、

レナが答えた。



「いくつか孤児院があるよ」



「王国から補助金も出ているって聞いた。だけど……」

レナが寂しそうな顔でそう続けた。



全員の視線がサリーに集まった。

喜んでいたサリーの表情が、少しだけ変わった。



「サリー、知ってるか?」



サリーは答えなかった。

彼女が顔を伏せたまま、しばらく沈黙が続いた。



「知ってる、けど……」



彼女はそう言うと、俺の袖を掴み、外へと連れ出した。

その手は、震えていた。

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