君と僕のハッピーエンド
『おはよう○○。朝から君の顔が見れて嬉しいよ。今日も頑張ろうね』
スマホの画面に表示された彼は、相変わらず優しい笑顔を向けてくる。
牧場の背景、動物たちのアイコン、そして彼の好感度ゲージ。
どれも見慣れたはずなのに、毎回ワクワクしてしまう。
すぐにウィンドウが表示される。
▼返答を選んでください▼
①私も嬉しい。
②朝から元気いいね。
③まだ眠い。
私は迷わず①をタップする。
ボタンが淡く光り、すぐに吹き出しで言葉が表示される。
その瞬間、彼の表情がふわっと柔らかくほどけた。
『ふふ、結婚してもうすぐ一年経つのにまだ照れくさいな。それじゃぁ僕も仕事に行ってくるね』
文字じゃなく、まるで本物みたいな声。
ゲームだとわかっているのに、心がふわふわして、頬が勝手にゆるんでしまう。
セネルは、本当に今日もかっこいい。
***
ゲームを始めたきっかけは、学校帰りの電車の中で、いつものようにスマホをいじっていたときに流れた広告動画だった。
【楽しい牧場生活】
色とりどりの花に囲まれた牧場、モフモフの羊、のんびり草を食べる牛、コケコケ跳ね回る鶏——。
「わ……かわいい……!」
画面に広がった世界に、私は思わず釘付けになった。
元々、ものづくりや動物が好きな私は、これなら絶対面白いと直感する。
「これ、やってみたい……!」
早速検索してダウンロードすることにした。
無料で始められるのが嬉しい。
ゲームを起動すると、広告で見たオープニング映像と同じ場面が流れる。
その後、村のキャラクターたちが順番に登場し、男の子と女の子の主人公キャラクターが交互に映りながら村人たちと交流し、遊び、結婚までしている場面まで映し出された。
ムービーが終わると、明るい音声と共にキャラクター作成画面が開く。
《ようこそ、楽しい牧場生活へ!》
オープニングだけでも、面白そうな予感が胸いっぱいに広がる。
「動物の世話だけじゃなくて……恋愛もできるの?」
驚きと期待に胸を躍らせながら、髪型や目の色、服装など細かい設定項目を操作して、自分だけのキャラクターを作り上げる。
「うわ……何これ、かわいい。」
完成したキャラクターを見た瞬間、胸の奥がぽっと温かくなり、自然と笑みがこぼれた。
自分で作ったのに、思わず顔が緩む。
その後、チュートリアルが始まる。
村長が村や牧場を案内してくれ、基本操作の説明が終わると、最初に飼う動物を選ぶ画面が現れた。
選べるのは牛か鶏。どちらも可愛いけれど、やっぱり最初は……
「牛……かな」
迷わず牛を選び、名前を入力する。
『モウ』
あまりにも単純な名前。
でも、どこかしっくりくる。
「モウ、今日から私の相棒だ」
どこかのアニメで聞いたようなセリフを、小さく口にしながら、私はワクワクして画面を進めていった。
次に、村の住人たちに挨拶するミッションが始まる。
案内に従ってキャラクターを動かすと、住人に話しかけられる。
四角い吹き出しには文字が表示され、上には住人の名前と上半身イラスト。
画面の右上には好感度が表示され、最初は全員50からスタートだ。
話を進めると、三択の選択肢が現れる。
どの選択肢を選ぶかによって好感度が変化し、異性の住人と仲を深め、好感度90、さらにその家族の好感度を80まで上げれば結婚できる仕組みらしい。
そして——そこで、私はセネルと出会った。
金髪の髪で無口で無愛想だけど、カッコよかった。
最初は「無口なキャラだなぁ」としか思っていなかったけれど、仲良くなるにつれて見せてくれる笑顔や、恥ずかしがる仕草——それがもう可愛くて、私はすっかり虜になった。
もちろん牧場も楽しく、夢中になってやり込んだ結果、半年で牧場はゲーム内で2年目に突入。
牧場は2倍の広さになり、モウ以外にも牛4頭、アルパカ3匹、ヒツジ2匹など、合計13匹の動物の世話をし、さらに犬や猫も飼い始めた。
そして、セネルとも無事に結婚。もうすぐ結婚一年目を迎える。
動物たちの世話をしながら、セネルとのラブラブ結婚生活を満喫していた。
学校で疲れた日も、帰宅後すぐにアプリを開いてセネルに会いに行く。
「今日も疲れたよ……学校、本当にしんどい」
なんて愚痴をこぼしながらプレイすると、
