think story 003 観覧車の約束
復旧作業が終えたのは、夜が深まる少し前だった。
街は日常を取り戻していたが、晃の中には、まだ"あの静けさ"が跡を残していた。
帰宅するとリビングに娘の紗良がいた。中学に入ってから部屋にこもることが増えた娘が、今夜は珍しくテレビを消し麦茶を飲んでいた。
「おかえり」
目を合わせず紗良はぼそっと言った。
「ただいま・・・ん、今日は早かったんだよな・・・」
彼女の手にはスマホではなく学校のプリント。驚きつつも、晃は胸ポケットから手帳を取り出した。
そっと絵を広げて見せた。
「覚えてるか、これ?」
紗良の眼は絵に吸い込まれるようにじっと見つめ、瞳が大きく動いた気がした。
「保育園の時に描いたものだ・・・」
「観覧車、また行きたいな、って書いてあるだろう?」
「うん、書いたけどその時は、もう、小学生でもないし、中学でもない・・・」
紗良は苦笑しながら、目を逸らした。
「でも、今日ちょっと、思い返してみたんだよ、仕事が全部止まって、何にもできなくなって、この絵と重なった・・・」
語尾が消えて言葉を失った晃。
紗良はうつむいたまま小さく呟いた。
「じゃ、また、行ってみる?」
「えっ???」
「観覧車、乗ってみたい、って、ちょっと思ったよ」
沈黙が、お祝いするように、歓迎した。
晃はうなずく。
「じゃ、日曜、休み取るよ」
「えっ、ホントにぃー」
紗良は顔を見上げた。その顔には少しだけ昔の面影が残っていた。
「ほんとに、ほんと、ダイナミックに休むからな、覚悟しとけよ」
待ってました、みたいな感じで、紗良が笑った。
止まっていた、何かが、ようやく進みだした。
部屋の外で風が緩やかに通り過ぎた。
観覧車が回り始めた音が心の中で響き渡っていた。
静けさは、時には贈り物になるかもしれない。
私たちは、つい、走る事ばかり選びがち。予定を詰め込み日々追われ、何かに間に合わせようとしながら、気づけば誰かが"自分自身"との対話を忘れていく。そんなときもあるのではないでしょうか?
この「ダイナミックの休日」は『止まることでしか見えないも』のに、光を当てて描いた。
電車の全線停止という、"非日常"の中で主人公が見つけたのは[何もしないことの意味」で、決して無駄ではない。むしろ、心をつなぎなおすための大切な空白だったのだと・・・
あなたにももしかしたら、手帳に挟まれたままの、忘れられている、あの絵のような"情景"が存在するかもしれません。
ダイナミックに休んでみませんか?
じゅラン 椿