第90話 懺悔男バーチの苦悩
◉カーナ教会到着7日前━━━━━━━……
テータニア皇国▪皇都平民街のとある酒場
皇城専任御者バーチ視点
「お、教えてくれ!その店の場所は何処なんだ!?」
私は他の客の迷惑になるのも構わず、声を大にビゲルに詰め寄っていた。
皇女が血眼になって探している幻のスイーツ。
聞いた話では、皇妃様や内乱で避難されているガルシア帝国の姫もそのスイーツに目がないという。
販売店を教えれば、それだけで報償金が出るかも知れない。
「おいおい、ここでお前に教えたら、お前の手柄になるだけで俺にメリットが 無ぇじゃないか」
「?!た、確かに………」
まったくもって、その通りだ。
大金を出すほどの話をしたビゲルが、私に見返りなく店を教える訳がない。
「だがその程度の事で大金を貰えるのか?」
「俺のボスは皇国全体と商売するつもりだ。これはその始まりに過ぎない。皇女を俺の所に案内してくれたら、皇国金貨10枚を出そう」
皇国金貨で10枚?!
私の年収、七年分以上に相当する額じゃないか!
もはやその時点で、私に断るという選択肢は無かった。
「わ、分かった。アンタの話に乗ろう。その代わりに」
「ああ、約束は守るぜ」
結局私はビゲルとの話合いで、皇女様の外出日時が決まり次第、奴に伝える事を約束した。
◆◇◇◇
◇皇国▪皇都平民街
バーチ自宅
ガチャンッ
「ホルス帰ったよ」
「に、兄ちゃん、お帰り」
「ホルス、何をしている!?」
家に帰ると弟のホルスが、ベッドからずり落ちていた。
魔毒で半身が動かなくなっているのに馬鹿な事を!
「無理をするんじゃない!」
「今日は少し調子良かったから立ってみようと思ったんだ。だけど……駄目みたい」
私は弟を引き起こすと、ベッドに寝かし付けた。
まだ七歳の年の離れた弟。
駅馬車の事故で両親に死に別れ、兄弟二人で助け合いながら今日まで生きてきた。
弟の病が発覚したのは一昨年。
医者から初めて魔毒病と診断され、それ以来私は魔力ポーションを購入する為、資金繰りに奔走していたのだ。
「はあはあ、心配かけてごめんなさい……」
「いいんだ。お前もベッドから起きたかったんだろう」
「うん、だけど無理だった。はあはあっ」
最近は息苦しさを感じるようになっている弟。
医者の話では呼吸する器官に麻痺が始まっているらしく、このままでは弟の寿命は持って数年だと言う。
魔力ポーションを潤沢に与えれば改善出来ると医者は言うが、今の私の給金でそれは叶わない。
「ねぇ、兄ちゃん」
「なんだ?」
「もう、ポーションは要らないよ」
「ホルス、お前何を?」
「もう僕は駄目みたい。だからポーションは必要ないよ。はあはあっ」
「そんな事……医者が言ったのか?!」
「ううん……僕が勝手に思っただけ」
「馬鹿、お前の病は治る病気だと言っただろう。ポーションを飲んでいれば必ず良くなるんだ。だからお前は余計な事を考えるんじゃない」
「ポーションは高価なんでしょ?これ以上、治らない僕の為に兄ちゃんに苦労させたくないんだ。はあはあっ」
弟はいつの間にそんな心配をするようになったのか。
恐らく、先日別室で会話した医者との話しを聞かれたのだろう。
くそっ、迂闊だった!