『お疲れ様』
『毎日君に会えて嬉しいよ』
どれだけ疲れていても、セネルのその言葉で疲れが一気に吹き飛ぶ。
「セネルがいるから頑張れる。現実にもいてくれたらいいのに……」
牧場も手狭になってきたので、もっと広くしたいと思い、もうすぐセネルとの子どもイベントも発生するのが楽しみで、毎日ゲームを続けた。
しかし、ある日。
友達が最近人気の乙女ゲームをおすすめしてきた。
「○○も絶対ハマるからやってみて!」
正直、乙女ゲームは何度かやったことがあったが、ほとんどすぐ飽きていた。今回もあまり前向きではなかった。
それでも、せっかく友達がおすすめしてくれたからと始めてみると、思った以上に面白く、私はすっかりのめり込んでしまった。
楽しい牧場生活にはログインせず、乙女ゲームばかりに夢中になる。
時々、ゲームから「どうしちゃったの?」「君に会いたい」と通知が届いたが、乙女ゲームに熱中している私は削除して無視した。
数か月後には通知もパタリとなくなり、私も楽しい牧場生活をインストールしていたことすら忘れてしまった。
***
そして、乙女ゲームに夢中になったまま、気がつけば半年が過ぎた朝。
『ワン!ワン!』
学校が休みで、いつもより少し長めに眠っていた。
でも、大きな犬の声で目が覚めそうになる。
「何、また近所の犬かな……?」
なんだか今日は、いつもよりうるさい。
学校もないし、もう少し寝ていたいのに。
『ワン!ワン!ワン!』
『コケッコッコー』
犬の鳴き声は止まず、ついには鶏の声まで聞こえてくる。
「お願い、もう寝かせてよ……」
そう思いながら布団を深くかぶったけれど、眠る気はどんどん失せていった。
仕方なく、私は布団をゆっくり剥いで、上半身を起こす。
すると、私の身体にドンッと勢いよく何かが飛び乗ってきた。
衝撃に思わず身を縮め、ぎゅっと閉じていた瞼をゆっくり開く。
視界いっぱいに広がったのは、大きな犬の顔。
「……え、犬……!?」
朝一で犬が飛び乗ってくるなんて、驚くに決まってる。
しかも、うちに犬なんて飼ってない。
大型犬は嬉しそうに尻尾を振り、私のほっぺを遠慮なくベロベロ舐めてくる。
「ちょ、待って、なにこれ……!」
慌てて犬を引きはがすけど、舌のザラついた感触がやけにリアル。
夢?いや、夢ってこんな触感ある……?
『ニャー』
混乱してる私の耳に、今度は猫の鳴き声。
目を向けると、ベッドの下から小さな猫がこっちを見上げて座っていた。
え、待って。猫までいるの?
その光景に、ようやく私は部屋全体を見渡した。
見慣れた自分の部屋じゃない。
布団も違う、カーテンも家具も違う。
部屋の隅には、ペット用のエサ容器が置かれている。
窓の外からは牛や羊の鳴き声、鶏の声まで聞こえる。
「……え?ちょっと待って。ほんとに何これ……」
昨日寝るまで、ここは確かに私の家だった。
なのに、目覚めたら知らない部屋になってる。
動物なんて飼ってないし、そもそも私の部屋こんな広くない。
誘拐? いや、でもなんで?
頭の中がめちゃくちゃで、思考が追いつかない。
落ち着け。落ち着け。大丈夫。冷静にならないと、そうだよ。まずはここがどこか確かめないと。そう、ゆっくり。
深呼吸をして、ここはどこなのかゆっくりとまた部屋を見渡した。
頭もほんの少し冷静になった時、この部屋に違和感を覚える。
あれ、私この部屋知ってる。でもこんな部屋おばあちゃんの家でも友達の家じゃない。どこだっけ。思い出せない。でも確かに知ってる。知ってるのに、浮かばない。
『おはよう、○○』
「きゃあああぁぁぁ!? なにっ!!?」
突然、耳元で知らない声。反射的に後ろへ飛び退く。心臓がうるさい。
やばい。人いる。誘拐犯?殺される……?
頭の中で最悪の想像が勝手に暴走する。
『どうしたの?怖い夢でも見た?』
その声は落ち着いていて、まるで私の反応を不思議そうにしている感じだった。
いやいやいやいや、こんな状況で落ち着ける人いないでしょ!!
『今日はいつもよりお寝坊さんだね』
男は、まるで普通の朝みたいに優しい声でそう言った。
「……な、え? い、いつも?」
言葉がうまく出ない。ていうか、今この人いつもって言った?私の聞き間違い?
