お義母さんの腸内熟成カリー 〜田中家の場合〜
第一章:奇妙な香りのする食卓
俺――田中大輔は、人生最大の試練に直面していた。
「さあ、大輔さん、遠慮せずにたんとお食べなさい」
目の前には湯気を立てる茶色いカレー。いや、カレー"のような何か"。ルウはまろやかなツヤを持ち、スパイスの香りが鼻をくすぐる。しかし、それだけではなかった。説明のつかない芳醇な…いや、むしろ「熟成感」すらある匂いが漂っている。
「……お義母さん、これは……?」
「腸内熟成カリーよ。私がじっくり仕込んだ自信作なの」
義母――佐和子は、にこやかに微笑んでいる。その横では妻の美咲が「頑張ってね」という無言のエールを送ってきた。
逃げられない。どうしてこんなことになったんだ……?
第二章:秘伝の製法
話は遡ること三日前。
「カレーってね、市販のルウじゃダメなのよ。じっくり発酵させてこそ、本当の旨味が生まれるの」
義母の佐和子は、何やら妙なことを言い出した。
「発酵……ですか?」
「そう。普通の発酵じゃなくて、"腸内発酵"よ」
嫌な予感がした。義母は得意げに説明を続ける。
「まずスパイスを調合して、カレーの素を作るの。それを、しっかり食べるのよ」
「……食べる?」
「そう。そして私の体内でじっくり熟成させるの。腸内の善玉菌たちがカレーをさらに深みのある味わいに仕上げてくれるのよ」
「そ、それをどうするんですか……?」
「出すのよ」
「どこに!?」
「決まってるでしょ、お尻から」
俺はその場で絶句した。
第三章:神聖なる収穫
三日間、義母は"仕込み"のために特製スパイス入りの食事を摂り続けた。そして運命の朝がやってきた。
「今日はカリーの収穫よ」
義母は白いタオルを巻き、浴衣姿で正座していた。その表情はまるで老舗の醤油蔵の杜氏か、ワイン醸造家のような誇りに満ちている。
「ふう……」
義母は深呼吸すると、和式便座の上に座った。俺と美咲はリビングで待たされていたが、向こうの部屋から何かが聞こえてくる。
「ぶぼぼぼっ……ぶりゅっ……」
音が響くたび、俺の心はえぐられる。
「ぶりっ……ぼとっ……」
神聖なる収穫は順調に進んでいるようだった。
そして、数分後。
「……大輔さん、採れたわ」
義母は意気揚々と戻ってきた。手には、鍋いっぱいに広がる茶色い……モノ。
「いい発酵具合ね。さ、仕上げに煮込むわよ」
俺は全身の血が逆流するのを感じた。
第四章:食すべきか、食さざるべきか
こうして目の前に置かれたのが、義母の腸内熟成カリーだった。
見た目は普通のカレーだ。しかし、さっきの"収穫"を思い出してしまう。
「どうしたの、大輔さん? 食べないの?」
義母の声が優しく響く。食べない選択肢はない。
(大丈夫、これはカレーだ。カレーだ……!)
俺はスプーンを握りしめた。そして、恐る恐るすくい、口元へ近づける。
パクッ。
……!!!
美味い。
いや、美味すぎる。
複雑なスパイスの香り、まろやかなコク、そして不思議な"熟成感"がある。何だこれは……!?
「う、美味い……!」
「でしょ? 腸内の乳酸菌がカレーに深い旨味を与えてくれるのよ」
俺は次々にスプーンを運んだ。脳内で「これは普通のカレー」と言い聞かせれば、あとは味覚が支配する。
「おかわり、どう?」
義母の問いかけに、一瞬だけ理性がよみがえった。
(いや、ダメだ。これは俺のプライドが……)
だが、体は正直だった。
「……お願いします」
俺は震える手で皿を差し出した。
第五章:新たなる伝統
数日後。
「お義母さん、また作ってくれませんか?」
「まぁ! そんなに気に入ったのね!」
俺は気づいてしまったのだ。
一度このカリーを食べてしまうと、もう普通のカレーでは満足できないということを。
こうして、義母の"腸内熟成カリー"は田中家の伝統料理となった。
次は俺も、仕込みに挑戦する番かもしれない……。
~完~