「大丈夫だ。お前はそんな事気にせず病を治す事に専念すればいいんだ」
「兄ちゃん」
バタンッ
私は居たたまれなくなって、まだ何か言おうとした弟の話を切って別室に来てしまった。
実は医者からの話はまだ先があったのだ。
魔力ポーションで魔力を得られれば、確かに魔毒の中和は出来、体外に排出する事が出来る。
だが《一度魔毒に犯され壊された器官は元に戻る事はない》のだ。
つまりポーションが潤沢にあれば延命は可能だが、弟の身体が元通りに治る見込みは全く無いのである。
この事実を私は、決して弟に悟らせてはならない。
『きゃはははっ……』
『待ってようーっ』
外を見れば、弟と同世代の子供達が笑い合いながら駆けていく。
それを見ながら我が手を見る。
馬の手綱で出来たマメ、くすんで汚れて見える何の力も無い手だ。
「くそっくそっくそっ、何で私の弟だけがこんな事になるんだ!」
弟の病は皇国では、めったに起きない奇病。
数年に一人の割合だ。
だから何度か神を、皇国の守り神【スプリング・エフェメラル】様を怨み、教会前で悪態をついた事もある。
しかし今は最善を取るしかない。
これ以上弟の病を進行させない為には、潤沢な魔力ポーションが必要なのだから。
ビゲルの提案は私達兄弟に取って幸運といえるだろう。
この時はそう思っていた。
そう、思う事にしたのだ。
「………直接悪事を働いたり手助けをしたりする訳でもない。むしろ皇女様達に喜ばれる行いをするだけだ」
私はこの時までビゲルの言葉を信じて疑わなかった。
むしろ信じたかったのかも知れない。
◆◇◇◇
◉カーナ教会到着1日前━━━━━━━……
◇テータニア皇国皇城▪皇城門
皇城専任御者バーチ視点
「それでは皆様方、ご用意なさって下さい」
私が門前に馬車を用意し、お付きの騎士達が恭しく左右に立ち貴人の到来を待っている。
すると城内から人の駆ける音が近づいてくるが、これはお決まりの時事ではある。
ドタドタドタドタドタドタッ
バタバタバタバタバタバタッ
「皇女様、どうぞお足もとに気を付けて!転ばれたら怪我をしてしまいます」
「大丈夫よテリア。ほら織姫ちゃん、こっちこっち!」
「待つのじゃオルデアン。足が速いのじゃ!」
「織姫様、お着物を捲り上げるなど姫様の品格はどちらに置かれてこられましたのです?!」
「伽凛、妾は平常運転じゃ!」
「……何処でその様な言葉を覚えられたのですか!」
今日は皇女様方のお忍びスイーツ探しの日。
私がいつもの様に城門で皇族専用馬車を整備しながお待ちしていると、いつにもまして元気な皇女様達が足早にこられ、馬車に乗り込まれたのであった。
◆◇◇◇
実は三日前、皇女様の侍女テリア様に幻のスイーツの店舗情報を伝えていた。
すると、その日のうちに今日のお忍びの日取りが決まり本日を迎えた。
テリア様からは、その店舗で販売されているスイーツが幻のプーリンであった時、報償金を授ける旨のお話があった。
ビゲルの報酬と合わせ、二度得をした感があって何だか後ろめたい気分だ。
なお、決まるにあたって、ビゲルからは口コミだけの小さい店舗で大人数の出入りは出来ない。出来るだけ人数を限るよう連絡があり、同様の旨をテリア様に伝えた。
テリア様からは『皇都内とはいえ平民街は治安が若干悪いところ。護衛を削る事は出来ない』との話があった。
私が『では日を改めてましょうか』と伝えたところ昨日、城中の私の職場に皇女様が現れたのだ。
「テリアから聞いたわ。そなたがプーリンの販売店を知っているバーチさん?あ、いつもの馬車の御者の人?」
「こ、皇女様、このように汚い馬屋にお出でになるなど、馬糞でドレスが汚れてしまいます?!」
私の言葉が聞こえていないのか、皇女様はお口に手をやり何やら思案しているご様子だった。
しかし、暫くして顔を上げた皇女様。
私に質問されてこられた。
「アナタに聞きたい事があるの。そのお店にスプリング・エフェメラル様は居るの?」




