第20話 白い朝
――ヴゥン――――――――――――――――――
[Internal Log - Biological Anomaly Detection]
対象状態:MPの致命的欠損後、老化様の生態変化。
変化部位検証:全身に老化様の症状が見られる。
また、ホルモンバランスの変化を認める。
・メラニン生成停止
・真皮代謝抑制
・基礎代謝低下
……
警告:予測モデルとの乖離を検知
初期分析結果:老化現象は残存MPによる生存期間最大化のため
生体維持コストの削減を目的とした防衛反応を起因とする、
エネルギー最適化とみられる。
処理系変更:
・老化抑制策の検討。
・[カスタム指示]目的関数の出力ベクトルを修正。
◇
ん。
朝か?
エヴェラがぶつぶつ言う声で目が覚める。
俺はゆっくりと目を開いた。
夜が明ける少し前だろうか。
地下だから分からない。
天井の木目がぼんやりと視界に入る。
どうやら地下道の『家』じゃない。
食堂の地下室のようだ。
身体は重いが、痛みはない。
「どうして、ここに寝ているんだっけ?」目をこする。
この部屋のベッドは2つ。
もう1つのベッドには、サリーとヨルカ、アマンが寝息を立てている。
……トラは、床にそのまま寝ているな。
心配して、この部屋にいてくれたのかもしれない。
ありがたいな。でも、何があったん……
——最後の記憶を思い出し、焦る。
レナ!
俺は、急いで部屋を見回した。
……レナはソファーで眠っていた。毛布が胸元まで掛けられている。
その顔は、少し赤みを帯び、つやつやと輝いていた。
可愛い吐息をしながら、胸を上下させている。
成功……
したんだよな?
いつもの甘い声が、
頭の中にやわらかく響きだす。
エヴェラ:おはよー、ユウト。思ったより元気そうで良かったよ。
俺 :あ、ああ。おはようエヴェラ。良かった、レナは治ったんだよな。これで、長生きできるんだろ?
エヴェラ:そうね。レナは完全に健康体に見えるわ。でも、心配していたのはあなたのことよ?
俺 :魔法を使って気を失っていたのか。みんなにも心配かけたみたいだな。
俺は、遅くまで心配してくれただろう「家族」を見回す。
エヴェラ:……地下道の『家』に大きな鏡があるでしょ。自分の顔を見てごらんなさい。
エヴェラの言葉が不穏に感じ、急に寒気を感じた。
もう、冬だ。 『家』で少し暖かめな服に着替えよう。
俺は子どもたちを起こさないように気をつけながら、
地下道へ続く梯子を下りる。
まだ、疲労が残っているのか、梯子がキツイ。
最近じゃヨルカだって、一人で登れるのに。
石造りの『家』の中は冷え込んでいた。
暖炉に火を入れる。せっかくだ、子どもたちの朝食も準備しよう。
水道の横にある、廃材で作った大きな姿見。
そこに、見慣れない男が映る。
すぐに自分だとわかる。
だが、明らかにおかしい。
俺は、ゆっくりと鏡の前に近づいた。
頭部の左側、全体の半分くらいが白髪になっている。
顔も、どこか変わっている。
皮膚が乾燥し、口や目元にしわのようなものがある。
手を見てもそうだ。何か水分が失われているような。
ところどころ、シミのようなものが、顔や手、いや身体中に見えた。
俺は全身を触って、確かめる。
手が
震える。
鏡の男は、
怯えた目をしていた。
これが、代償? おかしいだろ。
今までだって、あの魔法より消費MPが高い魔法を使ってきた。
単純に数値だけの問題。——そう思っていた。
俺は俺のまま、残りの命をみんなと過ごせるって。
エヴェラ:そうね。私も同じ認識だったんだ。いつかMPがなくなって、そこで終わるってね。
……確認しよう。
ステータスを表示する。
~~
名前:ユウト・イチジョウ
種族:ヒューマン
年齢:30歳
推定寿命:60歳
HP 130 / 130
MP 1,640,160
STR 80
DEX 70
INT 99
AGI 40
魔法:<省略>
スキル:魔力99,999,999 全魔法使用可能
~~
「なんだよ……」
結婚して、子どもを作って育てる。
自分には無理だと思っていたけど、
いつも心のどこかにはあった。
希望そして焦燥の原因。
そういったものが現実的に失われたと気づいた。
そうか、18年減ったんだよな。
力が抜けそうになるが、昨日の光を思い出し、俺は持ち直す。
——あの時、覚悟が今も胸に残る。
俺の命を全部あげても、いいって。そう、心から思えたんだ。
この世界に来てからの日々。
子供たちと出会ってからの時間が頭に浮かんでは消える。
——まだ、30年もあの子たちと居られる。
こんなにも嬉しいことがあるだろうか。
「大丈夫……十分だよ。大丈夫」俺は声に出していた。
だが、鏡の男は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
声も……掠れていた。
俺 :は……はは。こんな顔、みんなには見せられないよな……
エヴェラ:そうね。あなたの「見た目」の変化が始まったのは、2時間ほど前よ。だから気づいていないわね。どうするつもり?