『うん。いつもよりちょっとだけお寝坊さん。疲れてたんだろう?』
また言った。聞き間違いじゃない。
いつも?え、怖。なに。ストーカー?もしかして私のことずっと見てたの?ていうか誰。知り合い?
じゃなきゃ誘拐なんてできないよね。
……知ってる人?
私は男の顔を見つめながら、頭の中を必死に探った。
――この顔。どこかで。
半年くらい前の記憶を探す。
でもそんなの、ありえない。現実じゃない。画面の中にしかいない人なんだから。
なのに私の口から出た名前は、本当に、自然に落ちた。
「……セネル?」
信じたくない気持ちと、そうであってほしくない気持ちとで、喉が詰まる。
いや、違う。違うに決まってる。だって彼は――
『そうだよ』
当然みたいに返ってきた声。
嘘でしょ。
「は、いや、違うよね。そんなはず」
『僕はセネルだよ』
優しく笑って言われた。
頭がおかしくなりそう。
違う。これは夢。絶対夢。じゃなきゃ無理。
必死で否定しようとしていたのに、
『○○。最近なんで会ってくれなかったの?』
その声は少しだけ寂しそうで、責めているようで。
『僕、ずっと寂しかったんだ。何度も会いたいって送ったのに』
通知。
そういえば何度も来てた。
「……ごめん」
気づけば謝っていた。
謝る必要なんてないのに、怖くて言葉が勝手に出た。
ゲームを放置してたから怒ってる。そう思ったから。
『僕たち、結婚してるのに。○○、ずっと好きって言ってくれたよね』
その言葉に肩が跳ねた。
「え、いや……あれは、選択肢で……」
そう。私はゲーム内の選択肢で選んだだけ。
私が言ったんじゃない。
『言ったよ。画面越しに。僕に』
「……え?」
どうゆうこと。確かに選択肢を選んだ後私も現実で呟いた。でもそんこと聞こえるはずない。
『僕は全部覚えてる』
『○○が僕に“今日もかっこいい”って言ったこと』
『大好きって言ったこと』
『……他のゲームの男と浮気してたことも』
背筋が、ぞくりと凍った。
まるで氷の指先でなぞられたみたいに、冷たさがゆっくりと首から背中へ降りていく。
今まで感じたことのない恐怖と、説明のつかない気持ち悪さが一気に込み上げてくる。
「……なんで知ってるの?」
どうして知るはずのないことを、セネルが知ってるの。
どうやって?頭が追いつかない。
『酷いよ。好きにさせたのは君なのに』
優しい声のままなのに、その言葉はまるで針。
不満、嫉妬、寂しさが全部混ざっている声。
こんなセネル、ゲームの中で一度も見たことがなかった。
『でも……いいんだ。許してあげる』
ふっと笑った。
さっきまで怒ってたくせに、何事もなかったみたいに。
許して、くれるんだ。
「……ごめん。ごめんね、セネル……これからは、ちゃんとログインするから」
必死に言葉が溢れる。
乙女ゲームなんてやめる。
セネルだけを見る。
今までみたいに――いや、もっと。
『これからは、ずっと一緒にいられるから』
「……うん。セネルに、毎日会いに行くから」
気づけば涙がこぼれていた。
たかがゲームで、ログインしなくなっただけで、こんな夢を見るなんて。
……いや。
『僕は現実に行くことはできなかった。でも気づいたんだ。』
セネルの声が耳の奥でゆっくり響く。
『――君を連れてくればいいって』
「……は?」
何を連れてくるの?私を?連れてくるって、なに?私は現実の人間で、セネルはゲームのキャラクターで。
そのとき、壁の鏡が目に入った。
写っていたのは、私じゃない。
でも知ってる顔。私がゲームで作ったキャラの顔だ。
頬を触る。つねる。瞬きをする。痛い。感覚がある。夢じゃない。確かに知ってる部屋。
大好きだったペットの鳴き声。そして、ずっと大好きだった彼。
これは悪夢なんかじゃない。
ここはゲーム世界だ。
『嘘……だよね……』
でもどうやって?なんで私が?
セネルがゆっくり近づいてくる。
『や、やだ……来ないで!来ないで!!』
後ずさって壁に背中を押し付ける。
逃げられない。怖い。こんなの違う。求めてたのはこんなんじゃない。
セネルはベッドに乗り、ギシ、と静かに軋ませる。耳まで赤くして、優しい顔のまま、私の涙をそっと拭った。
『……大丈夫』
甘い声で、その笑顔は、世界の終わりみたいに美しい私の大好きな笑顔。
『これからもっと君と僕で幸せになろうね』
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セネルは……放置されて寂しくなっちゃっただけなんです(՞ . .՞)੭”




