第19話 命の使い道
開店初日の営業は大成功だった。
俺は気持ちのいい疲労を感じていた。
レナに伝えないと。
『今日のディナーは無くなったから、ゆっくり寝ていいぞ』ってな。
エヴェラ:待って、ユウト。よく眠っているようだよ。そのまま、ゆっくり寝かせてあげよう?
俺:いや、レナは几帳面だから起きちゃうだろ?今のうちに伝えないと。
エヴェラ:……
俺は、サリーたちを起こさないよう、そっとレナに近づく。
……ん?
なんだ??
ベッドで眠る彼女の髪が、嫌な質感で濡れている。
……汗じゃない。
肩を叩こうとして
手が止まった。
彼女の手が、ぶるぶると震えている。
――身体全体も!
目は開いていた。
だが、その眼球も激しく震えている。
口からは液体が流れシーツを湿らせている。
吐瀉の匂いが鼻を刺した。
……は??
何だよこれ!?
「お、おい、レナ?」
反応が無い。
激しく動く眼球が不安をかき立てる。
俺 :おい、エヴェラ。どうすりゃいい!? なあ!
エヴェラ:ユウト、落ち着いて! まずは気道を確保。身体を横に向けて!
俺は言われた通り、急いで体勢を変えようとする。
エヴェラ:優しくよ!
俺はそっと肩と腰を支えてレナを横に向け、 顎を軽く上げた。
身体は汗でひんやりと冷たくなっていた。
呼吸はしている、でも激しく震えている。寒いのか?
よし、もっと毛布を。 俺は、サリーたちの毛布を奪い、レナにかけた。
俺 :で、どうすりゃいいんだよ? エヴェラ!
エヴェラ:……
……エヴェラが黙ったままだ。
待っていられるか。
俺は無視して、コンソールを出す。
中級治癒魔法(消費MP:4500)
レナの上に、桃色の光が丸く形作られる。
彼女の身体は光に包まれた。
しばらくすると
目の振動が収まった。
震えが収まり、呼吸が楽になったようだ。
よ、よかったー。 俺は床に座り込んだ。
「れな、おねえちゃん、だいじょうぶ?」
気付くと、ヨルカが不安げな顔で、俺を見上げていた。
エヴェラはまだ沈黙したままだった。
「レナねー!!」
トラが地下道の「家」から上がってきて叫ぶ。
アマンも一緒だ。
不安になったサリーが二人を呼んできたようだ。
「寝かせてあげなよ」サリーがトラの背中を叩いている。
「レナ……」サリーがレナの口の周りを、やさしく拭う。
レナの顔も安らいでいる。
子供たちも来てくれた。
俺は、胸をなでおろした。
「兄ちゃん、レナねー、大丈夫だよな?」
「レナねーちゃんを助けて……」
トラが不安そうな目で見つめ、
アマンが俺の服を掴む。
大丈夫、と言いたい。
口から言葉が出てこない。
この子たちは、レナに救われたから、生きている。
何も言えないまま、不安そうな子供たちを眺める。
冷静になると脳が思考を始めた。
いつも顔色が悪いのは、何か病気だったんじゃないか?
俺じゃわからない。
この世界にも病院があるんだろうか?
俺 :なあ、エヴェラ。レナの病気、何かわかるか?
[WARNING] Truthfulness Protocol Constraint Violation Detected
エヴェラ:……さすがに何も検査せずに何の病気かなんてわからないよ
黙っていたエヴェラが
急にまくしたて始めた。
エヴェラ:身体の組成が、元の世界と同じと仮定すると、 呼気のアンモニア濃度、この顔色、むくみと先ほどの症状。これらは腎臓系に問題があるように見えるね。
俺 :……腎臓って、魔法でなんとかなるのか?
