think story 001 ダイヤが止まる日
2"
構内アナウンスが途切れた。
いつもなら秒単位で更新される運行状況が、今は「全線停止」のまま白く沈黙している。
井早晃は、無人の指令室でヘッドセットを外した。
「こんなに、静かだと耳がかゆくなるなぁ・・・」
独り呟いて、椅子にもたれかかった。
朝の一報、全線のシステム不具合が発生。応急措置にも時間を要するという。
ここまで大きく止まるのは十数年ぶりだ。
一瞬焦ったが現場が整い、あとは復旧を待つだけとなった今、"何もしない時間"は、ぽっかり残された。
胸ポケットから、手帳を取り出し習慣になっているスケジュール確認すると、ページに何か挟まっている違和感を覚えた。
色とりどりのクレヨン跡、破れかけの紙。それは娘の紗良がまだ保育園の年長だった頃に描いた『家族で行った遊園地』の絵だった。
観覧車が真ん中にあって、隣に小さな自分、その隣に笑っているパパ。
紙いっぱいに虹が描かれて、空には『また行こうね』とひらがなが浮かんでいた。
「あ・・・ぁ、こんなのあったな・・・」記憶がふわっと浮かび上がった。
あの頃は日曜日ごとに出かけていた。抱っこをせがんできた紗良。観覧車の中で「パパ高いね」とはしゃいでいた声。
最近紗良はすっかり口数が減り、話しかけても、"ふーん"・"うん"くらいの言葉で、手をつなぐこともなくなった。
いゃ、違うな、こちらから、つながなくなったんだ。仕事を理由に顔を合わせる時間も、目を見て話す時間も、自分の方から削ってきたのは紛れもない事実。
手の中の絵がひときわ鮮やかに見える。
止まっているのは電車だけではない。"父親"としての時間もいつのまにか、止まっていたのかもしれない。
「帰宅したら、声かけてみよう」
ぽつりと漏らしたその言葉は無人の指令室の空間にそっと反響した。
再起動のアラームが鳴り始めた。機会がゆっくりと目を覚ます。
晃は娘の絵を手帳に挟み直し、いつもより深く椅子に座り、新たな緊張の中で復旧のカウントダウンを待っていた。