第79話 プロジェクト▪雪ウサギ7
◆ナレーター視点
(バッグミュージック▪地上の雪ウサギ▪作詞作曲▪中島雪ウサギ)
翌朝カーナが起きると、彼女の回りには何故か、タップリの羽毛があった。
瞬間、カーナは思った。
━━━━そうだ、羽毛布団を作ろう━━━━
早速、羽毛布団用の布をレサにお願いしたカーナ。
羽毛布団と聞いたレサは首を捻った。
まだこの世界に羽毛布団は無かったからである。
「ウモウフトン用の布って???」
「羽毛布団!鳥の羽根を使って断熱効果を上げつつ、通気性も確保出来る優れものよ!」
「は?鳥の羽根を布団に使う?はい?」
「出来れば、羽毛の柔軟性を損なわない柔らかな布が欲しいわ」
「柔らかい布ね??分かったわ」
鳥の羽根を布団に使うと云われ、常識外の事にクエスチョンが消えないレサ。
でも、これまでの妖精達の働きで、色々と工房に明るい兆しが見えてきている。
(主にモルト君のお陰)
今の時点で下手に妖精の機嫌を損なっても不味いと思い、レサはカーナの言われるまま従う事にした。
が、ターナーが怒っていた。
「うちのコッコドゥを禿げ坊主にしやがって!」
しかし彼は、それ以上言っては来なかった。
理由はモルト君が手配したエール自動瓶詰め機が稼働を始めたばかり。
そのモルト君がカーナに従っているようなので、強く出れない事情がある。
更に、モルト君の働き者ぶりはターナーの職人心に感銘を与えていた。
妖精とはいえ、モルト君のビール作りにかける情熱は半端ない。
時間があればターナーの動きを追い、その熱心さに皇国エールの素晴らしさを説けば、うんうんと心底嬉しそうに耳を傾ける。
そしてターナーの職人としての仕事を褒め称えるのだ。
まさにビール職人ファンと化したモルト君。
ターナーにとって好ましい事に違いない。
そんな働き者のモルト君。
その上司?は只のニートである。
「やっぱり観光地に来たんだから、地場のご飯は必須よね!」ムシャムシャ
「カーナ様、味はどうですか?」
「味?不味いわよ」ムシャ
「ま、不味い!?これは高級品の柔らか白パンにジャ芋とモウモウのミルクを混ぜたスープです。庶民にはご馳走なんですが……普段はどんな物をお召しで?」
「漫画肉とか、バッテン魚」ムシャムシャ
「まんが肉?バッテン魚?そちらの方が美味しいので?」
「美味しいわよ」ムシャ
「それは今、手に入らないので?」
「亜空間収納でいつでも取り出せるわよ」ムシャ
「???では、何故にソチラをお食べにならないので?」
「ハンスさん、観光地に来たら地場の物を食べるのが当たり前なの!それに、いくら美味しくても、毎日食べてたら飽きるのよ。分かるでしょう?」ムシャムシャ
「???」
カーナの言葉に頭を抱えるハンスと、苦笑するしかないレサ。
庶民のご馳走より美味しい物を持っていながら、毎日は飽きるからと不味いと言いながらレサ達が出した朝飯を食べているニート妖精。
ターナーは怒鳴り散らしたかったが、モルト君に免じて言葉を飲み込んだ。
まさにモルト君様様なのだが、その有難味にカーナが気づく事はなかった。
まあ、当のモルト君は、律儀にカーナの指示を守り、最大限、皇国エール工房をもり立てようと一人奮闘中だ。
このところは徹夜の作業。
汗だくになりながらも、瓶詰め機のチェックに余念がない。
ほとんどブラックである。
「え?」
哀れ、モルト君。
頑張れ。
◆◇◆
「これは大成功かも知れません」
とは、目を変にキラキラさせて大喜びのハンス商会長。
目をぱちくりしている、本来一番喜ばねばならないターナーとレサは置いてけぼりだ。
瓶詰め機が稼動を開始して数日後。
ハンス氏の話によれば、試験的に皇国内の幾つかの居酒屋に出したところ、非常に良い評価が得られたらしい。
これは昨日、モルト君がカーナに伝えきれてない思惑であって、それが今回の高評価に繋がったのだ。
その思惑とは販売価格。
妖精印が350メル(ml)缶を中銅貨三枚で販売しているのに対し、皇国エールは700メル(ml)瓶を中銅貨五枚で販売とした。
つまり販売金額は妖精印より高いが、瓶あたりの量が多く《割安感》を演出したのだ。
これは見事に的中し現在、妖精印を扱う居酒屋から引き合いがきている。
瓶ビールにした事での高級感も引き合い増加に貢献した一因。
しかも瓶ビールの瓶は基本回収なので、容器コストは低く抑えられる。
まあ、どちらもモルト君の錬金術で造り上げたチート品。
材料代はかからないのだが。
「パッケージ代がタダなんてズルい?!そんなの、妖精印に敵わない訳だよ!」
今更ながらの裏話を聞いて、ムッとしているレサ。