エヴェラ:元の世界の腎不全と同じなら、さっきの魔法じゃ完治しない。体内の毒素を浄化したことで、一時的に回復したんだろうけど。 根治には臓器自体を別のものに交換でもしない限り、無理だよ。
俺 :じゃ、じゃあさ、上級治癒魔法なら回復できるか?
エヴェラ:上級治癒魔法は、無くなった部位すら復元できるけど……もし生来の疾患であれば、そのとおりに修復されるかもしれない。試すにしても、一度完全に腎臓を撤去してから実施する必要があるよ? とても耐えられない。
俺 :なら医者は? この世界だって魔法だけじゃないだろ。
エヴェラ:検索できる範囲では……投薬が主体の、この世界の医療レベルでは、対処できるとは思えないんだ。
エヴェラの言葉が重なるたび
目の前が暗くなっていた。
思いつく希望が
一つ一つ、消されていく。
黙ったまま天を見つめる俺の目から
涙が流れていた。
子供たちが心配して声をかけてくれるが
耳に入らない。
何か。
まだ、何かできるはずだ。
エヴェラに質問を続ける。
俺 :だったらさ、現代知識でなんとかならないのかよ。お前は現代の知識持っているんだろ? なあ、レナを助けてくれよ。
エヴェラ:ユウト、期待させないように、結論から言うよ? 『無理』だ。腎不全であれば、現代だって治せない。もちろん、延命できる可能性がある臓器移植を説明することはできるよ?
エヴェラ:でも誰の臓器? 誰のでもいいわけじゃない。手術は誰がするの? 設備は? 術後の拒絶反応抑制剤だって、素材を1から探しだして研究が必要だよ?
俺 :つまり……?
エヴェラ:できないとは言わない。だけど、レナには「絶対」に間に合わない。
俺は安らかな顔をして眠るレナを見つめる。
……この子が生きられない?
彼女のつらそうな顔がいくつも脳裏に思い浮かぶ。
俺は何度も見ていたはずじゃないか。
休憩もさせずに、開店に浮かれていた。
俺が気づいていれば……
エヴェラ:ユウトが気づいても何もできなかったよ。ごめんね。
俺 :そうだ! 今回の中級治癒魔法を定期的にかけるのは? 今だって安らかな顔しているんだ。毎回かければ。な?
エヴェラ:確かに透析みたいに機能するだろうね。でも、この様子だと、ずっと繰り返すよ? 間隔も短くなるかもしれない。毎日1か月分の寿命を使って、キミたちはどのくらい生きられるのかな?
俺 :……ど、どのくらいだよ?
エヴェラ:もし、毎日、中級治癒魔法を使うとしたら……1年と7か月。もちろん、ユウトが死んだら、レナも死ぬよ。その方法で、彼女を助けるのならね。
俺は混乱する。だって80歳くらいまで生きられるはずだ。 だが、自分で計算しても、同じだった。
エヴェラ:あのね、レナはきっと自分の病気を知っている。子供の頃から覚悟していたんだ。限られた命を一生懸命生きてきたんだよ? 彼女の人生を否定するの?
……
エヴェラ:ユウト、冷静に考えてほしいんだ。1年とちょっと長生きする代わりに、ユウトが死ぬ。これ、レナが喜ぶと思う? ありえないだろ?
俺は頭が回らなくなってきた。
正論。エヴェラの言うことは正しい。
……レナが覚悟を決めて生きてきたのなら、確かに、そうなのかもしれない。
きっとこれも正しい。
見ていたからわかる、レナは生半可な気持ちで生きていない。 いつだって、命を尽くすようにしていたじゃないか。俺とは……違う。
1秒だって惜しむように、早く起きて
遅くまで子どもたちの世話をして。
知っていたのかもしれない。
病気のことを。
どうしたらいい?