俺 :この髪か? いいんだよ。俺が見せられないのは、この泣き顔だ。
レナに背負わせない。
——絶対に。
俺 :アイツは、とんでもなく優しい子だからな。
エヴェラ:どうやら、精神的には老いていないようね。それとも「成長」したのかな? とにかく満足できたなら、それでいいわ。でも、理解したでしょ? もう、魔法は使えないって。
俺 :……まあな。しかし、どういうことなんだ? 寿命まで後30年の身体に変わったってことか?
エヴェラ:これはまだ仮説だけど……ユウトがわかるように言うなら、身体が省電力モードになったってことかしら? より長く生きるためにね。
エヴェラ:今の君はエネルギーがとても少ない。だから体が決めたんだよ。髪の色や肌のツヤに使う分を、生きるための機能に回そうって。
聞いても理屈はよく分からない。
だが、結論は分かった。
それでも、子どもたちが苦しむのなら。
きっと俺は、使う。
エヴェラ:はぁ……。そうならないことを祈るよ。ヨルカに治癒系の魔法習得を急がせないとなあ。
「俺だって使いたくないよ」そう言いながら、朝食の準備を始める。この見た目で、何かを言われる前に、うまいものでごまかすんだ。
最近は、大根に似た野菜を細長く角切りにしたスープが好評だ。エルリーナさんに分けてもらった調味料が、ほぼ『味噌』だったので、これで味噌汁にしている。
先週トラとアマンが釣ってきた川魚を干物にしてある。これを焼いて食べよう。米があればいいが、無いので大麦のような植物をお粥にしている。
これ、『日本の朝定』として食堂で出そうかな?
そうしているうちに、ドタドタと足音が聞こえてくる。
みんなが俺を探しに降りてきたのだろう。
さあ、ここからだ。
俺は鏡に向かい、不敵な笑みを作る。
よく見ると悪くない。渋みが増したと、いい風に捉えよう。
うん、アレンさんより年上に見えるな。
「ユウトさん」なんて呼ばれたりして。
鏡の中で、白い髪の男が笑っていた。
——気を抜くと、泣き叫びそうだ。
「「兄ちゃん、いたー」」
重い扉が勢いよく開け放たれた。
子供たちだ。息を切らせて、5人いる。
「おー、おはよー。朝飯できてるぞ? 『日本の朝定』だ、うまそうだろ」
俺は、自然に笑えた。
レナが、今まで見たことも無いくらい、元気そうだったから。
◇
みんなをテーブルに座らせて、味噌汁と干物と粥を並べる。
いつも通りだ。何も変わらない。
「「「いただきまーす!」」」
アマンが元気よく手を合わせる。いい笑顔だ。
俺は少し余分に喋った。干物の焼き加減のこと、味噌汁の具のこと、昨日の食堂がどれだけ盛況だったか。
自分でも、
少し喋りすぎだとわかっていた。
アマンが、不思議そうに俺の顔を見ていた。
ヨルカが首を傾けて言った。
「にいちゃん。あたま、しろい、よ?」
俺はヨルカに見せびらかす。
黒いところと白いところを引っ張られる。
「かっこいいだろ?」
「かっこいい!」とアマンがすぐに目を輝かせる。
トラは銀色の自分の髪を触って、
「半分、俺と同じだー」と笑っている。
サリーは何も言わなかった。
レナも。
「それって」
サリーが静かに口を開いた。
いつもより、慎重な声だった。
「……魔法の、影響なのかな?」
「そうだ」俺はうなずいて笑う。
「俺は俺の道を生きる。だから、これでいいんだ」
少し間を置いて、付け足した。
「大成功だ」
アマンが笑った。ヨルカも笑った。トラも笑った。
サリーはそれ以上、聞かなかった。
レナは、どこか遠くを見るような目で、俺を見ていた。
そして、その口を開きかける。
「元気になったみたいだな?」
俺はレナにかぶせるように言った。
「前よりずっと、綺麗だぞ」
レナの口が、小さく微笑んで、閉じた。
俺は椀を置いて立ち上がる。
「さて。今日は食堂二日目だ。仕込みの準備してくるから、またあとでな」
「片づけよろしく」俺は言い残して、とびらを閉めた。
背中にレナの視線を感じながら。