妖精印に顧客を奪われ涙した苦しい日々。
あれだけ苦しい思いをしたのは何だったのか。
しかし、今度は皇国エールがその恩恵を受ける事になり何とも複雑な思いのレサだ。
そしてカーナ達は、この瓶詰めオートメーションシステムを妖精の魔法で作り出した物としてターナー達に説明。
当初ハンスから、構造とか部品とかを作り出して他国に売れないかなどと話しもあったが、構造や部品の説明などカーナ達に出来るはずもない。
実際にモルト君が魔法で作り出した訳だし、ここは中世レベルでも魔法がある世界。
妖精魔法で作り出したと言えば、ハンスは引き下がるしかない。
魔法なら何でも有りで通用するのだ。
何はともあれ、順調なスベリ出しを見せた新生皇国エール。
この勢いのまま、再び皇国内のブランド一位を取り戻せるのか。
ここからは、その真価を問われる事となりそうだ。
◆
◇数日後
「問題が起きました…………」
と、言うのは、見るからにガッカリしているハンス氏。
いったい何があったのか。
最初に起きた問題は物流の問題だった。
皇国エールは現在、従業員が居ない。
あの妖精印による皇国エール販売不振で、給料未払いが続き、職人を含む使用人全員が辞めたためだ。
その為、瓶ビールを運べる人間が居なかった。
これを解決したのがモルト君のチート。
軽トラを造りだし、なんと無重力台車まで用意した。
因みにこの無重力台車は、G13が運ぶ大型トラックにも積載されており、奴が一羽で運んでいたものだ。
「なんじゃ、そらゃあ!?」
これには呆れて、レサは女の子なのにガニ股で空を仰いだ。
皇国エールの運搬を手伝った事のあるレサ。
皇国エールは、木製10リル(L)大樽での納品が主体であり、その運搬には荷車と人手が必項だった。
当然、遠方に運ぶ際には家族総出で手伝ったものだ。
それが片手で瓶ビール1ダースを運べる上、馬の必要のない小型の馬無し馬車。
運転を覚えるのが大変だが、小さな路地までスイスイ運べる神対応だ。
「やってらんねぇ、後は任せた」
ターナーは頭を抱え、目の前の奇跡から現実逃避し、ビール仕込みに工房に閉じ籠った。
そして気を取り直したレサは、モルト君に抱きついた。
「モルト君、大好き!」
「あ、はい。う、喜んで頂き嬉しいです」
モルト君は赤ヘルになっているが、レサは気づいていない。
これ迄、最も重労働であったビール樽の運搬作業。
職人が辞めて人手が減ってから、レサが手伝いをする事が増えていたが、業績不振で納品が減ったとはいえ、昔馴染みの店からの注文は細々と続いていた。
ターナーの手伝いで納品については行ったが、本来は大人二人で運ぶ樽。
結局、ターナーとレサで樽を運ぶのは無理だったのだ。
苦肉の策として納品先の従業員に手伝ってもらい、何とか納品していたのが実情。
今回の軽トラと無重力台車は、その現状を変え、子供のレサでも十分手伝えるようになる画期的なもの。
だからレサの喜びはひとしおで、彼女にとってモルト君は神のような存在になっていた。
「痛っ?!針仕事は久しぶりだから上手く縫えないわ。ミシンが欲しいわね」
無い物ネダリをしているのは、一人テーブル上にいるカーナである。
勿論カーナはこの騒動に気づいておらず、チクチクとレサが持ってきた布に針を通し、羽毛布団を作成中だ。
彼女の頭の中は、羽毛布団に包まれる自分を夢見てニンマリが止まらない。
完全に蚊帳の外である。
その後、運搬問題は一番早く軽トラの運転に慣れたハンス氏が運ぶ事で解決したのだが、そのハンス氏から新たな問題が発生したとの報告があった。
その問題とは?
「瓶の回収が出来ないのです!!」
ハンス氏の訴えに顔を見合わせるレサとモルト君。
実はハンス氏以外、瓶の回収の事をすっかり忘れていた事もあるが、彼の焦り顔に首を捻るばかりだ。
「瓶の再充填を予定してましたが、どの店からも瓶の返却がありません。なんとした事でしょうか」
真っ青な顔で話すハンス氏に、レサの肩に乗るモルト君が口を出す。
「あの、ハンスさん?瓶の回収は確かに必要ですけど、別になくても困りませんよ」
「は?」
一応、再充填設備は用意したが、モルト君やカーナは最初から瓶が戻るとは思っていなかった。
元々、瓶もモルト君の錬金術の成せる技。
無ければ、また作り出せばよいのだ。
だが、ハンス氏の動揺は尋常じゃない。
首を捻りつつ、レサが声を上げた。
「ハンスさん、何か私達に隠し事がある?」
「あ、え、いえ、何も無いです………」
「その動揺はおかしいわ?!本当の事を言って!」
「はひ、は、はい、実は………」
レサの追及に観念したハンス氏。
この後、その動揺の理由が明らかになる。