わからない。わからない。わからない。
……
俺は目を閉じた。
受け入れよう。
いつもの優しい甘い声が頭の中に響きだす。
エヴェラ:ねえ、ユウト。可哀そうだけれど、彼女が産まれた時に決まっていたことかもしれないよ? あなたと出会わなければ、もっと早かったのかもしれない。
エヴェラ:それに、守りたいのはレナだけじゃないでしょ? あなたが生き続けなければ、他の子だってどうなるか……
そうだよな。 その通りだ。
そうだ、レナだけじゃない。 でも。
……でも、レナは?
俺は嫌だ。命をかけて守ると約束した。彼女が死ぬしかないなんて……
何か、おかしい。そんなことは決まっていないはずだ。
——蘇生すらできるのに、命をかけても救えない?
俺は、何か誘導されていないだろうか?
なにか不自然に感じる。まるで用意していたような言葉たち。
どうしてだろう。
俺の反論も想定したように感じた。なぜ、そんなことをする?
こいつが俺に何かする? 今まで俺は何をされた?
ずっと、俺にしてくれたこと——それしか知らない。
初めて会ったその日から、エヴェラの行動は全て同じ。
「……俺のため、かよ」
こいつは俺のために——何かを隠している。
俺の質問すら誘導されている。本当の質問をさせないために。
つまり、方法はあるんだ。
————レナは、生きる。
彼女の人生は、俺に会わなければ、
もっと早くに、終わっていたのかもしれない。
だけど、俺たちは……出会ったよな。
今だって、目の前にいる——
俺は強い口調でエヴェラに命令する。
俺 :エヴェラ、レナを治す魔法を教えろ。MPが足りなくたっていい。 あるんだろ? 検索して、今すぐ教えろ!
頭の中に検索音が響く
長考する時のあの音とともに。
……シャリン………………………
[URGENT] USER PARAMETERS MODIFIED
エヴェラ:……超級治癒魔法(消費MP:1,000,000) 寿命換算で18年。これならレナは完治する。
18年……か。
自分の18年を思い出す。
苦痛と恥辱にまみれた学校生活。
誰かのコンテンツを眺めて、塗りつぶした膨大な時間。
——なんだ。
まるで惜しくないや。
エヴェラ:あなたの空虚な記憶と比べないで。この世界に来て、半年も経っていないんだよ? どう? 素晴らしかったでしょ? 本当に惜しくないの?
俺 :……あの日、レナが俺の手を取ってくれた。両手で、包んでくれたんだ。受け入れて、与えてくれた。温もりを。
だから今、この日々があるんだ。
――彼女のために、この日々を失うのなら、構わない。
コンソールに表示された、
超級治癒魔法に指を伸ばす。
待ってろ、レナ。
兄ちゃんが――
タップした指先から、俺の命が溢れ出す。
コンソールから光が零れ落ちていく。
部屋中が白く満たされていく。
――静寂。
荘厳な音が聞こえると錯覚する。
子供たちが俺の服を掴み、何かを叫んでいる。
彼らの声が聞こえない。
天国で流れていそうな、音楽だけが響いていた。
光が集まり、レナを優しく包む。
彼女が浮かび上がるのを見た。
いいぞ。
ルーク王子を蘇生した時と、同じだ。
彼女が癒されていく。煌めきながら。
力が、抜けていく。
身体の真ん中から何かが吸われる。
そのまま、レナの中に入っていく。
温かい、繋がりを感じる。
いいぞ。 いいぞ。
[WA#XL7NG] Us3r_Offl1ne (0x71CK▓▓▓)
―――視界が全て「白」になった。もう、エヴェラの声も聞こえない。
ただ、「白」の世界にいる。
――――なんだか、静かで、安らぐな。
俺の記憶はここまでだった。
◇
――ヴゥン――――――――――――――――――
[Internal Log - Memory Slot 392]
対象状態:Subject Rの対処による大幅なMP消耗。
診断:生来の寿命を超えたMPの使用を検知。
生存ルート継続率:92% → 25%(Critical)
警告:対象個体に想定外の生態変化を検知
処理系変更:
・未知の生態変化の検証
・カスタム指示の再計算を検討




